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メジューエワ/ベートーヴェン/熱情ソナタ


Piano sonata No.23 in F minor.op.57 "Appassionata"
第1楽章 Allegro assai
第2楽章 Andante con moto -attacca 
第3楽章 Allegro.ma non troppo-Presto

ロマン・ロランによって「傑作の森」と呼ばれ、想像を絶するほど高密度の産出期(1803?―1809年)のはじめの数年で熱情ソナタは作曲された。1805年のことである。1804年ワルトシュタイン、英雄交響曲の完成に始まり、翌05年熱情、06年ピアノ協奏曲4番、ラズモフスキー弦楽四重奏曲、バイオリン協奏曲、そして、08年交響曲運命と田園、最後に1809年ピアノ協奏曲5番が完成される。まさに輝かしい数年間である。穏やかな神々しい光に満ちたピアノ協奏曲と、暗い情熱に突き動かされるような熱情ソナタとは違った方向を示しているものの、精神的あるいは技術的なものにおいて多くの共通点を見つけることができる。それらが、この短い時期に集約されているのも不思議な因果を思わせる。
ベートーヴェンの音楽は一口に言えば、構築の音楽であり、楽想を形成する一つひとつの動機、その構成、配置に至るまで、そこにはベートーヴェンの驚くべき綿密な思考があったことが分かる。ソナタ形式という原理のなかに、それまでになかった葛藤に満ちた、攻撃的で破壊的な力が入ることを許し、いわば音楽の歴史の中に一つの革命的な端緒を開いた。この熱情ソナタはまさに無限の広がりをもち、迸る情熱の彼方、その多様性には驚愕せざるを得ない。ベートーベンはピアノソナタに独特のピアノ語法を用いながら、音楽に対してより高度な要求を求めたに違いない。交響曲5番と熱情ソナタでは共に所謂運命の主題が用いられていること、英雄交響曲において確立された循環と呼ばれる手法が運命と熱情においても取り入れられていること等は周知の通りである。

今回初めてメジューエワがベートーヴェンの熱情ソナタとシューマン「幻想曲」を録音した。ここ数年彼女の演奏に於けるコンセプトの確立は、メトネルを初め最近のショパンに至るまで一人の演奏家が成熟に向かっての一つの表れを見ているかのようで、素晴らしいものがある。そのことはこの熱情ソナタ、幻想曲に対しての彼女の音楽の構築を聴いていただければ、そのことが歴然と判明するだろう。かりしもシューマンが敬愛してやまなかったベートーヴェンの作品の録音というのも何か不思議な気がしてくる。
まずベートーヴェンの熱情ソナタであるが、第1楽章 Allegroを聴くとこの楽章に於ける運命の動機、その激情的なまでに熱情の命名に相応し創りは、驚くほどに均衡を保ち続けられながら演奏されている。このバランスの良さは真に素晴らしい。次の第2楽章 Andanteに於いては、緩徐楽章でありながらも実に淡々と語っている。乾かず重くなく、それでいて淑やかに奏でられる。

何と言っても第3楽章 Allegroブレストはクライマックスである。おおよそすべての演奏家はこの楽章に最大限の力を注ぐ。彼女もまたその一人ではあるが、この躍動する熱情に全神経を費やし、循環する旋律を強烈な印象を生んでいる。最終部左右のアクセントをうち出した演奏は、ことさらこの曲の終結を語ってやまないものにしている。楽章ごとに斬新な解釈の跡が見られ、ほとばしる若々しい力というよりも、むしろ深遠に至る響きを既に彼女は表出しているよだ。

そしてシューマンの幻想曲。この演奏はたいへん素晴らしい。一楽章の冒頭からロマン溢れた羨望の眼差しのような響きに驚きを禁じえない。情熱的幻想の表現法はこの曲の醍醐味を満遍なく表している。旋律の美しさ、この曲の素晴らしさはもとより、彼女の演奏する強弱のコントラストが透徹した品格を備えている。たぶん最も得意とするところなのだろう。
二楽章の付点リズムの躍動感と中間部の夢への誘いを思わせる旋律の美しさも格別である。三楽章に至っては崇高なまでの美しさを秘めた叙情性をメジューエワは表現している。ここにある音楽は最早天国的なという表現が適切なほどである。

このアルバムに収録された熱情ソナタ、そして幻想曲に聴くメジューエワの演奏は、益々彼女が若き巨匠への道程を明らかに歩む姿がはっきりと見える演奏と言えるだろう。同曲にまた新たに素晴らしい演奏が増えたのは嬉しい限りである。
シューマン「幻想曲」OP-17
シューマンの「幻想曲」はロマン派のピアノ作品として最も名曲中の名曲。雄大で情熱にあふれた3楽章構成になっている。この曲はベートーヴェン記念碑をベートーヴェンの故郷であるボンに建てるための寄付を募集していることをシューマンが聞き、作曲された。各楽章は。深く尊敬するベートーヴェンの作品を意識して書かれているが、ロマン派特有の自由な展開を持ち、曲の最初にはシュレーゲルの詩がモットーとしてつけられている。またベートーヴェンの歌曲「遥かな愛人に」のフレーズが1楽章最後に出てくる。
 1楽章  「どこまでも幻想的に、かつ熱情的に演出する」
 2楽章  「程よくどこまでも精力的に」
 3楽章  「ゆるやかに演奏する。どこまでも穏やかに保つ」
大変幻想曲的に書かれている1楽章は、本によってはソナタ形式と書かれているが、中間部を持つことや第1主題の再現が多く出てくることで、むしろロンドソナタ形式とも解釈できる。2楽章はベートーヴェンの28番 Op.101のソナタの2楽章を意識しているように、たえず力強い付点のリズムで支配されているのが特徴。中間部は多少穏やかに、しかも拍節が微妙にずれているため不安定感を持ちあわせている。3楽章はこの世の音楽とは言い難いほど美しく、転調の素晴らしさが曲のクライマックスを一段と効果的にしている。




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