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2014.3.11テレビ朝日の報道ステーション以下、甲状腺ガンについての番組を見ながら呟きました。-----------------------------------------------------------------(ガンが発症して手術した子供の親 談)知らないのが一番幸せ、と夫。お母さん、放射能を調べないで、と毎日言われる。甲状腺ガンだと周囲に知れたら就職時に不利になる。と、医師に言われた。切れば治る。とってしまえば治る。たいした問題じゃないと、親戚や周囲の人から言われた。悔しかった。(福島の子ども 談)学校の先生も、放射能を心配しすぎだと、心配して不安を訴える子供を受け止めない。----------------------------------------------------------福島県立医大だけが甲状腺ガンを掌握。県立医大と同じやり方の検査でなければ困ると、他の医療機関の検査を受けさせない。県立医大以外での客観的な検査を受けるな!という圧力がかけられている。患者に直接説明するな!と他の医療機関にも県立医大から圧力がかかっている。甲状腺のエコーは渡さないのが普通。渡し方に問題が生じる。と県立医大の医師が言う。18才を過ぎて甲状腺ガンが見つかった場合、治療が有料になる可能性が出てきている。これまでは小児甲状腺ガンの発生割合は100万人に一人。今、福島では27万人を調べて33人に見つかっている。甲状腺ガンの発生割合が増えたのは、スクリーニングしたから増えたんだと、長崎大学の山下氏。県立医大の鈴木氏は「チェルノブイリでは4~5年後から増えたし4-5歳の子が多く見つかったのに、福島では違う。だから、東電事故の影響と考えにくい」と。チェルノブイリの知見を検証する。プリピャチ。ウクライナ、キエフの病院。事故当時子供だった人の追跡調査をしている。広島長崎の研究から、当時医学界の常識は被爆後八年後に甲状腺ガンが増えるというもの。しかし、子どもは潜伏期間が短いということがわかった。福島では2-3年後なのにチェルノブイリで4-5年後から増えたのは、検査体制が不十分で、エコーなどの機器がなかったから、とも言える。京都大学の今中氏。当時チェルノブイリで、広島長崎に比べたら発生が早すぎるということが言われたが、それと同じことがいま福島で言われている。福島で見つかっている甲状腺ガンが東電事故と関係があるかどうかを知るのに、初期放射線ヨウ素の被曝データが少なすぎる。「甲状腺モニターは重たい機械で動かすのが大変。調べると不安を与え差別を産むから調べない」と○○委員会。甲状腺検査をしなければいけないのはわかっているのに、研究者の世界では誰も何も言わない、静寂の状態であった。と弘前大の床次氏。情報の管理が異常。情報を独占して放射線の影響を少なく見せようとしている。と毎日新聞日野記者。福島の人口減少につながり、産業復興の妨げになるから。原発再稼働への警鐘放射能は人間関係にヒビを入れる。------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------≪他の人のつぶやきより≫弘前大学に調査を止めさせたのは『福島県』だった! 「甲状腺の検査をやらなければいけないということは皆分かっているはずなのに、誰も何も言わない。異様な雰囲気だった(意訳)」 床次。とこなみ教授が初期被ばくの検査をしようと試みたが、そこに県から横槍が入った。「検査をやめてくれ。不安をあおる。」床次「本来やらないといけない。判ってるはず。けど誰も何も言わない。静か。おかしいな、という雰囲気」 県「止めたという話はないという風に聞いた、というか、その、、」日野「情報の管理、公開度が低いとかそういうレベルじゃない。独占。無いという結論ありき」震災直後、飯館村での放射性ヨウ素の被曝量の調査を「引き留めた力」が。理由は「機材が重くて運ぶのが大変」「本人・家族に不安を与える」。調査しようと福島県に入った弘前の大学教授は「福島県に止められた」と。福島県は床次教授の調査を止めたという意識はないとの回答。その県は、福島県立医科大学と二人三脚で甲状腺検査を進めてきた。-------------------------------------------------------------毎日新聞の日野記者がずっと県民健康管理調査を追っている「県がデータ全てにぎりたいのではないか。帰還させようとしていて、復興のために隠したいのではないか。」 毎日新聞:日野「最近は住民の帰還が議論。人口減少の抑制、産業復興、それしかない」「福島県が批判を封じるメリットがない」と小谷主幹。ウソだね。住民の県外避難を阻止する、という目的があるよ。3月15日に、県知事が当時の首相に宣言した通りじゃないか。「福島県の情報独占は、被曝の影響は無い、と結論づける事が可能となる。」by毎日新聞社会部日野記者-----------------------------------------------------------甲状腺癌の被曝影響を考えるにも、初期の内部被曝データが決定的に不足してる。国会事故調の崎山委員「やればできたはずなのに、止める力が働いた」事故直後、比較的線量が高い子が3人いた。安全委員会はこの子たちの追加検査を求めた。が、対策本部は、拒否。機械の重量が重い等等・・崎山比早子氏、政府のやり方「常套手段。きちっと調べないで、大丈夫という。」と批判。初期内部被曝データ。崎山氏「やればできた。止める力が働いた」 1080人のデータ、3人が越えたとされた。安全委員会は詳細な検査をと助言。しかし「機器が重い。不安を与える」と拒否。崎山「やらない事の言い訳。いつもそう。」------------------------------------------------------------ 彼の話している「大論争」についても、これに書いた → “チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓” http://togetter.com/li/578876------------------------------------------------------------甲状腺癌を患ったことを口外しない方がいい。将来お子さんの就職などに差し支えるかもしれない。などと、医者から圧力をかけられるなんて。子供が甲状腺癌になっただけで、地獄にいるような思いなのに。差別があることの方がおかしいのに、それを理由に事実を隠そうとするやり方は本当に悪質ですね。テレビみてる。私も言われた。「死ぬ癌じゃないんやろ?」その言葉で傷ついた。手術してからが自分の体が思うように動かんくてしんどいのに「手術終わったのにまだ言ってんの?」甲状腺癌癌のお子さんのお母様分かります。福島県こども甲状腺癌(疑含む)25万4千人のうち75人本来の甲状腺癌の発症率100万人に1人確実に因果関係あり。いいですか?上の数値をよく見比べてください。異常です。数字に出てますよ。他県を入れるともっと恐ろしい数になるでしょうまだ国を信じますか?報道ステーション、踏み込んでいる。震災直後、飯館村での放射性ヨウ素の被曝量の調査を「引き留めた力」が。理由は「機材が重くて運ぶのが大変」「本人・家族に不安を与える」。調査しようと福島県に入った弘前の大学教授は「福島県に止められた」と。福島県立医大といえば、自分たちだけヨウ素剤を飲んで黙っていたあの大学だわね(´・ω・`)1000万人に何人とか100万人に何人とか10万人に何人とか1万人に何人とか1000人に何人とか100人に何人とかそう言う確率の問題じゃないの。全ての子供は唯一無二なの。無責任なこと言う大人に本当に腹が立つ。数字ベースで可能性を否定する大人に本当に腹が立つ。県は「止めた覚えはない」。
2014年03月11日
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今日は次男の卒業式。 18年間、いっぱい楽しませてくれた。 ありがとう! おめでとう! 「1000往復くらいしたんだな。 今日で最後かな。」 と言いながら出かけて行ったよ。 10kmの道のり。 雨の中、カッパでチャリでいったよ。 卒業式でゆずの「栄光の架橋」を生演奏で歌ってくれて、それはそれはもうお母さんは泣きました。 まあ、18年も生きていりゃつらいこともあったろうし、頑張っても結果がでなくて焦ったこともあったろうし。 いくつもの日々を超えて 辿り着いた今がある だからもう迷わずに進めばいい 栄光の架橋へと 長男のセンター試験の前の晩、私はお風呂で栄光の架橋を歌って泣いていた。 いっぱいがんばって勉強していたから、きっと神様が微笑むからと思って。 そのことを、今日の次男の卒業式で思い出して泣いた。 でも、栄光の架橋はそんなに簡単に目の前には現れないんだよ。 まっすぐじゃなくても進めばいい。 見えないほど遠く、ずーっと向こうにある栄光の架橋に向かってね。 こんなに大事に大事に思って育てた子どもを、戦争にやったり、貧困につきおとしたり、病に倒れさせたりできるかよ。 冗談じゃないよ。 追伸 クラスのピッチャーH君の出を待つかわいい女の子ふたり。 うちの次男の出を待つオタッキーなサイエンス部の後輩くん四人。 うーん!ま、人生いろいろよな。笑
2014年03月01日
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日本人は何をめざしてきたのか第五回「福島 浜通り 原発と生きた人々」 Eテレ 2014.1.5放映原発が福島にできた時の話をテレビでやっている。やはりすごく貧しい村で、お金が作れる方策を求めていたのね。最初に第一原発を作る時の反対運動のかしらが町長になって誘致側に変わるんだね。働き口を作りたいっていう住民の声に動かされたんだと息子さんは言っていた。いろいろあるんだね。原発を誘致することで、住民を原発の正社員にして欲しいという、生活の要求が勝ったんだね。原発が出来て(1971)からすぐに何度も深刻なトラブルがあった。汚染水漏れとか制御棒の不具合とか。双葉地方原発反対同盟の岩本委員長は「核と人間は共存できない」と言っていた。その言葉は同志を引き付けた。社会党から県会議員になり、議会の中で原発の危険性と原発労働者を守る活動を展開していた。当時、社会党の仲間が原発労働者から情報を得ていたが岩本氏も情報源を追及され、情報を集めていた人も警察に追跡されるなどがあった。全国に原発が作られる計画が広がる中、原発反対運動も広がっていった。時は田中角栄の日本列島改造、中央と地方の格差をなくすという掛け声の高い時代。(70年代)さらに、中東戦争のあおりで石油危機も起きた。国策として原発を推進する流れになり、反対運動を抑えるために交付金を配ることとなる(電源三法-1974)。この時岩本氏は国会に招致され反対討論をした。そのあとすぐスリーマイル島事故が起きた。(1979)反対同盟は、この時こそ反対運動に拍車をかけたかった。「双葉町でも起きる可能性のある事故だ」と訴え、岩本氏を再び県会議員に送りたかった。しかし、原発事故のことを訴えれば町の人は「経済が衰退する」と警戒した。地域振興の妨げになるという気持ちが、優って行った。そんな中、電源三法の交付金は町を潤した。町には公共施設がどんどん建設された。出稼ぎに行くしかなかった人々は原発で働き、息子も原発に入り、大スーパーができ、生活が豊かになって行く。反原発同盟の岩本さんは、原発が止まったら生活出来なくなるという声が溢れかえる中で反対運動を続けられなくなって行く。放射能の影響で病気になっても医師は経済発展の邪魔になるから因果関係があると書けない。町の人々は原発反対の人とは関われなくなってくる。そんな折、原発の話など関係なく、当時長く続いていた町政の刷新のために、原発反対同盟の岩本さんは双葉町長にかつぎだされ、当選。(1985)電源三法交付金は公共施設を作るのには使えても、維持管理には使えない。たくさん作った公共施設の維持に莫大なお金がかかった。交付金の甘い汁も底を尽いた。原発の代わりに企業誘致をするという道もあったし、ポスト原発として様々な試みもしたが、結局、町民は原発の交付金を選んだ。原発の増設を選択した。双葉町町議会、全会一致で原発の増設を求めた。財政逼迫してるからと言って、反対運動していた岩本さんが増設にまで走るとは思わなかったと、反対運動の同志は言う。できれば別の道を求めるのが正道だが、一度交付金に浸ってしまうと麻薬的な効果がある、と当時の為政者は語る。さらにその後、もんじゅ事故がおこり(1995)、県は使用済み核燃料の処理に不安を感じ始める。佐藤栄佐久県知事が国の方針に疑問を呈した。(1998)プルサーマルは安全なのか?ブルドーザー的に進めてきた原発を立ち止まって考えようと言った。しかし、その時、反対同盟出身の岩本双葉町長はプルサーマル誘致と増設を主張した。増設が始まらないと町民の仕事が行き詰っていく。その中3号機プルサーマル増設が決まる。国は電力の独占を止めて自由化の道を開くための電気事業法改正(1995)により、定期検査を地元会社から全国規模の大きな会社に託すことになったので地元の仕事が減って行く。そんな時、東電がデーター改ざんしていることが発覚するなどして、岩本町長・佐藤県知事は東電に対し信用を失ったとして、第一原発の増設計画は凍結した。(2002)その後、双葉町経済は悪化していった。2007年、増設凍結の解除。再び増設に向かっていた矢先の2013年の震災と爆発事故。(本当は2010年10月にプルサーマル運転開始しているようですね。東電のHPに出ています。これだけでもNHKどうした?って感じですが)もともとは、原発反対運動のかしらで、「核と人間は共存できない」と言ってきたにもかかわらず、「町民の幸せを実現するために原発と共生しなければならない」と、主張を変えてきた岩本さんにとって、あの大事故は衝撃。震災4ヶ月後に亡くなった。2013年、汚染された土地の国有化が出され、原発を誇りに原発と生きてきた人々は故郷を失う。代償は大きすぎた。しかし、今後、若い者が他の土地で幸せにやっていけるようにしてやらなければならない。それが俺たちの務めであると、彼らは語る。--------------------------------------------------------------------------「岩本忠夫」サイトより3.11は、原発事故は「そこで生き抜くいていく」ことすら許さない過酷なものであったことを示したといえる。「原発と共生しながら生きていく」ことはできないのだ。結局、岩本忠夫も、避難先で死んだ。
2014年01月11日
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僕はなぜ止められなかったのか?〜いじめ自殺・元同級生の告白(2013.8.29 NHKスペシャル) を観ました。--------------------------------------------------------------真矢は、はじめはみんなを笑わせるヤツだった。いじられキャラとして、むしろ人気者だった真矢。どんな無茶振りにも嫌と言わなかったことが真矢を死に追いやったのかもしれない。教室や廊下で真矢に繰り返し行われたいじめ。学年が上がるにつけ、いじめを止めに入る人が減り、いじめを見ている傍観者が増える。パンツをみんなの前で降ろされた日も真矢はいつもと同じようにしていた。クラスの違う小島君は、その話を、人づてに笑い話として聞いた。だから、僕も笑えばいいのかなと思っていた。(ダメだ、このテレビは息が止まる気持ちだ。)クラスメイトから毎日屈辱的なことをされる真矢の気持ちが、僕は全くわかっていなかった。と、小島君。(どうして救えなかったのだろう?想像力がなさすぎないか?)真矢をいじめていたやつが体育祭の応援団長になった。応援の練習が続くころ、真矢からいつもと違う調子のメールがきたが、「気にするな」としか返さなかった。自殺の一ケ月前の事件。体育祭でクラスの最優秀を祝った打ち上げの夜。真矢は最後のサインをだした。真矢は、これまでいじめてきた応援団長の教科書を切り刻んだ。と、小島君に打ち明けた。だけど、気にするな、としか、言わなかった。その辛さを受け止められなかった。体育祭で活躍してもこれまでのことが帳消しになるわけではないと訴えたかったのだろう。けど、僕は、嫌な思いしてる人いっぱいいるだろう。だから、気にすんな、と言っただけだった。真矢がやったのだろうという噂はすぐに広まった。クラスを最優秀賞に導いた立役者にタテを突くヤツというイメージもクラスに広まった。団長たちから真矢に報復が行われるのだと気づいたが、止められなかった。止めれば、次は自分が標的になるから言えなかった。--------------------------------------------------------最後のメールの一通目は小島君。一緒に行くはずだったはずのカラオケにいた。その日はケータイを家においていたので、6時間後まで気づかなかった。真矢くんは、死ぬ前に15人の友達にメールを送っている。一時間以上もの時間、15人の友達にメールを送っていたのに、だれも様子を見に来なかった。「誰か一人でも駆けつけてくれなかったかな?こんなメールもらったらくるだろ?変だと思わないのか?と、正直、みんなを恨みました。加害者以外の人のことも。」と、お父さん。いじめられている辛さを、真矢君は両親には一言も漏らさず死んでいった。なぜ気づいてやれなかったのかという問いには今も答えは出ない。----------------------------------------------------------------ずっとつらい。今も責める。人前では見せないけれど、時々一人で泣いてしまうこともある。友達が死ぬほどつらいのに、なぜ何もできなかったのか。と、いつも自分を責める、という小島君。(この告白した小島君は、彼の死後、どれだけ苦しんで生きてきたか。しゃくりあげて泣いてしまう17歳の男の涙が見ていてもつらい。)死にたい程つらかったことを誰にも言わないヤツだったから、親にも出せない小さなサインをどうしてわかってやれなかったか。他人のことだと思っていた自分。俺にだけ送ってきたのかもしれないのに。---------------------------------------------------------------自分を責め続ける小島君は、3年間、毎月欠かさず月命日に真矢くんの家を訪ね続ける。友達と数人で、毎月真矢君の家に泊まり、遊ぶ。毎月来るうちに父も母も心を開いていった。寂しさも紛らわされた。(本当にお友達を見ていてつらくなかったのかな?お父さんもお母さんも)3年目の命日の前の日、お父さんは小島君に一人で泊まりに来いとメールを送る。父:一人で来いと言われてどう思ってた?小島:泣かせるのかなと思った。何も言われずに死なれたのは、それはないよなと、小島君は思っている。教科書切ったこと、事前に相談はなかったが、事後に小島君に打ち明けたことを父母は初めて聞いた。本当に小島君に死ぬことを何も相談していなかったのか両親は聞きたかった。死ぬことは最後まで真矢は小島君も言わなかった。真矢が亡くなった原因は何なのだろう?俺なら助けに来るかと思ってメールを一番に送ったんだろうと思う、と小島君。------------------------------------------------------------------小島君に最後のメールをおくり、「もう恨んでないよ」なんて書いて、逆に彼に大きなものを背負わせてしまったな、と、真矢くんのお父さん。月命日に毎月来てくれて親は寂しさを紛らわしてもらってるけど、お前は無理していないのか? 重いものを背負いすぎてないか?小島君は自分を責めているだろう? 家族なら仕方ないけどお前がそれを背負う必要はない。友達だから忘れないだろうし、忘れないで欲しい、けど、責任は感じないでほしい、とお父さん。君が幸せになっていく姿を見て、真矢のところに行った時、みんな幸せになったよと報告したいと、お母さん。自分を責めるなとお父さんに言われたけど、それでも多分、責めてしまうのは仕方ない。責めてしまうと思う。だけど、お父さんにそう言われて、少し楽になったかもしれない、と小島君。-----------------------------------------------------------------------この取材を受けて、同じような立場の人に小島君が言いたいこと。ちゃんと真っ向からそうだんにのって支えてやる。みんなに見えないところでいいから、うけ流すんじゃなくて、ちゃんと。なぜ取材を受ける気になったか。と小島君に問う。いま、こういう事件が多いし、辛い思いをしている人がたくさんいるんだろうなと思う。生徒はこういう思いをしているということを世間に知らせたかった。
2013年10月30日
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「毒と命〜カネミ油症〜母と子の記録 NHK ETV」を観た。 カネミ油症も差別と偏見によって、 認定を受けることをはばかる人がたくさんいたんだ。 カネミ油症は子や孫にも影響が出ることがある。 口唇口蓋裂、肺炎、気管支炎、骨の変形、皮膚の面疱 それによる差別、偏見。 しかし、生まれた時に黒い色でなかった場合、 口蓋裂があっても PCBの血中濃度が規定に達していなければ認定されない。 黒い赤ちゃんが続々誕生して 医師は驚愕した。 生まれた黒い赤ちゃんの継続調査をすることになったのだが、 差別を恐れた家族はそれを拒んだ。 そこで、認定へのデータが途切れてしまった。 油症の症状への差別撤廃や補償がきちんとなされることなくして、 ただ科学としてデータだけを集めることはできないでしょうと。 原爆も水俣も同じ。 最近になって、へその緒の分析の結果、 カネミ油症の母と子をつないだへその緒から ダイオキシンがみつかった。 胎児性油症の存在の証拠。 胎児の時は、体が出来上がりつつあるときなので、 被害は大人とは違う形で、より大きく出る可能性が高い。 これは、他の化学物質の影響にも共通する。 後に台湾でも油症被害が起きた。 日本の報告を参考にして、 台湾油症の患者の子供は申請すれば全員認定されるようになった。 子から孫へと繋がれる命のバトン 同時に体の中の猛毒化学物質ダイオキシンも繋がれていくのでしょうか。 と、お母さんはいう。 でも、お母さんの強さもまた、子へとつながっています。 カネミ油を買ってきた自分の親を責めて泣かせて後悔して、 病苦で死のうと思った土壇場にその親の顔が浮かび、 死んだらどんなに親が苦しむかと思って、 死んだつもりで生き直したお母さん。 その強さと真摯な姿勢が 娘さんにしっかり受け継がれています。 家族の食卓に忍び込んだ猛毒。その毒によって、親と子は深く傷ついた。 放射能も水俣も同じだと思った。 国は同じ過ちを繰り返さずに、きちんと早期に謝罪と補償と治療を。
2013年10月27日
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僕たち女の子 ~女装に恋してる~女装が趣味の人たちを取材したドキュメントTV。いろんなタイプの女装さんがいる。人付き合いが苦手、女装してる自分が好き、女装してる時が自由で明るい自分でいられるという人。努力するだけ綺麗になれて認めてもらえる。こっちの人生の方が好き。存在する価値がある時間という人。自分を守ってくれたカッコいいお父さんにもっと愛されたかったのが女装のきっかけという魅夜さんが私はとても好きだった。顔も好きだし、時々声も言葉も男になったり包容力を見せるのが素敵。高校の時はとても男らしく見えたという。魅夜さん「綺麗になりたいの裏側は自分は醜いものという自己認識。化粧をすると出会える違う自分がいつも見守っていてくれる」魅夜さんのバーの従業員は全員、性同一性障害。自分は男としても女としても認めてもらえない。自分の男の体が気持ち悪い。自分の全部が嫌い。と口々に言う。すっごい綺麗なみひろさん。昔、結婚していて、元妻も一緒にインタビュー。その中で元妻が、「女になりたいんか、そーじゃないのか」と問う。「女装をしていても男なら良かった。心に女を持っていることが受け入れられない」っていう元妻の言葉が印象的。ナレーションの低いトーンがいいんだけど、婆さんになりかけの私には聞き取りにくかった。涙演出撮影の小野さやかちゃんはアヒルの子を観てから私がずっと気になってる人。あまり光の当たらないところに耳をすましてくれる人。
2013年10月24日
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標的の村を観てきました。〜スクリーンに叩きつける、伝えきれない沖縄〜2012年9月29日。アメリカ軍・普天間基地は完全に封鎖された。この前代未聞の出来事を「日本人」は知らない。とチラシに書いてあります。68年に渡って沖縄は沖縄の人同士で闘わされてきたんだね。何度も何度も日本政府を信じて騙されて、沖縄の人同士が切り裂かれてきたんだ。座り込みを取り締まるおまわりさんも、工事を請け負った業者の人も、基地のおかけで仕事を得て暮らしている人も、みんな沖縄の人。私にはそれがつらかった。1963頃、ベトナム戦争のために、米軍は沖縄高江の村人をベトナム人に見たてて、ベトナムの帽子と衣服を着せてベトナムの家屋を建てて、ヘリを飛ばし軍人を降ろし、村人をあぶり出し征圧するための訓練をした。そこには幼児も「徴用」されていた。高江が孤立した村落なので知られる事が少なかった。ベトナム村で訓練に参加した米兵の証言「自分はベトナム戦争には出征していないのに、枯葉剤の後遺症があり手術をしたりして大変苦労した。それは沖縄の訓練地に枯葉剤を使って草を枯らしたから。枯れた草を始末したのは沖縄の住民。自分よりもっと後遺症が出たのではないか。」オスプレイの沖縄配備が1992年から計画されていたということがわかる文書の存在にも驚いた。また、辺野古の基地が住民の反対と折り合いながら計画を変更してきたかのように思っていたが、実は折り合いの案は当初の案と酷似していたという。この辺の史実や情報は、映画の中では、流れが早すぎて理解しきれなかった。沖縄中の人々がオスプレイ配備に怒り、普天間基地を封鎖する。しかし、実力行使で開場させられ、予定通りオスプレイは普天間に降り立つ。簡単なもんだね。どんなに反対していても簡単に飛んできちゃった。と絶望する人々。人にはいろんな形の絶望があるんだね。絶望過ぎて笑いが出ちゃうような絶望があるんだな。そして、絶望しても、また寝て起きてご飯を食べて働いて怒って笑って生きて行くんだな。それでいいんだな。って思った。そして諦めないでまた明日を迎えるんだな。と、そんなことも感じた。私が中学生の5月15日に沖縄の返還が実現し、その日の気持ちは今も鮮明に覚えている。沖縄を返せ!という歌を歌いデモもみていたから、本当に歴史が変わるとまで思った。しかしベトナム戦争と日本米軍基地の関わり、その後の基地を巡る事件や事故が私に疑問を突きつけた。日本の中にあって、日本の言葉を使い、日本の政治の元におかれ、日本の法律を遵守する沖縄。レジャーで行く時には関心を持つが、私たち東京(本土というのかな)の人間はいったいどれほど沖縄に関心をもち、その歴史を知っているのだろうと、しみじみ思う。この先も、ずぅーっと、海月ちゃんがつぶやいた通り、闘いを子供たちがひきついでいく。終わらない映画です。
2013年10月01日
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I WILL VOTE -未来を選べ- の記事より 無断転載日本の恵まれない若者たちこちらはI WILL VOTEがOECDのデータを元に制作したグラフ。このブログでも何度か指摘していますが、世代間格差を表す図といわれています。 この図は、その点について示したものです。他の先進諸国に比べて、日本では政府による「家族向け支出」、すなわち子育てをしながら働く現役世代への支援がとても少ないのです。 「家族向け支出」には児童手当や出産育児一時金、育児休業給付、保育所の整備等が含まれます。この額が他の先進諸国に比べて日本ではかなり低い水準にあるのです。 反対に、OECDの同じ統計において、日本の高齢者向け支出(10.4%)は、家族向け支出とは反対に、OECD平均(7.3%)よりかなり高い数字であることが示されています。 基本的なデータですが、この現状を知っている若者はそう多くないでしょう。また、この数字は、若者の投票率の低さの裏返しであるともいわれています(若者は選挙に行かないので、政治家が若者向けの政策に力を入れるインセンティブが弱い)。 子育てをしている立場としては、特に家賃の高さがボディブロー的にきつい感じを抱いています。若い子育て世代向けに、格安の公的住宅を斡旋する政策なんかがあれば、だいぶ助かる人は多いでしょうね。 社会保障給付費のうち、高齢者関係給付費(薄い棒グラフ)、同じく児童・家族関係給付費(濃い棒グラフ)をグラフ化したものです。 特段の説明は不要ですが、高齢者関係給付費はこの30年で伸び続けている一方、児童・家族関係給付費はほとんど横ばいとなっています。社会保障給付にかぎっていえば、「高齢者に優しく、若者、特に子育て世帯に厳しい日本」が浮かび上がって見えてきます。 (経済産業省「少子高齢化時代における活力ある経済社会に向けて」中間取りまとめ より)
2013年09月22日
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この秋の国会に秘密保全法の案が提出される見込みです。どんな法案?なんで提案されるの?私たちの暮らしはどうなる?何が変わる?Twitterから拾いました。さて、みなさま、考えておきましょう。知らないで決まっちゃったら、けっこうキツイんでないかな?-------------------------------------------------【秘密保全法を知ろう】安倍政権がいよいよ、わたしたち市民から民主的に開かれた社会を取り上げるべく動いています。明日からものん気に放言して生きていけるかどうか、いまが正念場です。日弁連のHPがとてもわかりやすいので読んでみませんか?【特集】国会提出迫る秘密保全法~米国によって剥奪される国民の知る権利 http://iwj.co.jp/wj/open/%e7%a7%98%e5%af%86%e4%bf%9d%e5%85%a8%e6%b3%95 @: 知れば知るほど怖い秘密保全法をわかりやすく解説(「えっ?これが秘密、あれも秘密?あなたも秘密保全法に狙われる) 風のたより~NAOのブログ @: この秘密保全法についての解説、小中高生に向けたものですけど、大人にもいいですね。山本太郎『勝手ながら「秘密」にします。』 『勝手ながら「秘密」にします。』@: 秘密保全法で検挙される一般人は少ないかもしれませんが、その次に制定される予定の共謀罪は一般人もターゲットにしています。特高や憲兵、思想検事が跋扈する日本が復活しそうです。@: 特高警察は「治安維持法」を様々に利用し国民を恐怖に陥れ戦争への道と追い立てた。安倍総理の祖父、岸信介は満州で戦争を指揮し自民党の町村信孝議員の父・町村金五は内務官僚として特高警察を指揮した。世襲され「秘密保全法」と名を変える。@: 『秘密保全法、6割超「必要」=時事世論調査』たった2000人に聞いただけ。そんなものを「世論調査」などとして、「必要」と答えたのは、たったの820人にも拘らず、さも国民6割が「必要」と思っているやに誤誘導。極めて悪質、危険な提灯記事だ。http://t.co/dgILTfjRVv@: 「秘密保全法」が国民の“知る権利”を脅かすhttp://t.co/nHeKEzfX8H「防衛」「外交」「安全脅威活動の防止」「テロ活動防止」に関する事項のうち「特に隠す必要性」がある機密を「特定秘密」に指定し、これを漏らした国家公務員らには最高で懲役10年を科し、厳罰化を図る。@: 9月3日から17日まで、政府が秘密保全法のパブコメ募集を開始している。http://t.co/oAhZLp4olw東京新聞の記事も貼り付けたい。秘密保全法案の「闇」(2013年8月17日付東京新聞)@: 麻生が「ナチスに学べ」と本音を漏らしたように、自民党は改憲の前に「すんなり改憲できる世の中」を作ろうとしている。集団的自衛権、秘密保全法。これからどうなっちゃうのか 自分の頭で考えよう 孫崎享さん&糸数慶子さん 10.13講演集会@: 現代社会の最大の危機は、自然感覚の鈍化、希薄化が進行した「いのち」に対するリアリティーの喪失に尽きる。それが安全神話から原発事故に至り、その対応もままならない中での再稼働、原発輸出の動きに繋がる。原発事故子ども・被災者支援法を棚晒しにしたまま、秘密保全法に走る動きは破滅一直線だ。
2013年09月21日
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解雇しやすい労働特区「解雇しやすい特区」検討 秋の臨時国会に法案提出へ http://t.co/pWH2ttmZvdhttp://t.co/wGf7dZF125 (産業競争力会議)これについてのつぶやきをTwitterからひろってみました。どうですか?新しい起業家を応援する試みとして受け入れられますでしょうか?----------------------------------------------------@: 奴隷労働特区か!あきれて言葉もない。政府は企業が従業員を解雇しやすい「特区」をつくる検討に入った。労働時間を規制せず、残業代をゼロにすることも認める。@: 【国家戦略特区】>>>「世界で一番ビジネスのしやすい、利益最優先の環境を作る」ため、「労働基準法」「労働組合法」など『労働者の権利を守る法律』を《例外的に撤廃》した労働特区を作る構想。※従業員の解雇自由、労働時間の上限廃止、残業代ゼロが認められる。東京・大阪・名古屋に予定。@: 今日の産業競争力会議で「雇用特区」案が明らかにされたが、ひどい。有期雇用、解雇、労働時間を規制緩和。有期雇用5年での無期雇用化の権利放棄を認め、解雇権濫用の特例として特区内ガイドラインを設け、一定の要件で労働時間規制を除外する。http://t.co/wGf7dZF125@: 安倍政権の「産業競争力強化法案」。現在はハローワークで無料の職業紹介を「労働特区制度」で有料に、紹介料は労働者の給料から天引きと。企業の不当な労働者解雇も金銭で解決、長時間労働も可能。特区制度は当たり前の制度にする地ならし。大手派遣会長に騙されてはならぬ@: 凄いなこれ。落ち目になった人間をどれだけ叩きのめせば済むのかっていうね。@: 「解雇しやすい特区」なんていう婉曲な筋悪名称は捨てて、ここは一番「ギロチン特区」でどうだ?あるいは「使い捨て特区」。できれば「倍返し無罪のスパルタクス特区」とセットで。@: 解雇しやすい特区ってさ、100年以上かけて労働者が血を流して勝ち取った諸権利に対する侮辱じゃない。20世紀は何だったんだって話で。@: 「蟹工船」「ジャングル」の時代に逆戻り、いやそれ以上に技術革新がひどく、家族や友人の助けあいもなく自己啓発的価値観があまねく行き渡っていますので、余計、悲惨でしょう。@: これは、世界のルール違反。ILOに必ず勧告される。マスコミのせいで日本人達は我が国や我が社が世界のルールに違反している事を知らなさ過ぎる。@: 永田町こそ特区にしてクビを切り易くして欲しいものだ。@: 例えば「殺人が許される特区」が有り得ない事は誰でも分かる。殺人は極めて非人道的な行為だからだ。では「労働条件が無い特区」はどうだ?非人道的では「無い」という認識なのか?@: 労働時間を規制せず、残業代をゼロにすることも認めるのだとか…。ブラック企業特区そのものだ。@: 確かにはっきりいう、この日本でまともな労働契約がなくて成り立つのは風俗業界だけなんですね。大阪が特区に名乗りをあげたのはまさにそのとっくを西成茶屋の町(釜ヶ崎・飛田新地)に当てるつもりでしょう。(日雇い労働者と派遣も一応労働契約あるのよ)@: そして派遣業界も…。人はいつの間に、帳簿に固定費では無く消耗品費に仕訳されるようになったのだろうか?と大真面目に考えてしまう。@: 「児童労働特区」とか「勤労奉仕特区」も検討しているのかな。@: 大阪府・市、保険証が使えない医療を導入する「混合診療」に次いで、長時間勤務や解雇規制緩和をする「労働特区」を導入しようとしている。自公政権の政策とも一致、労働者の受難が待ち受けている。@: 消費税8%の話より、労働特区の話のがやばいねー。自民党が調子のるとこれだよ…庶民はますます苦しいねー@: 考えてみれば竹中はパソナの経営責任者な訳で、奴隷労働特区が認可されたら間違いなくパソナは本社をそこに移すわな。これで全国どこにでも残業手当不要、いつでも首が切れる低賃金労働者を供給できる。どうせ派遣労働の規制緩和とセットって話だろうしな。注視しましょう。@: これって職種の限定、給与・最低賃金が高額補償されてるってこと?そうでなかったら、只の「奴隷労働特区・ブラック特区」。@: 日本でも、労働特区ってものをつくらしいな。これがクビ切り自由で、 経済界の やんやの要望に答えるものとか。 いづれ全国に波及するのは時間のもんだいだとか。 財界雇われのマスゴミがちっとも騒がない @: 震災で弱化し、原発・放射能対応で「分断」された民が弱っているのをいいことに、火事場泥棒のような安倍自民は、生活・雇用・人権破壊のショック・ドクトリンを次々と繰り出している(TPP参加、秘密保全法、憲法改正、社会保障費削減、解雇規制緩和と労働特区による使い捨て・奴隷労働の促進等)。@: 安倍政権の「労働特区制度」は、企業の不当な労働者解雇も金銭で解決、現在は違法な長時間労働も可能とする。特区内の企業は全国の事業所で同様な処遇可能と法改正。大学教授で大手人材派遣の取締役会長が「産業競争力会議」で、労働政策を変え、橋下に手口を伝授した。
2013年09月21日
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ダグラス・ラミス(元海兵隊員/政治学者)憲法9条ができてから、いまのところ自衛隊は、国家交戦権のもとでひとりの人間も殺したことはないわけなんですね。そういう意味で、憲法9条は傷だらけで、いたんでいるけれども、まだ生きてて、まだ成功しているわけです。日本国憲法で最も大事な言葉は「われら」です。「われら」は文法的に憲法全体の主語です。どれだけ重要かは明治憲法と比較するとよくわかります。明治憲法は「天皇」で始まります。構造として天皇の命令となっていて、臣民の権利は天皇から与えられた恵みと考えられます。それに対して日本国憲法の「われら」は180度違います。憲法は文法的構造として政府に対する命令なのです。政府はこういうことをやっていいよ、悪いよ、と書いてあります。主権在民とはそういうものです。形としては明治憲法の改正手続きで今の憲法になりましたが、正反対の原理を入れたのですから、中身は改正ではなく、新憲法です。明治憲法における「臣民」は政府のいうことを聞き、国に尽し、玉砕するものでしたが、日本国憲法では「臣民」は「国民」となり、その中身は人権条項によって定められています。「国民」は「市民」であり、積極的に政治に参加し、自分の言葉で判断し、活動すると描かれています。つまり、永田町のやり方が変わっただけでなく、国民自身がまったく別の姿に作り直されたということです。市民社会は憲法あってのもので、今日の集会も言論の自由、集会の自由がなければ開けませんでした。新憲法を作りたい人たちからは、今の憲法は「押し付け憲法」だという言い方がされています。それに対して、憲法草案を作る過程で日本国民が参加した、日本のアイデアを取り入れたから「押し付け」ではないという反論があります。しかし、私から言えば「押し付け」を完全に否定するものではないと思います。というよりも、主権在民の憲法はすべて押し付けで、政府の権力を制限するものです。絶対王の時代は、顔が嫌いだから死刑とか歌が下手だから死刑、気に入らない手紙を持ってきたから死刑などということがまかり通っていました。イギリスの大憲章は1215年ですね、そういうことはまずいと、ジョン国王に下から押し付けたのです。憲法とは押し付けるものです。誰が誰に押し付けたのかが大事です。政府は押し付けられたと思って当然です。当時GHQと国民の殆どはこの政府は権力が大きすぎる、減らさなければと思っていました。両者の結論は同じでした、だから非常に珍しい立派な憲法ができたのです。http://t.co/fdQOUUYXSQ押しつけ憲法だから問題なのではありません。すべてのいい憲法は、たいてい民衆が政府に押しつけたものです。……………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月17日
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市原悦子(女優)(空襲を題材にした戦争童話のCD「ちいちゃんのかげおくり」での朗読について、ちいちゃんに市原さんを重ね合わせましたが)「そうです。でも私は戦争を生きのびることができました。ですから″ちいちゃん″がいとおしい。野坂昭如さんの「戦争童話集」も恐ろしいことが美しい言葉で書かれていて、胸を打ちますよね。そういう作品をずっと大事に語り続けています。朗読を聞いて心に残ってくれれば、戦争反対に通じるかなと思って。役者をやっていると、朗読でも演技でも肌で感じなければできません。そうすると、原爆症の認定とか、外国に対する戦争当時のひどいことをしたことへの反省も、とても気になります。でも、他人事のように、偉い人たちは痛みを感じていないみたい。戦争なんて誰が得するのかしら。みんなが悲しい思いをするのに。「憲法を守りたい。戦争をなくしたい」(『しんぶん赤旗 日曜版』07年7月15日号)…………………………… The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月17日
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あなたが親に感じている感情から、あなたの親が毒親で在るか診断→ 1.感情的に親から離れるのに長い年月がかかった。 2.親を訪問したり話をするのは自分から望んでのことでは無く、義務感からであることの方が多い。 3.親は本当のあなたを知らない。 毒親による子供への人権侵害が、成人後に及ぼす影響→ 1.人と対立することが心配で、そういう場面を心に思い描いてクヨクヨ考えることがよくある。 2.優柔不断で、何かを決めることが中々出来ない。決断に困難を極める。 3.人との関係では常に他人のニーズを優先してしまい、自分を見失うことがよくある。 4.自分に合った信条や人生観を見つけることに困難を感じる。 5.リラックスしたり、笑ったり、自然に振る舞うことが苦手。 6.異性との温かい肌の触れ合い、愛の在るセックス、仲睦まじい関係を持つことが中々出来ない。 7.人から褒められても言葉通りに受け止めることが出来ない。 8.摂食障害(拒食症や過食症)やアディクションがある。 9.ストレスが原因の健康障害があり、いつも疲れていて燃え尽きやすく、慢性的な身体の痛みがある。 10.仕事や人間関係で、自ら立場を悪くしてしまうことが多い。 11.他の人には自分に無い自信が在るように感じる。 12.親しい人の愛情を試すようなことをする。 13.友人や配偶者、恋人などに対して、加虐的になったり、コントロールしようとしたり、非礼な言動をする。 14.他人は自分を傷付けたり、利用しようとするに違いないと思う。 あなたは毒親の被害者であるか診断→ 1.完全主義的で、何時も何かに追い立てられているような気がしていて、滅多に安心したり満足することが無いように感じる。 2.まわりに誰も居ない時でも、誰かに見られて観察されているような気がする。 3.他人をコントロールしたがる人間が居ると、すぐ反発して腹が立ったり、または逆に怖じ気づいたりする。 4.人との関係(主に男女の関係)で、相手に依存するのはゾッとするほどイヤだ。 5.自分が育った時の悲しい体験の影響で、子供を作ることに強い抵抗感を感じる。 6.気分が塞ぎがちで、虚しさや不遇感などを感じる。 7.本当の自分を知っている人はあまり居ないように思う。 8.喜怒哀楽などの強い感情が起きたり、心の平静を失うことを、恐れている。 9.普通の人が子供時代に体験することの多くが、自分には無かったように思う。 10.自分が批判されることに対して過剰に敏感である。 11.自分は今どういう気持ちなのか、どういう気持ちで在るべきなのかについて、よく解らないことがある。 12.他人のことをすぐ決めつける。 あなたの親が毒親であるか、あなたの親の成長過程や家系や親族をチェック→ 1.子供時代に大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)を体験していた。 2.家系に身体的虐待や性的虐待をした人や精神障害、アルコールや薬物の依存症の人が居た。 3.あなたの親は自身の親から過剰なコントロールを受けて育った。
2013年08月16日
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岸恵子(女優)戦争、人間の生死について考えるとき、あの情景(街は廃墟と化し死体の転がる惨たらしい横浜大空襲の情景)を決して忘れることはできません。あるものを見た人は、見なかった前に戻ることはできません。見たことのない人にそのものを見せることはできません。ですから自分の目で見てよく考えてほしいのです。 「しんぶん赤旗・日曜版」 (2005年2月27日号)良い戦争なんてこの世にあるわけがない。過去をひもとかない国に未来はない。美学や国家の体裁で尊い命が失われることが二度とあってはならないと思います。……………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月16日
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手塚治虫8月15日。何か知らないけれども、ラジオの中からボソボソボソボソと天皇陛下の声が聞こえてきます。何を言っているのだかわからないけれど、とにかく「全国民がんばれ」とでもおっしゃっているのだろうと思って、聞き流していました。しかし、まわりがやけに静かなのです。昼から鳥の声も聞こえないぐらい静かになってしまった。これは何かおかしい。外に出てみたら、だれ一人歩いていない。しーんとしている。異常なのです。夕方になって、電車に乗って大阪へ出かけることにしました。電車もガランとしていて、ふだんはその時間は工場帰りの人がいっぱい乗っているはずなのに、ほとんど乗っていません。二、三人の人が話していることを聞いていると、どうも戦争に負けたというようなことを言っているのです。冗談ではない、ぼくは、日本が勝つと思いこんでいたのです。いまから考えるとばかな人間だと思いますが、当時は率直にそう信じていたのです。大阪に着きました。阪急電車の駅も焼け落ちて鉄骨だけになっています。そこから阪急百貨店の下のホールに出ると、なんと阪急百貨店のホールにシャンデリアの明りがパーッとついているのです。それまでは灯火管制といって、夜になると電灯を消さなければいけなかったのです。電灯を消さないまでも、まず黒いカーテンで窓をおおって、電灯にも黒いシェードをつけて、そのシェードから漏れるわずかな光で本を読んだりしていたのです。そうしないと外から敵機に見つかってしまうので、灯火管制は常識だったのです。数年間はそれで過ごしていました。(昭和20年)8月15日の夜、阪急百貨店のシャンデリアがパーっとついている。外に出てみると、一面の焼け野原なのに、どこに電灯が残っていたかと思えるほど、こうこうと街灯がつき、ネオンまでついているのです。それを見てぼくは立ち往生してしまいました。「ああ、生きていてよかった」と、そのときはじめて思いました。ひじょうにひもじかったり、空襲などで何回か、「ああ、もうだめだ」と思ったことがありました。しかし、8月15日の大阪の町を見て、あと数十年は生きられるという実感がわいてきたのです。ほんとうにうれしかった。ぼくのそれまでの人生のなかで最高の体験でした。そしてその体験をいまもありありと覚えています。それがこの40年間、ぼくのマンガを描く支えになっています。ぼくのマンガでは、いろいろなものを描いていますが、基本的なテーマはそれなのです。つまり、生きていたという感慨、生命のありがたさというようなものが、意識しなくても自然に出てしまうのです。そのくらいショックだったわけです。ぼくなりにそれが人生の最大の体験で、これを一生描きつづけようと心に決めたわけではありませんが、とにかく描いているかぎりどうしても出てしまうのです。(「ぼくのマンガ人生: ぼくの戦争体験」 手塚治虫・著/岩波書店 より)…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月15日
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根岸季衣(女優)(メディアのなかでものが言いにくい状況について)とくにテレビタレントのようにダイレクトにテレビと付き合っている人は言いづらさを感じているかもしれません。テレビで憲法九条について語られることはほとんどないですよね。何か言うと、昔の言葉でいう「アカだ」みたいなニュアンスがあります。「改憲すべき」という意見をいくら読んでも、どうして戦争に向かうのか、理解できません。経済的な問題や国際社会のいろんな問題があるにせよ、とにかく戦争はおかしい。…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月14日
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森光子(女優)どんなことがあってもね、どんな理屈があってもね、戦争だけは絶対やってはいけません。戦争は二度とやっちゃいけないと、思うかどうかを確認してから議論をしたほうがいいと思うんですよね。あなたの子や孫を戦場に行かせますか。…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をUPさせていただきました。
2013年08月14日
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山本太郎もちろん憲法は変えさせないし、徴兵制なんて絶対作らせないですよ。ありえないことですね。 結局戦争があっても、一番最初に傷つくのは、命を失うのは若い人たちなんですよ。 まず最初に戦地に行かされるのはニートの皆さんですよ。それは何が何でも阻止しなきゃいけないです。政府は原発事故を矮小化することしか考えなかった。避難を呼びかけると、おまえは「反福島」だと批判された。僕が東日本の避難の「権利」と言うのは、避難したい人が避難できるようにしたいから。子供の命を守りたいお母さん達を国が支援しないなんてあり得ない。
2013年08月14日
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なかにし礼第9条というのはすごく大事だと思いますね。これがまず基本的人権をそのまま守っているわけで、国防軍になってしまったら、我々個人の上に軍というものがボンと来るんですよ。つまり基本的人権が侵される。上に軍がきて、軍の都合によって我々の生活というのはすごい左右されるわけでね、憲法そのものが、もう、崩壊するんですよ。ですから、これは何としても、個人としては「阻止しなければならない」ということと、それからその後には当然徴兵制も来るしね。憲法そのものは、国民が権力者を拘束する、これ、ルールですから。国民からこんなものを何とか改正したいなんていう事を言い出す必要は全く無いんですよ。だから、それに拘束されている権力者たちが、「どうも身動きが窮屈だから、憲法を改正してもらいたいなぁ」と言っているわけ。でもそれにはいろんな圧力とか都合があるわけで、「そうはさせないよ」と、国民が本当は言うべきなんです。…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月14日
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吉永小百合(女優)命を大切にすることは、憲法9条を大切にすること。国際紛争を解決する手段として、武力の行使は永久にしないと定めた憲法は、人間の命を尊ぶ、素晴らしいものです。今、日本は世界有数の軍事費を使い、戦争への道を進もうとしています。武器ではなく、憲法9条こそが、私たちを守ってくれます。(岩波ブックレットNo.657 『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』)…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月14日
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68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。 このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。 日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。 今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80か国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。 インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。 NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。 日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。 非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。 核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。 2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。 しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。 核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。 若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。 あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。 地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。 長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。 先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。 原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。 2013年(平成25年)8月9日 長崎市長 田上 富久
2013年08月14日
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永六輔憲法というのは理想です。だから理想が現実になった時に改正すればいいのです。そして、更に高い理想をかかげましょう。…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をUPさせていただきました。
2013年08月14日
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大橋巨泉全国民が望んでいる国のかたちは、暮らしやすい国、みんなで助け合う優しい国、安全な国、格差のない住みやすい国、外国と仲良く貿易のできる国、原発の無い安全な国のはずである。だれも憲法改正や集団的自衛権や原発推進などは望んでいない。大竹まことゴールデンラジオ12年10月19日ボクの父は戦争中、電車の中で「こんな戦争、早くやめればいいのに」と友人に言っただけで憲兵にひっぱられ拷問されて傷だらけで帰って来た。そんな社会になるのである。ボクらはもうじき死ぬから良いが、若い人達はそんな国に住みたいのか!?安倍や自民党の政治家たちがやろうとしてることで一番気に入らないのは日本の馬鹿な国民達に少し権利を与え過ぎたと。だから、公共心を、なんて言い出すに決まってるんだ。戦前みたいにしたいんだよ。 -----文化放送「ゴールデンラジオ」4月14日(若い世代に改憲してもいいと思う層が増えていることについて)「お前ら、だけど戦争になったら行くのはお前らだよって言ったら黙ってたけどね。 -----文化放送「ゴールデンラジオ」4月14日平和憲法ほど、ボクの心を躍らせたものはない。「これでもう兵隊になって死ななくても良いんだ」。“敵性”と禁じられていた野球も出来、ジャズも聞ける。国のための個人でなく、世界は個人の集まりで出来ている。この価値体系は死ぬまで守って行こう、と決心した。…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月14日
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東ちづる (女優)まず、なぜ日本国憲法を変えなければいけないのかがわからないんです。憲法審査会で、改憲派の議員が今の憲法を「理想主義」だと表現していました。それが否定する理由になっていることがとても怖いと思いました。政治家の人にぜひお願いしたいです。「理想」を掲げてください、高い「理想」に向かって政治をしてください、と。アベノミクスなど、多くの人が目の前の"エサ"にとびつきたい気持ちはわかります。しかし、私たちは50年、100年先の日本人の先祖になるわけです。「あのとき憲法を改正していなければ、こんなことになっていなかった」ということは避けなければなりません。政治は生活です。逆にどうして表現者の人たちが自分の意見を表現したがらないのかが不思議です。「何とかしてもらおう」という依存した気持ちの表れかも知れませんね。自由に発言する社会を実現するために、「青い」と言われようが、私は自分の言葉でも表現し続けたいと思います」憲法が理想主義で何が悪いの? 政治家には「理想」を語ってほしい 。(週刊金曜日臨時増刊号 憲法 あなたにも責任がある 知らなかったじゃすまされない より)…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月14日
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早乙女勝元(作家)(1944年)11月1日帝都の上空に初めてB29が登場。戦場は海のかなたから内地に飛び火して、連日連夜の空襲で翌年となり、ついにあの恐ろしい炎の夜を迎えてしまいました。東京の下町を家ごと、人ごと焼き尽くそうという無差別爆撃でした。私は最後まで東京にとどまっていた一人です。しかし、東京空襲を体験なさった方は次々とこの世を去っており、残された書き手の一人である私の使命は重いような気がします。8月15日、親たちの言葉で戦争は終わったらしいとわかりましたが、日本はこれからどうなるのか全くわからず、ただただ呆然としていました。でも、これが平和だと思ったことが二つあります。一つは灯火管制解除。黒い覆いを外して裸電球の下で家族の顔を見渡したとき、平和って明るいんだ、まぶしいんだと思いました。二つ目は、翌年11月3日の新憲法公布です。私は「そうか、日本はもう二度と戦争をしない国になったんだ。それじゃ、平和のために役に立つ人間になれたらいいなあ」と思いました。私は戦後すぐから日記帳と雑記帳の二冊のノートを持って、いろんな本を読んでは、感想を書き始めましたが、ある作家の一言が戦後の座標軸になりました。それは宮沢賢治の「世界が全体幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉です。ところが戦争が終わって四年目あたりから、占領下の日本は戦後の原点ともいうべき平和主義から逸脱し始めます。その決定的要因となったのは1950年の朝鮮戦争勃発です。GHQ(連合国軍総司令部)の指令で警察予備隊がつくられ、それが保安隊、自衛隊へとエスカレートしていきました。特需景気で日本は焼け跡闇市の時代を脱出しつつあったが、あのB29が今度は日本から朝鮮半島に出撃していくのです。私は悩み、迷い、何かできることはないかと考え続けました。そして、文章を書くことならできる、自分史を書いたら劣等感で気弱な自分を一歩乗り越えることが可能かもしれない。それを読んでくれた人が、もしかして戦後の原点を見直してくれないか。手記が一冊の本になって出たのが二十歳のときでした。1970年に何人かで「東京空襲を記録する会」を立ち上げ、『東京大空襲・戦災誌』(全五巻)を三年がかりで完成させました。2002年には、無償提供された江東区北砂に、民間募金で、「東京大空襲・戦災資料センター」を設立しました。今、修学旅行の生徒たちが続々と来てくれます。「記録する会」を結成してから40年、私の人生の半分以上を費やしましたが、こだわって生きれば、その声はほそぼそながらでも通じていくのだと思います。目下、追体験の時代を前にして民間人の戦禍の証言映像をライブラリーにしようという活動に着手しています。七年前(2003年)にイラク戦争が始まり、私はその翌日、何人かで戦争をやめよと新宿駅頭で訴えましたが、人の流れは止まらず、無力感に襲われました。でも戦時中と違って、今なら言えるのですから、一言を惜しんではならない。生き残った者たちは、過去の無念の死を遂げた人たちの声なき声を重ね合わせて生きることが大事なのだと思います。早乙女勝元さんが語る下町っ子戦争物語-東京大空襲から65年(TOKYO Web) http://t.co/XYeNQfIpgF戦争はこりごりだという方は、もう私を含めて高齢で少数派で残り時間が気になるところですね。そして代わりにこりごりでない方々が圧倒的多数になりました。とりわけ今の学生諸君なんかは典型的な存在ではないかと思います。ですからいくら私が映像でもってお話をしてもなかなかピンと来ないし、実感を伴わないというのも無理なからぬ話しです。あたかも平和ということが空気みたいに感じられちゃうんでしょうね。空気があることを有り難いなんて思う人ありませんからね。たっぷりあるうちに生まれて、ここまで育って来たのではありませんか。でも空気が無くなって見ると後の祭りという。まな板の上のお魚と同じです。そうすると戦争体験が有ろうと無かろうと、現在を生きている私どもにとって共通して大事なことは、空気の様子によく目を配るということでしょう。もうちょっと難しい言葉で言えば、社会的感覚を磨くということであります。東京大空襲と私 http://t.co/NL1cClP1Bx…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月14日
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出征兵士を見送るとスルメの切れ端が一本もらえたので、それが欲しくて毎日見送りに行っていました。ばんざーい!と日の丸を降って、お国のために頑張ってくださいと言って見送った兵隊さんは、そのまま帰れなかった人もたくさんいるのだろうと思うと、今でも後悔します、あんなスルメ一本につられて。、、、って、黒柳徹子さんが言ってる。三条美樹さんが、中学高校の年頃をずっと学徒動員で勉強したことがなかったから、終戦と同時に卒業をしたことになった自分は、当時台本の漢字が読めないけど言えなかったと。そんな世代の人がいたことを知らなかったと黒柳徹子さん。 2013.8.13 徹子の部屋より戦争で親を亡くした子供達がね、本当はそうじゃないのにね、自分を責めるんです。お母さんが死んじゃったのは自分が何か悪い事をしたせいじゃないかって。大人って、すぐ他人のせいにするじゃない、本当は自分が悪くったって。でも子供はそうじゃないんです。そういうものなんです子供って (黒柳徹子)…………………………………………戦争を知らない私は思う。 戦争の、すごくちいさな、ささいなことを想像してみるだけで、もう、9条を変えるなんて思うことはできない。それが御花畑であろうと理想論であろうと、9条を変えるなんて思うことはできない。
2013年08月13日
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田中優子 法政大学 しかもこの憲法を守っていかないと、周りの国から何をされるか分からない、という状況になったならば、もっと必死にやったかもしれません。ところが私たちが必死になったのは「お金を儲ける」ということで、一つの国として姿勢を堅持していく必死さ、というところまで思い至らなかった。その背景には「アメリカがいつでも支えてくれる」という思いがあって、まあ、それでいいだろうと、なんとなく誤魔化し続けた結果でしょう。誤魔化しの行き着く先が自衛隊、そしてこれがついに軍隊になろうとしているわけです。アメリカは、天皇制を残すことによって日本を支配しようとしたのです。アメリカが日本を直接支配するというのは、難しいですよね。つまり占領地、植民地状態になるわけですから、いつ反乱が起こるかわからない。そこで、占領地なのに占領地に見えないテクニック、それが天皇制を利用するということだったのでしょう。これは賢い戦略だった。なにしろこのために、日本人は自分たちが占領されているとは思わなかった、でも本当は占領されていた、つまり、安保体制という名の下に占領されて----アメリカとしてはどうしても天皇制を守らなければならなかったわけですね。そこに大きな捩じれができてしまった。だから、アメリカ批判をすると、右翼の人たちが怒ったりするわけですね。あれが、私は前から凄く不思議なんです。安倍さんなんか、アメリカが作った憲法だから改正しようと言いながら、アメリカの言い分をほとんど丸呑みにしています。まあ、小泉さんもそうでしたけれど。これは明らかに論理破綻していると思いますよ。防衛庁を防衛省にして、やがて軍隊を作って、というのなら、まずその前に、米軍は沖縄から撤退してください、うちでやりますから、というのが筋道でしょう。でも依然としてそのまんま。やっぱり、アメリカの言いなりになっているとしか思えない。(憲法九条を堅持すべき)「その一番大きな理由は、先ほども言いましたけれど、私たちは大きなチャンスを手にしている、ということなんです。憲法九条とは、私たちが「目指すべきもの」としてある。それも、「日本人として」ではなく「人間として」目指すべきもの、それが目の前に文章としてちゃんと存在している、ということの凄さ。それを捨ててしまうのか、という危機感があるということです。(憲法九条の堅持に必要なのは)「いろんな努力、とくに外交的な努力です。九条を堅持するためにはそれしかないでしょう。外交的な努力とは、言葉による相互理解。そのためにはお互いの文化理解が当然必要になります。だから、日本人が日本文化をきちんと理解していて、相手に説明をしなければならない。これが文化理解なのです。つまり、憲法九条を守るためには、まず日本文化を大切にしなければならない。実は、そういう道筋になるはずなんですよね。それこそが外交努力の基本なのだから。(所謂「保守派」が全く日本文化を理解していないこと)「そこをきちんと押さえずに、愛国心だとか教育改革だとか言うから妙なことになる。相手にこちらの言葉が伝わらなくなると、最終的には努力の放棄です。ということは、外交のための言葉の努力、人間関係の努力、文化理解の努力、それを相手方に伝える努力、そういったものを全部放棄することにつながります。そうするとどうなるか。つまりは、軍隊と、もう少し先には核武装、ということになるのではないでしょうか。(力による外交に訴える方向に行こうとしているのか?)「つまり、力に頼って相手を脅して均衡を保つ、という筋道でしょう。次第に日本もそういう考え方に移行しつつあるんじゃないでしょうか。「普通の国」になることがいい、などと言う政治家が増えています。それは確かにアメリカもイギリスもフランスもやっていることですね。中国も核を持っている。だから日本も「普通の国」になって力で対抗しよう、それが果たしていいことなのか。(バランス・オブ・パワー論は冷戦時代の産物でもはや古い筈では?)「本当はそうだったはずです。ところが、そんなゾンビを生き返らせたのがアメリカだと思うのです。もうアメリカは世界を牛耳る唯一つの国ですから、バランスなんか関係ないはずでした。でも、そのアメリカがいちばん恐れているのが中国です。それは朝鮮戦争、ベトナム戦争以来、ずっとそうですね。そこでこのパワー論が息を吹き返すのです。アメリカは中国に対抗するために日本が必要なのです。ロシアが敵対国でなくなって、いまや中国だけがアメリカの喉もとに刺さった棘なのでしょう。だから日本はアメリカにとってどうしても手放せないアジアの拠点です。それが、戦前の記憶とダブってくるけれど、実は戦前と根本的な構造が違うと思っているのは、日本はアメリカに踊らされているだけじゃないかと。アメリカの言う通り、ほとんど何も考えずに動いている。戦前はむしろ、日本が自分たちの考えで何をするか考えていた分、今よりも偉かったのではないかとさえ思えてきますね。結局は軍部が台頭して、あの戦争という大失敗に突入してしまいましたけど。「日本文化をよく知ってください」ということですね。私が言っていることは、かなり民族主義的ですよ。右翼の方々と意見が合いそうに思うんですけどね。それと、アメリカには気をつけるように、ということです。実は明治維新だって、あの開国は結局アメリカの圧力が大きなファクターだったのです。拡大主義のアメリカは捕鯨のための寄港地としてどうしても沖縄と日本がほしかった。もちろん市場としても欲しかった。太平洋を我が物にしようと考えていたわけですから。アメリカのエゴです。それが今も続いていると考えれば、最近のアメリカの動きも理解できますよね。だから、日本がアメリカの力の下でどう動けばいいのか、もしくはアメリカの力から脱していくにはどうすればいいのか、常にそれを考えていくことがポイントになると思いますよ。アメリカべったりで自立を叫ぶ、 矛盾だらけの改憲論(2007.1.10 マガジン9) http://t.co/hHpSWsOTxX…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月11日
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田中優子 法政大学教授私は「色好みの文化」も研究してきました。『江戸の恋』(集英社新書)という本にも書きましたが、例えば江戸時代、「好色」という言葉は、男性にも女性にも使う、非常に評価の高い言葉だったのです。教養があって、芸ができ、恋心についてよく知っている人を指し、文化の担い手でもありました。最近の(自民党を中心とする「保守」勢力の)日本文化を守れ、という風潮の中にこの「色好み」は含まれていますでしょうか?いわゆる伝統主義者たちは、そういう平和で柔弱なものは伝統として扱おうとはしません。戦うのに都合のいい「武士道」を強調するのです。また、例えば「農民一揆」も、伝統といえば伝統でしょう。これは「一向一揆」などから始まったのですが、一揆を起こすには、きちんとした儀式と手順がありました。伝統にのっとって起こされたと言えるのです。これは権力に対する叛乱です。それも日本古来の伝統として認めるのですかと、秩序を重視し、やたらに伝統を言い立てる人たちに、私は問い返したいですね。伝統を守れ、と叫ぶ人たちはよく分かっていないのです。「日の丸・君が代」などを日本の伝統の象徴のように言う人たちがいるけれど、「君が代」の歌詞は単なる宴席の和歌で後には隆達小歌です。「君」はその時々の祝う相手で、誰でもいいのです。それを、天皇を指しているから伝統だ、などというのは日本文学を知らないから言えるのです。また、「日の丸」は明治以降に普及した船の旗印で、とても日本古来からの伝統などと呼べるようなものではありません。なにしろ、明治以前はこの国には「国家」という意識はなかったのですから」「(明治以前にあったのは)あったのは「藩」です。「国家」ではありません。だから、愛国心などというものは、この国には明治以前には存在しなかったのです。確かに、藩のためとか故郷が愛しいとかいう感情は強かったでしょうが、それは最近強調されているような愛国心とはまるで違うものでしょう。愛国心などというものは、本来の伝統の中には含まれていないのです。「愛」という言葉も「国」という言葉も新しいのですから。新しい言葉を作ってもかまわないけれど、そのときは「国を愛するとは、どういうことをすることなのか」を、きちんと説明しなければなりません。伝統や文化を尊重しろと言うのであれば「これが伝統文化である」ということを明らかにする責任があるはずです。でもね、その場合「私が思う伝統とはこれだ」と、みんなが別々のことを言い出したら、一体どうするつもりなのですかね、伝統文化を強調している人たちは、最近言われている「伝統」というのは、殆どが明治以降に成立したものです。すると、靖国神社も「伝統」に入ってしまう。ところが靖国神社は、伊勢神宮を頂点とする神社本庁組織の中に入っていません。つまり国家によって理念的に作られた神社もどきであって、土地と結びついた伝統的な日本の神社ではないのです。いわば「新興宗教」のたぐいです。日本では「英霊」という言葉も使いませんので、これも新しい。ここで想定されている「伝統」のほとんどは伝統ではない、と言うしかないんですよ。(万世一系の伝統、血筋が連綿と続いている伝統が世界に誇るべき日本の伝統という考え方もあるが?)血筋問題は誰が考えたってフィクションでしょ。論理的に説明できないでしょう。2600年以上も誰かの遺伝子が続く間には人口が増えるわけだから、その遺伝子はどんどん外に拡がっていっている、ということを意味します。そのあいだには様々な民族の血が流れ込んでいる。実際に証明されていることで言えば、もともとこの日本列島に暮らしていた人たちの中に、朝鮮半島から多くの人たちがやってきて今の日本人を形成しているわけで、そういう現実を見据えるならば、私たちは朝鮮民族の末裔なのです。「万世一系」を主張するとそこへ行き着きますから、伝統を守るためには朝鮮のかたがたを敬わなければならない。同時に、もともとの日本人の末裔であるアイヌのかたがたも敬わなければならない。反論するのであれば、日本人のミトコンドリアDNAについて学んでからにしてください。法律に書かれる「伝統文化」や「愛国」は、まやかしである。(2006.12.27 マガジン9) http://t.co/Bq9PC7oRKx…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月11日
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田中優子 法政大学教授近代に入るまで、「国家」という概念がなかった。そして国民なんて考え方は、それまでの日本にはなかったわけです。したがって、日本人という存在もなかったのです。江戸時代だって国という言葉はあったのですが、それはそれぞれの藩を指していただけです。だから、統一的な憲法のようなものはありませんでした。武士には武家諸法度が一応の規範ですが、これは全体ではなく、あくまで武家に対するものです。しかし武士なんていうのは、全人口のほんの二割ぐらいのものです。あとは、商人は商人道徳という不文律、個々の家では家訓というもの、農民は村の掟、まあそんな具合でなんとなく「そういう風に決めている」だけのことで、全体として国が何か基本的な姿勢を決めるなどということはなかったわけです。戦前回帰的な流れが強まっていることは確かでしょうが、その「戦前」というのがどこからどこまでかが、よく分かりません。まず、軍隊の問題ですよね。防衛庁の省昇格から始まって、どうも戦前回帰というより、「戦後放棄」といった気がします。戦後、新しく一から努力を始めよう、という決意表明が今の日本国憲法だったわけでしょう?それを捨てちゃおうってことですよね、最近の動きは。捨てることより守ることのほうが大変なんですよ、実は。だから、大変だからやめちゃおう、ってことなのです。ベストセラーになっている『憲法九条を世界遺産に』(太田光・中沢新一著、集英社新書 /2006年)という本を私が好きなのは、その点なのです。つまり、人間には本当は到達できないかもしれないことが憲法九条には書いてある、と指摘した。これは「日本人が」ではないんです。もしかしたら「人間には」無理かもしれないことが書いてあるんです。そこが憲法九条の凄いところだ、とはっきり語った。護憲運動として具体的にどうするか、という以前の問題です。もともと人間が堕落しないために、いろんなシステムが作られていて、修道院もそうだったし、日本では寺院やお坊さん、神社もそういうところでした。恐れ、畏怖ですね。そういうものが人間の堕落を押しとどめてきたという気がするんですね。実は一揆の掟のなかにも、そういう装置があった。人間を超えちゃうもの。私は、憲法九条というのは、それにすごく近いなと思うんです。あの本の中では「たまたま出来ちゃった」というニュアンスで語られていますが、その通りだと思いますね。考えたらできないですよ。果たして実現できるだろうか、なんて考えながらやっていたら、あの一文は出てこなかったんじゃないですか。現実化することが非常に難しいことが、憲法九条で明文化されている。様々な状況の中で「めったにないこと」が(憲法九条という)出来事として起こってしまった。これは、人類にとっての好機、それこそ「めったにない」チャンスだったわけです。日本の戦後というのは、この九条を守るためにはどうしたらいいのだろうか、というところから出発したのだと、私は考えています。そのためには、きちんとした外交をやらなければいけなかった。ところが、その外交努力が足りなかった。外務省に任せておけばいい、ということではなく、それこそ国を挙げて取り組まなければならなかったのに、それをやらなかった、もしくは、能力がなくてやれなかったのです。そして今、その「戦後」を、放棄してしまおうとしているのではないでしょうか。法律に書かれる「伝統文化」や「愛国」は、まやかしである。(2006.12.27 マガジン9) http://t.co/Bq9PC7oRKx(日本が戦後)きちんとした外交をやれなかったその背景には、やはり日米安保体制があったと思います。本当に、ここに一人で立たなければいけない状況になったら。アメリカべったりで自立を叫ぶ、矛盾だらけの改憲論(2007.1.10 マガジン9)…………………………………………The Penelopesのwatanabe さんという方 ( @penewax )がTwitterで紹介してくださっている言葉をつなげてUPさせていただきました。
2013年08月11日
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米軍基地。ベトナム戦争の時、日本から飛びたった爆撃機が民間人を殺すのが耐えられなかった。負傷した米兵が基地に運ばれてくるのが耐えられなかった。抑止力のために米国に土地と金と法的優遇をすることが真の国防なのか、私にはわからない。戦争はダメという気持ちだけ。それが理想論、空想論といわれ、国防を語れと言われても応えられないが、戦争はダメとだけはいわしてもらう。それはわがままとか言われても、命を賭してまで守るべきは、「安心」や「自由」だけだから。政府には戦力に頼らない外交をやれ!と愛国の有権者としてずっと言わしてもらう。
2011年09月15日
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沖縄から基地がなくなれば、基地の労働で生活を建てている人は路頭に迷う。原発を止めれば、原発交付金でやりくりしている自治体は破たんする。原発で働く人は首をくくらなければならなくなる。ということについて。これは、難しいことだけど、でも、とても不遜な言い方をさせてもらえれば、「本末転倒」。目先の得のためなら何でもアリということと同じだと思う。今は、基地に就労しているから基地がなくなれば失職する。今は原発の交付金が市の収入の半分を占めているから原発が止まれば社会保障もなくなるかもしれない。その時はね。だけど、私は、あえて言わせてもらう。基地はいらないし原発もいらない。他の仕事を生み出そう。自分と家族の安全と安心を脅かさない仕事をつくりだそうと言いたい。う~これはバッシングものかな?攻められても応戦はしません。言いっぱなし御免です。m(__)m
2011年09月14日
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愛国について。感情は強いられることでない。体の奥底から湧いて来るもの。強要は形ばかりの愛国でしかない。愛してほしければ、愛される存在になるしかない。土地も人も大好きで、それが健やかでいられることを願う気持ち。それこそが愛国だと思っている。日の丸について。私は日の丸には無感情。日の丸を振って家族を戦争に送り出した悲しい記憶には大いに共感し、日の丸への負の感情を共有できる。君が代は嫌い。式典では起立するけど歌わない。国は民が主人公だから。スポーツ選手が日本代表として日の丸に手を置き君が代を歌い勝利を誓うことに対する否定感情はまったくない。愛国について。「日本という国を愛する」というイメージがわからない。国っていうのがよくわからないので。近くの人、景色、音、空気、そんなものが大事で、大好きで、守りたい。それがたまたま日本にあるので、日本を、私の大事なものを傷めない国にしていきたいと願います。それが私の愛国。
2011年09月13日
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人は自分のしてきた仕事を正しいことと信じたい、誇りに思いたい。それが、何かの拍子で「違うかも?」と思うことになるかもしれない。その時、潔く「違うかもしれない」と思った正体について検討してみることができるかどうか。そして、検討の結果、やっぱり違うと思った時、潔く、自分の信じていたことを撤回できるかどうか。それができるかどうかは、その人の人生を決定的に変えるのだと思う。例えば、原発が安全だと言い続けてきた立派な学者が、今回の事故を経験して、過去の自分の主張を撤回できるかどうか。そして、今まで研究してきた知識の蓄積と知恵を、原発の被害を収めるために使えるかどうか。それとも、過去の自分を否定できずに、被害を隠し国民をだます学者であり続けるのか。これは、その人が、自分に偽りのない誇りある人生を歩めるかどうかの分岐点です。いや、過去の自分の業績が間違いではないと心の底から思えるんならそれでいいと思うのです。だけど、もし「あれ?違っていた!」と気付いた場合のことです。原発でなくても、学者でなくても、小さな小さな、名もない市民の私にとっても、この潔い修正は、人生においてとても大事なことだと思っています。
2011年09月12日
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下記のような問いかけをいただきました。横須賀の人が原子力船の存在に恐怖はないのだろうか?その恐怖を声にあげる人はいないんだろうか?という私の疑問に答えてくださった方からの問いかけです。私はこの問いかけに反論したいわけではありません。むしろ、こういう気持ちは当たり前だな~と思う。「デモ隊に対する不信感」として受けとれば、そうですか~・・・で終わってしまうんだけれど。でも、仮に「そうですか~、いやな思いをしましたね」っていう返事をしたとしたら、そういう自分にちょっと違和感を感じちゃうと思うから。だから、私は私の感じ方を書いておきたいと思った。ただ、「私はこういう考えです」ってい主張するのではなく、なぜ、私が「違和感を持つのか」を自分に確かめてみたかったから。以下、何日かに分けて書きます。------------------------------聞いてもらいたい事があります。デモ隊の事です…まだ現役の基地従業員だった頃、デモ隊の人達に口汚く罵られ罵声を浴びた事があります。私達をまるで売国奴のような言われ方で…でも、でもですよ…言ったその人達は、日本国旗を敬うことをせず、国歌である"君が代"さえも拒否する団体でした。おかしいですよね(♯`∧´)どちらが日本人なのか…? 横須賀では約8000人の日本従業員が働いています。基地が無くなれば、たちまち8000人の職が無くなり、その家族も路頭に迷う事になります… 私が言いたいのは、人は先ずその家族を養う為を最優先に考えるんじゃないでしょうか…今 問題になっている沖縄だって同じだと思いますよ!理想と目の前の現実とのギャップに苦しんでる思うんです。-------------------この方は、基地に勤めておられた頃、国防の一翼を担っているという誇りをもっておられたそうです。そして、今、原発事故の後、原子力の危険性について考えるようになられたそうです。まだ小さなお嬢さんがおられ、そのお嬢さんの未来を幸せであれと祈ってもおられます。その上で、いま、自分が何をなすべきか、考えておられるとても優しく真面目な方です。
2011年09月11日
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@yhiroshi1983: 「ショージとタカオ」40年以上冤罪裁判を戦う2人が主人公。見所は支援者が飄々としたタカオを当事者性が薄いと罵倒するシーン。担ぐべき御輿にはシャキッとしてもらわないと困るだろうが本人を非難するのは筋違い。望んで活動に身を投じた者と図らずも巻き込まれてしまった者の断絶が見えた気がした @BONC60: あと20日ほどで布川事件の再審判決の言い渡しですね。事件は冤罪として戦う男たちのドキュメント「ショージとタカオ」は、いい映画だった。まずは人としての生活ありき、に焦点があることが。戦うにしても足元が固まってなきゃ、キツイもんね。「・・・それでも、だ。それでもこの映画は不必要な感動や憤怒を私達に要求しないし、涙を強要することもない。」立教大学bunbunbun「ショージとタカオ」評 http://bunbunbunr.blog59.fc2.com/blog-entry-13.htmlオイラ、…略…この映画を観る前まで、人が人を裁くことの、ムチャクチャな仕方なさみたいなことを、映画の感想にかこつけて書こうかと、思っていたんだけど、この映画は、そういう感想を書くような映画ではなかった「ショージとタカオ」http://t.co/EUakkefお二人の表情がどんどん、どんどんすてきになっていってすばらしい記録映画であるとともに、一度、検察が有罪を言い渡した判決をくつがえすことがどれだけ無理に等しい事かということがよくわかります。 「ショージとタカオ」寺子屋日記より http://t.co/GM16gwj @moriyukogiin: 冤罪。自分が死刑になるかもしれないのにやってもいないことをやりましたと証言する。証言することにメリットがない、だからその証言や自白は真実だとされて多くの冤罪が生まれて来た。そのことに気付かない人が大勢いる。 @haradataku: K'S CINEMAで「ショージとタカオ」鑑賞。冤罪の怖さ、検察の酷さがよくわかる。主人公の二人それぞれがとても個性的で、ともすれば暗く悲愴な感じのドキュメンタリーになりそうなのを救っている。早く無罪判決が出るといいのだけれど。そして国はこの人達から奪った時間を償わねば。 @KAZU_CHANN: 映画「ショージとタカオ」新宿K‘s cinema 面白かった!人間の底力、いとおしさ、強さ、弱さ…いっぱいつまった映画でした。ドキュメンタリー、いいなあ。 @nakano0565: 今日は、新宿のK ’s シネマで、布川事件を題材にした「ショージとタカオ」というドキュメント映画を見てきました。素晴らしい人間賛歌のドラマでした。
2011年08月16日
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@kikutijun さんという人のつぶやきは、ほんと、わたしのむねにすと~んと納まります。ご紹介します。 @kikutijun: 基準値超の食材を毎日、子に与えたい親はいないだろう。また放射能が全く入っていない食物だけを食べさせるのも無理だろう。世論を収斂すれば、基準値を世界基準にし、測定頻度を上げ、子が被曝する蓋然性が下がれば、通常の食生活ができるということになるだろう。給食の測定義務化から始めるべき。 @kikutijun: 放射能から子供を守る人々を批判する意見の中に、イデオロギーの問題であり、非合理的だと言う意見があるが、そもそも合理的な数値基準が揺らいでいる中で、何をもって合理と考えているのだろう。学者も含め、全ての人がイデオロギーだけで物を言っているにすぎない。自らを省みてから、批判をすべき。 @kikutijun: 今更だが民主党のマニュフェストは最小不幸社会だったはず。震災と放射能に苦しむ人々は最大不幸に見舞われている。一方、大事故を起こしながら、頭を下げて舌を出し、ただ嵐の過ぎるのを待つ、最大幸福を味わう輩も跋扈している。最大不幸を放置し、復興をうたい上げるパフォーマンスはもう要らない。 @kikutijun: 稲わらは当然、水田に積まれていたもの。その水田はほぼ検証されることなく作付された。今回稲わら汚染が確認された地域の米については全量国家の買い取りを決定すべきだろう。このままではセシウム米騒動が、この秋以降全国で起こることは火を見るより明らか。政府にはもう逃げ回るのを止めて欲しい。 @kikutijun: 白石・公園の表土削り除染「子どもを放射能から守るみやぎネットワーク」は22日白石市田町のつくし公園で除染を行った。公園中央部で0.88μSvから0.16μSVへ(河北新報)>ご苦労様です。善意の人々の努力に甘え続ける計画的不作為政府。どれだけ被災地の民を疲弊させるつもりだろうか。 @kikutijun: 空気を読んで学校生活を送り、空気を読んで就職し、空気を読んで生活し、空気を読んで家族と接していくうちに、何が大事なのか分からなくなり、何が自分なのか分からなくなるのが日本社会。この文化が続く限り、やはり原発は安全にならないだろう。私は空気を読まずに今日も「放射能コワイ病」で結構。7/30 @kikutijun: 福島の自主避難者には、現状補償がないため、住宅ローン、二重生活の費用などにより、苦悩を味わっている。この苦しみ、悲しみの怨嗟に国は応えない。子を思い避難して、生活が壊れ、愛されるべき子が路頭に迷う。その恨みが国家に向かい、テロという形でさらなる悲しみが再生産されないことを祈る。8/8 @kikutijun: 現在の宮城の行政には、放射能行政に関して旗振り役がいない。肉牛問題でも米問題でも、国以上でも国以下でもない答えしかない。何も自ら提案して県民を守るという発想がない。初動のミスはもう戻れないとしても、その分リカバリーするような姿勢が見えない。まず食の問題(米と給食)が試金石となる。8/11 @kikutijun: 二つの選択肢があると思います「薄めて広めて皆で食べて、リスクが一か所に集まるのを防ぐ」と逆に「一か所に集めて、全体への拡散を防ぐ」。どう考えても私も後者があるべき姿だと思いますが、今の政治は、その一か所の選択をする度胸も能力もないのでしょう。すると反射的に前者しか選択肢がない。 8/12@kikutijun: いつまで福島の人を宙ぶらりんにしておく気だろうか。科学の粋を集めれば、除染できる範囲、できない範囲をもう決定できるはずだ。戻れるなら戻れる人生プラン、戻れないなら戻れないプランを考えさせてあげたい。どちらにも自分を存分に投下できないストレスはいかばかりだろうか。思うだけでつらい。
2011年08月16日
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井手洋子監督『ショージとタカオ』K'sCinemak'sCinemaはなぜに3ヵ月もショージとタカオの上映を続けたか。3/16判決→19日ベストタイミングで封切りの予定が、震災で判決は5/24に延期。事件や映画を取り上げるはずだったマスコミも予定変更。停電や震災後の不安で客足も激減。最悪のスタート。判決が延びたなら上映も続けよう、と腹を括った支配人がすごい!布川事件に関係ない「映画に携わる人」としての心意気。映画はともかく「おもしろ」くなくちゃ!と語る酒井支配人。3ヵ月のロングランは珍しいとのこと。でもやってよかった!と副支配人。K'sCinema、かっこいいぞ!158分という長編ドキュメンタリーは上映スケジュールの組み方が難しく、上映館探しに苦労している監督。K'sCinemaの支配人は語る。「監督が決めた長さを上映の回転に合わせればいいだけのこと。長かろうがそれが監督の必要とした長さ。それが作品なのだから。」さらにK's Cinema支配人「ショージとタカオ」の井手監督について。ドキュメンタリーは撮る側と撮られる側の距離の置き方が作品を決める。井手さんの距離感は絶妙。14年の長きにわたりその距離を上手に保ちながら信頼関係を築いていったことが映画に表れている。と、絶賛Thanks!さて「ショージとタカオ」。人生のいい時を冤罪に奪われたと思えない二人の人柄が明るく前向き。後半は事件と裁判の経過がテンポ良く描かれ、音楽と語りがかっこよくて、いい映画だ。判決後にみたら裁判の長さ、不当さ、二人や弁護団支援者の歩みの厳しさを改めて感じた。あんまりにもK's Cinemaの酒井支配人がかっこいいので宣伝を一言。後からいらした副支配人もすごくさわやかな方。ショージとタカオは終わりましたが、新宿東南口の映画館。程よい小ささと椅子・音・スクリーン、すべてが心地よい映画館。小さいロビーと広く清潔なトイレもうれしい。
2011年08月15日
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被災マツ、「送り火」に使われず 鎮魂の思い書かれた薪 http://t.co/GoMX9Ec 鎮魂の薪の話。私が観たテレビでは、大文字主催者 NPO代表者が、頭をまるめ謝罪に行き、全てのメッセージを実際に京都で燃やす薪に書き写すと言ってました。放射能を心配した意見は20くらい(うろ覚え)寄せられたと。難しいことが今後もたくさんおきるだろうなと。「計測の結果、安全だというのに、被災地を傷つける行為だ、ゆるせん!」という意見をみるが、散々「安全デマ」を聞かされてきて「鎮魂の思い」を含んだマツなら、放射線を心配したら人でなしなのだろうか?「被災地応援」の美名で国民が分断されそうお互いに申し訳なく思い気持ちを語れなくなる。想像力や気遣いの深い人ほど、口をとざすようななる。当然の要求を出せなくなる。助かるのは国や東電。補償する側はほくそえむ。それがたまらないのです。
2011年08月11日
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『ショージとタカオ』ささやかな日常を奪われながらも、それが回復してゆく過程を井手は寄り添いながらカメラに収める。~中略~日常の振る舞いもまた、それを禁じられた者にとっては、とても貴重な体験であるというひどくシンプルな事実だ。(むしるさん)http://amba.to/lVNKF8ショージとタカオ「冤罪と云うキーワードが大前提にはあるものの、それをちょっと脇に置いておけば、誰もがあてはまる今の社会への足掻きみたいなものが描かれている映画だった」(野口英司さんブログより)http://www.ag-n.jp/ag/2011/05/post_679.html @Lausann: 『ショージとタカオ』みてきました。 彼らが無実であり、国の制度がおかしいという撮られ方が、やや一方的であるように感じた。 「もし人生がこうだったら」と考えるのはナンセンスだと思う。彼らの生き方を見て、活力が湧いた気がする。 @amenic_film: 『ショージとタカオ』観てきた。長いのにちっとも長くない。学生・院生による事件当時の新聞報道の検証、お二人の発言でメディアの警察発表鵜呑みの実態も明らかに。京都では7月に公開予定だが、みなみ会館なら車椅子は難しいので、まぁ、きょう観られてよかった。ありがとう、同志社浅野ゼミさま☆ @yuki_tuge: 昨日、同志社でやってた布川事件のドキュメンタリー映画『ショージとタカオ』の上映会&トーク行けなかったけど、今日の浅野先生の講義はショージとタカオのお二人と監督さんがゲストでお話聞けた! やり直し裁判は5/24。映画はhttp://shojitakao.com @ideyou: 上映後のお疲れ会も盛り上がりました。参加したゼミ生や元ゼミ生の方々、ストレートに、自分の言葉で映画を見た感想を話してくださいました。若い学生たちに囲まれて、ショージとタカオも笑顔。 @KosukeYAMAchan: ドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」視聴終了。布川事件で冤罪を訴える二人の男が主人公で、キーワードは女と仕事。フツーの生活を送りたいオジサンの人間味あふれる映画です。 @39taro3beta: コッソリと映画『ショージとタカオ』を観てきた。コッソリと帰るつもりが、あまりに大当たりだったので、久しぶりに観て観てモードでtwる。なお、これは5/12時点での評価であって、おそらく今後とも観返すであろう将来の評価との整合は全く考慮していない。以下3連tw。@39taro3beta: 1/3)『映画「ショージとタカオ」は5/24判決前に観るとまた格別』 布川事件再審「被告人」の2人を描いたこの映画の、真のエンディングは上映時間に含まれていない。公開直前の3/16、世間に知れ渡るハズだった、再審無罪判決を借景するからだ。しかし震災、水戸地裁土浦支部も被災。@maymoon5: チケ、買いました。ショージとタカオがすごすぎて、ことばにならない。@ideyou: ショージとタカオ、9月に上映予定の取手の方々との交流会終了。会の中に、ショージとタカオが入学した頃、龍ヶ崎一高の教師だった方がいてびつくり。@ykkic: 5/27(金)「ショージとタカオ」無罪判決記念イベント! ?ショージとタカオ、冤罪と人生を語る? ゲスト◎桜井昌司さん・杉山卓男さん 特別ゲスト◎江川紹子さん 他ゲスト有り 場所◎明治大学リバティータワー1F1011教室 時間◎18:20開場/18:45開始/21:00閉会@Shoji_to_Takao 「めげない あきらめない たちどまらない」は、この映画を産み出し 育て 共に歩き続ける井手さんの姿でもあります。ショージ・タカオ・井手洋子の生き様は必ずや人に勇気と希望を与えるでしょう。私も前を向いて明るく正直に歩こうと気持ちを新たにしてます@hapones: 本日午後10時よりBS11「インサイドアウトinside out」が、「24日再審判決 布川事件の真実は」というテーマで放送。「ショージとタカオ」の映像ディレクター井手洋子が出演します。@chanmi_3: ショージとタカオやばかった(ーー;)涙止まらなかったんだけどw@Shoji_to_Takao: 5月24日ショージとタカオの再審判決まであと一週間。めげずに、あきらめずに、立ち止まらずにやってきた二人のゴールはもう少しです。@satomi117: http://bit.ly/lOr03F布川事件の再審判決、24日。ドキュメンタリー映画『ショージとタカオ』しみじみよかったです。判決前にぜひ観ておきたい映画です!@cinemalunatic: @ideyou 井手監督、日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞受賞おめでとうございます!24日、カウントダウン始まって、これはもう大きな励みですね!本当に素晴らしいことです!映画をオススメさせて頂きながら、お二人がフツーのおじさんになれるコト、祈ってますよ!(ルナハナ)@ZentaNISHIDA 昨夜の会合でドキュメンタリー「ショージとタカオ」を激烈にススメられた。やり手のドキュメンタリー作家が脱帽した”凄み”。布川事件の冤罪ドキュメント。撮り方も編集も至らないけど、作品としてはすごい、と。@Shoji_to_Takao: 17日に発表されました、日本映画批評家大賞 ドキュメンタリー作品賞を「ショージとタカオ」監督:井手洋子が受賞しました!!みなさん、ありがとうございます。映画はまだまだ上映中ですやっと言える!日本映画批評家大賞受賞おめでとう!!私もうれしい!控訴しないって新聞にもあったけど、あれも嬉しい!歴史に残る判決と歴史を残す映画「ショージとタカオ」に乾杯!みんな観てね!@nag_masaki: さきほど、報道番組『インサイドアウト』(BSイレブン)の布川事件の回、録画を視聴。映画『ショージとタカオ』の予告編は初めて観たかもしれない。ただの冤罪映画ではない雰囲気をコンパクトにアピールしていて好印象。生出演の井手監督の受け答えも、なんとも堂々としたものだった。@amneris84: 私が布川事件を知ったのは、作家の佐野洋さんの著書「ノンフィクション・布川事件 檻の中の詩」(双葉社)だった。手元にあるのは、1993年の初版。再審が始まってから読み返してみたが、なんとこの時点で、取り調べのビデオ撮影の必要性に言及していた。その時からの歩みの、なんと遅いことよ!@amneris84: (続)別件逮捕という捜査手法が不当なだけでなく、被告人は無罪を主張し、物的証拠はないのに、慎重な審理をせずに有罪にした裁判所の責任も大きい。それを考えれば、罰金の執行猶予みたいな姑息なやり方はせず、本件は無罪、別件は免訴にして、刑事司法の過ちを謝罪することが望ましい。@amneris84: 布川事件について関心を持った方は、ぜひ井手洋子さんが14年間かけて桜井さんと杉山さんを撮影した映画「ショージとタカオ」を見てもらいたい。ジャーナリストがほとんど2人に注目していない、仮釈放の時から取材を始めている。2人が自由になってまもない頃の発言は、すごくインパクトがある。@ideyou: こんばんは。ショージとタカオのやり直し裁判判決(5/24)まであと1日!ああ、カウントダウンまにあった。今日は、明日の判決を受けて報道したいというテレビや新聞の対応に追われて大忙しの一日だった。@bakaaking: 凄い番組やるみたい。 5/30 0:50- 4ch 『布川事件 隠された154の証拠』 29年投獄された二人に今月再審の判決が出る。 これまでに検察が154の証拠を隠していた事が判明。 二人はどのように犯人にされていったのか http://p.twipple.jp/eTZcL
2011年08月09日
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新百合ヶ丘のアルテリオシネマにて、ナチス、偽りの楽園を観てきた。 こないだの「光のほうへ」がすごくよかったので、今日は感動薄! 映画に1800円もちときついけど、何より交通費が高いな。 映画と同じほどかかるから、これはかなりのぜいたくです。 観たいのはたくさんあります。 「ナチス偽りの楽園」 世界を欺くためにプロパガンダ映画を創っていたなんて知らなんだ。 前半はクルト・ゲロンの説明みたいで少し眠くなったが、 後半はね、身をのりだしたよ。 人々のインタビューと実際の映像でナチスの恐怖がじわっとくる。 @theaterkino:さんによれば・・・ 【ナチス、偽りの楽園】監督インタビュー 映画をつくるきっかけは?= たまたまクルト・ゲロンの話を聞いた時、 私はスティーヴン・スピルバーグのために脚本を書いていた。 彼ならこの有名なユダヤ人監督に興味を示すかもしれないと思い話してみると、 映画製作への出資を快諾してくれたのです。
2011年08月08日
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@medyamagen さんのツィッターから気がついたのだが、近くの町田市相原というところに青木医院というとても古めかしいお医者がある。江戸の終わりごろ種痘を広めていた医者らしい。種痘は長崎蘭館医から日本に入り緒方洪庵らが広めた。なるほど、あの由緒正しい門構え。JINみたいな話だ。
2011年08月08日
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@yuchan_spl: CIEMAで「ショージとタカオ」を観ました。冤罪と思われる布川事件を扱っているのに、二人のキャラが強くて、まさにショージとタカオという感じのドキュメンタリーです。仮釈放された時点ですでに50歳だったのに、結構速効で彼女までつくってしまう彼らのバイタリティは凄い。@cinemalunatic: 9月のフライヤー、のろのろ製作、始める。『ショージとタカオ』がルナティックに登場!布川事件の犯人とされ、29年間も自由を奪われたショージさんとタカオさんが仮釈放で娑婆に出てからの14年間を追ったドキュメンタリー。過酷な運命を驚愕の明るさで突破したお二人!惚れますよ!で、映画を観た後、誰もが二人に励まされ、何かしなきゃ、何か始めなきゃと思わずにはいられない映画なんです!『ショージとタカオ』は!めげない、あきらめない、立ち止まらない!この言葉、そっくりそのままルナティックを守る会に!たくさんの人に観てもらいましょう、松山で!(ルナハナ) @gunjobooks: 大分のみなさーん。シネマ5で30日よりドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」が公開されます。先に再審無罪となった冤罪・布川事件の2人の元被告の仮釈放から再審公判開始までの14年間を追った記録です。獄中も含めて44年間も闘いつづけた男たちの、全然暗くない、時に笑えるドラマ。 @kei_kororo: 「ショージとタカオ」笑い泣き。支援者の一人に自白までの期間が短いと指摘されるシーンあったけど、自白しないと死刑、とか、裁判で話せばわかってもらえる、って信じてるような普通の若者だったんだよね。二人の前向きな明るさに救われたけど、笑顔の裏の苦労を思うと胸がつまる。けど観てよかった! @kei_kororo: @ideyou 暗いテーマ、絶望的な状況にもかかわらず、見終わった後に勇気や希望が湧いてきたのは、お二人の少年のようなキラキラした目とそれを見つめる監督の愛を感じたからだと思います。今ある普通の幸せに甘んじることなく、きちんと生きたいと思いました。ありがとうございました!
2011年08月04日
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「光のほうへ」よかった。高福祉のデンマークの下層社会でいきる人々。どの人も「ダメ人間」なんだけど、優しくて繊細。原題サブマリーノは潜水艦、水に顔を浸け自白を迫る刑罰の意味がある。親子:家族:福祉:愛:絶望:希望…最後会場が明るくならなければもっと泣きたかった。最後の最後でこみ上げてきましてね、エンドロールの間だけ泣けそうだったのに、後ろのご婦人が「ハンカチがない」とか「落ちてるんじゃない?」とか喋り始めちゃって、明るくなっちゃったので泣けませんでした。残念。お盆はひめゆりを観ようかと思います。会場を出た後、ロビーで、後ろのご婦人が「私たちには日常じゃないけど、悪い環境の中ではよい子も悪くなってしまうのよね。やくざな家庭では浮かび上がれないわね。本当はいい子なのに…」と話していた。なんだか違和感を感じた。「良い家庭」で沈んでいく子もいる。
2011年08月02日
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「静かな黄昏の国」篠田節子 短編集。恐ろしい!ホラーだ。現在進行中の原発事故も遺伝子組換も臓器売買バイヤーもアニメゲームオタクも色々怖い。何年かしたら篠田節子の『静かな黄昏の国』みたいに高価な天然食品を買えない庶民は、カロリーメイトみたいなビスケットをご飯として食べるようになるのかな?家々の草や木は作り物になり、森には頭がふたつある鹿が歩くようになるのかな?なりそうな気がしてしまう。
2011年07月24日
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気がつけば、今日は私の誕生日!よく頑張って生きてきました。これからも、なるべくゆるゆるいきます。おめでと!おやすみ!気がつけばすでに23日!今日は息子の誕生日!高齢出産で促進剤を使えず、50時間以上かかったので、3500グラムもあるのに保育機に入れられていた。命懸けで生まれてきてくれた息子が、18年間生きてくれました。おめでとう!こんな無策が続いたら20年後の日本は飢饉と医療費増。運良く健康に育っても、飢えと貧困にあえぐ大人になるのかと思うと、子供たちに申し訳ない。こんな国に生んでごめんね、と、息子たちに思ってしまう。ときどき泣けてしまう。
2011年07月23日
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熱海に向かっています。海は波がたかい。海の家の呼び込みは例年どおり。おいしそうなサマーオレンジなど売っている路ばた。台風の片付けの清掃車があちこちにいる。水田の若い緑が風に吹かれて波をつくる。よい天気。父の部屋を片付けにいきます。父の部屋の片付けをした。父は頑張ってここで生きていたんだなと思った。父を好きだったわけではないが、父と交わした言葉やメールを思い出してやたらと泣きそうになる今日このごろ。波のように泣きたい気分が押し寄せてくる。片付けていたら、最後の数週間のヘルパーさんの記録がでてきた。生きてることが、すごくきつかったんだろうな。もっと行って、ついていてあけたらよかったな。あぁ、今日は泣きそうな波が何度も来る。そんなときはわーんわーんと泣いたほうがよいのに唇を噛んで我慢している。一人暮らしだったら泣いて過ごしたな。
2011年07月22日
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ジーンワルツを読みました。理恵先生が立派すぎてのめり込めなかったけど、最後に彼女の恐ろしさを知った。さすが海堂、医療問題が突き付けられる。あの役を管野美穂がやったのか。やはり観てみたかった。
2011年07月14日
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国会中継がなんともふがいない。この人たちは何をしたいのか?今頃、何をしてるんだ?佐藤ゆかりは、ストレステストをして問題が出れば、再稼働するために補強する費用が必要だ!金が掛かるから問題だ!と言っているのだな?たまげたな。佐藤ゆかりは、熱中症が増えてるのは無理に節電させるからだ、原発を止めるから電気が足りず、熱中症に掛かるお年寄りがいるから、浜岡も玄海も今止めたらダメだろ~と言っているのだな?たまげたな。佐藤ゆかりは、原発は定期検査で止めていても、爆発したらどうせ放射能が飛ぶんだから、今止める必要はない!というんだな。何度もたまげさせてくれるな。今後も夏だけ原発動かせってか?9月9日になれば止めるってか?佐藤ゆかりは、浜岡や玄海を止めて代替エネルギーをどうするのか?熱中症で死者も出てるのに~とすごんでおる。枝野氏、もう福島では、事故後のように放射性物質が飛んでないから、窓を開けても良いし半袖で歩いても全然心配ないんだとさ。被災地の皆さんが傷つき呆れているのは、松本元復興相にたいしてだけでしょうか?なんとかしろよ!と怒っているのは菅首相にたいしてだけでしょうか?
2011年07月07日
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母と対面すべきか。逃げ続けるべきか。頭がパンパンになる。はぁぁぁ。どうしたらいいかな。いきていてそうつらいこともないけどいきていなくてもいいななどとおもったりする。こどものためだけだな。
2011年07月05日
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もう母の正体を知ったのだから恐れることはない。恐れるのは「よい娘、よい人であるべき&あろう」としてしまう私自身の習性。「道理・正論を語る」癖。家族に被害を及ぼす母を「治したい」と思ってしまう虚しい期待。要するに「真正面から対面しない工夫」ができればいいんだと思う。
2011年07月04日
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