当時はその発見された墓の上に礼拝所を建てて人々の信仰を集めていたが、西ゴート王国の復興を目指していたアストゥリアス王アルフォンソ2世が教会の建設を命じたのが今にちの大聖堂の始まりであると言われている。
名も知らない教会の前を通ってすぐに『オブラドイロ広場(スペイン広場)』が眼前に広がり、左側に『サンチアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂』が、左側にパラドール『LOS REYES CATOLICOS(ロス・レイエス・カトリコス)』が現れた。
外観だけでなく中も拝見したかった。いや、どうせ贅沢を言うなら泊まりたかったっ。←素直な気持ち(笑)
次はいよいよ『サンチアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂(カテドラル)』の見学である。
このオブラドイロのファサードを入れば、そこにロマネスク様式の最高傑作と讃えられる『栄光の門(Portico de la Gloria)』が待っている。12世紀に名匠マテオが約20年の歳月をかけて1188年に完成させたものだ。元はこの門がファサードだったが、改築時にオブラドイロのファサードで保護するように包み込まれた。マテオは橋の建築家でもあり、この門の重みを支えている地下聖堂にも手を加えて補強した。
小高い丘になっているエラドゥーラ公園の眺望スポットに到着するとすぐ、そこにあったベンチに腰掛けて入れ替わり立ち代わりの記念撮影大会となる。
旧市街を抜け、大聖堂へ戻る。今度は正面ではなく時計塔のある裏側へ向かった。
時計塔を目指して進むとそこは大聖堂の南門である『銀細工(プラテリアス)の門』だ。



聖堂内に入り、左右に弧を描く通路を左に行く。十数mほど歩いてすぐ壁に赤十字が記された地下への入口を降り、狭い階段を降りると、螺旋を描く鉄格子の向こうにまばゆく照らし出された聖櫃が安置されていた。両隣に弟子のテオドロとアタナシウスの棺があり、その真ん中に守られるようにしてある聖櫃こそが聖ヤコブの遺骸を収めたもので、この大聖堂の所以そのものだ。聖櫃の上には墓の場所を教えたという星をかたどったものもある。まさにここが墓が発見された場所で、中央祭壇の真下に位置している。
地下墓地から出て左に進路をとると、高さ22m、奥行き97mの身廊に出た。翼廊は65mあり、ラテン十字型になっている。その目にまず飛び込んできたのは、半円を描く天井から長いロープで吊るされロウソクを模した明かりの灯された黄金のシャンデリアと、たくさんの天使が舞う17世紀バロック時代の大きなパイプオルガンだった。パイプオルガンは向かいの壁にももう1つ対であり、これも祭壇の1つかと思うほどの豪華さである。
普段は大聖堂横の博物館に展示されているボタフメイロだが、今は聖ヤコブの年であるため毎日12時から行われるミサで使用されるようだ。
そのとき巡礼手帳を広げて見せてくれた人がいて、写真に撮らせてもらった。やはりホタテ貝を図柄にしたスタンプが多いようだ。
巡礼者はまず栄光の門の聖ヤコブに祈りを捧げ、続いてこの中央祭壇の聖ヤコブを抱擁し口づけをすることが習慣となっている。もはや一種の儀式とも言えるかもしれない。こうして、巡礼が終わったことを実感するのだ。数百kmの旅を、この瞬間を目標として成し遂げたのだから感慨もひとしおだろう。

