In limited space and time

4.1本目の無言電話


朝、沙弥佳の家に1本の電話が掛かってきた。
「もしもし…?」
寝ぼけた感じで受け応えをする沙弥佳の声で、私は目を覚ました。
「あれー?何なの…もう」
「どうしたー?」
「なんか無言電話。朝からマジウザイんだけどー」
その電話で早く起きたため、ゆっくりと朝ごはんを食べた。
10時ころに家を出た。歩いて駅まで向かう。
ふと、昨日たまたま通った電話BOXを見た。
特に代わり映えのない、普通のものであった。
30分くらいで、店についた。「ティアドロップ」。馴染んだ名だ。
「あ。こら、サボリ魔。遅いんじゃねぇのか」
入って早々、健司が絡んできた。そういえば、仕事を任せて帰ったのだった。
「全く、ビデオもテレビの上に置きっぱなしだったしよ」
「え?」
確か、店長は無くなっていた、と言っていた。どういうことか。
「ほら、見終わったんだからしまっとけよな」
「私がー?…店長ー!レジの横に置いておいてもいいですかー?」
いいよー、という声が奥から聞こえた。無かった、というのは、恐らく店長の見間違いだろう。

「いらっしゃいませ」
誰か客が来たようだ。龍平が挨拶をしている。
「あ、斎藤さん!」
声をあげたのは健司だった。斎藤という男は、健司の隣の家に住む会社員だ。
と同時に、この店では有名な心霊モノ好きな常連でもあった。
「そうだ…斎藤さん。これ見てみませんか?」
新作の心霊ビデオを2本持ってレジにやってきた彼に、健司は例のビデオを勧めた。
「ちょ…何考えてんのよ!そんなもの見せていい訳ないでしょ!」
「まぁいいじゃん・いいじゃん。斎藤さんなら何か分かるかも知れないし」
「何々?そんなに怖いの?」
斎藤さんが聞いてきた。心霊モノは似合うが、ネクタイは似合わない。
「じゃあ、これも一緒に頼むよ」
結局、そのビデオを斎藤さんも見ることになった。果たして彼は何を見るのか。

その時、沙弥佳がまた震えていることに気付いた。
「どした、さぁ?寒いか?」
龍平が聞くが、もうすぐ8月だ。そんなはずはない。冷房も、まだ点けてはいない。
「い…今ね、あそこに誰かいたよ」
そう言って、沙弥佳は店の角を指した。カーテンで仕切ってある。アダルトコーナーの場所だ。
「なんか…いた。白い変なの」
「え-?気のせいだって。だって今、客いないよ-」
斎藤さんが帰ってからは、客は誰もいなかった。
「見てる…絶対こっち見てるよ…何だろ?」
私には見えない何かに怯える沙弥佳に、何と言えばいいのか分からなかった。
「あ…え-っと…ほら!健司じゃない?!あいつ時々あそこのビデオ持って帰ってるし」
「ぁ?健司…そぅだったのか」
「何言ってんだ勝手に!AVなんか持ってかねぇし、そこにも行ってねぇよ」
「だったら…今のは何なの?…やっぱり、あのビデオの…」
「さぁ…」
得体の知れないものに怯える沙弥佳。これでは仕事どころではない。
「沙弥佳くん、今日はもう帰りなさい。店もしばらく休んでも構わない」
「店長…」
「疲れてるんだよ。落ち着いたら、また顔を出しておくれ」
店長の配慮で、沙弥佳はしばらく休暇を取ることにした。
しかし私は、沙弥佳のは疲れではなく、別の何かだと思った。
「さぁ、送るよ。なんか心配」
「いいよ、亜依。これ以上迷惑はかけたくないもん」
結局、それで沙弥佳は帰途についた。


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