ひこうき雲1



ひこうき雲(犬太のその後のものがたり)

11月17日の晩、ボクと母さんはいつものように散歩に出た。いつもなら、さっさとシーをして帰るところだったけど、この晩に限ってボクはシーする場所に、とことんこだわった。あっちでもない。こっちでもない。
 やっぱり、道の反対側の草むらに行こう。くるっと身体の向きを変えた時、ハーネスが外れてしまった。
 まあいいや、渡っちゃえ。
 もうすぐ向こう岸に着く。でも反対側に母さんをおいて来ちゃったよ。母さん大丈夫かな?
 振り返ろうとしたその時だった。
 ドン!!!!
 耳元で大太鼓を思い切り叩いたような衝撃があった。何なんだろう、今のは?
 次の瞬間
「犬太ぁぁぁぁっ」
 っていう、ボクが今まで聞いた事のない母さんの悲鳴が聞こえた。
 何?母さんどうしたの?
 母さんは、一目散にこちらに向かって飛び出してきた。通る車は急ブレーキをかける。
 しかし、母さんは、ボクではなく、ボクの目の前に横たわるワンコを抱き上げた。
「犬太あぁぁぁっ、犬太犬太犬太、犬太犬太、しっかりしてえ~っ」
 母さん、母さんこそしっかりしてよ、ボクはここにいるじゃない。どうしてそのワンコを抱っこしてるの?
 母さんはワンコを抱っこしたまま、国道の反対車線を家に向かって走り始めた。
 あっ危ない。なんてことするんだ。ボクは母さんの前を走った。するとボクに気づいた車は次々ハンドルを切ったりブレーキをかけたりして、母さんにはぶつからずにすんだ。
 母さんは、「犬太犬太犬太」って何かに取り憑かれたように言いながら、ドアを蹴って開けた。
 お姉ちゃんがそれからお兄ちゃんが飛び出してきた。
「犬太が!犬太がおにいちゃぁぁん!!トラックに轢かれたの-!」
 母さん、何言ってんの、抱っこしてんのは犬太じゃないでしょ?犬太はここ。ボクが犬太だよ。でも誰もボクに気づかない。
 3人は、静かにワンコをバスタオルの上に降ろした。
 お姉ちゃんが、懐中電灯を持ってきて、ワンコの目を開いてのぞいている。そして母さんの方を向いて首を横に振った。
 お兄ちゃんは、涙を流しながらどこかに電話している。
「母さん、そんなんじゃ連れてきてもだめだろうって・・・・」
 お姉ちゃんはペットの葬儀をしてくれるというお寺に電話をした。
午前10時から葬儀と決まった。
 3人は、泣きながらわんこに毛布をかけた。
 母さんは、泣きながらホムペ仲間に電話をかけている。でも言葉にならないからうまく伝わってないようだ。
「犬太が・・・・死んで・・」
 えっ?死んだ?ボクが?
 ボクはここにいるじゃない?
 ボクは混乱する頭をどうにか落ち着かせようと苦労していた。
 ボクは、自分の身体がいつもと違うことに気づいた。いつもは母さんの膝よりもずっと下にボクの顔があるのに、今ボクは、母さんの頭より上からみんなを見下ろしている。
 ボクは自分の足下を見てみた。ボクの足は母さんの肩よりもまだ上に浮いていた。
 ボクはボクじゃない。あれは犬太なの?だったらボクは誰?ボクが犬太だったらあれは誰?
 下では、3人が
 「痛…かっ…た…だろ…う」
と言っては、多分さっきまでボクであったワンコをさすっている。
「痛くも何ともなかったよ。だって太鼓が一発鳴っただけで、ボクがボクから飛び出しちゃったんだもの」
 一生懸命言ってみても誰もボクに気づく事はなかった。

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