「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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イシュカ篇 (2)
愛すべき魔性たち
モクジ
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「・・・・・で、あなたが子馬のイシュカだと、そう主張するワケね。」
「シュチョウとかじゃなくて、そうなんだよ。信じてくれないの?」
イシュカを名乗る男は、そう言うと、本気で目に涙を溜めていた。
確かに馬屋を見ると、イシュカはいない。
と、いうことは・・・ということはっ!
「あんた、うちのイシュカを勝手に逃がしちゃったんでしょう!あんな駄馬だって、売れば多少のタシになったのにっ!!」
「ひ・・・ひどい・・・・!!」
なによ、そのマジで傷ついたような顔。
「可哀想に・・・っ、ロマちゃん、お父さんが亡くなって、すっかり現実にスレてしまったんだね!でもね、僕たちの世界では、ヒネた子馬は、(飼い葉の)もらいが少ないって言うよ。世の中、もっと優しい心で信じ合って生きないと、結局幸せになれないんだよ?」
・・・・変質者に憐れまれた!!
「あぁ、もうラチがあかないッ。あんたがイシュカなら、証明して見せてよ。この場でパパッと、馬に変身すれば納得するわよ!」
「それは・・・僕は、そんな霊力が強くないから、思い通りに変化
(へんげ)
なんてできないよ・・・。」
ほらね。
「・・・・ロマちゃん、僕たちあんなに仲良しだったのに、分からないの?つい2週間前、一緒にノースパークに行って、遊んだじゃない・・・。ロマちゃんは4つ葉のクローバーを見つけて、僕に食べさせてくれた・・・。」
・ ・・・・・・・。
・ ・・・なんで、そんな事・・・・知ってるのよ・・・。
「僕・・・僕、せっかく人間になれたのに・・・なのに、こんな・・・・」
ボロボロと、空色の瞳から大粒の涙を流す、自称イシュカ。
なんだか、私の方が悪いみたいじゃないのよ・・・・。
「・・・・あのね・・・。百歩譲って、本当にイシュカだとして。これまで全然話せなかったのに、何でいきなり人間になれちゃうの?まさか<アルプス天然水>のせい??」
「ううん。それは関係ない。」
グッバイ、お父さんの努力。
「あのね、ぼく今まで、本気で人間になりたいって思わなかった。」
イシュカは、じぃっと私の目を見つめた。
吸い込まれそうな、とてもキレイな黒目がち(いや、青目がち?)な瞳。
こういう目をした動物は、素直なのが多いのよね。
「お父さんが亡くなって、ロマちゃんが一人ぼっちで・・・泣いていて。初めて思ったんだ。人間になりたい。人間になって・・・ロマちゃんが寂しくないように、慰めてあげたいって・・・。強く強く、そう思ったんだ。」
ふむ・・・。それはどうも。
「側にいて、お話しして、一緒に遊んだりして・・・・」
うんうん。
「お散歩して・・・デートして・・・・・時々、×××したりして・・・・」
ちょっと待て!!
最後のは何よ、最後のはっ!!!
「ね!素敵だと思うよね!僕、ずっとロマちゃんと一緒にいてあげる!!」
私の気持ちは無視ですか?
* * *
ともかく、そんな感じで私とイシュカの、「一つ屋根の下」生活は始まった。
暮らしてみると、この人・・・いや、この馬は、とにかく変わり者だった。
バランスが悪い。
見た目と中身が、アンバランス過ぎる。
外見は、18くらいの好青年。
なのに精神の方は、小学生並み。
そ、そりゃぁ、可愛いなぁって思って、うっかり撫でぐりしちゃう時もあるけど・・・・・・。
でもねっ、ちょっと放っておくと物は壊す、部屋は散らかす、芝生は喰う・・・。
おまけに淋しがり屋で、無視すりゃ、ぐずる、すねる。
まるでお子様。
ただでさえ、生活厳しいのに、とんでもない厄介者。
こんな事なら、一人の方がずっと楽だった。
その日、夜も10時を過ぎて、私はベッドの中で宿題をしていた。
コリコリコリコリコリ。。。。。。
今夜も、部屋に響き渡る怪音。
「ちょっと!イシュカ、うるさいっ!!」
「んん?」
「その人参、何本目よっ。夜食は2本までって、約束でしょ!!」
「で、でもね・・・・今日の、特別甘くて美味しいの。これからもヘンダースさん家の、買おうねっ。」
がぁっ。
馬族のイシュカにとって、人参は人間でいうプリン的位置づけらしい。
「ロマちゃん、明日は学校?」
「うん、ボランティアあるから、ちょっと遅くなる。」
「なるべく早く、帰ってきてね。」
なんだか新婚夫婦めいた(男女逆の)会話をしている私は、こう見えても花の女子高生。
お父さんが入ってくれてた保険のおかげで、今はなんとか食べていけてる。
シェフィールドに住む叔母さんが、私を引き取ってくれると言ったけれど、私は生まれ育ったこの街を離れたくなかった。
アンブルサイド・・・。
私の故郷。
湖沼地帯の、美しい小さな水の街。
私が生きてきて、これからも生きていきたいと思う・・・・一人でも・・・・きっと大丈夫・・・・・生きていける・・・・・・・・
「よっと。」
人がせっかく美しく物思いにふけってる時に、この空気の読めないバカ馬が、無理矢理ベッドにもぐり込んできた。
おまけに、私の頭をなでなでしてる。
「何よぅ・・・。」
「ん、今ちょっと、こうしてあげたいなって思って。」
小さな子を慈しむような、優しい目。
「・・・・・・・っ。」
くやしいけど、なぜか涙がにじんだ。
「ロマちゃん・・・一人じゃないよ。」
「・・・うん・・・。」
抱きしめてくるイシュカの腕が頼もしく感じられるのは、きっと錯覚。
「イシュカ・・・・。」
一人じゃないね、少なくとも今は、イシュカのぬくもりが、たまらなく嬉しい。
お馬鹿だけど、お子様だけど、でも・・・・・。
私はベッドの中でお布団掛けて、しばらくぼうっとイシュカの事を考えていた。
気づいてみたら、私は彼の事を、ほとんど知らない。
どこで生まれて、お父さんに拾われる前どんな生活をしていたのか・・・
イシュカは自分のことを、あまり話したがらないから。
イシュカがいっつも、私の事ばかり気にしてくれるから・・・。
「・・・ねぇ、イシュカは家族とか仲間とか、いるの?」
ひょっとして、彼も独りぼっちなんだろうか。
彼は、少し眠たげに目をパチパチさせて、答えた。
「う~ん・・・仲間は、今ではすごく少ないかな。僕が生まれたのは、ずっとずっと東の方だけど、他の仲間やご先祖様は、この辺りに棲んでたみたい。」
「棲んで?」
何だか、不穏な漢字変換。怪しい。
その夜、イシュカは私に一つの伝説を語り始めた・・・・・。
<水棲馬>に続く。
モクジ
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