世界で一番愛する人と国際結婚

溢れる情熱~激情





ある日私は、日本人の友人とブルターニュ地方に旅行に行った。
語学学校で主催している、安いバスツアーだった。
だが、ノアールはあまりいい顔をしなかった。


旅行から帰ると、寂しくて死にそうだったというノアールに、
私はすぐに女の子の友達と一緒に撮った写真を見せて、旅行の
説明をした。


その時、たまたま一緒に写っていたフランス人男性のガイド
の写真を見てたずねてきた。


「誰なんだ、この男は?」


「彼はツアーのガイドよ。」


「この男、プルメリアに気があるんじゃないのか。」


「何をバカなこと言ってるの?
私達はほとんど話もしていないよ。」



ノアールは本気で、二度と会うこともないであろうガイドに
焼きもちを焼いて、私をうんざりさせた。



彼ときたら、どこに行くのも、何をするのも一緒にしたがる。


「君と話しをしていたいんだ。」


バスルームのドアさえ開けっ放しでシャワーを浴びたり、
用をたしたりする。


彼の生活は、私だけだった。


実際、映画と日本語の勉強以外、彼には特に趣味もなかった。


そういえば、彼にはあまり親しい友人もいなかったと思う。
まだパリが短い私のほうが、友人が多いくらいだった。


私の留学生の友人と、彼女のフランス人のご主人と
ノアールと私の4人で外食をすることが、時々あった。


「彼女のご主人、xxx銀行で働いているんですって。
毎日帰ってくるのが遅いから、外食が多いみたいよ。
だから美味しいレストランをよく知っているのね。」


「そんな生活、僕には考えられない。僕なら必ず夕方には家に
帰ってきて、妻と一緒に食事をする。僕は家庭が一番大切だ。」


仕事もそこそこに、私との時間を最優先するノアール。


私との結婚以外に将来のビジョンも持たず、仕事に情熱を注いで
いない彼は、エネルギーの矛先を全て恋愛に向けていた。


私は、彼への尊敬の念が薄れ、彼の存在が重たくなってきていた。


でも、ここまで自分を愛してくれる人が今までいただろうか。


私はまだ迷っていた。



本来ならば、パリ滞在中、月に一度はヨーロッパ内を旅行する
計画を立てていた。
だが、彼と出会ってからはほとんど行けなくなってしまった。


家でも、ずっとべったり一緒にいたがるものだから、
宿題もやる時間がない。


「お願いだから、今日は宿題をさせて。」


私が彼を無視して教科書を開くと、ノアールはすぐに
目の前に座って、じっと私を見つめていた。


「勉強をしてていいよ。僕は君を見ていたいんだ。」と。


彼は私といたいが為に会社を休み、私も学校も休みがちになってしまった。
せっかく仲良くなったクラスメートとは、ついにお茶にも
Dinnerにも誘われなくなっていた。


フランス語は中途半端なままで終わらせたくなかったし、
私立の語学学校の後は、ソルボンヌ大学の夏季講習に
申し込むつもりでいた。


だが、ノアールに毎日気が散って、とても勉強どころではなかった。


フランスの滞在許可証を取るために、1日4時間のクラスを取らなければ
いけなかったが、結婚してしまえば滞在許可証の心配はしなくていいし、
永住するなら、今後いくらでもフランス語の勉強はできる。
そう思って諦めた。


1日に2、3時間のクラスと、家でもあまり時間の取られない
デッサンの学校とお料理の学校だけは続けることにした。



更に1ヶ月が過ぎた。



7月の中旬、私の友人が日本から遊びに来てくれて、私達は
一緒にアルザス地方に旅行に行くことになっていた。


ノアールをどうするか、とても迷った。
一緒に行きたいという彼と、結局3人で旅行に行った。
友人にとても申し訳なく思った。


ショーウィンドウに並ぶ、ウェディングドレスとタキシードを着た
マネキンを見ると、大喜びして、私と腕を組んで、
結婚行進曲を歌いながら、歩くノアール。


会社帰りにカップル同士が楽しそうにしているのを見て、
羨ましかったからと、私のデッサンの学校にすっ飛んできたことも
あった。


何て幼稚な人だろう。私も今は働いていないからいいが、
これで働いていたら、こんな人に付き合ってなどいられない。
彼がいては、自分が仕事をする時間も、友人との時間も持てない。



まだノアールと出会って半年もたっていないのに、
2、3年は一緒にいるくらいの時間を過ごした気がしていた。


私は、とても疲れてしまっていた。


「私は、少し一人になる時間が欲しいの。
一人で考えたいこともあるし、
友達と食事に行ったりもしたいし。
少し距離をおきたい。やっぱり別に暮らさない?」


ある日、私はノアールと話し合おうとした。


だが、彼は逆上した。


「君はどうして、そうなんだ。いつも僕から離れようとばかりしている。
どうして僕に心を開かないんだ。」


「君はそんなんだから、僕に会う前に恋人がいなかったんだ。
君は心を開かないから、いまだに独身なんだ。」


無茶苦茶のことを言って私を責めたてた。


「私は、あなたのことが好きだったけれど、心を開いても、
貴方を愛せない。貴方には男としての魅力がない。」



ノアールは泣き出した。


「他に男ができたのなら言ってくれ。一体誰なんだ?
あの一緒に写真に写っていたガイドか?」


『いい加減にして。』


私は内心思ったが、言い争うのも面倒で黙っていた。


ただ、彼とはもうやっていけないと思った。


私は、婚約を解消したいと言い出そうとしていた。


アパルトマンは、もう解約してしまったが、しばらく旅行に出て、
戻ってきたら、短期で住める貸し部屋を探そう。
もう1セメスター学校に通ったら、年末には日本に帰ろう。



私はノアールには黙って、考えていた。
表面上は普通に接しながらも、別れようとしている私を見て、
ノアールは、私の心が離れていくのを察知していたのだと思う。


数日後、夕食を食べる間ノアールはとても無口だった。


私は、きっぱりと告げた。


「貴方とは結婚できない。私は、ここを出て行く。」


ノアールの顔は曇ったが、


「君がそう言い出すのじゃないかと思っていた。」


そう言って、キッチンの方へ歩いていった。



あまりにもあっさりとしていたので、私は拍子抜けしたが、
安心した。明日の朝、いえ、今夜中にでも荷物をまとめよう。


ところが、部屋に戻ってきたノアールを見ると、
自分に包丁を突き立てていた。


「お願いだ。これで僕を殺してくれ。」


泣き叫ぶノアールの頬には、いく筋もの涙が流れ、
顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「僕を捨てるなら、その前に殺してくれ。さあ。

さもなくば、僕はここから飛び降りる。」


ノアールは、包丁を突き立てたまま、窓のほうににじみ寄った。
クーラーのない、真夏のパリのアパルトマン、
窓は大きく開いていた。


そしてそこは最上階、11階の部屋だった。


つづく



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: