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第三章 心淋し


 第三章 心淋し


 光陰矢の如しとはこのことか。月日は流れ、海賊に拾われ桃太郎と名付けられた男の子は、すくすくと育って少年となっていた。
 齢は十四、体は人より小さくて、父親の首領に習って伸び放題に伸びた黒い髪の毛は、頭の後ろで適当に束ねられている。仏頂面をして島の中を歩いている様子は、首領の若いときにそっくりだと評判である。
 しかし、彼と首領は根本から違っていた。桃太郎は幼い頃から武芸が達者で、どんなに恐ろしいものに遭ってもいつも強気でいる。どちらかと言うと短気で喧嘩っ早い性格でもあったが、この少年が海賊団に加わったおかげで、挑んでくる相手はより一層いなくなった。海賊島は平和で沢山の人々が暮らし、そこは並みの港町よりも栄えているほどだった。
 しかし、近頃の桃太郎には悩むところがあった。

 今日も桃太郎は船着き場から戦利品を担いで戻ってきた。ここのところ商船の通りが少なくなっていたので、久々の収穫だった。竹のかごにどっさり入った柿と梨。それに、着物の襟には赤い飾りの付いた一本のかんざしを挿していた。彼は、その重たい荷物を背負ってのんびりと町の中を歩いていった。
「よぉ、モモ!今日はだいぶ持って帰ったらしいな!」
 呼び止めたのは利吉だった。この男は手先が器用で、修理屋をやっている。壊れたものは何でも直してしまうのだった。穴の開いたなべを片手に持ち、手ぬぐいを頭に巻いた出で立ちで大汗をかいているところを見ると、今も仕事の真っ最中のようだ。
 この男の第一の取り柄は、限りなく明るい笑顔だ。桃太郎は利吉のこの笑顔が好きだった。
「へえ~、いいもの持ってるじゃねえか。それ一人で食おうってわけじゃないだろ?」
 利吉はうらやましそうな顔をして背中のかごを覗き込んだ。
「何だよ。これから与助んとこ(八百屋の海賊、あるいは海賊の八百屋)に持ってくって知ってるだろ?その前にタダでもらおうって魂胆だな?」
「御名答!」
 利吉がニヤニヤしながらにじり寄ってきたので、桃太郎のほうもニヤニヤしながらかごを守った。
「なんだよー、モモ。人情味のねえやつだなあ。いつもいつも色々直してやってる優しいお兄さんに、たまには御礼でもしましょうかって気にはならないのかよ。うちは五人もガキがいるってぇのに。ああ、なんと無情なことか・・・」
 演技派の利吉は天を仰ぐ。
「るっせえなあ!世の中貨幣経済で回ってるの。こんなことで嘆かれちゃあたまんないよ!それに、お兄さんって年じゃないだろうが。四十肩が何とかとか言ってたくせに」
「まだ三十九だっ!」
 利吉はふぐのように頬を膨らませ、目で抗議していた。
 自分を初めてモモと呼んだのは誰だったろうか。何年か前までは、えらくかわいらしすぎるこの呼び名が嫌で、しょっちゅう突っかかっていた。たぶんこいつが発端じゃないかな、という考えがずっと前からあったが、今ではもうどうでも良くなってしまっていた。
 桃太郎は少しのあいだそのふぐ顔とにらめっこしていたが、とうとう耐え切れなくなって吹き出した。
(フグめ!かわいくねーんだよ!)
「仕方ないなあ」
 彼はかごを地面に置くと、ピカピカ光る柿を一つ取って利吉に放り投げた。利吉はそれをキャッチするとにっとわらってVサインを作った。
「さんきゅー、恩に着るよ。おーい、三太、五郎、兄ちゃんがくれるってよ!」
 利吉の呼びかけで、奥にいた子供たちがわらわらと出てきた。そして、「わあい!」などとはしゃぎながら予想以上に沢山持っていってしまった。
まったく、ここのガキはしたたかだ。・・・オレもそうかな?
 桃太郎は、子供たちがうれしそうに父親にじゃれついているのを見て、少し悲しそうに笑った。

 桃太郎は、軽くなったかごを再び担いで利吉の家を後にした。
 彼が与助の店を目指して歩いていると、不意に後ろから声がした。
「あなたが、桃太郎君?」
 彼は振り返った。そこにいたのは一人の女。
 この島の人間ではなかった。

第三章 完

第4章に続く

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