「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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BLUE ODYSSEY
キューピット作戦。
キューピット作戦。 [act.1]
僕は”秋山幸一”。
自分で言うのもなんだが、真面目一筋のサラリーマン。年齢26歳。
「はあーーー。」
僕は毎日通勤に使っている大きなステーションの入り口付近でため息をついた。
「どうして”ミキティー”とは上手くいかないんだろ?」
”ミキティー”とは会社の同僚の女の子[安本美紀]のニックネームだった。
彼女は”真っ黒で長めの髪”をしていた。自分の顔に似合ったヘアースタイルで、それがとてもかわいかった。
笑うと明るいが、勤務中はたいてい真剣な顔をしている。
真剣な時の彼女は、なにやら神秘的な感じの漂うお嬢様風に見えた。
「は~~~~~。」
ミキティーは僕よりかなり年下の女性に見える。本当の年齢は知らないが。
彼女は最近僕のいる部署に入って来た。
そしていきなり部署内のアイドル的存在になったが……、
不思議と僕とは話をするようになった。
ズバリそれは彼女の席が僕の隣だったからだ。
倒れかけのようなこの会社にこんな素敵な女性が入って来るなんて、正直信じられなかった。
何せ、会社の利益の方は、ここの所赤字と黒字の損益分岐線上を波打つように上がったり下がったりしていたからだ。
「ここはもう駄目だな。潰れるのも時間の問題だ、うちの会社は。」
だが、よく考えて見ると、ちょうど1年ほど前にも僕は同じ事を言っていたような気がする。
さらにその1年ほど前にも……。
こんな会社にやって来たミキティー。
僕は独身だったので、必死に彼女に話かけた。
彼女は性格的にはやさしい人みたいで、会話には良く応じてくれた。
それは”先輩と新入社員”以上の関係になったようにも見えたのだが……、しかし彼女とはそれ以上何の進展も無かった。
彼女は僕の事をうるさそうには思っていないが、そうそう会話ばかり持ちかけていると、いずれはうるさがられるような気がした。
それで、僕は彼女に話しかけるのをためらいがちになった。
ちっとも発展しない関係。彼女が来て早3ヶ月。ストレスは溜まる一方だった。
今、僕は会社から自宅へ帰る途中だった。
この大きなステーションビルのある駅は毎日使っていた。
現在午後10時を回った所。終電までまだ2時間ぐらいの余裕がある。
明日は会社は休みだった。うちの会社は”土・日”が休み。つまり明日から2連休。
その為、何かボーと雲の上を歩くような異質な感覚が身体全体に湧き出て来た。
忙しさと責任が週末近くになって突然途切れるとこうなるのだ。
いつもはこのままさっと家に帰って、ブログにミキティーの事を密かに書いていたのだが、それもだんだん空しくなって来た。
それで僕はスーツ姿のまま、ステーションの入り口横の植え込み周りのコンクリートに腰掛けた。もちろん他の人の通行の邪魔にならないように。
会社に通う為、この駅の入り口を使ってもう5年。こんな所に腰掛けようと思った事はこれまで一度も無かった。
いざ、人目もはばからずに腰掛けて見ると……、
いろんな物が見えて来た。
それはいままで気に止めなかったものだ。
まずは同じ様に疲れて帰るサラリーマン達の姿。
彼らは日々生き地獄を味わい、それでも生き抜いて来ているのだが、この時間帯ともなればひょうひょうとした感じで歩いて行く。
まあ今日は金曜日。僕の会社と同じく、明日から土・日が休みの会社は多い。
週休2日制をうたっている所が増えた。そうした方が社員の精神衛生上良いとされるからだ。募集人員も集まりやすいし。
でも、僕の会社が週休2日制なのは、まったく忙しくないからだが……。
キューピット作戦。 [act.2]
目の前を「明日から休み」と思しきサラリーマン達がふらりふらりと歩きながら、入り口の方にやって来た。
すでにただの酔っ払いと化している者もいる。
会社帰りに仲間同士で一杯ひっかけたのだろう。
一番酷く酔っている男を、周りの2名が肩に担いでいた。
その酷い酔っ払いは大きな声でこう叫んだ。
「ブチョーーーのドアホウが!!」
それを見ていると、明日は我が身かとも思う。
僕は普段は飲まないが、こういう心境になると飲んでしまいたくなる。
そして叫びたくもなるものだ。
僕がこんな所に腰掛けていても不思議と誰も気に止めない。
1人の駅員が駅の入り口から出て来た。鞄を持っている。離れた所に鉄道関係の建物があるから、そこへ行くのだ。
僕と目が合ったのだが、彼は別に僕に注意するでも無く行き過ぎて行った。
酔っ払いとでも思ったのだろうか?それともここに腰掛けて休む者は以外に多いのだろうか?
なにせ僕は自分の通勤時間以外、この駅の姿を知らないのだ。
目の前は大きな6車線の道路が広がっている。それを挟んで向こう側にもビルが建ち並び、その足元には一件のラーメンの屋台があった。
確かニュースでこのような屋台は立ち退きみたいな事を言っていたような気もするが……。
まだ営業している。いいのだろうか?
そこにはお客さん達がいっぱい入っているように見えた。
ふと、駅構内の方からは歌声が聞こえて来た。
ストリートミュージシャンの少年が歌い始めたのだ。
以前はプロ顔負けの歌唱力のある人にも出会った事があるが…、今日の人は残念ながらそれほどでも無い。
上手に歌うという事は、誰にでも出来そうで実は出来ない事なのだ。
ストリートミュージシャン達は、たいてい皆、歌手になりたいのだろうが、やはりそれは難しい。
でも、今日のストリートミュージシャンの彼の周りには、かわいい女の子達が座り込んでいる。まるで何かにとりつかれたように、真剣に歌を聞いている。
ちょっとあの光景は羨ましい。
どうやら歌う少年のソウルに魅かれたようだ。
終電まではまだだいぶ時間がある。もし今、ミキティーが側にいてくれたら、いくらでも時間の使い方はあるだろうが……、彼女がいないので時間はただ流れて行くばかり。
それで、彼女の事を考えながら、フラフラと駅構内を歩いて行った。
毎日せわしく分刻みに電車に跳び乗っているのに、たまにはこの場所でゆっくりくつろぐというのもいいものだ。不思議な気がしてならないから。
キューピット作戦。 [act.3]
次に地下鉄の乗り場の方に降りて行った。そこはかなり広いフロアだった。キヨスクあり、新聞雑誌販売店あり。
そこに…、何かの占いの易者みたいな女性がいた。
学校の机ほどの広さのテーブルを前に、1人ポツンと座っていた。そのテーブルはきちんと真っ黒い布が掛けられ、その上にはなにやら大きな水晶球やネックレスなどが乗っていた。
座っている女性の顔を見ると、ハッとするほどの美少女である。髪型はミキティーにそっくりだった。神秘的な雰囲気の顔立ち。まつ毛が長く、日本人じゃ無いんじゃないかと一瞬思わせた。
少女は真っ黒いベールのような布を着ていた。それが占い師としての神秘さをさらに強調していた。しかし、いかんせん彼女は若くて明るい。そのギャップにまた強く惹き付けられた。
僕はフラフラと彼女に近づいて行った。彼女は僕の姿を見つけて声をかけた。
易者の少女「あの、何かお困りですか?」
「ああ、そうだけど。」
少女「”恋の悩み”ですね!それなら私がご相談に乗ります!」
「どうして、”恋の悩み”だと……?」
このような若くて綺麗な少女が、このサラリーマンごときのさしてロマンチィクでも無い恋の相談に乗ってくれるというのだろうか?
彼女は微笑むとゾクゾクとするほどの美少女になった。悪い気はしない。
僕と違って、彼女みたいな少女には「恋」だの「愛」だのと言った言葉がよく似合う。
少女「さあ、どうぞおかけください。」
夜遅いが、一応週末という事もあり、雑踏の数はまだ多い。
そんな中、私は少女の小さな机の前にある椅子に腰掛けた。
普段なら、絶対にこんな事はしない。
こんなのはもしかすると、何かの怪しげな商売だろうから、関わらない方がいい筈である。
しかし、彼女の屈託の無い笑顔がその不信感を取り除かせた。
少女「貴方は恋の悩みを抱えています……、最近それで眠れないようになって来ました……。」
「(当りだ!
ベッドに横になると、すぐミキティーの顔が浮かんでくる!
それで眠れない……。
当ったという事は、この少女、本物の占い師か超能力者だろうか?
いや待てよ……。
私の目の周りにくっきり浮き出ている隈を見て、そう言っているだけかも知れない。)」
少女「貴方は……、会社の中に、憧れている女性がいらっしゃいますね?!」
「(これも当りだ!
でもまあ、まぐれ当りかも知れない!僕のスーツ姿を見て、当てずっぽうで”会社の中に”と言っただけかも……。)」
少女「彼女の名は……、”ミキティー”!」
「なっ、なぜそれを?!」
少女「彼女との恋を実らせたいんですね?」
「ハイ、そうなんですよ。
(あーーーーーーーーーーーーーーー!!
いかん!いかん!
”ミキティー”って呼び名を言い当てられたぐらいで、この占い師の彼女を信用してしまっている!!
でもどうして言い当てられたんだ?
待てよ!
このスーツの胸ポケットに入れた携帯から覗いているストラップに、フィギュアスケートの靴のキーホルダーが3個も付いている。そこから安藤選手を連想して、勝手にそう言っているだけかも知れない……。)」
少女「だけど……、社内では恋愛はちっとも進展しません!両思いにはなれそうに無い雰囲気がありますね……。
ご自分では最近強くそう思い…、それで悩むようになって来ましたね?」
「ええ、そうなんですよ。
(だーーーーーーーーーーーーーーー!
完全に言い当てられてる!
彼女のペースにはまりそうだ!)」
少女「貴方としては何か思い切ったアクションを起こしたいのだけど……、彼女の気持ちがまったくわからないので行動に踏み出せないでいます。でも貴方としては”ここままじゃ嫌だ。”と考えています。現状維持をして、いつしかその気持ちが自然消滅してしまうのを恐れています。」
「ええ、まったくその通りです!!
(うわーーーーーーーーーーーーー!!
全部ピンポイントで当てられているぜ!今どきの占い師の少女とはこんなにすごいものなのか!
まるでテレビに出演している超能力者そのものじゃないか?!)
ええ、自然消滅しないように何かしたいんですが、どうすればいいのか良くわからないんですよーーーー!!」
少女「私なら、わかります。恋のお手伝いをいたしましょうか?」
そう言う彼女はまるで女神に見えた。惹き込まれそうな瞳と笑顔。
「はい……。
(ああ…、ミキティーという存在がいなかったら、きっとこの少女に一目惚れしてしまっただろう。)」
キューピット作戦。 [act.4]
ドカッ!
彼女はテーブルの下に置いてあった物を出して来て、テーブルの上に置いて僕に見せた。
それは弓と矢だった。シルバーの美しい弓で、まるで工芸品のようにきらびやかだった。
少女「これは”キューピットの矢”です。本物です。
この矢を撃って、それがミキティーさんの身体に当たれば、彼女の心は貴方の物になります。」
「本当ですか?!」
少女「ええ、本当です!」
「こんなすごい物を、貸していただけるんですか?」
少女「いえ、あの……、これも商売なので……、お金はいただきます。」
「(なんだ、やっぱり商売だったんだ!
でも彼女はこれだけ人の心が読めるんだ。
まがい物のアイテムを売りつけられるわけでも無いだろう。)
いくらなんですか?それ?」
少女「ワンセット、100万円になります!」
「
えーーーーーーーーーーー!!!!!
(何かの詐欺だよ!そうだ、そうに違いない!)」
その法外な値段を聞いて、ようやく冷静になりかける僕。どうもこの美しい少女の姿に惑わされていたようだ。落ち着いて考えてみると、詐欺紛いの高価な物を売り付けられる可能性の方が高い。
「あーーー、せっかくですがーーーー、私、そんなに貯金はありません。
だからーー、今回は止めておきます」
すると、少女は悲しそうにこう言った。
少女「そうですか、残念です。
でもお金が出来たら、ぜひ買ってください。
矢は4本しかありません。世界中にたったこれだけしか存在してないんです。
選ばれし4名のお客様しか、この幸せを手にする事は出来ません。」
彼女の眼差しは真剣だった……。
まんざら詐欺とは思えないが、やはり100万円をこういう物にかけるのは痛い。
「100万円分のプレゼントをミキティーに贈れば、あるいは……。」とも思える。実際それで上手く行くかどうかは別として。
そこでもう一度丁寧にお断りの返事をして、僕はその場を去った。
そして家に帰宅した。
キューピット作戦。 [act.5]
次の週の月曜になって会社に行くと……、
ミキティーが別の部署から来た男性社員にしつこく言い寄られている姿を目撃した。
その男性社員はリーゼント風に固めて作ったヘアースタイルをしていた。しかも下品にテカテカ。あきらかに時代遅れだった。
それになんとも言えないニキビが鼻の周りに散らばっていた。
「いいじゃんかさ!いっしょにどこかに遊びに行こうぜ!」
彼は大声でそう言っている。
見かねた僕が「君、いいかげんにしたまえ!美紀君が嫌がっているじゃないか?」と言って怒った。
すると男性社員は「嫌がってないね。」と開き直った。
「嫌がってるさ!」
「なんだい?君こそ美紀君の”彼女”のつもりかい?そんな口の聞き方して。」
「いっ、いいや!」
僕はチラッとミキティーの方を見たが……、反応無し。
「じゃあ、引っ込んでてくれないか?」と逆に優男に言われてしまった。
ミキティーに反応が無いし、僕の方をまったく見ないので退散するしかなかった。
本当はここで引き下がらずにミキティーを守れば良かったのだろうが。
しかし、彼女が優男を嫌がっているかどうか、本当の所はわからなかったので仕方なかった。
「いいじゃん!どこか行こうよ!」
彼はまだやっていた……。
それから僕は時間さえあれば、真剣に恋の弓矢の購入を考えるようになっていた。
そして、昼休み中に近くの銀行に行き、マイカー購入用に貯めていた資金100万円を下して来た。
そして…、会社が終わって帰宅途中。あの弓矢を売っている少女の姿を探した。
だが、いない。
いると思ったのに!
方々探して回った。
ステーションビル内はもとより、他の駅や地下鉄の駅構内も。
そしてそのつど駅員にも聞いたが、そういう占い師風の少女は最近見なかったとの事。
気落ちした。
こんな事なら、すんなり100万円払って買って置けば良かったと後悔した。
あの時は詐欺と思って買うのをためらったが、今は欲しくて仕方が無かった。
次の日、会社に来て見ると……、
優男とミキティーがいい雰囲気になっていた。
なぜだ?
この間の態度とまるで違うぞ!ミキティーはいつからこのリーゼントに好意的に接するようになったんだ?
怒る僕。また優男に正義感面して注意した。
しかし今回はなんと、僕はミキティーの方からたしなめられた。出すぎた行動だと。
「彼氏でもないのに……。」
その次の日の朝。
僕は、いつも通り電車に乗って、このステーションまで来たものの、途中で気力が無くなった。
気落ちしたのだ。昨日のミキティーの件で。
そこで私はこの駅の近くの大学病院へ行く事にした。あまりにもだるくなったので診てもらおうと。その方が気が休まるし、診断書があれば会社に言い訳も出来る。
大学近くまで続く駅の地下連絡路を歩いていると……、なんと、そこにあの占い師の少女がいるのを見つけた。
僕は躍り上がって喜んだ。
そしてあのキューピットの矢を売ってもらおうと、急いで彼女に駆け寄った。
ところが、
「すみません。その矢はもう売り切れました。だいぶ前に。」
「そっ、そんな……。」
「サラリーマン風の方が買っていかれましたよ。」
はっ!と思い当たる事があった!
「そいつはもしかして、”時代遅れのリーゼントにニキビがたくさんある男”じゃなかったか?」
「ええ、そうでした。」
「やっぱり!そうか!それでミキティーを!」
「あの方はすんなり、現金で払ってくれました。」
「なんだって?!」
「”俺はこういう所には金をかけるんだ。”とかなんとか言われてましてーー。」
「くそーーーーーー!!
ヤツは女の子相手だと、すんなり金をかけるのか?
高額だったので僕は二の足を踏んでしまったというのに……。100万をすんなりか?!」
僕はわざとその占い師の少女にそういう風に話した。自分の正当性でもひけらかすように。
すると……、
「いいえ、あの方はここにある4本の矢全てを買っていかれました。
だから400万をキャッシュで払われたのです。」
「何?!」
その後、社内で優男がモテまくったのは言うまでも無かった。
THE END
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