BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

信じていれば…。


信じていれば…。[act.1]







 ある日突然ビルが倒壊した。




ニセの構造計算書による施工。ビルは震度5程度の地震でもろくも崩れ去った。

他の建物が無事なのに、そのビルだけが倒壊して瓦礫の山となった。なんとも不思議な光景である。まるで爆破解体したみたいに1つのビルだけが倒壊していた。

このビルは小型の雑居ビルだった。
中のほとんどの階に入居していた会社は最近倒産しており、このビルを訪れる人間はほとんどいなかった。
その会社の整理をする為、元代表取締り役の「工藤」という男が毎日このビルのオフィスにやって来ていた。最近工藤は自分の娘「綾香」を連れて来る事が多かった。
どうせ整理作業を行う者は彼1人しかいなかったので、娘を手伝いに連れて来ていたのだ。
他の社員はすでに解雇していた。




そのビルが小型の地震を受けていきなり倒壊したのだ。
工藤もこのような手抜き工事がこのビルになされているとは知らずに間借りしていた。






 瓦礫の山となったビル。
そこへ救助要請を受けてレスキュー隊が到着した。

不幸にも「工藤」は現場から遺体で発見された。
このビルの1階にいつもいる管理人は運良く救出され、「今日も工藤さんは自分の娘らしき少女を連れてこのビルに来ていました」とレスキュー隊員に告げた。

管理人「しかし、工藤さんの娘さんだったかどうかははっきりわかりません。
顔を見たわけでは無いので。」

レスキュー隊員はすぐに工藤の遺族に連絡を取り、綾香の携帯の番号を聞き出した。
そしてそこにかけてみたが繋がらなかった。
それで綾香の携帯が今現在いったい”どこにあるのか”、電話会社に調査を依頼した。



ビルの倒壊現場付近に、ショベルカーやダンプ等の瓦礫撤去作業用の車輛が到着した。
そして瓦礫を退かせながらの救出作業が始まったのだが…、重機はなかなか現場の奥まで入れない。まだ足元の瓦礫の中に生存者がいる可能性が高いからだ。




電話会社から連絡があり、綾香の携帯はやはり倒壊したビル付近にある可能性が高いと言う。

この連絡を受けて、レスキュー隊員がビルの瓦礫の各所に首を突っ込んで、綾香への呼びかけを行った。
だが反応は無い。
彼女の携帯に繰り返しかけるも、呼び出し音が鳴るのみだった。

それで生存者の心音を拾うシリウス装置を持ち出して生命反応を見たが……、反応は無かった。
とにかく今ある瓦礫の外側部分には「生存者はいない」と判断し、シャベルカー等による撤去作業が始まった。
もし生存者がいるなら、もっと奥の方に埋もれている可能性がある。
ショベルカーは足場を踏みしめながら前進した。下に生存者がいない事を祈りながら。






信じていれば…。[act.2]


 しかし…、突然綾香本人から電話が入った。警察の番号にかかって来たのだ。

「助けてください。暗い所にいるの!」

にわかに現場関係者は活気だった。シャベルカーは後退し、急遽人力による瓦礫の撤去作業が再開された。

電話オペレーターの女性警察官が綾香に呼びかけた。

「今、いる場所はわかりますか?」

「暗くて寒い所にいます」

「周りに何か見えますか?」

「薄暗くてあまりよく見えません。」

「目印になるような物は何か見えませんか?」

「コンクリートの塊がいっぱいあるだけです。」

「音は何か聞こえますか?」

「静かです。でも水滴の音がどこからか聞こえます。」





 地上にいるレスキュー隊員はとにかく急いで瓦礫を退かし始めた。
この作業の時の音は綾香に聞こえる筈だ。
作業音が大きくなったら、彼女に携帯から連絡してもらう事にした。
そうすればレスキュー隊は安全に素早く作業が行えるからだ。

瓦礫を撤去する作業は急ピッチですめられた。




倒壊後2日が経過した。
再度綾香に連絡を取るものの、彼女は「水滴の音以外は聞こえない」と返答して来た。




3日目。
かなりの撤去作業が完了したが、以前彼女からの返答は同じ。
仕方ないので、大掛かりな重機を導入し、作業を押し進めた。
他にも生存者がいるかも知れないので、その事も考慮し慎重に作業を進めた。
だがシリウスには生命反応は引っかからない。




5日目。
ビルの地上部分だったと思われる瓦礫はたいてい撤去した。
綾香の発見には至らず、彼女は押しつぶされた地下部分にいる可能性が高くなった。
クレーン車が導入され、地下部分に溜まった瓦礫の撤去作業が始まった。




レスキュー隊員は作業を続行したが、次第に地下の階の床が見え始めた。

担当の女性警察官が綾香の携帯に喋りかけた。

「綾香ちゃん!まだ何も音は聞こえませんか?」

「はい。」

「もう近くまで、作業班が行ってる筈なの!何か音や振動がしたらすぐに連絡して!」

しかし、その後、綾香はなんだかぐったりした様子に変わった。

「……………………。」

「綾香ちゃん!どうしたの?」

「……………………。」

「何か聞こえる?」

「……………………。」

「しっかりして!元気を出して!」

間もなく、携帯の電池が切れたようで、通話がまったく出来なくなった。







信じていれば…。[act.3]


 7日が経った。

地下部分の床は全て見えた。
しかし、綾香の姿も携帯も見つからなかった。




それでも「必ずいる」と主張する者も多かったし、マスコミがこの惨事を繰り返し報道したため、世論は「救助作業続行」を呼びかけた。

だがレスキュー隊員は「いったい少女はどこにいると言うのだ?」と首をかしげた。
一応完全に見えたビルの地下の床や柱を調べた。
あるいは通気口や点検用の扉の向こう側も探した。
しかしどこにも彼女はいない。探す場所はもう無かった。




レスキュー隊の隊長は、マスコミから再三に渡って要望のあった記者会見を開いた。そして記者からの質問に答えた。

レスキュー隊隊長「綾香さんは発見できませんでした。地下の階の床をはがしても意味がありません。もう捜索する場所は無いと思います。」

マスコミ「では、あの携帯からの少女の電話は何だったのですか?」

レスキュー隊隊長「さあ、わかりません。
電話会社からの報告によりますと、確かにこの付近から通話された事は確かなようです。
それ以上はよくわかりません」

マスコミ「ではいたずらの可能性もあるわけですか?この”付近から”というと、現場からではなく、すぐ側から発信されたとも考えられますが?」

レスキュー隊隊長「その可能性も有り得ますが、後は警察にお任せします。」

マスコミ「救助作業の方はこれで終了ですか?」

レスキュー隊隊長「はい。もう探す所がありませんので。」





しかしテレビ報道を見ていた視聴者からは救出作業続行の声が多く送られて来た。それは撤収作業を開始したレスキュー隊や警察・消防にも届いた。

また、現場前でシュプレヒコールをあげる団体も現れた。

「諦めるな!探せ!もう一度探せ!」


新聞の見出しには『彼女は生きている!』との見出しが躍った。

首相は救助作業撤収の件で大勢の記者からコメントを求められた。
だが「もう探す所が無い」と言うしかなかった。



しかしその事を受けて、レスキュー隊はもうしばらく救助作業を続行する事に変更したのだ。
だが……、

レスキュー隊隊長「いったいどこを探せばいいというのだ?」

隊長は困惑の色を隠せない。

レスキュー隊の隊員「どこかに見落としがあるかも知れません。」

かくして露出した地下部分の床や壁や柱を1つ1つハンマーで叩いて調べ始めた。
また赤外線や超音波等で床を調べたが……、手がかりすら発見できなかった。







信じていれば…。 [act.4]


13日目。

進展があった。
警察の方に彼女から再び電話が入ったのである。

それは弱々しい声だった。

「綾香です。助けてください………。もうダメです。」

電話を受けたオペレーターの女性警察官はその時悲鳴を上げたと言う。




レスキュー隊隊長「やはり、どこかで生きているという事だ。」

レスキュー隊「しかし、人命探査装置にも反応が無く、警察犬も何も反応しません。
これ以上どこを探せと言うのですか?」

レスキュー隊隊長「………………。
もう一度探すしかない。連絡が来ている以上、彼女はあそこにいるのだ。」






その後の懸命の捜索でも何も発見できなかった。隊長は記者達からまた質問を受けた。

報道記者「いたずら電話だったのでは?一度電池が切れた携帯が繋がりますか?」

レスキュー隊隊長「電池という物は、少し間を置いておけばホンのわずか電力が回復する場合があります。おそらくそのせいでしょう。
しかし、あれ以降彼女からの連絡はありません。おそらく電池が完全放電したと思われます。再び電力が回復する事はもう無いでしょう。」

報道記者「今後は”どこを”捜すと言うのですか?」

レスキュー隊隊長「………探すべき所は全て探した筈です。他に探す所はありせん。」

報道記者「では諦めるのですか?」

レスキュー隊隊長「そうせざるを得ません。」

その後、レスキュー隊・警察等の現場関係者は正式に撤収を開始した。







信じていれば…。 [act.5]

不思議な話だった。

救助作業に進展が無かったので、報道特番等では解説者達が繰り返し同じ内容を放送していた。

「プリップをご覧ください。
この不思議な事件、”彼女はいったいどこにいるのか?”

考えられる事といたしましては…、


【1】 いたずら。

実は彼女は生きていて、ビルの周辺から携帯電話で連絡して来ていた。




【2】 捜索に見落としがある。

しかし、レスキュー隊はこの建物の図面を取り寄せて、全ての扉や非常口・通気口等を調べたと言っています。




【3】 幽霊説

彼女の携帯電話だけまだ現場に残されていて、何らかの超自然的な現象が起こって、霊体となった彼女が連絡して来ているという説です。」

コメンテーター「この”3番”に信憑性はあるんですか?」



テレビには霊能力者・超能力者等が多数出演。番組を大いに盛り上げた。





「まだ綾香ちゃんは生きている!」と主張する団体が現れて、再度救助要請を政府に対して行った。しかし、それは見合わされた。
そして、安全上の理由から、現場は立ち入り禁止にされた。


団体の運動が沈静化した頃、この土地は他に売却され、新たにビルが建設される事になった。
そのビルの基礎工事が始まった頃、
もともとここに建っていたビルの設計図面には無かった”空間”が地下に出現した。
それは、エレベーターの裏手付近に広がる空間で、このビルが建てられる敷地より大きく外側に向かって掘られており、明らかに違法な物だった。

もともと地下部分の面積を稼ぐ為に、その部分が極秘に作られていた。完成後はこの会社が倉庫として使う予定の空間だった。
しかし建設途中でその空間は省略された。水が染み出て来た為だ。その空間のあちこちで水滴が漏れ出していた。
その後、そのスぺースは完全に埋められる事もなく、入り口が壁で塞がれただけとなった。

地震が起こった時、最初の震動でその空間の天上はすっかり抜け落ちた。そして崩れたビルから転落した少女はそこに落ちた。
さらにその上に大きなコンクリートの塊が落ちて来て頭上を塞ぎ、その上に土砂が覆いかぶさった。
その為、救助現場の作業員からはその空間は隠されていた。作業員はまさかこんなに地下の違法倉庫が伸びているとは思わなかった。

そして、そこから少女の遺体が発見された。







レスキュー隊隊長は「彼女が生きている事を信じて、もっと繰り返し捜索するべきだった。」と後悔した。

しかし、レスキュー隊の隊員達は「現場ではあれ以上どうする事も出来なかった。」とも思った。





世論は騒ぎ立てた。

「やはり少女は生きていたのだ。最初からずっとそれを信じていればこうならずに済んだ」のだと。










THE END







確かに信じる事は大切ではあります。







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