「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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BLUE ODYSSEY
熱き女の戦い
熱き女の戦い [act.1]
ここは小さなデザイン会社。
社長はもう定年間近のような年齢。
その社長はこの会社の”代表取締役”であり、”デザイナー”でもあり、”営業”でもあった。
そのオフィスには、小さな部屋の中に事務机が5つも入っていた。
一番奥には社長の席があり、そこから”地続き”で社員2名のデスクが向かい合わせに置かれていた。そしてさらにその隣には空席のデスクが2つあった。この空席は別名「応接室」と呼ばれていた。
部屋の壁際は「事務用ガラス付き本棚」で埋めつくされていた。
その上にはダンボールの箱がいくつも置かれ、古い役立たずの書類が大切そうに中にしまわれていた。
以上が、雑居ビルの階段横の不定形の小さな部屋の中に無理矢理納まっていた。
ここはとても狭い。このオフィスの入り口から入って一番奥の社長の席にたどり着くには、その手前の人に椅子から立ち上がってもらわないといけない。そうでなければ、ガラス張りの本棚とデスクの間を通れない。そんな狭さだった。
窓は社長の背中の壁に1つのみ。
西日は射すが、その時以外は部屋の中は大変暗い印象だった。
もちろん昼でも蛍光灯は点けてあるのだが。
ここに2人のOLが勤務していた。
普段はこの2人で会計・接客・営業・事務等を幅広くこなしていた。
OLという言い方が正しいのか、それとも「雑用係」という言い方が正しいのかわからないが……。
==============================================================
葉山 明美。22歳。
このボロビルの汚いオフィスとは比べ物にならない程の美少女。
幼顔。長めの髪がグー!
野崎 美奈子 23歳。
この小さくて無名な会社に似つかわしくない程の「どこに出しても恥ずかしくないレベルの美人」。
可憐で清楚。少しおとなし目の印象。
==============================================================
この会社の社員は社長を入れてこの3名のみ。
本当に小さな会社だった。
明美 「既に傾きかけているような気もするわ。」
明美は社長が居ない所ではいつもそう言っていた。
しかし、会社名が一般大衆に知られてない割に、仕事の方は途切れなく入って来ていた。
今日もこの会社に他社の男性社員が訪ねて来た。
その男性社員はちょっとした大手ゲーム会社の営業マン。
ナイスなイケメンでかっこいい。
スポーツマン風の脂ぎった肌。健康的な身体つき。大きな逆三角形の背中。
20代風にも見えるが、正体は30代。
でも頭も良く切れるし、活動的。
これで独身・恋人無し……なわけないか。ちゃんと美人の”彼女”がいらっしゃるようである。
それでも明美は何度となくこの営業マンにモーションをかけていた。
ここに訪ねて来る面々では「彼しかいなかった」から。
この営業マンはいつも軽いノリで、見かけは遊び人風。肌が焼けていてサーファーのような印象もある。
だが見かけとは裏腹に、実は決して彼女を裏切らないマジメな人だったのだ。
繰り返すが、ここには応接室など無い。空き机2つが「応接室」だ。
そこで明美はこの男性社員とビジネスの話。
明美 「ねえ~~~~。今度飲みに行きましょうよ~~~~。」
と言いつつ明美はワザと足を組み替え、制服のタイトスカートの裾をホンの少し上げてみせた。明美の綺麗な足がそこから見える。
男性社員「いや、いいよ。遠慮しとく……。」
明美 「まーーーーーーー!!!」
まったくつれない返答。
そればかりか、この男性社員はここに頼んでおいた版下を受け取り、さっさとそこから退散する様子。
明美は諦めきれずに彼を階段まで見送る。
エレベーター?そんな物この家賃5万5千円の雑居ビルにあるわけない!
明美 「ねーーーーー、電話して!」
そう言って明美は自分の携帯を出して指差す。
男性社員「また、今度ね」
それだけ言い残して、男性社員は足早に階下に消えた。
「また今度ね」という事は……、まったく電話が来ないという意味である。
明美 「まったくーーーー。
アタシの周りにはどうしていい男がいないんだろう……?」
熱き女の戦い [act.2]
明美 「はぁ~~~~~~~~。職場、変わろっかな~~~?」
明美はまたつぶやいた。
ここの社長のあだ名は「タコ社長」。もちろん明美が勝手に付けた。
言われて見ればタコに似ていなくも無いが……w
パッと見は”もっさりした”印象を受けるが、実は身が軽い。それに真面目だ。
タコ社長はいつもこの『OL2人組』を適度にあしらっていた。
社長の席に行くのに、この女性社員の横をすり抜けなくてはならない。
タコ社長 「はいはい、ごめんね。」
そのすり抜け方も優雅だ。セクハラ等起こらない。
そして、目線はもう机の上の書類の方に行っている。
社長と女性社員の関係は「まあ良い」と言える。
一応社員には親切。だがべったりと言うわけではない。いつもOLの2人をやんわりしかり飛ばしていた。
ここは一般にはまったく無名の会社だが、仕事の依頼主は大手の会社が多い。
実は大手というものはこういった下請け会社をいくつも持っているものである。
しかし、いくら下請けと言っても、それなりの実力が無いと仕事は来ないが…。
ここのタコ社長が自分でホイホイとデザインした物をいつも大手の会社に送る。するとたいてい一発でOKが返って来る。
明美は以前、その真似をしてグラフィックソフトで版下デザインを作る事もあったが…、たいていそれを送ってもボツを食らった。
「修正して採用」されるレベルではない。
「デザイン」はどうやら明美には入り込めない領域のようだった。
こんな田舎町のボロビルに大手の営業マンがいつも訪ねて来る事も、考えて見れば不思議な事である。実はここのタコ社長、隠れた実力の持ち者なのだ。
その事が明美と美奈子がこの会社を辞められない理由の1つになっていた。
現在2人の給料は極めて低いが、やっている仕事が事務関係なのでそのぐらいしかもらえない。
タコ社長「デザインの仕事を覚えれば、給料上げるよ。」
タコ社長はよくそう言った。タコ社長は嘘は付かない人なので、明美はここでデザインの勉強もしてみたが……、そんなもの1日2日で覚えられるわけが無い。
それに、例え出来たとしても大手から仕事が来る筈はない。
来てもせいぜい大手の若手アルバイトが作るような簡単なデザインの仕事だろう。
明美 「はあ~~~~~~。」
その、崩れ掛けのオフィス内で、明美は健康的でエネルギーに満ち溢れる若い身体をもてあましていた。
無意味にそこで女性っぽいポーズを取ってみせる。
だが……、
誰も見ていない。
社長はこのボロい事務机に似合わないクリアーボディーの液晶モニターに見入って作業を続けていた。
この社長、集中力がある。
実はここで行われている作業は、大手の専属デザイナーが行うレベルに匹敵していた。いや、それ以上かも……。
大手は重要な仕事でも外注に丸投げする事があるのだ。
大手の展開するイメージ戦略で”テレビや雑誌に映る大手の社内風景”はとても綺麗だ。それを見た一般大衆は、「あのデザインやゲーム等はこんな綺麗なオフィスで開発されているのか?!」と錯覚する事だろう。
だが…、現実はこんな物であった。この「外注会社のボロオフィスでデザインされている」等とは夢にも思わないだろう。
熱き女の戦い [act.3]
ちょうどその日、明美は自分だけ仕事が途切れて、オフィス内で退屈していた。それで、自分の優雅な脚線美を持つ美しい足を高く持ち上げてむだ毛のチェックをし始めた。
しかし……、
誰もその様子を見ていない。
美奈子も旧式のパソコンモニターに見入っていた。
明美はだんだん腹が立って来た。
明美 「(この熟れ熟れの美少女を放っといて、世間はいったい何をしてるのよ?!)」
退屈しのぎにデスク上のハンディーサイズのポータブルテレビを点けてみる。
そこには華々しい女子アナやOLの姿が映っていた。
世間ではオフィスレディーはもっと大切に扱われているように見えた。
そして、美人女子アナ。今や押しも押されぬ看板スターだ。
彼女達の活躍いかんでニュース番組の視聴率が決まる。
明美 「はぁ~~~~~~。まるで夢の世界よねぇ~~~~。」
明美はデスクの脇に置いた丸い安物のゴミ箱から、一度捨てた大衆週刊誌を取り出した。それをもう一度読む。
そこの見出しには、
『女子アナ結婚!お相手は若手一流商社マン!』
等の文字が躍っていた。
明美 「はぁ~~~~~~~~~~。」
明美はまた深いため息をついた。
美奈子「しっかりしなさいよ!」
美奈子がパソコンモニターの画面を見ながら横槍を入れた。
明美 「ほっといてよ!」
このOL2人組は仲が良いのだが…、普段はこんな調子である。
お昼にはこの2人は、たいていオフィス内でお弁当を食べていた。
タコ社長は豪華なレストランでランチを食べる為に1人外出した。
明美と美奈子はたまにさそってもらえるのだが、今日は無いらしい。
さそってもらえる時は当然社長のおごり!いつも懐が具合が寂しい2人にとってはありがたい話である。
2人でたまに外食もしたが、いつもいつも”外で”というわけには行かなかった。それで自分で作って来たお弁当をここで食べる事にしていた。
今日のメニュー。
明美はピンクの”ふりかけ”で弁当箱のご飯いっぱいの大きさのハートマークなんぞ作っていた。
明美 「ジャアーーーーーン!これ、どう?」
美奈子「…………。」
無反応。
そのお弁当はおかずがたくさん入っていた。実に壮観。
鶏の唐揚げ、ロールキャベツ、ポテトサラダ……
どこに出しても恥ずかしくないおいしそうなおかずの品々。
でも……、
誰も見ていない。
美奈子も、これまでに明美から毎日毎日見せられて、感想を求められたので、最近は無反応だった。
熱き女の戦い [act.4]
そんな小さな心のわだかまりが積もり積もって、明美はいよいよ自分の置かれている状況が腹立だしくなって来た。
そんなおり、”例の男性社員”がまたこの会社を訪ねて来た。
今日はタコ社長は大手の社長との打ち合わせで、その本社の方に出向いてここにはいなかった。
美奈子の方はと言えば、郵便局の方に大量のサンプル品発送の為に出かけたばかりである。
つまり……、このオフィス内には必然的に明美と例の男性社員しかいなくなった。
明美 「(ふふふ……、チャンス到来!)」
男性社員はその不穏な空気をすぐに察知した。
男性社員「(ギクッ)」
そこで早く立ち去ろうと、今回の仕事の話を始めた。机の上にサンプルを並べて説明した。いつもより事務的に。そしてあっさりと仕事の話をまとめ、契約した。
男性社員「じゃ、僕はこれで。」
彼はデスクの上に広げた書類をワザとバサバサと音を立てて鞄の中に押し込み、席を立とうと腰を上げた。
そこへ……、
明美 「ちょっと、待ちなさいよ!!」
明美は男性社員のスーツの裾を”しっかりと”握りめた。シワになる事なんてお構いなし!
明美 「今日という今日は逃がさないわよ~~~~~~!ウフン!」
男性社員「ぞぞ~~~~~~~~~!!」
男性社員は危機を察知した。それでいったん落ち着きを取り戻してから、自分の”彼女”の話を始めた。
男性社員「最近、彼女とよくデートに行くんだ。僕ら仲が良くってね!
この間行ったのは、完成したばかりの”新空港”!
あそこはいいよ。飛行機の発着を見ながらカフェでお茶を飲むのもいいもんだ。天気の良い日は最高だね。」
明美 「まーーーーーーーー!新空港に!」
男性社員「でも彼女を空港に連れて行くと、よく”海外に連れて行け”と言われるんだ。それはもううるさくせがまれて。あはは…。
”まあ、そのうち連れて行くよ”とは言っているんだが。」
明美は怒った。ワザと彼女の話を持ち出されて腹が立った。
しかもその彼女は”若くて美人でよく気が利く人”だそうだ。
それでも諦めない明美!
明美 「ねーーーー!どこかへ”2人だけ”で出かけない?映画なんてどう?」
明美はこれでもかと言わんばかりの色っぽい声を出した。
普段別に汚い声というわけではないが………(疲れているとダミ声気味になるが)、オフィスレディーというものは電話対応時に声色を変えるテクニックがある。ここではそれの応用をした。
明美は男性がゾクッゾクッとするような甘い声を出した。
緊急警報!緊急警報!緊急警報!
男性社員の脳裏にエマージェンシーコールが鳴り響く!
男性社員「では、これで!」
素早く、”高速”でドアを開けて外へ出る!
明美 「待って!」
しかし男性社員は超スピードで階段を駆け下りた。
明美は追いかけた。
明美 「
まあてぇ~~~~~~~~~~~~~~!!
」
だが、オフィスレディーのスカートでは走りにくい。
男性社員はこのビルの駐車場に止めてあった軽自動車(大手ロゴマーク入りの社用車)に飛び乗って立ち去ってしまった。
その場に残された明美は、アスファルトの上に拳を着いた。
美しい髪が顔の前の方に流れ落ちた。
明美 「くくくく、今にみておれ~~~~~~~!!!」
熱き女の戦い [act.5]
退社時間。仕事帰り。外はもうすっかり夜。
今日も仲良しOL2人組はいっしょに会社を出た。
明美 「はぁ~~~~~~。」
明美は突然美奈子にこう言った。
明美 「アタシ、会社辞める。」
美奈子「え?なんで?」
美奈子はせいいっぱいの驚いたフリをしてみる。ホントは驚いてない。
明美 「もう限界……。」
美奈子「アタシはどうなる?あそこ(会社)1人じゃ切り盛りできない!」
明美 「じゃ、アンタもいっしょに辞めよう。」
美奈子「……………………。
えーーー!でも、なんで?」
明美 「男いない……。」
美奈子「は?」
明美 「あそこ(会社)男いない。」
美奈子は大人っぽいため息を1つ付いた後、
美奈子「しかたないじゃない!無い物ねだりをしても……。
でも、これだけは言えるわね。
例え半世紀待っても、あそこに男性社員は来ない……。」
明美は興奮して、両手拳を握り締めた。
明美 「も~~~~~~~、
辞める!辞める!辞める!辞める!辞める!
辞めてやるわ~~~~~~~~~!!
」
自宅に帰った明美。
シャワーを浴びて、歯を磨き、パジャマに着替えた。
そして………、
パソコンで誰かにメールを打った。
それは珍しく時間をかけて……。
その後、やわらかいベッドの上に、仕事で疲れた身体を横たえた。
その夜、明美はうなされた。夢を見たのだ。
タコ社長「君達に新入社員を紹介する。男性社員だ!」
明美 「(男性社員~~~~~~?!!!)」
そこには待望の”男性社員”が来ていた。
しかし、彼はなんとなくタコようにフニャフニャした感じで身体を揺すり、トークも極めて軽いノリだった。そして明美と美奈子を見てこう言った。
男性社員「まーーーー、なんてかわいい女の子達だろう!」
なにか女の喋り口調!
明美 「
帰れーーーーー!!!
」
と、言った所で目が覚めた!
明美 「珍しい!”目覚まし”より先に起きるなんて!」
出社した明美。その日はタコ社長が遅れて会社に入って来た。タコ社長が無断で遅刻とは珍しい。
しかしよく見ると、すでにタコ社長のタイムカードは押されていた。一度出社してからまた会社のドアをくぐったらしい。
タコ社長「これから君達に新入社員を紹介する。」
突然社長はそう言った。明美と美奈子は耳を疑った。
タコ社長「”狭山 昇”君だ。」
そう言ってタコ社長は扉の向こうの廊下で待っていた人物を、オフィスの中へ招き入れた。
明美 「(あ!)」
それはパッと見16歳ぐらいに見える”美少年”だった。
髪は全体的に短めだが、前髪は目にかかっていた。それが神秘的な印象をかもし出していた。
首は細く、カッターシャツの首周りはだいぶ余っていた。
年齢はいくつかわからないが……、どう見ても若い。
さらに背も低かった。明美と美奈子よりも………。
熱き女の戦い [act.6]
タコ社長「彼には私のデザインのアシスタントをしてもらう。
これからは仕事が忙しくなるのでな」
明美 「あれ?社長、仕事増えましたっけ?」
仕事の請負の管理をしていた明美は驚いた。
タコ社長「カナード出版から新しい本の表紙デザインを頼まれた。
本は16冊。シリーズ化するそうだ。
それで、うちの方で16冊全てのデザインを手がける事になった。」
明美 「(また私を通さないで!も~~~~~~!
でも、”カナード出版”と言えば、恋愛物の小説を出し続けて有名になった出版社。
あんな所から仕事をもらえるなんて………。
やっぱりこの社長、ただのタコじゃないわ!)」
明美と美奈子は思わず顔を見合わせた。
社長は朝から近くの空いているファミレスでこの少年………いや男性社員に会社や仕事の説明をしていたのだ。それでこの男性社員は一通り仕事の流れについて教えてもらったようである。
明美 「(ああ、それにしても美少年。しかも超一級の!)」
美奈子「(ああ、男性社員!本物の男性社員だわ!!!しかも、私好みの!)」
その時、タコ社長は何かを思い出した。
タコ社長「あっ!そうだ!
明美君!昨日の夜、君からもらったメール見たよ。
”退職願”ね。
受理する。
ただし、辞めるのは次の人が見つかってからにして欲しいんだが…。」
美奈子は、すでに明美が退職願をメールで提出していた事に驚いた!
しかし………、
明美 「あ、それ……………、撤回します。」
タコ社長「はあ?」
明美 「
撤回します!
」
タコ社長「はあ?でも君???」
明美 「撤回します!アタシ、仕事だけが生きがいの女です!
ここで働く事に意欲を持っているのです!
だから辞めません!」
タコ社長「はあ?いや、しかし君!
昨日のメールでは……、なんだかとても思い詰めた口調で……」
明美 「あれは女性に周期的に訪れる”鬱”状態です。問題ありません。
今は躁の状態です!」
タコ社長「はあ?」
明美 「さあ、仕事仕事!!」
タコ社長「…………。」
こうして、退職願の件はもみ消された。
その後、タコ社長は早速仕事の為、今日も外に出かけた。
カナード出版に打ち合わせに行くのだ。新入社員をここに残して……。
タコ社長「では彼(新入社員)の事は任せたよ」
明美 「はいもちろんです!
(フフフフ……、たっぷりとお任せあれい!ウフフフ!)」
熱き女の戦い [act.7]
明美はその新入社員を応接室(と呼ばれるデスク)の椅子に座らせた。
そしてOL2人組は彼を取り囲むようにその場に立った。この位置に立たれると、彼女らに退いてもらわない限りドアにたどり着く事は出来ない。
新入社員はなんだかもう逃げられないような印象を受けていた。
新入社員「あははは…………。」
その新入社員は2人に笑顔を向けたが……、
OL2人組は吟味するようにその少年……いや新入社員を見下ろしていた。
明美 「(かーー!このあどけない顔と表情。まだ世間知らずの少年ね。
くくくく……。騙せる!騙せるわ!)」
美奈子「(ああ、信じられない!
あのタコ社長、いつも凄い所から凄い仕事もらってくるから、ただ者じゃないと思っていたけど……。
このチェリーボーイもそんじょそこらにいるタマじゃないわ。すっごい!あのタコ社長、見直したわ!
さあ、逃がさないわよ!)」
OL2人組から強力な牽引ビームが発射されているのがわかった。すでにロックオン状態。
昇 「ああああ……。」
明美は急に事務用整理棚に背中を付けて悩ましげなポーズを取った。
そして普段と違った色っぽい声を出した。
明美 「そういえば……、自己紹介…まだだったわね。」
昇 「ええ、そうですね。」
新入社員は無理に笑った。
明美 「アタシ……、あ・け・み。19歳。独身。彼氏無し!!」
明美はこれでもか、というぐらい女っぽい声を出した。すると横からチャチャが入れられた。
美奈子「ちょっと明美!さば読んでるわよ!」
明美 「えーーーー!よんでない、よんでない。」
美奈子「よんでる。よんでる。」
明美 「ムカッ! (`⌒´) 」
美奈子「えーーーーーと、では次は私が自己紹介します。」
美奈子はワザと書類棚に手を伸ばしてポーズを決め、悩ましい声でこう自己紹介した。
美奈子「野崎 美奈子。未婚。現在恋人募集中!年齢18。」
明美 「だーーーーーーーーーーーー!!!!
アンタもさば読んでるジャン!」
OL2人組はにらみ合った。
ビシュ~~~~~~~!
ブシュ~~~~~~~~~!!!
火花が飛んだ!
昇 「あっ、先輩方の自己紹介はもういいです。ありがとうございました。
では僕の方の自己紹介ですが…、名前は”狭山 昇”、22歳です。
仕事はデザインの方を……」
明美 「
何ですって~~~~~~~~~!!”22”?
」
美奈子「絶対そんな風には見えないわね。」
今度は新入社員の方が話の途中でチャチャを入れられた。
昇 「あっ、はい。よくそう言われます。
こんな顔ですから。あはは…。
それから、僕は大学で絵を勉強……。」
明美 「”よく”ですって?! ”よくそう言われる”??? 誰から?」
美奈子「”女”ね? ”女”にそう言われたのね?」
何かその”女”という部分だけ吐き捨てるような口調だった。
彼が言おうとした自己紹介の方は無視された。
昇 「いえ、その…、大学のクラスメートの女の子達がそんな風に僕の事を……」
明美 「アンタ、恋人いる?」
いきなり話が飛んだ。
昇 「はあ?」
美奈子「”恋人いる?”って聞いてるの!!」
昇 「ああ、あの、それがこの会社に入社する事と何か関係あるんですか?
それはプライベートな事のように思いますが?」
明美 「
(-_- ) 関係あるから聞いてるんだよ!
」
明美は見下ろすような目付きになった。凄みがある。
昇 「ああ、あの……」
美奈子「
恋人は?!!
」
昇 「いません!」
明美は不意に後を向いて身体をかがめた。実はそれはガッツポーズを取っていたのであるが……、新入社員の昇にはそれがなんだかわからなかった。
美奈子「じゃあ、今、好きな人はいる?」
昇 「あ、はい。います。」
明美「
(-_- ) なに!
」
明美が振り返って睨んだ。
美奈子「誰?」
昇 「そんな事まで答えなくちゃならないんですか?!」
明美 「
当たり前だ!!
」
昇 「それは僕のプライベートに関する事なので、答えなくていいと思うんですが…。」
明美 「
(-_- ) 答えないと気になってアタシ達が仕事出来んだろうが!
」
昇 「????????」
美奈子「んん!(咳払い) 答えるのがマナーですよ。オフィスマナーでは会社に入って来たら、それを答える事になっているんです。」
昇 「そんなのどこのマナー本にも載っていませんが?!」
明美 「
(-_- ) ”マナー本”~~~?!
そんなモンが実際の現場で役に立つと思っているの?
これからアタシ達が”先輩と後輩”の厚い関係を築いて行こうという時に!」
美奈子「ホント!いきなり”深い溝”ができそうだわ!」
そう言って2人のOLは腕を組んで昇を見下ろす。
明美 「ジ~~~~~~~~~!!」
美奈子「ジ~~~~~~~~~!!」
昇 「……………………。
わかりました。
まあ、いいです。教えるぐらい。
同じ大学のクラスメートだった”恵子”さんです。」
明美は怒った。
明美 「”恵子”だあ?そんなもん忘れちまいな!」
昇 「はあ?」
美奈子「その子は恋人でもなんでもないんでしょう?!」
昇 「確かに……、今はまだ”友だち”です。」
明美 「じゃあ、忘れちまいな!!!」
昇 「えーーーーーーーーーー!!」
そして明美は昇のすぐ隣まで移動して来た。
明美 「これだから”学生さん”は駄目なのよねえ。」
その言葉に美奈子も頷いた。
その後、タコ社長が帰って来た。
その日はすぐに新入社員の昇は退社した。1日目という事で、特別に社長の計らいで。
でも、今日の緊張はそうとうな物だったろう……。
熱き女の戦い [act.8]
次の日、出社して来た昇に、さっそく明美と美奈子の執拗な”攻撃”が始まった。
タコ社長がお昼休みに1人食事の為に外へ出て行くと……。
明美 「のぼる君~~~~~!おべんと作って来てあげたわ!」
早速、明美が言い寄って来た。そして女物のデザインのお弁当箱を無理矢理昇に押し付けた。そこには絶対に断れないような力強さがあった。
男が持つと恥ずかしいくらいにかわいいお弁当箱のフタを開けると、中にはご飯の上にピンクのふりかけで作られたデカいハートマークがあった。
さらにその上に海苔で作った文字で『明美 LOVE』と書かれていた。
昇 「うっぷ!」
明美 「ジロッ!」
昇 「あのーーー、僕、コンビニで買って来たお弁当があるので、それを食べようと思いますが。あはは。」
明美 「(-_-メ) ジロッ!」
昇 「はは……。」
断れない威圧感があった。
今、このデスクの上にその買って来た別のお弁当を出そうものなら、即ゴミ箱に捨てられそうな気がした。
と、そこへ、また別のお弁当箱が置かれた。
ドン!!
それは大人の女性が持つようなデザインのプラスチック製のお弁当箱。
赤色の大きなパッキングのレバーの上にセンスの良いロゴが入っていた。
置いたのは美奈子だった。彼女もお弁当を作って来たようだ。
そして美奈子はお弁当の蓋を開けた。
そこにはしっとりと落ち着いた感じのお弁当が入っていた。
一口サイズのハンバーグ。焼肉。ポテトサラダ。そして揚げ物。
地味だがどれも美味しそうである。
昇 「あの?これは?」
美奈子「食べて!」
昇は二つ並んだ弁当を見た。
昇 「でも、あの、すでに明美さんが……」
美奈子「
食べて!
」
こちらも断れないようである。
しかたがないので昇は両方食べる事にした。2つのお弁当を並べて交互に箸を入れた。
昇の前の席に明美と美奈子は”当たり前のよう”に椅子を置いて、自分の分の弁当を食べ始めた。
明美 「いただきます~~!!」
にやりと笑う明美。
明美 「明日はすき焼き弁当を作ってくるから。」
昇「(げ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!)」
すると美奈子が冷ややかな目付きで、
美奈子「あ~~~~~ら、私だって負けていなくてよ!
明日は”ブロッコリーのツナマヨネーズあえ”など”たくさんの”おかずを入れたお弁当を作って来ますから!」
たまらず昇はそれを断ろうとした。
しかし、
ビシュ~~~~~~~!
(火花)
ブシュ~~~~~~~~~!!!
(火花)
すでに両者には激しい火花が散っていた。
昇はまったく無視された形だった。
熱き女の戦い [act.9]
さて仕事が終わり、退社時間になった。
昇はタコ社長といっしょに帰ろうとした。もちろん危険を察知したためである。
しかし……。
全員でオフィスから出て、社長が会社のドアの鍵を閉めている時………、
明美はタコ社長に見えぬ位置から、昇の腕をつかんで思いっきり自分の方に引き寄せた。
昇 「うわわわわ!」
体勢を崩す昇。
明美は昇の耳元に、ドスの効いた口調の小さな声でつぶやいた。
明美 「わたし達といっしょに来るのよ。新人歓迎会をするんだから!」
そして美奈子も昇の耳元に唇を近づけ、艶のある大人の女性の口調でこう言った。
美奈子「もう、お店予約してあるんだから。今からドタキャンしても、私達が払い込んだお金は戻って来ないのよね。あ~~あ、無駄になっちゃうわ!どうしてくれるの?」
昇 「そっ、そんな……、じゃあ社長も呼びましょう!」
明美はさらに冷えた目付きでこう言った。
明美 「アホか!若者だけの歓迎会をするって言うてるんじゃ!!(関西弁)
オジンを呼んでどうする?!」
そこには逆らえない迫力があった。すでにそういうスケジュールが彼女らの頭の中で(勝手に)組まれており、どうする事も出来なかった。
それで仕方無く昇は、2人について行った。
OL2人組は昇の先に立って歩いた。そして夜の街に繰り出した。
堂々とした歩きっぷり。すごく元気そうである。
時々明美は昇がちゃんとついて来ているか”監視するように”後を振り返った。
それで、昇は逃げられないと観念した。
昇 「はぁ~~~~~~~。」
着いた先は若者に人気の安い居酒屋。
中は広い。すでに多くの客で賑わっているようだ。
店員 「3名様ですか?予約はございますか?」
美奈子「ありません。」
昇 「(
げっ!
)」
しばらく席が空くのを入り口の椅子に腰掛けて待った。それから4人がけのテーブル席に案内してもらった。
店員 「ご注文はお決まりですか?」
明美 「まずは全員生ビール!大ジョッキ!」
昇 「(げっ!)」
美奈子「それから、日本酒の”美少年”。それとチュウハイのライムもね!」
昇 「(げっ!)」
明美 「それから…………、 塩から 大根おろし キムチ 肉じゃが フライドポテト カニグラタン
お豆腐 山芋の明石風焼き たこの酢の物 イカのゴロ焼き……、以上をお願い!」
昇 「(げっ!)」
美奈子「後は串焼お願いします。ナンコツ 皮 手羽先 もも 鴨レバー炙り……、をお願い。」
昇 「(げっ!げっ!げっ!)」
2人は実に手馴れた感じで一度に大量の品を注文した。
熱き女の戦い [act.10]
あっという間に、テーブルの上は料理でいっぱいになった。
この店のビールの大ジョッキはやはり大きかった。いや「大」と言うより「特大」と言うべきか……。
明美・美奈子「カンパーーーイ!」
明美・美奈子はさっそく飲み始めた。
明美はその細腕で大きなジョッキを軽々と持ち上げた。
明美 「ゴキュゴキュゴキュ、
プハ~~~~~~~~~~~~~~~!」
そして料理を、
ガツガツガツガツガツガツガツガツガツ!
昇 「……………………。」
美奈子の方は方手をジョッキの底に添えるようにして上品な手付きで飲み始めた。
しかし………、
美奈子「ゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュ………。」
昇 「(おいおい、イッキ飲みかよ?)」
明美が好物だと言うカニグラタンに手をつけた頃、明美に酒が回り始めた。
明美が急に座った目付きで”ジ~~~~~~~~~~~”と昇の方を見つめた。
明美 「おい美少年!」
昇 「(びっ、美少年????)」
明美 「”恵子”は諦めたのか?」
昇 「はあ?」
美奈子「ホント。いい女が目に前にいるっていうのに鈍いわねえ……。」
美奈子が吐き捨てるように言った。
見ると美奈子もかなり酔って、顔が真っ赤になっていた。
それで昇は「”いい女”ってどこにいるんです?」とわざと言って、明美や美奈子の後ろの席にいたお客の方に目をやった。
すると明美が、
明美 「
アンタ、いい度胸してんジャン!!
」
と言い、椅子に肘をかけ、ジョッキ片手にニヤリと笑う。
昇 「(ビクッ!)」
そして……、
明美 「いいか、美少年、よく聞けよ!
いい女ってのはなあーー!!
」
明美が超デカイ声を出そうとしたので、美奈子に口を押さえられた。
美奈子は明美の酒癖をよく熟知していた。
しばらく口を押さえられてから明美は落ち着いた。
しかし、その後美奈子もジロッと昇を睨み、
美奈子「”いい女”がどこにいるか教えて欲しい?」
と聞いた。
美奈子はテーブルに肩肘を着き、その上に顔を乗せ、余裕の笑みで微笑んだ。
それは会社で見た清楚な印象の彼女とはまったく違い、色気のある小悪魔的な感じに見えた。
美奈子「うふふふふ……。」
登 「(うわあああーーーーーーーーーーー!!!)」
明美と美奈子は並んで座っていたので、昇の隣の席は空いていた。
その席に酔った明美がドカッとなだれ込んで来た。
明美 「うふんvvv」
そして昇にいきなり擦り寄る。
美奈子「ちょっと明美!」
明美 「なによ?!」
ビシューーーーーーーーーーー!!!
(火花)
ブシューーーーーーーーーーー!!!
(火花)
その瞬間、火花がスパークした!
ビシューーーーーーーーーーー!!!
(火花)
ブシューーーーーーーーーーー!!!
(火花)
昇 「あわわわわわ~~~!」
熱き女の戦い [act.11]
明美は美奈子に見せ付けるように昇に寄りかかった。
突然、美奈子がテーブルの上に拳を着いて立ち上がった!
美奈子「
貴方ねーーーーー!!!
」
ビシューーーーーーーーーーーーー!!!
(火花)
ブシューーーーーーーーーーーーー!!!
(火花)
しかし美奈子は周りのお客達の視線とざわめきに気が付いて、
「ふーーーーー」と言いながら気を落ち着かせた。
そして乱れた前髪を整えた。
その後、冷ややかな口調で「明美、離れなさいよ。はしたない。ここは公共の場なんだから」と言った。
しかし明美はさらに昇の肩に手を回した。昇は身体を別の方向に逃げたが。
美奈子は見る見る内に怒りを溜めていく。
美奈子「くくくく……!!!」
美奈子、噴火前の火山状態。
美奈子「くくくく……。
明美ーーー!!!!!!!!!
」
いきなり美奈子は明美につかみかかる!予想外の展開だ!
そうとう酒が入っているようである。
明美もこれに応戦!
明美 「ぎゃーーーーー!!」
どたばた!
美奈子「ぎゃーーーーー!!!!!!」
それは大乱闘に発展した!
まさに「2大怪獣の激突」!
いや「白熱の女子プロレス」とでも言うべきか!
2人とも美人なので、周りのお客達はこれに注目!
皆、喜んで手を叩いた。
明美と美奈子はお互い髪の毛をつかみ合った。
明美 「
きいーーーーーーーー!!
」
美奈子「
うぬーーーーー!!!!!!
」
パリン!パリン!
お皿が何枚か割れた!
そこでようやく店の従業員が気付き、騒ぎを止めに入った。
店員に中に割って入られ、やっと明美と美奈子は気が落ち着いた。
そして我に返った。
明美 「あれ”美少年”は?」
明美はそう言って辺りを見回した。
店員 「その酒が入ったグラスはおそらく落ちて割れたのではありませんか?」
店員は酒の”美少年”の事だと思ってそう言った。
明美 「いえ、その”美少年”ではなく……」
店内を見回したが、すでに”昇”の姿はそこには無かった。
もちろん昇はその場を逃げ出していた。
そして翌日、早々に退職願を提出した。
THE END
う~~~~~~~ん。w
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