「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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BLUE ODYSSEY
伝書鳩
伝書鳩 [act.1]
時は第二次世界大戦前。
クリフォード 男性 23歳。
リリー 女性 21歳。
2人はイギリスの田舎町で生まれた。幼なじみであり、クリフォードが5歳から11歳頃まではよくいっしょに遊んでいた。
その後、クリフォードはハイスクールと大学は寮生活となり、この地を離れた。
リリーとはその頃も文通でやり取りをしていた。
クリフォードが大学を卒業する頃、ちょうど戦争が勃発した。
そこで彼は自分の住んでいた土地に帰って来た。いわゆる”疎開”と同じような感覚で。
そしてクリフォードとリリーは再会した。成長した二人の仲は以前の子供の頃の感情とは違い、急速に深まった。
ある日リリーはクリフォードを夕食に招いた。もう彼を家に招くのは何回目だろう。
リリーは彼の為に腕を振るって美味しい夕食を作ろうとした。
あわよくば、それでクリフォードの気をさらに惹こうと思ったのである。
それで自分の家で取れた野菜を小さな手押し車に乗せ、市場に物々交換に行った。七面鳥を手に入れようと思って。
市場に着くと、大勢の人がいた。リリーは七面鳥の肉を探して回った。
すると…、普段はその市場では見かけ無い顔の男性が言い寄って来た。
そしてなまりの強い言葉で、強引にリリーの野菜と自分の持って来た鳩を交換しようと話を持ちかけた。
それでリリー半ば押し付けられたように、野菜とその鳩を交換してしまった。
鳩の肉は食えると男は言っていたが、その他の言葉はなまりが強くてよく聞き取れなかった。
鳩はペアで2羽いた。
鳥カゴごと譲り受けたが、その鳥カゴは古くて痛んでいたので、後から考えると商品価値の無い物だった。
リリーはそれを持って家に帰って来たが、鳩を両親に見せると大変怒られた。
「あれだけの野菜をその2羽の鳩と交換するのは見合わない」と。
鳩を食べるにしても味の方はクセがあって美味しくないのだとか。
クリフォードを招く事になっていたので、リリーはがっかりして、もう一度市場まで行く事にした。
また手押し車の上に新たに少しばかりの野菜を乗せて、さらにさっきの鳩の鳥カゴも乗せて行った。売るためである。
家から出て大通りまで歩くと、そこでばったりとクリフォードに出くわした。
クリフォード「夕食まで待てないので、君の家に訪ねて行こうと思ったんだよ。」
それを聞いてリリーは嬉しくなった。
リリー「これから、夕食の材料を手に入れる為に市場まで行くところなの。」
そして、彼女は正直に鳩の話をした。
クリフォードは面白そうなので、その鳩を見せてもらった。
クリフォード「ああ、これは良い鳩だよ。若くて元気そうで。ちょうどオスメスのペアで仲が良さそうだ。
食べるのは可哀想だよ。
鳩は確かに食べる事も出来るけど…、肉は美味しくない。
それより伝書鳩にするといいよ。」
リリー「”伝書鳩”?」
クリフォード「ああ、そうだよ。
一度飼った鳩は、空へ放しても必ず元の鳩舎に帰って来る習性があるんだ。
だからそれを利用して、鳩の足に手紙を取り付けておくんだよ。
そうすれば手紙が届く。
試しにこれを飼ってみたら?
この鳩が慣れてきて、君の家に必ず戻るようになったら、僕が手紙を書いて君の元に飛ばすから。
そうだ!周に1回、僕が鳩を借りて行こう。そして空へ放すから。」
このロマンチックな話にリリーはすっかり機嫌を良くした。
そして鳩を売らずに飼う事に決めた。
野菜の方は、市場で少しばかりのお肉と交換し、それでその日の夕食はなんとか事無きを得た。
しかしリリーの父親は自分の作った野菜を持って行かせた割に、少量の肉しか入ってない夕食が出たので不満顔だった。
おまけに鳩を飼うと娘が言い出したのでそれは反対した。
翌日もクリフォードが訪ねて来た。
リリーの家の屋根裏部屋の一画に鳩舎を作るためだ。
昨日怒って鳩を飼う事に反対した筈の父親も手伝って、すぐに小さな鳩舎が完成した。
早速ペアの鳩をそこに入れた。リリーはその鳩を見てこう言った。
リリー「本当に仲が良さそうね。」
クリフォード「そうだね。恋人同士かな?このペアは。」
この時のリリーはすごく幸せそうだった。
そして、オスの鳩には”ボナ”、メスの方には”セシル”と名付けた。
伝書鳩 [act.2]
戦局は悪化して、クリフォードの元へ出兵の要請が舞い込んだ。徴兵である。
陸軍の一般兵として、船で海外の戦地に赴く事になった。
リリーはその日からいつも泣いていた。
母国の港からクリフォードの乗った船が戦地に向けて出発する頃…、リリーはそれを見送りにやって来た。
リリーはあの時の鳩をカゴに入れて持って来ていた。カゴの中にはオスのボナが入っていた。
そして、それをクリフォードに手渡した。
他にもこのように鳩を渡す女性はいると聞いていたので、自分もそうしたのである。
クリフォード自身は本当は邪魔になる鳩を連れて行きたくなかった。
平時であればこの鳩をかわいいと思ったが、出兵しながら鳩を飼う事はいろいろな面で苦労すると思われた。
特に上官や仲間に何を言われるか、そのわずらわしさを考えると連れて行きたくなかったのである。
しかし、リリーは自分と連絡が取りたいという想い込めてこれを持って来てくれたのだ。だからクリフォードは断れなかった。仕方なく鳩を戦地まで連れて行く事にした。
クリフォード「向こうで手紙を書くから。」
そう言ってクリフォードは旅立って行った。
案の定、戦地の陣営に着くと、鳩を連れている事で上官や仲間の兵士にからかわれたが………、結局、鳩の個人携帯は正式に許された。
個人では珍しいが、イギリス軍はこの頃かなりの軍用鳩を飼い、戦地に連れて行っていた。背中の箱に何匹もの鳩を入れてかつぐ兵士もいたし、専用の大きな鳩舎を部隊に随行させる場合もあった。
この頃の頼りない無線に代わって、伝書鳩が活躍する場面も多かったのである。
戦場は悲惨だった。イギリス・フランス軍は相手国の軍の進撃に押され、形勢は不利になる一方だった。
そこで海岸線まで徐々に後退していった。
この戦いでクリフォードのもともとの友人・戦友・同郷の人達も次々に帰らぬ人となった。
そんな中、まだクリフォードと鳩のボナは奇跡的に生き延びていた。
あの日、港でボナを渡された時に、これをどんなに帰そうかと思ったが…、今では連れて来て良かったと感じていた。
ボナに愛着が沸いていたし、鳩は戦場でのすさんだ心を癒してくれた。
クリフォードは今ではボナを大事にしていた。
ボナの足には常に通信筒が付けられ、そこには遺書のような手紙がすでに入れられていた。
============================================================================
『愛するリリーへ。
ボナが君の元へこの手紙を持って帰ったら、僕はもうこの世にいないかも知れません。
クリフォード』
============================================================================
クリフォードはいよいよ死期を悟ったら、その戦闘の始まる前にボナを空中に放すつもりだった。
最近の戦闘は全て負けていたからだ。イギリス軍は敗走するだけで精一杯という現状だった。
空へ放されたボナはきっとドーバー海峡を越えて、イギリス北部にあるリリーの家へこの手紙を届けてくれるだろう。
イギリス軍はついに撤退を余儀なくされて、フランスのダンケルクの港町より船で慌ただしくイギリス本国へ向けて逃走し始めた。
その際、多くの船がドーバー海峡に出たのだが、いくつかのボロ舟に乗らされた兵士らはそのまま大西洋の方まで流されて行った。
ここの海峡は流れが速い。
クリフォードの乗った船も大変なボロ船だった。
間に合わせでかき集められた中の一隻であり、乗り込んだ人数もハンパでは無く、始終不安定な状態だった。
海峡半ばで船のエンジンは突然止まり、そのまま再始動出来なくなった。
それからこの船も大西洋に流され、運悪くそこの天候は崩れ始めた。
強い突風を伴う嵐がやって来て、船はあっという間に転覆・沈没した。
幸いにして漂着物の木片につかまる事が出来たクリフォードは、その上に自分の上半身と鳩のカゴを乗せて生き延びた。
海水の中に身体を入れていると脱水症状等を引き起こしたりする。
しかし、その木片の漂流物は小さく、クリフォードは上に乗る事は出来ない。その上に置けるのは鳩のカゴだけである。
そうしている内に喉が急激に渇いてきた。
だんだん心臓の鼓動も早くなってきた。口で息をしなくてはならなくなった。
睡魔も襲って来て、昏睡状態に陥る危険もあった。
伝書鳩 [act.3]
その後、クリフォードは運良く無人島を発見し、そこまで木片につかまりながら泳いだ。
そして島に漂着した。
しかし、ここがどこだかわからない。地図を見てみたが載っていなかった。
本当に小さな島らしい。
そこでボナの通信筒に入れてある手紙を取り出し、その裏に自分が流された場所の予想図を書いて、救助を乞う内容を書き添えた。
============================================================================
『愛するリリーへ。
無人島に流れ着きました。イギリスを南下する事約400~700キロぐらいの所ある小さな島です。
食料はもうほとんど残っていません。出来れば助けに来てください。
クリフォード』
============================================================================
それからボナに、ポケットの奥に唯一残っていた袋入りのビスケットを食べさせた。
そして……、大空に飛ばした。
上空高く舞い、付近を一度旋回するボナ。その後、イギリス方向に向かって飛んで行った。
クリフォードはそれを見送った。
クリフォード「ああ、僕にも翼があったらな…………。」
ボナは飛んだ。はるかかなたのリリーの家を目指して。
それでも海の上を600キロ以上飛ばなくてならなかった。
悪天候に見舞われつつも、休む事無く飛び続けた。羽を休める場所が無かったからだ。
鳩は正確に自分の鳩舎に帰る事が出来る。
そのシステムはいまだに解明されていないが、磁気を身体で感じ取って自分の帰るべき方向を見つける”磁気コンパス説”が有力である。
だがもちろん”道に迷う”事も多かった。
またこの頃、ドイツでは伝書鳩撃退用にタカを多く飛ばしていた。
それにより食われる伝書鳩もいた。ドイツ寄りに気流で流されでもしたら大変だ。
また、例えイギリス本土に降り立っても、地上ではイタチなどの天敵がいて狙われる。
鳩舎自体が狙われる事も多かった。
一度鳩舎が狙われと、その中にいた鳩達は皆食われしまう。
リリーの鳩舎にはその為の防護用の網を張っていた。
ボナは懸命に飛んだ。
しかし、また嵐がやって来た。
クリフォード「大丈夫だよな……。
リリーの元にはボナの恋人のセシルがいるから、きっと帰り着く筈だ。」
20時間の連続飛行の後、やっとイギリス本土に到達したボナ。
海岸沿いの堤防に降り立ち、しばらく翼を休める。
ボナはかなり疲れきっていた。
付近では食べ物はほとんど見つからない。
この時期、人間達のおこぼれに預かる事もまず無かった。
あっても地元に棲んでいる鳩に先に食べられてしまう。
やっと木の実を見つけて少し食べたが、あまり喉を通らなかった。
急がねばリリーの元まで到達できないと悟ったボナは、再び大空へと飛び立った。
そして北部の街まで急ぐ。
まだかなり飛行しなくてはならない距離があった。
伝書鳩 [act.4]
その頃リリーの家では、リリーが心配そうに空を見上げていた。今日は北部地方も大雨。
鳩舎の中にはセシルが一羽でポツリと止まり木に止まっていた。
ここの所、リリーはロンドンの港や軍関係に電話をかける毎日だった。
だが帰還兵名簿にはいつまで経ってもクリフォードの名前は載らなかった。
しかし昨日は、
「”クリフォード”さんはたしかにダンケルクの港より船で経ったと思われます。その時作成した名簿には名前が載っていました。」
と言う返答をもらった。
リリーは悲しくなった。
これ以後クリフォードは”行方不明者扱い”となった。
リリーは鳩舎の中からセシルを両手で取り出して、屋根裏部屋の中に放した。
しかしセシルは飛び立たず、リリーの膝の上にいたままだった。
雨が降っている為か元気が無さそうだった。
屋根裏部屋には雨の当る音が響いていた。
リリーはセシルの口ばしに指を軽く当て、
リリー「ごめんね。貴方のボナも帰って来ませんね。私と同じで、愛する人を亡くしちゃったかな?」
そう言った時、屋根裏の鳩舎に”バサッバサッ”と言う音がした。
セシルは羽ばたいてすぐそこの鳩舎の金網まで飛んだ。
鳩舎の中には見覚えのある模様の翼があった!
ボナだ!
リリー「母さん!ボナが帰って来たわ!」
ボナは衰弱していた。翼にかなり雨が当っていた。羽毛も濡れていた。
セシルはボナに口ばしをすり寄せた。
リリーはタオルでボナの濡れた翼や羽毛を拭いた。
そして用意していた”布を敷いた箱の中”にボナの身体を横たえた。
リリー「ああ、ボナ……、弱りきっているわ。」
リリーは通信筒から手紙を取り出して中を見た。
そこには遺書のような内容の手紙が入っていたので、リリーはまた泣き出した。
しかし、裏を見ると……、
日付と”無人島に流された”という内容が書かれていた。
リリーは早速、軍の方に連絡した。そしてロンドン行きの汽車に飛び乗った。
軍から連絡を受けたイギリスのはるか南の海域にいた船は、念のため付近の無人島に接近した。
しかしこの辺りには相当数の無人島が点在した。
それでも、クリフォードは近くを通りかかった船に”のろし”を上げて救助を求め、幸いにもこれに拾われた。
船はイギリスへ向かう途中に捜索願いの連絡を受けて、付近の無人島に立ち寄ったのだ。
そこで、その船でイギリスまで行く事になった。
その頃リリーはロンドンの安宿に宿泊していた。
そして、イギリス兵救出の一報を聞き、この地の病院に駆けつけた。
そこでやっとクリフォードと再会出来た。
「よかった。クリフォード!生きていてくれて!」
「ああ、ボナが行ってくれたんだね。良かった。それでボナは?」
「家で母さんが面倒を見てくれている筈よ!!」
2人は嬉しさのあまり抱き合って泣いた。
しかし数日前、リリーが汽車に乗った時、すでにボナは絶命していた。
連続飛行で雨の中を飛んで来たせいである。
セシルの見ている前で、静かに息を引き取ったのだ……。
THE END
この物語はフィクションです。
登場する国名・組織等は実在の物と一切関係ありません。
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