BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

第4話 月の都市 act.21~30


スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.21]


クリスは潜った。
オリハルコン採掘基地内にある[バーチャル作業プログラム]から。

そこはノアボックスが所有するバーチャルリアリティーシステムと同じように神経に直に信号が送られ、擬似ではあるがその世界は本物のように感じられた。

そこにはオリハルコン採掘基地そのものが再現されていた。実物の基地は簡素な造りだったので3DCGで再現しやすかったのだ。

ここには実際の監視カメラやロボットのカメラアイから取り込んだ画像が処理されてリアルタイムで基地内が再現されていた。
通路内を走る巡回ロボットも正確に今いる位置がここにトレースされていた。

実際の監視カメラにイレギュラーな映像が映ると、この擬似世界でも警報が発せられて、撮影された実際の映像を元に擬似の映像がここにも再現される。
ここはいわば監視カメラの映像をつなげて復元させた立体映像の世界だった。





そして、クリスが基地の奥の方に存在する細いタラップを通常速度で歩き始めた時…、
”あの男”が現れた。

ローレンス「ようこそ、クリス君。」







システムの外からクリスを追跡していた委員長は、クリスの反応が突然無くなった事に気が付いた。

委員長「クリス君?!」

委員長が急いで[バーチャル作業プログラム]の専用カプセルを開けると……、中はケーブルやコネクターが散ばっているだけだった。
クリスの姿は消えていた。





委員長「きゃーーーーーー!」





アンナ「……………………。」






クリスが消えた事はアイクにも伝わった。
今度はアイクが罪の意識を感じて倒れてしまった。心労が極限に達したのだ。
彼はすぐにノアボックスのメディカルセンターに運ばれた。

看護婦「心身狼狽状態です。」

郷田指令「……。」




アンナは自室に帰った。
アンナはクリスを探す為、自分のパソコンからバーチャルシティーに入ってみる事にした。

アンナ「ここからなら取り込まれないわ。」

アンナはそう確信して潜った。







[タイムトリップ2100]のバージョンの中には[月]を扱ったものもあった。
それはいわゆる一般向けのプログラムに過ぎず、アクエリアス基地やオリハルコン採掘基地も一応再現されてはいるものの、リアルタイムな再現とは言えなかった。それはいささか古いデータだった。
それに月面の地表は月面写真から自動作成されたもので、おおざっぱなものだった。
だが一般の人はそれでも充分楽しめた。







アンナは擬似世界の中で、ポリゴンが粗いオリハルコン採掘基地に向かった。
すると、やはり”あの男”がアンナの元に現れた。
粗いポリゴンの背景の中にこの男が立っているのは異様だった。

アンナは彼を睨んだ。そして対決姿勢を崩さなかった。

ローレンス「クリスを返して欲しくば、バーチャルリアリティーシステムからバーチャルシティーに潜れ。
君1人でだ。アンナ……。」

アンナ 「そうすれば返してくれるのね?クリス君とレイチェルさんを。
私が行けば。」

ローレンス「フフフ……。ああそうだ。
嫌なら信じなくてもいいんだぞ、この話を。」

アンナ「……。」





スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.22]



アンナはログアウトした。

そして自分の体が、”この世界”にある事を確かめた。



アンナは禁止されていた「バーチャルリアリティーシステムから潜って”向こうの世界”へ行く」と言い出した。
それを正式に郷田指令に願い出た。

しかし……、

郷田指令「やはり許可できん。」

思った通りの答えが返って来た。それでもアンナは強く”行く”と繰り返し主張した。

アンナ「クリス君を救いたいんです。」

すると矢樹が、

矢樹 「いや、これはワナである可能性が高い。はっきりした理由は不明だが、[ローレンス・フォスター]は、君が来る事を強く望んでいる。」

アンナ「それでも行きます!」

矢樹 「おそらく君はまた”向こうの世界”に連れて行かれてしまうだろう。
今度は救出できないかも知れない。
それにその男はバーチャルシティーと現実を自由に行き来できるのだ。」

アンナ「それでもいいんです!」

アンナは必死だった。対して矢樹は落ち着き払いながら、

矢樹 「無駄に相手の策にはまる事は無い。それより良い方法がある。」

と言った。

アンナ「……?」








矢樹はレッドノア内にある研究室に行った。
アンナは一人そこへ呼ばれた。
他の残ったメンバー、神田・豪・委員長は呼ばれなかった。





それから少しばかり時間が経って、「準備が整った。」と矢樹から連絡があった。
それで神田・豪・委員長があらためて矢樹に呼ばれた。
残りのメンバーが矢樹の研究室に着くと、そこのスクリーンにはアンナの顔がアップで映っていた。アンナはスポルティーファイブの機体に搭乗する時のスーツを着ていた。

委員長「これは?」

矢樹 「君達が普段着用するパイロットスーツには特殊な防護機能が備わっているのだ。
これを着けていると”向こう”からの信号を自動で遮断できる。
その信号遮断の能力他のマシンに比べても一段上だ。」

神田 「へーーーー!そんな凄い機能が!ちーーーとも知らんかった!」

こうしてアンナはそれを着たままバーチャルリアリティーシステムの中に入った。

矢樹 「ではアンナ、今からクリスが消えた地点と思われる座標を入力する。
君はクリスのすぐ近くに出現できる筈だ。
だが、クリスはすでにレイチェルを探す為、そこから移動していると思われる。」

アンナ「わかりました。」

矢樹 「ではログインスタート。」






スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.23]


その頃、クリスは”月の都市”の中を歩いていた。
そこは間違いなく”都市”だった。
華やかで賑やかだった。

天上は全周を金属製の格子とガラスで出来たドームで覆われていた。
さながら巨大な植物園のような構築物がそこに存在していた。
綺麗ではあるが、格子状の骨組みはさながら精密機械のように精巧に作られ、頑丈そうだった。

その格子と格子のつなぎ目のわずかな隙間からのぞける外の景色はやはり”月面”と言う他なかった。暗黒の空と銀色の殺風景な大地。しかしそのほとんどが白く塗装された格子に邪魔されていて、その静寂さはこの都市の中まで伝わらない。
それが逆に良いのかも知れない。あの真っ暗な空が見えにくいだけでも。

ここはドームが都市全体を覆う事によって、常に生活区域内に空気を充満させており、大気の存在する惑星上にいるような環境が再現されていた。
またドーム内にはいたるところに植物が植えられていた。
地球の植物に似ていたが、形状は少し違うようだ。だが、探せば地球上にも存在している植物かも知れない。
観葉植物でもあるが、おそらくはこれがある程度の酸素の供給している事は見て取れた。
たとえるなら[水槽の中の水草]である。

そのドームの中にはいくつかの背の低いビル群が立ち並んでいた。
背が低いと言ってもここでは巨大に見えた。天上すれすれにまで伸びたビル群は壮観だった。
そして、それは地球の”都市”をイメージさせた。

都市の中には忙しく動く人々の姿があった。
多くの人達がいた。家族、友人同士、学生、職場仲間、サークルや団体。
皆、晴れやかな表情をしていた。活気があった。
顔付きは地球人となんら変わりない。
だが着ている服のデザインは地球上にあるものと趣向が違うようだ。
特に男性はあの[ローレンス・フォスター]が着ていたような、ちょっと変わった礼装のようなデザインの物が多い。
これは一般的な外出着なのだろうか?
女性にもそのようなデザインを着ている人が少しはいるが、男性と比べると、明らかにバリエーションが多かった。

とにかく、ここはそれらデザインという相違点を除けば”地球”と何ら変わりない。

クリス 「(ここが、[レイド]なのか?)」

行きかう人々が地球人で無い事はクリスは本能的にわかった。そう感じ取れたのだ。
それに言語が通じなかった。行きかう人々が話している言語はどれも意味がわからなかった。
だが、そこにいる人々の心がテレパシーで直に感じ取れた。
すぐ横を通り過ぎて行く子供達の喋っている内容がわかったのだ。
会話内容は地球のそれと少しも変わらない。
あのデパートに行くだの、遊園地に行くだのと言っていた。
ここにもそう呼ばれる施設があるのだろう。
概して言える事は、「ここはとても温かそう」という事だった。

クリス「……。」

このテレパシーでの会話の感覚は……、思い出して見ればあの[ローレンス・フォスター]と会話していた時の感覚に酷似していた。









その頃……、
アンナもまたこのクリスのいる空間に降り立っていた。
”月の都市”を初めて歩くアンナ。
その近代的で整った都市の姿を眺める。
よく真空の世界にこれだけの建造物を建設できたものだ。

行きかう人々の賑やかな表情から、ここは居心地の良い都市という印象を受けた。
それは今までアクエリアス基地やオリハルコン採掘基地で受けた印象とはまるで違っていた。
ここは活気がみなぎっており、人々の生活感が感じ取れた。そしてそれには輝かしい未来までも予期させてくれた。

アンナ「(ここが本当に月の都市なの?)」

アンナは不思議と心の中が温かくなっていくのを感じていた。ここにいると心身が癒されていくようだった。








しばらくして、アンナはクリスが辺りに見当たらなかったので都市の各所を探し始めた。

アンナ「(この近くにいる筈だわ。)」

都市の造りは地球のそれとよく似ていた。
ビルは道にそって並んで建てられていた。かと思うと入り組んで乱立している場所もあった。
それらを一つ一つ歩いて探す。思ったより大変な仕事だ。
だがアンナはクリスの存在をはっきり感じ取っていた。クリアで純粋な心の持ち主のクリスの感覚。それは他と間違えようもなかった。
大切な物を探すように、アンナはそのクリスの感覚を追った。



一方で、行きかう人々の楽しそうな姿が常に目に飛び込んで来ていた。
これまで月に滞在していた人達、ロバート、オスカー、レイチェル、アイク。その人達のどこか疲れきった表情とまるで違うここの人達の笑顔。
アンナはそれには違和感を覚えつつも、しばし幸福にも似た感覚に包まれながらこの都市を歩いていた。 






スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.24]


行きかう月の都市の人達は、にこやかで穏やかそうな人ばかりだったが、突然、アンナはその中で1つの特徴ある存在を感じ取った。あの嫌な感覚だ。
それは[レイド]との戦闘の時に感じるオーラのようなものだった。
その事はアンナの周りにまた”あの男”の影が付きまとい始めた事を意味していた。






委員長「正体不明の影が近づいているわ!アンナ、注意して!」

委員長はインカムを通じてアンナに話しかけた。
委員長はバーチャルリアリティーシステムの外からアンナを追跡していたのだ。
アンナが持っている[この世界で創られた擬似の携帯電話]。それは3DCGで出来た”ニセモノ”に過ぎないが、ちゃんとシステムの外にいる者と通信が出来た。その携帯電話型の通信機に出ると、委員長の声が聞こえた。

委員長から注意を受け、
逃げるアンナ。

”あの男”の影はそれでもアンナを追跡しようとする。

アンナは歩道の雑踏の中を走る。
しばらく行くと、どこかの通路の先に白い影がチラリと見えた気がした。
かと思うと、雑踏の向こうから白い影がのぞいている気がした。

アンナはさらに逃げる。
今、あの男に会うのは危険だ。

入り組んだ都市のビル群の隙間を利用してアンナは逃げた。
都市の中に存在するビルとビルの間の狭い通路のような空間は、地球のそれと似ていて、まさに猫が通るのにちょうどいいスペースしかなかった。
そこを体の小さいアンナは逃げたのだが……、
アンナはあの男から逃げようとして、すぐに袋小路の行き止まりに突き当ってしまった。


アンナは振り返った。
気が付くとアンナは”あの男”と会ってしまっていた。ホンの数十メートル先にその男が立っていた。

アンナ「ローレンス!」

ローレンス「くくくく……。アンナ、また君に会えてとても嬉しいよ!」

アンナ「私は貴方となんか会いたくなかったわ!」







ピーーーーーーーーーーーーーーーーーー!



矢樹の研究室に警告音が鳴り響いた。
それはアンナの追跡座標がトレーサーから消えた事を示していた。
マップ上にアンナの位置を示すマーカーは見られなかった。

委員長「消えた?!アンナが消えたわ!」

神田 「そっ、そんな……。確かか、委員長?!本当にアンナちゃんが消えたんかいな?」

委員長「ええ!」

神田はさっそく矢樹に食ってかかる。

神田 「このーーーー!アンナちゃんがまた消えたやないか!」

委員長「通信も出来ないし、追跡もできなくなったわ。またアンナが消えちゃった!!」








ローレンス「ようこそ、こちらの世界へ!
君はまたここに連れて来られたのだ!
私は君と2人きりでゆっくり話がしたかったからね。」

アンナ「何の話よ?私は貴方となんかいたくないわ。」









矢樹 「大丈夫だ。」

神田 「なに?!」

矢樹 「まだ通信も追跡も出来るかも知れない。アンナ、聞こえるか?」

そう言って矢樹は没入中のアンナを呼び出そうとした。








[ローレンス・フォスター]と対峙していたアンナ。
本当に彼の言う通りここは”向こうの世界”なのだろうか?
アンナから見れば、[バーチャルリアリティーシステム専用の携帯電話が通じなくなった]というだけで、それ以外に視覚に変化はなかった。
”向こうの世界”とは言っても、見た感じにはさっきまでいた”月の都市”と変わらないのだ。
相変わらず都市には人々が溢れているし、まるでクリスマスイブかなにかの日みたいに賑やかだった。[自分の姿が一時的に消えたり、自分の周りが光に包まれたり]という変化は無かった。



ピーーーーーー!


そのアンナの元に呼び出し信号が入った。アンナが持っていた携帯電話が再び鳴り始めたのだ。

ローレンス「ほう、大したものだ。ここへ通信できるとは。」

アンナはローレンスの言葉を無視して、彼のすぐ横をすり抜け、走って逃げ出した。どこかローレンスのいない所で通信に出たい。アンナは路地の奥へと消えて行った。

ローレンス「どこへ逃げるというのだ?君はこの世界に捕まったのだ。もう元の世界に帰れない。」

ローレンスは余裕だった。急がずにゆっくりアンナの後を追った。
アンナが走り去った裏路地を歩いた。そしておそらく、アンナが消えるまでの道筋を正確にたどった。だが、いくら探してもアンナの姿は見つからなかった。

ローレンス「いったいこれはどうしたというのだ?」

ローレンスにとってはそれは意外な事だったようだ。
彼は白い手袋をはめている両手で自分の顔を抑えた。
今やローレンスはその大きな体を小刻みに震わせていた。




しばらくした後、彼はある結論にたどり着いて、ゆっくり顔を上げた。

ローレンス「くそ!あの男の仕業か?!」





スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.25]



委員長「アンナは?!アンナは?!」

叫ぶ委員長。
矢樹はおもむろにキーボードを打ち、スイッチを切り替えた。
大型スクリーンのモニター上にはアンナの顔のアップが映った。

神田 「あれ?アンナちゃん?」

委員長「これは?今アンナはどこに?」

矢樹 「アンナはスポルティーファイブの神津機のコクピットのシートに座っている。
実はそこからバーチャルリアリティーシステムのカプセルにデータを送っていたのだ。
そこからデータ転送すれば、データを受け取ったカプセルは”アンナがバーチャルリアリティーシステムに没入しているように”みせかけられる。
そして、この事にはローレンスも気付かなかった。
人間がどんな方法で”向こうの世界”に呼び込まれるのか不明だが、少なくとも今回はアンナのデーターを”カプセル内にいる”ものと思ってローレンスは呼び寄せようとした。その瞬間、オートで神津機のコクピットとカプセルの回線は遮断されたのだ。」

神田 「さすが、矢樹ちゃん!」

豪 「やっ、”矢樹ちゃん”???」

矢樹 「回線は物理的に遮断した。つながったままだと、たとえ信号は切れていても”本体”は持って行かれる可能性があるのでね。」

委員長「アンナは無事なんですね?なんともないんですね?」

矢樹 「ああ。だが、クリスとレイチェルはまだ向こうの世界にいるぞ。」




そこへコクピットにいるアンナが話かけた。

アンナ 「クリス君を助けに行きましょう!スポルティーファイブを使わせてください。
向こうの世界にクリス君がいる事ははっきり感じ取れました。」

矢樹 「……”感じ取れた”と言うのだな。
そうか、わかった。それもいいだろう。
スポルティーファイブを使え。」

豪 「かまわないんですか?」

矢樹 「そうだ。バーチャルリアリティーシステムからの没入ではクリス達を見つける事が出来ても連れ戻す事は出来ないからな。
向こうの世界に行っても、君達が機体から出なければ大丈夫だ。そうすれば連れ去られる事は無いだろう。コクピットとパイロットスーツが君達を守ってくれる。」

アンナ「……。」




その後アンナ・豪・委員長・神田はブリッジへ行き、郷田指令に”向こうの世界”への発進許可を求めた。
しかし郷田指令はまだ気が進まないようだった。

郷田指令「……。」

矢樹 「行かせてやれ。アンナやアイクが心配している。」

郷田指令「帰れるという保証はあるのか?」

矢樹 「いや。ない。だが、機体から出ないようにするんだ。そうすれば危ない事は無い。」

郷田指令「”機体から出ない”だって?出ないでクリスとレイチェルを探して連れ戻せるのか?」

矢樹 「だが…、現実にはそれは無理だ。」

郷田指令「じゃあ、どうすると言うんだ?!!!」

矢樹 「機体から降りて、クリス達を探すしかないだろう。」

郷田指令「それでは危険が大きすぎる!」

矢樹 「2人を見殺しにはできない。スポルティーファイブの諸君は行く気だ。行かせてやれ。」

郷田指令「もうそれしかないのか…?」

矢樹 「他に手段は無い。」

クリスとレイチェルの2人を救う為、郷田指令はしぶしぶ発進許可を出した。






レッドノアの甲板では発進準備が始められた。
例の鋼鉄製らしきゲート発生器が甲板上にせり上がって来た。

アンナ・豪・委員長・神田がそれぞれの機体に乗り込んだ。
無人のクリス機も用意された。

そしてまずクリス機がカタパルトより打ち出された。

成功!

機体はゲート発生器に吸い込まれて行った。






スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.26]


ナターシャは豪に呼びかけた。

ナターシャ「羽山機、発進してください!」

豪 「わかりました!」

豪は2回目という事ですんなり発進できた。
綺麗なスタートで、恐れる事無くゲートに飛び込んだ。
その後、めまぐるしく変色する壁に吸い込まれて行った。

次に神田も同じくスタートし、スムーズにゲート発生器に吸い込まれた。



そして………、

ナターシャ「神津さん、発進して!」

アンナも発進した。
アンナはこのゲート発生器を使うのは初めてで、さすがに壁に向かって発進せねばならない事には躊躇も多少あって緊張していたが、クリスを救出する決意は固く、ゲートへの進入速度も決して緩めなかった。

アンナ「発進!」

アンナも成功!
見事、ゲートに吸い込まれた。







委員長「……。」

委員長はやはり向こうの世界に行くのは苦手だった。
あの壁向かって発進させるのがやはり心理的に駄目なようである。
それでガタガタと震える手でスロットルレバーを握り締めていた。

委員長「私だって……、クリス君の事が……心配で……。」

ナターシャ「小川さん、発進大丈夫?!」

委員長は思い切って発進した。スロットルレバーを力強く引いた。

委員長「きゃーーーーー!!」

ナターシャ「小川さん?!」

成功!
委員長の機体もゲートに吸い込まれた。








こうして全機発進したスポルティーファイブは、”向こうの世界”へと向かった。
だが、向こうの世界は………、
着いた先もやはり月面だった。

別世界への”ホール”をすり抜ける時には身体に相当なショックを伴うようだ。皆、気絶していた。
最初に豪が気付いた時、スポルティーファイブの機体は月面上空をオートパイロットで飛行していた。

太陽からの光は何もさえぎるものが無くて強かった。頬が照り付けで熱く感じられた。
太陽光のせいで、くっきりと長い陰影が伸びた不気味な印象の月面が見えた。

次に神田が気が付いた。
彼は急に辺りが暗くなったように感じていた。
月面はどこも同じ場所のように見えるが、なぜかそう思えたのだ。
日影にでも入ったと言うのだろうか?



周囲にはオリハルコン採掘基地とレッドノアの姿は無かった。

その頃、アンナも気が付いていた。

アンナ 「……」

そして委員長も……。

委員長「……………………。」



豪 「着きましたね、”向こうの世界”へ。
でも、時代が少し古いようです。ちょうどアポロ11号が着陸した頃ですね。
時間軸が違うのでしょうか?」

神田 「何?すると今は130年前か?」

豪 「ええ、地球の時間に合わせるとそんなとこになりますかね。
タイムスリップでもしたかのようです。」

下を見るとちょうど着陸したてのような月着陸船とアポロのパイロットがいた。
とても小さい機体だ。

神田 「こっちを見て驚いとる。手を振ってやろう。」

豪 「神田さん!止めてください!この世界に干渉してはいけません。忘れたんですか?」

委員長「それより月の都市を探しましょう!きっと月の裏側じゃない?」

アンナ「たぶん……、そうだわ。」






スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.27]


スポルティーファイブのメンバーは月の裏側へと飛んだ。
そこは表側に比べて、これまであまり調査の手が入らなかった部分でもある。
そこを飛行していると、ほどなくして月面上の平らな部分に”都市”が見つかった。

豪 「皆、あれを見て!都市だ!都市がある!130年前にはここに都市が存在していたんだ!」

それは大型で美しかった。
都市全体を覆う真っ白な外郭のドームは宝石のように見えた。内部にはビル群が林立している様子も見えた。殺風景な月の表面に、それはまるで城のように映えていた。

神田 「すげーーーーーー!!」

アンナ「……………。」

委員長「ここに人が住む都市があったなんて……。それもかなり大規模だわ。」

スポルティーファイブは都市への不用意な接近を避け、離れた位置を旋回していた。

アンナ「ここから降りて、都市の中を探しましょう。」

神田 「機体から降りないようにと郷田指令に言われたんじゃなかった?」

アンナ「降りなければ探せないわ。私は行く。」

委員長「じゃあ、私も行きます。」

豪 「僕も行きます。」

神田 「じゃあ、俺も……。アンナちゃんが行くなら。」

委員長「………………。」





こうしてスポルティーファイブのメンバーは機体から降りてクリスらを捜索する事した。
レッドノアへの通信はやはり効かず、自分達で判断するしかなかった。

機体を隠す為、付近の大型クレーターの中に着陸する事にした。
直径が400メートルはあろうかというクレーターが都市から離れた位置に存在していた。
その内側の中央部分の平たい地表に降下を試みた。

5機の着陸に成功したメンバーは、それぞれの宇宙服を身に着け、護身用の銃を隠し持った。
そして機体から小型の特殊車輛を一台引き出して、それに乗った。
車輛を走らせ、一路月の都市へと向かう。





月の都市の外延部に着くと、そこにエアロックがいくつか存在しているのを確認した。
それは特に何かから防御するような機構は付いて無いように見えた。
そのエアロックを使用するには側面に設置してあるボタンを操作するだけで済むようだ。
ボタンには絵が描かれており、それはあの謎の採掘場にあった物と同じだった。操作法もおそらく同じと思われた。それを操作するとエアロックのゲートが開き、簡単に中に進入する事が出来た。





内部の通路に入ると、簡単な殺菌処理のライトの照射と洗浄液の噴射があった。
しかし監視カメラ等はなかった。それほどセキュリティーは厳重ではないらしい。

豪 「通れた!」

アンナ「……。」




エアロックとその通路を抜けて、中に入ると賑やかな都市の姿があった。
そこにはたくさんの人々の賑わいがあった。あまりにも多くの人々の往来があり、いままで見て来た真空で冷たい月面とはまったく違う世界がそこに広がっていた。

神田 「すげえ!!」

アンナ「宇宙服を脱いで隠しましょう。中では自然に振舞った方がいいわ。」

豪 「大気は有ります。成分も地球とほぼ同じです。宇宙服無しでいけます。」

それでメンバーは宇宙服を脱いで慎重に隠した。
もちろんクリスらの分の宇宙服も持って来ていたので、それも隠した。





アンナが先頭にたって、都市の中に踏み込んだ。
人の往来はあるものの、そこの住人が特にアンナ達に関心を払う事もなかった。
誰もメンバーらの侵入に注目していなかった。

神田 「それにしてもどうなっとるんや?俺たちが入っても誰も捕まえに来えへんで。」

豪 「そうですね。警備体制なんかないみたいですね。」

神田 「無用心やな。俺やったらもっとちゃんと警備するで。」

委員長「でも、ここが本当に月の都市なの?なんでこんなに賑やかなの?アクエリアス基地やオリハルコン採掘基地と全然違うわ。」

豪 「なぜこんなに繁栄しているのかはわかりません。でもとにかく時代が違います。」

委員長「時代が……?ここはやはり130年前なの?」

豪 「ええ、おそらく。」

神田 「ここの人達はいったい何者なんだ?異星人か?」

アンナ「[レイド]……じゃないかしら?」

アンナはすごく小さな声でそう告げた。

委員長「レイド?」

アンナ「気を付けて。ここの人達はテレパシーのような物を持っているの。
それで会話しているわ。今のが聞かれたら大変だわ。」

神田 「でも、なにかここの人達って、心が温かそうだが……。
とてもあのレイドとは思えない。」

アンナ「……そうね。確かにそれは感じるわ。犯罪とかそんな物とまったく無縁の世界…。」

委員長「本当にここはどこかしら?ある意味、夢のような世界だわ。」






スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.28]


その後、アンナは勘を頼りにクリスを探した。

アンナはクリスの意識を強く感じていた。
それでアンナは先走るように走った。
その後を委員長・豪・神田が追いかけた。

委員長「アンナ!注意して!1人きりにはならないで!」

そして、この基地内で使われている小型の乗り物の発着場の待合室に隠れているクリスの姿を発見した。
クリスの隣にはレイチェルがいた。
クリスはレイチェルをかばいつつ、ここに隠れていたのだ。

クリス「レイチェルさんを途中で見つけたんだ。」

レイチェルはやはりアンナによく似ていた。
顔立ちやその神秘的な印象までそっくりだった。

アンナ「……。」

レイチェル「あの男に会ったの。しつこく付きまとって来たわ。」

アンナはレイチェルに聞いた。

アンナ「あの男はいったい何でしょうか?」

アンナもレイチェルが自分に似ている事がわかっていた。それで彼女ならもしかすると何か答えをくれるのでは無いかと思えたのだ。

レイチェル「さあ?」

アンナ「なにか言ってました?」

レイチェル「”私といっしょにこの世界でくらそう”と言ってたわ。」

アンナ「……………………。」







クリス「よし、とにかくこの世界に長居は無用だ。ここを去ろう。この世界に干渉は出来ない。」

神田 「でも、ここは危険じゃないみたいだな。居心地良さそう。」

そう言って神田はこの都市の住人の様子を見た。
行きかう人々の表情は、皆、楽しそうだった。

クリス「だが、ここには”あの男”がいる。
また出て来るかも知れない。早くここを去るにこした事はない。
それから、一人きりには絶対ならないように。なれば狙われる。」

委員長 「わかったわ。すぐにスポルティーファイブまで戻りましょう!」






こうしてクリス達はクレーターの裏側に隠したスポルティーファイブに戻る事にした。
幸い”あの男”に出くわす事無くエアロックまでたどり着けた。
そして宇宙服を着て都市から脱出した。その後特殊車両に飛び乗った。
それから車輛を走らせ、スポルティーファイブを隠した月のクレーターまで戻ったのだが……、
クレーターの縁を越えると、そこに機体の姿は無かった。消えていたのだ。


クリス「……………………。」

豪 「これが目的だったんですね。最初から計画されていたのかな?」

クリス「もしかするとアンナが目当てではなかったんだ。スポルティーファイブを手に入れるのが目的だった。」

神田 「スポルティーファイブが盗まれたって事?これで俺達は……、帰れない?」

そこへ、急にクレーターの向こうの縁から何か白い大型の物体が飛んで来た。

神田 「ユーフォーか?!!」



それはザークだった。

クリス「逃げろ!」







スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.29]


特殊車輛を全速で走らせるクリス。
だが月の地表は砂塵のような細かい砂粒だらけで、タイヤがそこに足を取られて思うようにスピードが上がらない。
ザークはクリス達に向かってバルカンを発射して来た。それが近距離で着弾する。
真空の中で攻撃を受けるのは始めての経験である。

クリス 「装甲が少しでも破られたら、そこから空気が漏れてしまう!」

豪 「宇宙服を着た方がいいかも知れません。」

神田 「この揺れじゃ、無理やで!」

特殊車輛はクレーターの斜面をバウンドするように滑っていた。
その為、揺れが非常に激しかった。

神田 「宇宙服を脱いだのがあだになった!」

豪 「この車輛のバルカン砲を使って応戦してみます!」

その時、遠方からスポルティーファイブの機体が飛行して来た。

神田 「これは?」

クリス 「アンナ、こっちがスポルティーファイブをコントロールできるのか?」

アンナはキーボードをたたいた。

アンナ「できます。」

クリス「では、緊急時にオートパイロットのセキュリティーシステムが働いたんだ!」

神田 「セキュリティーシステムが?」

クリス「何者かが機体に近づいたのをセキュリティーシステムが感知して、自動的に離脱したんだ。」

神田 「へ?そんな機能があるの?」





クリス 「アンナ!ここから遠隔操作で機体を正確に操縦できるか?」

アンナ「やってみます。」

アンナはキーボードをたたいて、スポルティーファイブを操作した。
オートパイロットで動くスポルティーファイブの機体はかろうじてザークに向かって反撃した。





クリス「この車輛をつかませるんだ。つかんだらここを一旦離脱しよう」

アンナ「はい。」

アンナの操作で機体がマジックアームを出し、クリスらの乗る特殊車輛をつかんだ。
特殊車輛はスポルティーファイブの神田機内に収容された。
ドッキングした車輛のハッチを開き、神田機の機体にいったん乗り移るクリス達。
神田はスポルティーファイブのコクピットに座った。

クリス「このままドッキングさせよう。」

神田 「へっ、俺の機体以外は、今、オートパイロットだぜ?」

委員長「大丈夫?」

クリス「かまわない。要領はいつもと同じだ。ドッキングはどのみちオートパイロットだ。
まずはザークを振り払おう!」

機体はさらにスピードを上げてザークを引き放した。やはり戦闘機形態はスピードが違う。




クリス 「よし、ここならいい。ここでドッキングしよう。」

アンナが操作して、全機のドッキングシークエンスがスタートした。
初の真空状態でのドッキングだったが、無事成功した。

各パイロットは機内の非常に狭いチューブを通って各コクピットに向かった。
レイチェルは安全の為に特殊車輛のシートにそのまま残った。





クリス「アンナ!現実世界へ帰る計算を頼む!」

アンナ「わかりました。」

神田 「へっ、敵と戦わないの?今回は委員長が”起きている”からシンクロ率が格段に違うぜ!
戦闘力も上がってるぜ!」

委員長「もーーーーー!何言ってるのよ?!」

しかし、委員長はその言葉を言った直後からだんだん弱っていった。
なぜか”向こうの世界”には合わないらしい。

神田 「委員長ーーーーー!アンタのシンクロメーターが目に見えてどんどん落ちていくぜ!
アンタだけだぜ!こんなに落ち込んでいくのは!」

委員長はすでに意識が遠のいていた。

神田 「そんあ!アホな~~~~!肝心な時にぃ~~~~!」

豪 「委員長は女性なんです。デリケートなんですよ。しかたありません!」

神田 「くそう!委員長の脱落を受けて、全体のシンクロ率もドンドン下がっていくで!
アンナちゃ~~~~ん!早よ、計算頼むよ!」

アンナはなおもキーボードと格闘していた。

クリス「とにかく逃げるんだ!」

クリスは機体の速度を上げた。
機体をクレーターにそって滑らせるように飛行。
だが戦闘機形態からヒューマノイド形態に移行していたのでスピードは落ちていた。

豪 「ザーク接近中。間もなく追いつかれます。」

神田 「あっちの方が速いか?!」

クリス 「くそっ!」




スポルティーファイブ 第4話 月の都市 [act.30]


その時アンナが、

アンナ 「特異点を発見したわ!”あの採掘場”の所にあるの!
レイチェルさん達に案内されたあの”別の採掘場”に。」

豪 「あの採掘場にだって?」

アンナ 「間違いないわ。」

クリス 「よし、そこへ行こう!」



スポルティーファイブは進路変更し、採掘場へと急いだ。
その付近に着くと、何機かの小型UFOが採掘場の施設の上空を飛び回っていた。
そこでは忙しそうに採掘作業がなされていたのだ。

クリス「採掘場が生きている!」

UFOは何らかの作業のために飛んでいるように見えた。地表にもたくさんの作業員と車輛が動き回っていた。そこの作業員達がクリスらの機体を発見して驚いていた。慌てて建物から飛び出して来る者もいた。





クリスは採掘場のすぐ上空に空間プログラム弾を撃ってみた。
それが命中したと思われる空間に歪が出来た。

採掘場の作業員達がまたその様子を見て驚いていた。





見るとザークはすぐそこまで迫って来ていた。
だがザークは採掘場から不意に飛び出して来た円盤型の飛行物体と衝突してしまう。

神田 「やりおった!正面衝突や!」



その隙にクリス達は位相空間に飛び込んだ。
コクピットから外に見える景色は、トンネル状の奇妙に歪んだ壁面の空間に変わった。
やがて、その先に一筋の光が見えた……。







オペレーターミカ「郷田指令!空間に歪みが!」

郷田指令「むっ?!」






スポルティーファイブは採掘場から元の世界へ戻って来た。
ちょうど、あの”別の採掘場”の上空だった。
眼下に広がるこの世界の採掘場はやはり無人でさびれていた。

クリス「…………………。」

活動を止めてしまった採掘場。クリスにはそれがとても物悲しく思えた。




その時、アンナが叫んだ。

アンナ「早く、特異点から離れて!」

見ると特異点からザークが出て来ていた。
スポルティーファイブの開けた穴にザークも侵入したらしいのだ。

クリス 「ザーク!まさか、あの時もこうやって来たのか?!」

クリスはこの間のアンナ救出時にもザークが現れた事を思い出した。

豪 「あの時も…、ザークは僕らの空けた穴を通ってやって来ていたのか?!」





クリス「豪君!空間プログラム弾の発射を頼む!」

神田 「”あれ”を連れて来たのは俺らの責任やで。必ずしとめんとな。
そうでないとスポルティーファイブの名がすたる。」

豪 「”名がすたる”????」

クリス「豪君!」

豪 「わかった!レッドノア、応答してください!
こちらスポルティーファイブ。空間プログラム弾の使用を許可願います。」

するとインカムを通じて郷田指令の通信が飛び込んで来た。

郷田指令「よし、許可する!急げ!」

クリスは狙いを定めた。
そして、突っ込んで来たザークに向かって空間プログラム弾を発射した。
弾は初弾から命中。
ザークの機体は反動で下に落下した。
そして採掘場の壁に埋まるように消滅していった。

クリス「やった!」








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