「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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BLUE ODYSSEY
第5話 ローレンス・フォスターの物語 1
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.1]
ここはまだ”月”……。
スポルティーファイブのメンバーはレッドノアの艦内でしばしの休息を取っていた。
神田 「今回の事件は大変やったなーー。」
神田は食堂のテーブルに肘を着いて、足を組み、感慨深げにつぶやいた。
すると委員長が、
委員長「あ・あ・あ…、神田君、いったい何を言うの?
今回貴方は何も活躍してなかったようだけど……。」
それを聞いて神田は表情が急変した!
神田 「なんやて?委員長!それが俺に対して言うセリフかいな?!え?!
命がけでスポルティーファイブの任務をまっとうしているこの純真な青年に対して言うセリフなんか?!」
豪 「……。」
相変わらずであった。
しかし、神田のおかげでメンバーは”月面上での寂しさ”を感じずにいたとも言えた。
月は実に寂しい所だった。
ここは住みにくい真空の世界。
月の大地には一本の植物も生えてはいない。緑という色はここの景観には存在しない。
空は真っ黒。地面は太陽の直射でまぶしいばかりの明るさを放つ。
また、大気というガードが無いため、隕石はまともに月の地表に当る。
そして、それは40億年にも渡って月の表面にクレーターを造ってきた。
それは月面に来て間近かで見ると殺風景で不気味にさえ思える光景だった。
アイクとレイチェルはそのままレッドノアのメディカルセンターで療養していた。
アイク「とにかく帰る事にしよう。地球はいい。
僕らは知らず知らずのうちにひどく疲れていたんだ。地球ではきっといい静養ができる。」
レイチェル「ええ、そうね。」
アイク「いままでここでは出来なかった事をしよう。地球に着いたら、まず”家”を買うんだ。」
レイチェル「まあ、家を。」
アイク「そうだ。自然が広がるのんびりとした田舎町に家を買おう。
それから、少し休んで旅行に出かけよう。
山や滝を見に行きたい。ナイアガラの滝に行ってみないか?きっと辺りの空気は湿っぽくておいしいよ。」
レイチェル「まあ。でも、空気がおいしいだなんて感覚はずっと忘れていたわ。」
アイク「そうだ。僕ら基地内の循環の空気しか吸ってこなかったからね。
僕らは月に長くいすぎた。この辺で少し休もう。」
レイチェルは少し微笑みながらうなずいた。
その頃、矢樹と郷田指令はオペレーションルームで話をしていた。
矢樹 「これまでの事を整理してみよう。
大型UFOが月で目撃されるようになった。そしてブラックガバメントから我々に調査依頼が来た。
[月とレイドの関係の有無]についての調査、そして大型UFO目撃事件の調査。
我々はそれを受けて月へやって来た。
そしてその調査過程で大型UFOに遭遇したが、それは映像のような物であり、質量が無かった。」
郷田指令「ああ、そうだね。」
矢樹 「それと、その調査活動中にオリハルコン採掘基地のレイチェルさんから基地内に”幽霊”が出没するという話を聞き、これをスポルティーファイブのメンバーに調査させた。その幽霊の正体は以前アンナを向こうの世界に連れ去った[ローレンス・フォスター]ではないかとわかった。」
郷田指令「今回初めて相手は名乗ったからね。」
矢樹 「その後、月には”謎の採掘場”が存在する事がわかった。
それは異星人が作ったものかも知れないが、今のところ詳細不明の建築物だ。
さらにローレンスは月に都市が存在すると言って来た。」
郷田指令「ブラックガバメントも同じような事を言っていた。月に都市が存在する可能性があると。まあ情報の出所は噂やゴシップを元にした物らしいが……。
その後、レイチェルさんがバーチャルリアリティーシステムに潜り、ローレンスに連れ去られた。」
矢樹 「それを追ってクリスがバーチャルリアリティーシステムの中に没入した。そして月の都市を自らの目でかいま見る事になった。」
郷田指令「月の都市は存在した。しかも、クリスによると、それは繁栄しているように見えたらしい。」
矢樹 「繁栄していたのがなぜだかはわからない。”月の都市”にはまだ謎が多いからね。
引き続き調査をしたい。もう少しここに留まる必要があると思う。」
郷田指令「君がそう言うのなら。
あのUFOもまだ調査が不十分だしな。
月の都市についてもスポルティーファイブのメンバーからもう少し詳しい報告を受けてみよう。」
矢樹 「”月の都市”か……。」
レッドノアは地球に帰還する予定だったが、その予定は変更されようとしていた。
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.2]
クリス達メンバーはレッドノアのオペレーションルームに呼ばれて、月面上の”月の都市”について報告をする事になった。
帰艦した直後に簡単な報告は済ませていたが、今回もう少し詳しい報告を求められたのだ。
矢樹と郷田指令がその報告を受ける事になった。
郷田指令「その都市はどこあるのだ?正確な位置は?」
郷田指令からのメンバーへの質問に矢樹が代わって答えた。
矢樹 「それはスポルティーファイブの機体のフライトレコーダーから解析している。」
郷田指令「報告によると、”月の都市の住人は常に明るく振舞っていた。”とあるが、どうしてその都市の住人は、そんな風に振舞えたのだろうか?このような寂しい場所で。」
矢樹 「もともとそのような性格の人類であるのかも知れない。
それに月の都市が繁栄していた理由は詳しくはわからないが…、都市が貿易か何かで儲けていた可能性だってある。
我々地球人類は月で資源を採掘しても採算は取れなかったが、彼らはコスト的に見合ったのだろう。
それに何かの目的を持って建てられた都市だとは思うが、そのプロジェクトが上手く運んでいたからかも知れない。」
クリス「それにしても[レイド]というのは、なんだか、恐ろしい人達では無いように見えました。」
矢樹 「それはそうだ。もともと生まれながらにして恐ろしい人間などいない。
レイドの一部が我々を攻撃して来ただけで、レイドという人類全てに罪があるわけではない。」
矢樹はさらりとそう言った。その事はスポルティーファイブのメンバーも納得した。
報告はその後も続き、約1時間後に解散した。
フライトレコーダーから解析された情報によって、その都市が存在していた座標が正確に割り出された。そしてレッドノアは現地を調査するため、その地点へ向かう事になった。
郷田指令「そこに都市の跡が残っていないか調べよう。」
レッドノアはオリハルコン採掘基地のハンガーデッキを離れて飛行を始めた。
暗黒の月世界を航行するレッドノア。真空なので、地球上での移動の時と違ってレッドノアの巨体は何の抵抗も受けずに軽々と飛行した。
そして思いのほか短時間で現地に到着する事ができた。
ナターシャ「ここが調査地点です。」
月の都市がかつて存在したと言う場所は”月の海”のような平原だった。
月は約40億年前、今よりも激しい隕石の衝突を受け続けていた。それは星になり損ねた星の欠片の落下によるものだ。
そして、これら巨大な隕石の落下により直径数百メートルのクレーターが月面上に出来た。その時、月の地下から噴出したマグマは地表を平坦な地形に変えた。
それが今日”月の海”などと称される平坦が保たれた地形になった。
現地に着くとクレーターの無い平らな大地が広がっていた。もちろん都市の姿やその残骸は見当たらない。
郷田指令「何も無いな。都市の姿は無い。ごく普通の月面だ。」
郷田指令はモニターで地表を食い入るように眺めていた。その後、回りにクレーターや陥没した地形がないか探したが、ここはまったくの平らな土地というだけであった。
矢樹 「確かにここだけ開けた平らな地形ではあるが、特にここが人工的にならされた場所というわけでも無い。それに建築物が建っていた痕跡らしいものはここからでは見当たらない。」
レッドノアは上空でホバリングを始めた。艦底部ハッチが開いて、そこからコンテナで地表に何種類ものロボットが降ろされた。ロボット達はボーリング調査を行う為、特殊車輛をコンテナから引き出した。そして地表と地下の両面から調査を始めた。
調査が始まって2時間後…。
矢樹 「ロボットたちは都市の基部の残骸でもみつけたか?」
オペレーター「第一次調査の中間報告が入りました。
調査の結果、土壌が掘り返された跡が少し見つかったそうです。」
郷田指令「やはり!」
ナターシャ「ボーリング調査でも同じ結果です。地下に掘り返された後が見つかりました。
しかし、都市そのものや、鋼材・廃材・遺留品等は見つかりませんでした。」
神田 「そんな、俺達は確かに見たんや!どっかに都市は必ずあるで!信じないというんかいな?!」
急に神田が大きな声を出して言った。
矢樹はフライトレコーダーのデータからスポルティーファイブの機体に付いている[ガンカメラ]の映像を取り出した。
矢樹「これは自動的に撮影されたガンカメラからの映像だ。」
そこにはスポルティーファイブのメンバーが目にしたあの近代的な都市の姿が映っていた。
郷田指令「やはり都市は存在していたのか?!」
神田 「そうら!俺達が嘘を言う筈ないやないか?!」
神田は偉そうな口調で物を言うがいつも矢樹と郷田指令からは軽く無視されていた。
矢樹 「月面上に作られた都市としては大規模なものだ。だが、人口はせいぜい200名程度だろう。」
矢樹はモニター上で”たった今撮影した現地の地形の画像”と、”向こうの世界で撮られた都市の画像”を合成させた。
すると、ロボット達が調査してる場所と向こうの世界の都市の存在した地形は完全に一致した。
クレーターの形や地表の岩の位置が同じだったのだ。
郷田指令「場所はここに間違い無い。それなら何故都市は見つからん?都市そのものはどこに行った?」
矢樹 「存在しないのは建っていたのが”向こうの世界”だからさ。正確に言えばここじゃない。座標は同じでもな。
だが、”採掘場”の方はこっちの世界に残っている。」
郷田指令「どういう事だ?なぜ採掘場の方は残っている?あれもレイドが建てた物ではないのか?」
矢樹 「仮説ではあるが…、
[レイド]はもともとこちらの世界にいた。本来はこちらの世界に住む人類だった。
それが何らかの理由で向こうの世界へ行ってしまった…。
という事は…、
ここをもっと綿密に調査すべきだ。他に彼らがここに存在したという物証が残っているかも知れない。」
郷田指令「”ここに存在した物証”か…。」
矢樹 「例の採掘場に行ってみる。あそこには謎を解く鍵が残っているかも知れん。」
郷田指令「危険だぞ。注意して行かねばならない。[ローレンス・フォスター]の存在には特に気を付けてくれ。」
矢樹 「ああ、わかっている。」
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.3]
矢樹は再び謎の採掘場に向かった。
郷田指令の申し出により、スポルティーファイブのメンバーを護衛として同行させた。
到着して機体を降りた調査チームは全員銃を引き抜いた。
矢樹はすぐに採掘場の[コントロールルーム]に向かった。
そこに存在するパソコンの端子に、持って来たPDA(パソコンの端末)を接続した。
端末はここに置かれていたパソコンの信号を読み取り、それがレッドノアに転送された。
レッドノアではナターシャが矢樹に頼まれた操作を行っていた。そして信号の解析を始めた。
解析されたデータは再び矢樹の端末に送られた。矢樹はそれを元にさらにそこのコンピュターのデータを閲覧した。そして、大量のデータのコピーを取った。
その後、矢樹とスポルティーファイブのメンバーはレッドノアに帰った。
艦内の矢樹の研究室は設備が整っており、ここでデータの解析作業を行う予定だった。
スポルティーファイブのメンバーもその解析作業に興味があるのでそこに同席していた。
ナターシャが助手として矢樹の手伝いをしている。彼女は優秀でいろんなスキルを持っていた。
矢樹 「あったぞ!」
委員長「なにがですか?」
矢樹 「”記録”だ。彼らのな。これは良い物を見つけた。」
委員長「レイドが残した記録ですか?」
矢樹 「そうだ。公式記録ではないが、日記のような物が書かれている。」
神田 「いったいどんな物なんや?」
矢樹 「もっとデータを解析しないと文章として読む事は出来ないが、記録である事は確かだろう。日付のようなものが、どの記述にも付けられている。」
その後は細かなデータ解析作業になったので、スポルティーファイブのメンバーはいったん矢樹の研究室から退室した。
神田 「ああ、退屈やのう…。解析作業という物は。」
委員長「地味な活動が最後に身を結ぶのよ。」
クリス 「あの情報でこれまでの謎が解ければいいのだけど…。
特に[ローレンス・フォスター]について何かわかれば。」
アンナ「そうね……。」
神田 「[ローレンス・フォスター]か。うさん臭い男やね。」
スポルティーファイブのメンバーはその足でメディカルセンターに入院中のアイクとレイチェルを見舞った。
2人は先の事件で心身を弱らせていたが、レッドノアの設備の整った病室に入り急速に回復していった。ここには看護婦をはじめ大勢の人間がいたので、会話に困らなかったからだ。
月で生活する者にとって会話は非常に重要である。
特に同じ人物とばかり会話していたのでは、倦怠感から息が詰まるのが異常に早くなる。月の環境下では短調さが助長されてしまうのだ。
アイクとレイチェルは知らず知らずの内に単調さに神経をさいなまれていた。
それでも他の作業員が辞めて地球に帰って行ったのに比べ、彼ら2名が残っていたのは他の人間に比べてはるかに適応力があったという事なのだが。
病院の食事といえども、月面基地の保存食よりはるかにいい物が出た。アイク・レイチェルは食事も偏食的になっていたのだ。しかしそれもここでの食事のおかげで回復に向かって行った。
アイク 「元気になってきたよ。ありがとう。」
アイクはスポルティーファイブのメンバーに礼を言った。
委員長「お2人とも元気になって本当に良かったですね。」
アイク「ああ、君達のおかげだ。」
クリス「聞いたんですが、このままレッドノアで地球へいっしょに帰る事にされたんですか?」
アイク「ああ、そのつもりなんだ。その方が僕らにとってもいいと判断したんだ。
月は知らない内に人間の神経をむしばむのでね。ここらが潮時だと思ったんだ。」
レイチェルはアイクのいう事を黙って聞いていた。アンナはそんな2人の関係をじっと見つめていた。
アンナ「……。」
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.4]
アイクはベッドから起き出した。
アイク「せっかく来てくれたんだ。少し散歩しようか?」
委員長「もういいんですか?」
アイク「ああ、身体の方はもうすっかり回復したよ。今は外を歩きたい。」
豪 「では僕らがレッドノアの艦内を案内しましょう!」
話の運びからスポルティーファイブのメンバーが艦内を案内する事になった。
アイク「このような設備の整った船には実に興味がある。ここ何年も短調な景色ばかり見てきたからね。気晴らしにはもってこいだ。」
神田 「レイチェルさんも行くでしょう?」
神田はレイチェルが行くのかどうかが気になった。
レイチェルは笑っているだけで、外へ行く気配はなかった。
それで皆はレイチェルを置いていく事にして、ドアの所まで行った。
だが、アンナが部屋のドアをくぐろうとした時、レイチェルはそれを呼び止めた。
レイチェルはくったくの無い微笑をアンナに向けて手招きしていた。アンナにだけ何か用があるらしい。
そこで皆はアンナをおいて病室から出て行った。神田も残りたかったようだが委員長に腕を引っ張られ、無理矢理病室から連れ出された。
それで病室にはレイチェルとアンナの2人だけが残った。他には誰もいない。
レイチェルはベッドから起き上がって、リモコンでこの病室の鍵を閉めた。そして監視カメラの死角に入ってそこへアンナを呼び寄せた。
2人はそこに肩を寄せ合うようにして座った。
先ほどからレイチェルは真剣な表情に変わっていた。そしてうなだれて下を向いた。
レイチェル「アンナさん、貴方の事を少し聞いたわ。
出生に関して何も記録が残っていないとか?
それに自分が幼い頃に住んでいた家の記憶がおぼろげだとか?」
アンナ「ええ。」
レイチェル「実は私もそうなの。」
アンナ「え?」
レイチェル「私も幼い頃に住んでいた家を見つけようとした事があって、そこまでの道を探した事があるわ。でも途中まで行ったら記憶が途切れて、道順がわからなくなったの。
そして、頭が痛くなって……。」
アンナ「私も!家までの記憶が途切れると頭が痛くなるの!」
レイチェル「似てるわね。
じゃあ、[ローレンス・フォスター]に会う直前に何か感じたりしない?そう、なんだか嫌な感じを。
雰囲気というか、感覚というか……。
とにかくそれは言葉で言い表せないんだけど……。」
アンナ「私も感じるわ。彼と会う前には決まって何か言い知れない感覚に包まれる。
それは、けっして歓迎するような感覚じゃないんだけど……。」
レイチェル「本当に似てるわね。私達って。
だから私もローレンスに言い寄られたんだわ。気をつけなきゃ。」
アンナ「………そうね。」
神田 「なんや、アンナちゃんもレイチェルさんも来ないのかいな?
はあ~~~~。退屈やなあ。」
委員長はその言葉がアイクに聞こえないか気をもんだ。
神田 「おかげでこっちはまったく女っ気なしか?」
委員長「”女っ気なし”?
くくくく………、
か・ん・だ・あ!
」
委員長に怒られて、神田はごまかすようにアイクに”レッドノアの最重要施設に案内する”と言った。そしてそのまま彼の腕を引っ張って行った。
委員長「ぐぐぐぐ……。」
着いた先は……、スポルティーファイブの食堂だった。
神田は自慢げにその奥を指差して、
神田 「ここが厨房!」
と言った。中には女性型のロボットがいて、地球にいる時と変わらずなんでも料理してくれた。
豪 「神田さん!いったい、どこを案内してるんですか?」
委員長「はあーーー。このレベルなのよね……、神田は。」
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.5]
レイチェル「……私も同じで家の記憶が欠けているわ。おぼろげに覚えているイメージはあるんだけど。誰か女の人と一緒に住んでたような気がするの。でも住んでいた場所はどうしても思い出せない。周辺の記憶はあるんだけどね。」
アンナ「そう……。それも私と同じだわ。」
レイチェル「出世に関する記録を調べたんだけど……、役所や図書館、インターネット、どこにも何もなかったわ。」
アンナ「同じだわ。」
レイチェル「貴方と私は他人って感じがしないわね。遠縁の親戚かなにかじゃないかしら?」
アンナ「どうかしら?調べてみないと……わからないわ。」
その頃、矢樹の方は”謎の採掘場”で収集したデータの解析にずっといそしんでいた。
やがてデータの読み取りに成功し、読む事の出来る文章に再生された。
だがそれはまず郷田指令とナターシャにだけ見せられた。
スポルティーファイブのメンバーはその席に呼ばれなかった。
郷田指令とナターシャが矢樹の研究室に入り、外部からその部屋は一時的にロックされた。
矢樹 「これで情報の漏洩は無い。
私自身はスポルティーファイブのメンバーに見せてもいいと思っているのだ。
だが、その前に君達だけに見ておいてもらった方がいいと判断した。その上で彼らに知らせてよいものかどうか意見を聞きたい。ショックが強いかも知れないのでね。」
郷田指令「物々しい言い方だな。なにが見つかった?」
矢樹 「この採掘場にあった記録の中には、はっきりあの人類の存在が[レイド]であると記されていた。レイドとは地球人類と同じく、別の次元に住む人類の固有名詞だった。」
郷田指令「つまり彼らが自分たちの事を[レイド]と名乗ったわけだね?」
矢樹「ああ、その通りだ。
レイドの人口は我々に比べてかなり少ない。ちょうどあの月の都市の人口が[レイド]そのものと思っても差し支えない。つまり、彼らは200名足らずしかいないという事だ。」
ナターシャ「え?レイドの人達は全員で200名ほどしかいないんですか?」
ナターシャは驚いてそんな事を聞き返した。
矢樹 「まあ、そんなところだ。
今、見つかっている記録によればその人数ぐらいの規模と推定される。
記録からは彼らの名前などの名簿データが見つかった。今の所それだけで、それ以外の詳細はわからないが。
だが、彼らが自分達に対して[レイド]という名称を使っていたのは確かだ。そして、我々の事を[地球人類]と呼んで自分達とは区別していた。」
郷田指令「やはり違う人類なのか?彼らは違う天体から来た異星人なのか?」
矢樹「違う人類だ。だが、異星人かどうかははっきりしない。
残念ながら現時点ではそれ以上はわからない。もっと記録を調べてみないとな。
ただ”別の次元に住む”という記載がそこにはある。」
ナターシャ「”別の次元”とは?」
矢樹 「我々の存在しているこの世界は”3次元空間”だと言われている。
また別の次元を表す場合には、
”点”のみしか存在しない世界が[0次元]、
同じく”ライン”のみしか存在しない世界が[1次元]、
同じく”面”のみの世界が[2次元]、
そしてそれに高さの概念が加わったのが[3次元]世界。
さらにそこに”時間軸”の概念が加わったのが[4次元]とされる。
だが、4次元は実は我々の概念では認識する事も捕らえる事も出来ない存在なのだ。
例えば、2次元の世界に住む者には”高さ”の概念がわからない。
どうあがこうが”高さ”という物は理解できないのだ。
それと同じで、我々は本当は4次元を理解できない。」
郷田指令「では先ほど言った”時間軸の概念”というのは?」
矢樹 「それは今まで科学者が言って来た事だ。別の次元には別の時間軸が存在すると。
だが、本当の所はそれが存在するかどうかわからない。いや、4次元その物が存在するかさえ疑わしい。
これはタイムマシンが実際には作られていない事と同じだ。」
ナターシャ「よくわかりませんが、タイムマシンという物は造れないんですか?あのアインシュタインの理論は?」
矢樹 「確かに”光の速さで進むと時間の進み方が遅れる”等の現象は起こる。
また”宇宙に存在すると言われるワームホールから入れば、別の時間軸に行ける”とも言われている。
ただ、確かめられた事象は少なく、実際にそれが事実かどうかはまだわからない。数学的には説明されていても物理学的には実際に証明されたとまでは言い切れない。」
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.6]
郷田指令「タイムマシンか?
確かスポルティーファイブの報告では、”向こうの世界にアポロの飛行士が居るのを見た”と言っていたな。
すると……、機体は約130年前辺りにタイムスリップしたことになる。」
矢樹 「”向こうの世界”が別の時間軸を持つならありえる事だ。レイドは本当に”別の次元”に住んでいるのかも知れない。」
郷田指令「別の次元か………。
……ところでそれだけかね?他に解析出来た事柄はあるのかね?”ショックが強いかも知れない”と言っていたのは何かね?」
矢樹「”事実はあまりにも骨董無形だった”という事がわかった。
例の[ローレンス・フォスター]についての記録が見つかったのだ。」
ナターシャ「[ローレンス・フォスター]の?」
矢樹 「ああ、彼が[レイド]という人類の元で何をして来たか、それが物語のように書かれた記録が見つかった。
今回その内容の大部分を解読して読む事ができた。それは長い記録だ。順を追って話そうか?」
============================================================
[ローレンス・フォスター]
年齢不詳。推定36歳。
職業不明。自称:詩人、コラムニスト、科学者、哲学者……。
[ローレンス・フォスター]はいうまでもなくレイドの人間である。
そして彼は”月の都市”にいた。
彼の出生はついての詳細は不明だが、少なくとも記録上に現れた時は、すでに彼はこの都市で生活していた。そして、その時出世時の記録は無いにしても戸籍にはちゃんと名前を載せていた。
彼は裕福で多くの財産を持っていた。それは対外的には”遺産を引き継いだ形”となっていた。
だが彼は家族も無く孤独の身だった。財産で大きな家を建てて住み、身の回りの世話はロボットにさせていた。
ローレンスは道楽でさまざまな事象についての研究を続けていた。
それは哲学から天文学にまで多岐に渡った。
そしてさらに、科学、化学、別次元の研究、タイムマシンの研究、電気体の転送技術の研究、量子テレポーテーションの研究など多岐に渡っていた。
その研究によってローレンスはある日重大な事実を発見する事になった。
ローレンスはその事実を月の都市の議会である[元老院]に報告した。
「この月の都市が近いうちに絶対的な危機に陥るため、それを防ぐ必要がある」と。
彼は他の大勢の元老院議員を相手にその事を主張した。
だが、その危機の内容についてはその時は具体的に話さなかったため、彼の話を信じる者は少なかった。
奇妙だがローレンスという男は他人をあざ笑うかのような行為を楽しむ。それで、その時もあえて具体的には話さなかった。
だが、この話は月の都市の一般の人々にも伝わり、騒ぎが起こった。
人々は具体的にどんな危機が迫っているのかをローレンスの元を訪れて問い正した。
ローレンスはこれを待っていたかのように、その時はもったいぶって話さなかった。
そしてその後、放送を通じて一般大衆に事実を伝えた。彼は注目を集める場で発表したかったらしい。
ローレンス「この都市は隕石群の飛来によって近く消滅するだろう」
元老院議員「事実かね?その話は?」
ローレンス「もちろん!」
飛来する隕石群はローレンスの独自の観測機器により発見されていた。
月の都市の中ではローレンスがもっともインテリだったと言えた。ここには他に天文学者はいなかった。
ローレンスがもっとも学術的な事や科学に興味を持っていた人物だったのだ。特に外の世界については。
しかし他の者がローレンスの言う事を信じるにはまだ早すぎた。
それでも、元老院の議員たちはローレンスに直に観測装置を見せてもらう事によって、その隕石群が本当に迫り来る事を知った。
そしてローレンスから隕石群の拡散の様子を表した地図を見せられた議員たちは皆一様に驚いた。
そこにはこの都市を完全に包み込む形で隕石群が月の地表に落下する様子が表されていた。
この事実に対して元老院の議員たちは意見を述べた。
「対空兵器を作ろう」と。それで迫り来る隕石群を消滅させればいいと。
ローレンス「その隕石群は3000ほど岩のかけらです。細かい物まで加えると何万という隕石の集まりになります。
しかもそれはある程度広範囲に広がっています。その直径は約40キロメートル。
それが我々の月の都市目掛けて落ちてくるのです。ちょうど散弾銃に狙われているようなものです。
おそらくこれらの隕石群が整形された要因は、我々の月ほどもある天体が別の星に衝突されて粉々になったからだろうと思われます。」
迫り来る隕石群の数は恐ろしいほどだった。その数は観測するたびに発見され増えていった。
議員「対空兵器ではこの無数のかけらを撃ち落し切れない。」
その時、[ローレンス・フォスター]はこう述べた。
船を造ろうと。
移住船を作って、ここから脱出すべきだと主張した。
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.7]
============================================================
ナターシャ「”船”?」
矢樹「そうだ。脱出のための船を建造しようと提案したのだ。
幸い隕石群が月の都市に到達するまでに、6ヶ月ほどの時間的猶予があった。」
郷田指令「しかし、そのような短期間に新規の宇宙船を一隻建造しようなどとは大した技術を持っているね。」
矢樹 「それが、実に奇妙なんだよ。変わった事がある。」
ナターシャ「何が変わっていたのですか?」
矢樹 「その船の行き先や飛行方法だ。」
============================================================
その船は[月からの脱出]および[行き着いた先での居住区としての使用]の目的で造られる事になった。
航行の際、船は周りを護衛の守護神に守られる事になった。その守護神とは巨大なロボットであり、それは[ザーク]と名付けらた。
船の建造は急ピッチで進められた。
6ヶ月という期間は宇宙船を建造するには少し短かすぎた。
だが、ローレンスらの努力によって船は期日内に完成し、守護神[ザーク]に守られながら”かの地”へと旅立つ事が出来た。
============================================================
郷田指令「[ザーク]だって?ザークは守護神だったのか?!」
矢樹 「そのようだ。少なくとも記録ではそうなっている。守護神と呼ばれた防衛兵器だ。」
郷田指令「つまりレイドたちは月から旅会ったという事だね?ザークを伴って。
だがいったい何処へ?」
矢樹 「記録では”船は無事に目的地にたどり着き、そこで人々を降ろした。”とある。」
郷田指令「いったいどこに降ろしたと言うのだろう?」
矢樹 「移住先、つまり”向こうの世界”か他の惑星だと思うが……、それが何処だかは具体的な記載が無い。記述では”新天地”という表現で表されている。」
郷田指令「まるでノアの箱舟の物語だな。」
矢樹「その通りだ。私もそう思った。」
ナターシャ「”洪水から逃れる為にノアが啓示を受けて巨大な船を造る”、あの神話に似たような話が現実にあったなんて……。」
その後、矢樹は一呼吸置いてから話を続けた。
矢樹「さらにローレンスの事で、ある事がわかって来た。」
郷田指令「なんだそれは?」
矢樹 「その前に、彼をここに呼ぼう。」
郷田指令「”彼”?」
スポルティーファイブのメンバーが病室に帰って来た。
病室内ではそこにずっと残っていたアンナとレイチェルが親しげに話をしていたように見えた。
それで委員長はその場の話に加わろうとした。
しかし、アイクをはじめとしてやはり男連中は女性中心の話の輪の中には入り辛い。話の切り替わりの速さとテンションの高さにはついていけないものがある。
それで、委員長だけを残して他の男性は食事に行く事にした。
すると神田だけはそこから抜け駆けしようと試みた。
神田 「俺はやっぱりあっち(女性陣)の方に入るわ!」
豪 「神田さん、邪魔しちゃ悪いですよ。女性には女性だけの世界があるんですから!」
神田は豪に腕を捕まれ、無理矢理連れて行かれた。
こうして男連中は全員食堂へ向かった。
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.8]
委員長が加わってもレイチェルはかまわず先ほどの話を続けた。委員長には聞かれても差し支えないと思ったのだ。
レイチェル「あれから考えたんだけど…、私とローレンスは過去に出会った事があるのかも知れない。彼にこの間向こうの世界に連れて行かれた時、最初彼は私を見て酷く驚いていたわ。そしてなぜだかすぐに喜びの表情に変わった。そう、彼は私に会ってひどく嬉しがり、興奮していたわ。」
委員長「なにそれ?!興奮していた?」
レイチェル「顔が紅葉して、言葉がうわずって……、とにかく初対面の女性に接する態度じゃなかった。でも、その後の彼は”まるで過去に私に会っていたかのような態度と口調”をして来たの。」
アンナ「過去に会っていた?」
レイチェル「ええ。”いぜんの君は絶対そんな事は言わなかった。”とか、
”君は少し変わった。”とか…。
かと思うと、
”君のその強気な態度は少しも変わらないな。”とか。」
委員長「なにそれ?!!いったいローレンスは何を言っているの?!!」
レイチェル「私は、最初彼がからかって来ているのかと思ったわ…。
でも、彼、マジなの。いつまでたってもその口調だったわ。
それで少し恐ろしくなったの。」
アンナ「彼は過去に本当に会った事があったのかしら?」
レイチェル「私自身は彼に会った記憶はないんだけど。」
アンナ「……。」
委員長「……。」
矢樹 「とにかく”ローレンスがレイチェルさんを連れ去った意味”が記録からわかって来たのだ。」
郷田指令「彼女を連れ去った理由が記録から判別したと言うのだな?」
矢樹 「そうだ。おぼろげにわかって来た。まだ資料が足りないのではっきりした事を言うのは差し控えるが。
だた、レイチェルさんの記憶の中に彼の姿があるか確かめたい。」
郷田指令「”彼の姿”?」
スポルティーファイブの男性陣とアイクはレッドノアの大食堂に行った。ここは艦内の一般の搭乗員達が利用する大食堂。
大きいがそれは本来来客用のためのスペースであり、艦内は大多数がロボットの乗員だった為、いつもこの広々とした空間は空いていた。
アイクはこの清潔そうで設備の整った食堂を大変気に入ったようで、早速トレイを持って料理の受け取り口に並んだ。
ここはバンキング形式でもあるので、スポルティーファイブのメンバーは思い思いのメニューも求めて、それぞれの受け取り口に向かった。
神田はチャーシュー麺、焼き飯、餃子、から揚げなどを山盛りトレイに乗せた。
皆が席に着き、ちょうど食事を始めようとしていた頃、アイクの持っていたノアボックスから貸与した携帯に呼び出しが入った。そこでアイクはクリス達と別れて、呼び出された場所に向かった。
アイクは今や外部に対して情報漏れのロックがかかった矢樹の研究室に入った。
彼はもう艦内を散歩できるぐらいに元気になってはいたが、まだ療養中の身だったのでメディカルセンターの軽装のジャージを着たままの姿で矢樹達の前に現れた。
郷田指令「まだ彼は病人だろ?なぜわざわざ呼びつけるのだ?」
矢樹 「病の原因は心労だ。今からする話を聞けばそれが直るかも知れない。」
郷田指令「なんだ、その話とは?」
矢樹 「[記憶の逆流現象]。それによってレイチェルさんの記憶を甦らせる。」
ナターシャ「レイチェルさんの記憶を?」
矢樹 「聞き取り調査によると、彼女は物心つくまでの記憶が無かった。
そして戸籍その他に彼女の出生に関する部分は記録されていない。つまり[神津 アンナ]と同じなのだ。」
アイク 「アンナさんの事は知りませんでしたが……、レイチェルの出生の記録が無い話は彼女の口から聞いています。私が調査した限りでは役所にも記録は残っていませんでした。」
郷田指令「記録はもともと存在し、それが紛失したという事なのですか?」
アイク 「それはわかりません。とにかく無いのです。このように個人情報や戸籍が発達した現代では考えられない事です。」
ナターシャ「では、レイチェルさんのご両親についてもわからないのですか?」
アイク「ええ。彼女は自分の両親については何も知りません。
彼女は天涯孤独でした。私と出会うまでは。
それまでは家族も無かったのです。」
矢樹 「いわばレイチェルさんは普通の人間ではない。
言ってみれば我々人類も普通の人間ではないかも知れんが……。」
アイク「”普通の人間”ではない?」
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.9]
矢樹 「その事は後で詳しく話す事にしよう。その話だけで半日はかかりそうなのでね。
それよりも今はレイチェルさんの事が先だ。
まず、彼女の記憶を取り戻すには、アンナがしたように過去の記憶を垣間見せてくれるバーチャルリアリティーシステムに入るのが一番だ。
昔の懐かしい景色を見て、”その中を歩く、五感で感じる”等の現象を体験すれば……、人間の記憶は甦ってくる場合もあるのだ。
だが、今は[ローレンス・フォスター]という存在がいる為にバーチャルリアリティーシステムに入るのは危険だ。
そこで、レイチェルさんには[深層心理アナライザー]に入ってもらおうと思う。」
アイク「[深層心理アナライザー]とはなんですか?」
矢樹 「スキャンニング装置だ。
基本的にはバーチャルリアリティーシステムに使っているものと同じ系統の機械で、カプセル型をしておりその中にベッドがある。
カプセル内では人間の視神経の信号をスキャンする。
ただし、こちらはバーチャルシティーを再現するプログラムは入っていない。ただスキャンするだけだ。
こちらから被験者に信号を送り込んでバーチャルシティーに入らせる事はしない。たが、もし必要があれば送り込む事も出来る。その為の機能は備わっている。」
矢樹は研究室のモニターを操作して、そこに擬似の3DCGによるインターフェイスを表示させた。それはバーチャルリアリティーシステムを追跡する者がシステムの外側からモニターする時の画面にそっくりだった。
だがバーチャルリアリティーシステムの場合だとそこに3DCGの都市が映るが、ここには映っていない。
矢樹 「今は何も具体的な事象は表示されていないが、レイチェルさんの記憶が入ると、ここにそれを具体化した”絵”が表示される。」
ナターシャ「脳波信号が”絵”に置き換えられるのですか?」
矢樹 「完全な形では無いが置き換えることも可能だ。」
バーチャルリアリティーシステムとよく似た3D画面に思わずナターシャが質問した。
ナターシャ「これでは危険なのではありませんか?あの[ローレンス・フォスター]の介入があるのではないでしょうか?」
矢樹 「いや、これは人間の心象心理と単にデータでやりとりしているだけのシステムだ。それを便宜的にモニター上に3DCGとして表示しているに過ぎない。」
郷田指令「しかしこれは神経の信号を読み取って、送信している装置だろう?
本当に大丈夫か?彼は神出鬼没だぞ。データ送信を少しでも使うシステムは危険ではないのか?」
矢樹 「絶対に安全とは言い切れない。
だが、今となってはむしろその方がいい。彼に来てもらった方が。」
ナターシャ「え?」
矢樹 「その方が謎が解けるからな。私は彼と直接会って話がしてみたいのだ。」
郷田指令「……。」
レッドノアは月面に留まったままだった。
それで連日艦内の食堂では特別においしい料理が振舞われた。
寿司、バーベキュー、ハンバーガーからサラダバイキングにいたるまで何でも用意されていた。
コックは3名のみで後は全てロボットが補佐していたが、それでも厨房からは一流レストランなみの美味しい料理が常に出された。
それは月での生活が短調な為、地球を出発する際に、特に食材だけは厳選した物が積み込まれたからだ。それは地球上の大海を行く長期旅行の豪華客船と同じ理由からだ。船の中に居ると人間はどうしても飽きっぽくなるので、美味しい料理を振舞うのは長期航海の必修条件なのだ。
レッドノアで料理されたものはアクエリアス基地のロバートとオスカーにも振舞われた。そしてそれは大変喜ばれた。
矢樹の研究室には、矢樹、郷田指令、ナターシャ、そしてアイクがいた。
レイチェルが回復しているようなので、矢樹はレイチェルを呼んで[深層心理アナライザー]を使用するかどうかたずねてみた。
レイチェル「私もかねてから自分の出生について知りたいと思っていました。」
レイチェルは一もニもなく[深層心理アナライザー]のカプセルに入る事を承諾した。自分の方から希望した形にさえ見えた。
[深層心理アナライザー]の筐体はバーチャルリアリティーシステムのカプセルと同じような造りで、中にベッドがあり被験者はそこに寝そべる形になる。
専用のスーツを着て入り、カプセルからスーツに繋がれたコネクターを通して信号の送受信がされるのだ。
そこにレイチェルはスーツを着て入った。
モニターには目を閉じて寝ているレイチェルの姿が映った。その顔立ちはどこか冷たい感じのある美しい顔だちだった。
スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.10]
実験が始まった。
矢樹 「バーチャルリアリティーシステムを使用する事はできない。その為、レイチェルさんの記憶を呼び戻すには逆行催眠を行う。」
レイチェルは気を楽にするように勧められた。
そこへ信号が送られ始めると一種のトランス状態になった。
矢樹 「これで逆行催眠状態に入った。」
郷田指令「うむ…。」
矢樹がインカムを通じてレイチェルに話しかけた。
矢樹 「君はいったい誰かね?君の正体は?」
レイチェル「私は”アンナ”……、”アンナ・エリス”。」
アイク「なんだって?」
レイチェルの意外な返答にアイクは自分の耳を疑った。
矢樹 「”アンナ・エリス”?”アンナ”と言うのが君の本名か?」
レイチェル「ええ、私の名前は”アンナ・エリス”です…。」
アイク「どういう事ですか?」
矢樹 「今、過去の記憶を呼び覚まそうとしているのだ。すなわち、その名は彼女の過去の名と思える。」
アイク「どのくらい過去なんですか?」
矢樹 「おそらくあの謎の採掘場がまだ活動していた頃ではないか?」
アイク「なんですって……?」
ナターシャもマイクを取って、カプセル内のレイチェルに話しかけた。
ナターシャ「貴方はアンナさんと関係があるの?[神津 アンナ]さんと。顔立ちなどがとても似ていらっしゃるようだけど?」
レイチェル「ええ。あの人と私は……。」
とレイチェルは言いかけたのだが…、その後、声が小さくなって聞き取れなくなった。
郷田指令「どうした?」
ナターシャ「レイチェルさん?どうしたの?声が小さくて聞き取れないわ。もう少し大きな声でお願いします。」
するとレイチェルは眉間にシワをよせて苦しそうな表情をした。
それを見た矢樹が質問を変えた。
矢樹 「君は何者だ?レイドなのか?」
レイチェル「確かに私は[レイド]と呼ばれる人類と”対になった”人間です。」
ナターシャ「”対”に?」
矢樹 「”対”とはなんです?」
レイチェル「レイドは”向こうの世界”の人間です。そしてそれと対になった人間がこちらの世界にも存在します。」
ナターシャ「それってどういう事なの?」
レイチェル「非常によく似た存在が、”貴方たちが現実と呼ぶこの世界”と”レイドの住む向こうの世界”とに存在するのです。」
矢樹 「貴方もレイドの事がよくわかるのですね?
ではなぜ[ローレンス・フォスター]におびえるのです?」
レイチェル「彼は尋常ではないからです。怖いのです。それに彼は亡霊のようにある意識だけを持ち続けているように思います。」
ナターシャ「ある意識とは?」
レイチェル「……………………。」
その質問にはレイチェルは答えなかった。
郷田指令「………。」
矢樹 「ところで[レイド]という人類は自由にネット上を行き来できるのですか?」
レイチェル「自由にというわけではないですが、もともとレイドは電子の信号による人類です。それが具体化したものです。」
郷田指令「なんだって?それはどういう事かね?」
レイチェル「人類という生命体は信号によって動いている存在です。
視神経からの信号、脳波からの信号、筋肉へ送られる信号、全て電気的な信号によって動いています。
生命体の持つ”命”とは実は信号の収束に過ぎません。
地球人類も同じです。信号が肉体を動かしているだけです。
レイドの方は電子の肉体を持ちます。」
郷田指令「電子の肉体とは?」
レイチェル「簡単には説明できませんが……、レイドにも実体は存在します。レイドは電子のある所なら自由に行き来できます。」
郷田指令「自由に行き来できるだって?」
それらは驚くべき情報だった。
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