BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

第5話 ローレンス・フォスターの物語 3




メンバーは直ちにレッドノアに帰艦した。艦内に戻るとすぐにアンナとレイチェルはメディカルセンターに入るように言われた。
その病室のベッドに身を横たえたアンナとレイチェルの元をナターシャが訪れた。そしてアンナに話しかけた。

ナターシャ「精神的な落ち込みがひどいようね。
カルチャーショックを受けたのはわかるけど…、脳波パターンは単なるショックとは違う波形のようにも見えたわ。
そう特殊能力が使われたような波形だったわ。
詳しく話してくれない?あそこで何を見たの?
そう言えば、以前貴方は急に自分の家を探したくなって、それで出かけたそうね?」

アンナ「ええ。」

ナターシャ「今回も”急にあそこに行きたくなって出発した”と聞いたけど、あそこで何か見つけた?ショックを受けるような物を。」

アンナ「”過去”を……。」

アンナはただそれだけをポツリとつぶやいた。

ナターシャ「過去?」

それでアンナは詳しく”自分の家”についてナターシャに話した。これまでの経過を。
ナターシャはその事実に驚いていた。

アンナ「あそこで自分の家とそっくりな建物を見つけました。」

ナターシャ「地球にあったものとほぼ同じ物があそこに存在していたというわけ?」

アンナ「そうです。
そしてその”家”はバーチャルリアリティーシステムの中にもありました。いったいどういう事でしょう?」

ナターシャもこの事には興味を持ったようだ。
それで、”矢樹があの採掘場から持ち帰ったデータ”や”今回アンナたちから送られて来た居住区の映像記録”等の詳しい解析を試みてくれる事になった。
ナターシャはさっそく矢樹の研究室に向かうため、病室を去って行った。





その夜、アンナは病室でレイチェルと2人だけになった。
アンナは眠らずに膝をかかえてベッドの上に座り込んでいた。

アンナ「……。」

アンナは思い悩んでいたようだ。





翌日、ベッドから起き出たアンナは矢樹の元を訪れた。
そして”向こうの世界”に行く事を願い出た。

アンナ 「ぜひ、行きたいんです。」

アンナはこれまでのいきさつを細かく矢樹に話した。

アンナ「もう一度、”家”に行って”ママ”に会いたいんです。」

矢樹 「採掘場にあった”自分の家”を見て感覚を呼び起こされたか……。」

そう言って、矢樹はいつに無く考え込んでから、

矢樹 「行くのは危険とか言いようがない。」

アンナ「危険は承知の上です!」

矢樹 「……。」






矢樹はその後1人だけで郷田指令に会いに行った。そしてアンナの事への許可を求めた。

郷田指令「何の為に行くと言うのだ?母親に会うためだけか?その女性が母親だというのは確かなのか?確かめてはいない筈だ。」

矢樹 「確かにそうだ。確かめてはいない…。
だが、アンナの特殊能力は彼女を母親と認めたのだ。行ってみる価値はある。」

郷田指令「特殊能力で?感覚でわかったと言うんだな?
この間”向こうの世界”に行き、その母親らしき女性を窓越しに見た時にそう感じたと言うのだろう?
その話を信じないわけではないが……、それでけで行くのはやはり危険すぎる!
この間の救出作戦を忘れたわけではあるまい。今度は帰れないかも知れないんだぞ。
なぜそこまでして行くのだ?」

矢樹 「アンナは自分の母親に会いたいのだ。その気持ちはとても強い。」

郷田指令「だが、”特殊能力の感覚が向こうの世界で出会った女性を母親と思った”というだけでは出動させるわけにはいかん。
第一、報告書には何と書くのだ?”感覚だけで母親と断定した”などとは書けん。」

矢樹 「スポルティーファイブのメンバーはもともと特殊能力を備えているからこそ選抜されたのだ。その特殊能力を信じないでどうする?」

郷田指令「しかし…、やはりそれだけの理由で行くのは危険すぎる。それならまだバーチャルリアリティーシステムから潜った方がマシというものだ。」

矢樹 「!」

何気なく言った郷田指令の言葉に、矢樹は何かのヒントを得たようだ。
それで急いで研究室に戻って行った。





やがて矢樹はアンナとレイチェルを研究室に呼び寄せた。
クリスをはじめ、スポルティーファイブのメンバーもそこにやって来た。やはり関心があるのだ。

アンナ「発進許可は出ましたか?」

矢樹 「危険だと言われて出なかった。」

アンナは気落ちして頭を垂れた。

矢樹 「それで、バーチャルリアリティーシステムから向こうの世界に行ってはどうかと思うんだ。」

アンナ 「え?」

クリス「バーチャルリアリティーシステムから?」

矢樹 「スポルティーファイブのコクピットから中継する。危険だが…、[ローレンス・フォスター]を使ってみよう。」

委員長「え?!使う?彼を?どういう事ですか?」

矢樹 「彼は自由にネット上の電子体を”向こうの世界”に呼び寄せられるのだ。だから、彼に連れて行ってもらおう。向こうの世界へ!」

神田 「なんやて?ヤツにアンナちゃんとレイチェルさんをつれて行かせる?」

矢樹 「そうだ。」

神田 「そんな事は危険やで!俺は絶対反対や!連れて行かれたら最後やで!
2度とアンナちゃんやレイチェルさんと会えなくなったらどうするねん?」

豪 「しかし、最近彼は出て来なくなりました。僕達が1人きりで行動しないように様に注意していたせいもありますが…。」

矢樹 「今回はアンナとレイチェルさんの2人だけに行ってもらおう。」

クリス「レイチェルさんにも?」

矢樹 「ローレンスの目的は[アンナ]、つまり[アンナ・エリス]なのだ。彼女が行けば現れるだろう。」

委員長「それってどういう意味ですか?」

クリス「……。」






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.20]


アンナとレイチェルがそれを承諾したので、結局2人はバーチャルリアリティーシステムに潜る事になった。
レイチェルの為に特別にスポルティーファイブ用のスーツが渡された。
そして、小川機のコクピットにレイチェルが搭乗する事になった。

神田 「かっくいーーーーな!レイチェルさんのスーツ姿は!
委員長のまだ”魅力の整わないプロポーション”とはまったく次元が違いますなあ。」








委員長「ぐぐぐ……。 神田あ!!!








言ってはいけない事を言ったかのように、その後神田は委員長に激しく攻め立てられた。








レッドノアの甲板はその上部を全て装甲板で覆われている。
この装甲板は上部ボディーを形成していた。外から見ると神田が言う所の「カマボコ型」の形状をなしている。
この部分の前部と後部のシャッターが開閉されて、通常、機体はそこから離発着できる。
発進の際はこのシャッターを開けるのが普通だが、今回は発進しないので閉じていた。
この甲板上に神津機と小川機が用意された。もちろん機体は甲板に固定されたままだ。
そしてアンナとレイチェルがそれぞれコクピットに搭乗した。


このプロジェクトには郷田指令とナターシャも立ち会った。

ナターシャ「レイチェルさん。充分気を付けてくださいね。」

矢樹 「私も行ってやりたいが、私なんかが行ってもローレンスは出て来ないからね。
アンナ、気を付けろ。とにかくローレンスに目的を聞いてみる事だ。」

アンナ「目的?」

矢樹 「そうだ。”目的”だ。それをうまく聞き出せ。」

アンナ「……。」





ナターシャ「アンナさん、レイチェルさん、準備はいいですか?」

アンナ「はい。」

レイチェル「はい。」

2人は心の準備を整えた。

ナターシャ「準備完了です。」

矢樹 「よし、ではログイン開始!」

ナターシャ「アンナさん、レイチェルさん、ログインを開始します。落ち着いて。」

こうして2人はバーチャルリアリティーシステムのプログラムの中に入って行った。









アンナ「……。」










アンナとレイチェルはお互いに向き合って道路の真ん中に突っ立っていた。
足元には真新しいアスファルト。そこに中央線の白線が描かれているのが見えた。

ここは街の中だった。
頬に強い昼さなかの太陽の陽が当っていた。
そしてアスファルトの熱が靴を通して伝わって来た。
暖気された空気の為に、遠方の景色は少しばかり揺らぎが起こって見えた。



レイチェル「ここは…?」

レイチェルは仮想空間は初めてなので驚いていた。

アンナ 「バーチャルリアリティーシステムの中。仮想の空間よ。」

レイチェルは「信じられない」といった感じで辺りを見回した。
本当に現実と見分けがつかないのだ。

そこは、両脇の路肩をビルの列に挟まれた片側3車線もある広い道路の中央分離帯で、見ていると車がその3車線の道を通り始めた。

レイチェル「危ない!」

車が来たのでレイチェルはしっかりとアンナの手を握り締めた。そして大きな身振りで手を上げながら歩道までアンナを引っ張って行った。
2人は歩道の所まで避難した。
この世界が初めてのレイチェルは思わずそんな行動を取ってしまったが、ここは現実ではないのだ。設定によっては車にぶつかれば痛みを感じる事も出来るが、交通事故で死ぬ事は無い。
しかしレイチェルの表情を見ると大変慌てていた事がわかった。それはアンナを心配しての事だった。

アンナ「慌てなくても大丈夫。ここは仮想空間だから。」

アンナはレイチェルにそう教えた。
それでもアンナはクリスの時と同様、他人から自分が心配されているのを感じとって少し嬉しくなった。









スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.21]









矢樹 「通信は通じているな?」

ナターシャ「はい。」

ナターシャがトレーサーのスイッチを入れた。










矢樹からアンナに通信が入った。
アンナはこの世界で使える擬似の携帯電話をポケットから取り出した。
この携帯は没入したら自動的に擬似の自分の服のポケットに入る仕様になっていた。

矢樹 「アンナ聞こえるか?」

アンナ 「はい。」

矢樹 「ではまず”自分の家”を目指してくれ。
それから携帯のGPSのスイッチは常にオンにしておいてくれ。こっちで君達を追跡するから。」

アンナ「わかりました。」






辺りの歩道脇にはコミュニティーカーが何台も存在していた。まるで駅に置かれた自転車のように無数に並べられていた。アンナはその中から2人用の車を探し出して、レイチェルといっしょに乗り込んだ。
そして”自分の家”を目指した。

アンナ「まずは家が建っているニュータウンを探すわ。」

レイチェル「そうね。」

アンナ「それが見つかったら、その後、この街を散歩してみませんか?
そうすればローレンスが出て来ると思うの。以前、彼から”この街を2人で散歩しよう”と言われた事があるの。」

レイチェル「”散歩”?まあ、何のつもりかしら?それってデート?」







コミュニティーカーは街中を縫うように小走りに走り抜けた。この車は小型で街の裏路地等どこでも入って行ける。なんならこのままエレベーターにも乗れるし、電車にだって乗り込めるのだ。そこはバーチャルならではというところなのだが。

コミュニティーカーは上半分はほぼ全面ガラス張りで開放感にあふれていた。
そこから見える外の景色は風のように後方に流れて行っていた。
ここはまさに擬似の世界の”地球”だった。
レイチェルは地球に帰って来たと錯覚した。彼女とアイクは実はどんなに地球に帰りたかった事か。

レイチェル「なつかしいわ……。本当に地球に帰って来たみたい。
こんな事なら、基地に置かれていたバーチャルリアリティーシステムを使うんだったわ。
いままではあまり興味がなかったから使わなかったけど。」

アンナ「……。」

実はアンナもバーチャルリアリティーシステムにはあまり興味がなかった。自分の過去を見せてくれるというので、その点にだけは興味があるのだ。言ってみればレイチェルも”地球に哀愁を感じている”からこそ、バーチャルリアリティーシステムに入りたいと思っただけだ。
アンナもレイチェルも本当は仮想という空間自体には興味がないようだ。それはどんなにそっくりでも現実を真似ただけの世界に過ぎないから。





アンナは記憶を頼りにその道順にそってコミニュティーカーを走らせた。
だが、やはり家まではたどり着けない。また途中で記憶が途切れるのだ。
その内、アンナは頭が痛くなり始めて車を路肩に止めた。

レイチェル「どうしたの?」

レイチェルがひどく心配そうにアンナの顔をのぞき込んだ。
アンナは頭痛を我慢しきれず、一度外の空気を吸おうと思って車を降りた。
そして背の低いコミュニティーカーのルーフに肘を着いた。

すると、

「お嬢さん、どうしました?」

と背中から誰かが声をかけて来た。
振り返って見ると……、
それは[ローレンス・フォスター]だった。

彼はニヤリと口の端を少しだけつり上げて笑った。
顔はそこそこ美形であると言えるのだが、アンナは彼のこの軽薄そうな表情は好きになれなかった。

ローレンス「こんな所で車が故障でもしましたか?」

アンナ「……。」

彼は上機嫌に見えた。勝手にその気になって会話をして来た。放っておくとどこまでも自分1人だけで会話を続けるような雰囲気があった。
アンナはやはりこの男が好きになれなかった。

ローレンス「そんな目で見るな。どうして私が来るとそんな風に見るのかね?」

アンナ「……。」

レイチェルは外に異様な服装の人物がいるのを見つけた。コミュニティーカーのルーフが低い為、相手の上半身は隠れて見え無いが、その白い礼装のような服装は忘れる筈も無い。

レイチェル「ローレンス!!」

レイチェルが車から降りた。彼女の姿を確かめたローレンスの表情がとたんに変わる。

ローレンス「アンナ……。」

ローレンスはレイチェルの事を”アンナ”と呼んだ。
彼は今や愁いに満ちた眼差しになっていた。やがてそれは”悲しみに打ちひしがれた胸中に、一筋の光が射したような”表情に変わっていった。

ローレンス「アンナ……。」

レイチェル「私は”アンナ”という名前じゃないわ。」

ローレンス「いいや……、かつて君は”アンナ”と呼ばれていた。」

レイチェル「かつて?」

レイチェルはこうはっきりとローレンスの口から言われた事に驚きを隠せなかった。






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.22]









委員長「接触してきたわ!ローレンスが!」

ナターシャ「なんて物悲しい男……。」

委員長「え?」

ナターシャがそんな事をポツリとささやいたので委員長が驚いた。





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ローレンス「アンナ、君と話がしたい。」

レイチェル「今日は私達はこちらの”アンナ”さんの家を探しに来たんです。」

そう言ってレイチェルは[神津アンナ]を手の平で示した。

レイチェル「貴方とお話をしに来たのではありません。」

ローレンス「君に重要な話がある。」

レイチェル「ですから!貴方と話をしに来たのではなく、この方の”家”と母親を探しに来たんです。」

ローレンス「母親を探しに……?」

それからローレンスは少しの間沈黙した。

レイチェル「?」

ローレンス「なぜ家や母親を探そうとするんだね?」

アンナ「自分の家に行きたいんです。そしてママに会いたいんです。自分の出生に関する事も前々から知りたいと思っていましたから。」

ローレンス「……。」

ローレンスはまたしばらく黙り込んで何かを考え始めた。
レイチェルに会ってから、ローレンスの人格はがらりと変貌したかに見えた。彼の”うわべだけの会話を楽しむ”ような態度は消失していた。

ローレンス「私について来るなら……、その”家”に案内してあげてもいい。」

レイチェル「”ついて来るなら”というのはどういう意味ですか?」

ローレンス「3人でいっしょに……、まずは、食事でもしよう。君が好きだった料理を出す店に連れて行く。」

レイチェル「(私が好きだった?)」

アンナは険しい表情になりながら、「食事をするだけでいいのね?そうすれば案内してくれるのね?」と念を押して聞いた。

ローレンスはアンナの方は見ないで、レイチェルから視線を話さずにこう返答した。

ローレンス「いや、やはりそれだけではダメだ……。いろいろと話したいことがあるのでね。それに付き合ってもらわないと……。」

アンナ「……。」

アンナは「ローレンスには用心しないと」と思った。それでもアンナとレイチェルはとりあえず食事に行くと返事をした。それを聞いてローレンスは大変喜んだ。

ローレンスはレイチェルの方を見て、「アンナ、君が好きだったキャビアのうまい店に行こう!」と言った。
あきらかに彼は興奮していた。喜びを隠せないといった感じがありありとにじみ出ていた。
だが、レイチェルはキャビアに憧れがあったが、まだ食べた事はなかった。それでローレンスの言葉に不快感を覚えた。しかし、ここは”ローレンスに向こうの世界に連れて行ってもらう作戦”であったので、無理にローレンスに話を合わせた。

ローレンスは2人を大きな車が止めてある所まで案内した。それはすぐ近くの歩道に止めてあった。車は古いタイプのアメ車のようで、独特のボディーラインをしていた。そして車体は無駄に大きく、内装は派手で豪華だった。ローレンスはその分厚いドアをゆっくりと開けて、2人を中へエスコートした。レイチェルはこういう暑苦しいエスコートは相手がアイクの場合なら許せるが、ローレンスだとあまりいい感じはしなかった。しかしそれを隠しながら乗り込んだ。アンナも同様だった。



そして数分走って、すぐに豪華なホテルの前に着いた。
それは都心のビジネス街にある大きなホテルで、建物全体が弧の字型になっていて道路にそっていた。ビルのような造りで、高さは50階ぐらいはあるだろうか?堂々たる建築物である。

ローレンスはホテル前で車を止めた。
すぐにホテルのドアマンが飛んで来た。

ローレンスはドアマンに車のキーを託して車を降りた。そしてレイチェルとアンナをホテル内へと案内した。








スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.23]









委員長「3人が車から降りました。」

矢樹 「あまり追跡をおおっぴらにするなよ。バレるぞ。
だが、おそらくローレンスは追跡されている事にすでに気付いている筈だ。」

神田 「かーーーーーー!ローレンスのやろう!
俺のアンナちゃんと憧れのレイチェルさんを!両手に華のつもりかーーーーーー!!!」

豪 「”両手に華”?」

委員長「まったくどこに注目して見てるのかしら、神田は?」












実にエレガントなホテル内部の装飾。通路は真っ赤なじゅうたん敷きで靴音が全然しなかった。
その通路を抜けて3人はこのホテル内にあるレストランに向かう。
そこの入り口には若くてハンサムなボーイが立っていて、3人を丁寧にテーブルまで案内してくれた。
レイチェルは今回のバーチャルリアリティープログラムではごく普通の普段着を設定していたので、こういった格調高いホテルのレストランに入るのは少しためらったが、ボーイは笑顔で彼女を迎え入れた。

レストラン内は正装している客ばかりだった。やはりレイチェルは「普段着はまずいのでは?」とまた思ってしまった。案内されたテーブル席に座ってから、初めてレイチェルはここがバーチャルな世界であった事を思い出した。

ローレンスはボーイを呼んで料理の注文をした。
彼は料理に細かく注文を付けた。ワインはボルドーの何年物だとか、キャビアはどこどこ産の物で、しかも航空便で取り寄せた物でないといけないだとか。

ローレンスはレイチェルとアンナには何をオーダーするのか聞かなかった。メインの料理の3人分の注文を全て済ませてから、「なにか付け加える物はありますか?」とだけ聞いた。
ローレンスは「いつものヤツは全て注文済みだよ。」とレイチェルに向かって付け加えた。
レイチェルはそれに話を合わせて、「ああ、そう。」とだけ答えた。
そしてレイチェルはミルクティーを追加で注文し、アンナはオレンジジュースを頼んだ。







注文が全て済んでボーイが厨房へ帰って行くと、ローレンスは肘をテーブルに着いて、レイチェルを見つめた。食い入るような視線で彼女の方を見ていた。その目は悲しさと喜びが入り混じった複雑な表情を持っていた。まるで「死んだと思っていた恋人にでも再会したような…」、そんな感じだった。

ローレンス「ひさしぶりだね、”アンナ”。君に会いたかったよ。とても…。」

レイチェル「そう。」

アンナはローレンスの過去についてはもう知っていたし、自分が[深層心理アナライザー]の逆行催眠で”アンナ・エリス”と名乗った事もすでに矢樹から聞かされて知っていた。だが、それでも今目の前にいるこの男から「アンナ」と呼ばれるに事に好意的な感情は抱けなかった。

レイチェル「……。」










クリス「……。」

委員長「ふーーーー!!ローレンスってまったく!」










ローレンスは食事の席でアンナらに過去の話を始めた。

ローレンス「君達は過去についてどう思うかね?」

アンナ「”過去”?いつの過去です?」

ローレンス「物悲しい過去もあるものだ。
過去は二度と戻らない。
例えタイムマシンを使って過去に戻ったとしても、人の心だけは変えられないのだ。」

レイチェル「……………………。」

アンナ「……………………。」

レイチェルとアンナはローレンスがいったい何を言っているのかわからず、お互いに顔を見合わせた。






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.24]







ナターシャ「この男、自分の”過去”の事を言っているんだわ。」

委員長「自分の?あのアンナ・エリスさんとの?」

ナターシャ「そう。ローレンスは強くその事をひきずっているんだわ。今も……。」

委員長「……。」










食事が済むと、アンナとレイチェルはローレンスに「ホテルの最上階の展望室に行こう」と誘われた。

ローレンス「そこはすごく見晴らしがいいラウンジになっている。」

しかし、そこに着いて見ると……、自分たちの他には誰もいなかった。
ローレンスはここに人が来ない事を確かめると、不意に自分の両手を左右に広げた。
すると、この部屋全体に光が満ち溢れ、やがてそれは目も開けていられないぐらいの強い光となった。











ピーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



矢樹の研究室に警報が鳴り響いた。

矢樹 「どうした?!」

ナターシャ「大変です!レイチェルさんとアンナさんからの信号が変です!」

神田 「なんやて?!」












レイチェル「ここは?」


周囲にはいまだ光が満ち溢れていたが、それはだんだん目を傷めないぐらいまでに弱まって来た。
窓の外にもかなりの光が満ち溢れ、外に見える景色はそこが”空”なのか”街の中”なのか見当もつかなかった。

アンナ「ここは”向こうの世界”。たぶん、彼らの住む世界なんだわ。」

レイチェル「そう……。」

レイチェルはローレンスに聞いた。

レイチェル「どうしてこんな事をするんですか?」

ローレンス「君達と一緒にいたいからだ。アンナ、もう一度私のそばにいてくれ。」

レイチェル「だから、私は”アンナ”じゃありません。貴方の言っているアンナさんとは別の人間です。」

ローレンス「いいや、君はアンナなのだ!君こそアンナに間違いない!
忘れたのか?あの2人でプロジェクト推進の為に尽くした日々を。」

ローレンスはいきり立った。頬や耳が真っ赤に充血していた。それを見てレイチェルは恐ろしささえ感じ取った。

ローレンス「君達を捕らえた!もう2度と逃がさない!」

「ローレンスは1人で何を言っているのだろうか?」とアンナとレイチェルは思った。2人には彼の言っている意味がよくわからなかった。

レイチェル「貴方おかしいわ!
私は”レイチェル”!アンナじゃない!貴方の言っているアンナさんは貴方の国の人じゃないの?」

ローレンス「……そうだ。
しかし、もうそんな事はどうでもいい。
アンナ、私と一緒にレイドで暮らそう。」

レイチェル「いやです!私にはアイクがいるわ!」

ローレンス「”アイク”?アイクだって?
また何を言う?!私は君を2度と失いたくは無いんだ!」

そう言いながらローレンスが片腕を上げると…、窓の外にある明るい光の中をこちらに向かって飛行してくるザークの姿があった。強い光に満たされているとはいえ、やはり外は”空”のようである。

アンナ「ザーク!」

ローレンス「今や、このザークは私のしもべも同然だ。君達を決して逃がさない。」

初めて巨大なザークを見て、レイチェルが悲鳴を上げた。

レイチェル「きゃーーーー!」





……それを受けて、スポルティーファイブの機体からバーチャルリアリティーシステムへの回線が切断された。







スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.25]







ピーーーーーーー!

レイチェルが消失した事を示す警報が鳴った。

委員長「消失しました!」

矢樹 「あわてるな!」

矢樹はモニターに映ったレイチェルの顔を見た。
レイチェルの顔ははっきりとモニターに映っていた。それはスポルティーファイブの小川機のシートに座ったレイチェルの姿だった。

矢樹 「被験者本体は向こうに引き込まれていない。」

ナターシャ「ええ、レイチェルさんの意識は”こちら”側にあります。」

矢樹 「成功だ。」











一方、ローレンスのもとではレイチェルの姿が消失していた。

ローレンス「これは?」

彼の顔には失望の色がありありと浮かんでいた。

ローレンス「どこだ?”アンナ”はどこに行った?」

彼は半狂乱になった。そして頭を抱え込んだ。

ローレンス「どうしてだ?どうしてこんな事が起きるのだ?私の何が悪いというのだ?」

ローレンスは自問自答していた。たがそばにいたアンナには彼の言っている意味や内容がよくわからなかった。

しばらくしてローレンスはまだアンナがここに入る事に気が付いた。

ローレンス「アンナ……。」

ローレンスはアンナの名を呼んだ。彼は[神津アンナ]の事もアンナと呼んだ。

アンナを見るその目。
ローレンスの異様な感じに、アンナはその場から後ずさりした。そして逃げだした。

ローレンス「アンナ……。」

アンナ 「いや!」

ローレンス「待て!」

ローレンスはアンナを追った。

ローレンス「君は逃がさない。君だけでも!」

アンナはその部屋の扉を押し開き、廊下へと出た。そして別の扉へ逃げ込んだ。
しかしその逃げ込んだ部屋はどこにもドアが無く、行き止まりになっていた。

アンナ「はっ?」










矢樹 「すぐにアンナの方の回線も切断するんだ!急げ!」

ナターシャ「はい!」



ピーーーーーーーーーーーーーーーー!!



ナターシャ「回線切断しました!」

矢樹 「アンナの意識は?」

ナターシャ「”こちら”側にあります!」

矢樹はモニターを見たが、ちゃんとそこには目を閉じたアンナの顔が映っていた。

矢樹 「よかった……。
念のためにすぐにスポルティーファイブの機体の電気システムを全てダウンするんだ!急げ!」

ナターシャ「わかりました!」

こうして、機体はおろか甲板上の全ての電気系統もダウンされた。照明も落とされて甲板は真っ暗になった。スポルティーファイブのメンバーは研究室を飛び出して神津機と小川機のもとへ走った。
甲板の中は真っ暗だった。
神津機と小川機の機体のキャノピーはシャットダウン直前にすでにロックを開けられていた。
クリス達はそこからアンナとレイチェルを運び出した。

クリス「大丈夫か?」

アンナ「ええ……。」





スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.26]







ローレンスのもとでは、アンナまでもが彼の目の前から消えていた。

ローレンス「くそ!」

いまやここには彼しかいなくなっていた。ローレンスは再び言い知れない孤独感に包まれ始めた。
ローレンスは酷く悔しがった。そして自分以外の者に対してさらに懐疑的になった。
その部屋の壁際には大きな花瓶が飾ってあったが、彼はそれを倒して壊した。その後、花瓶が置いてあった棚に肘を着いた。

ローレンス「くっ!」

そして頭を垂れて何かを考え込んだが…、しばらくして頭を起こした。
その顔は半ば恨みを抱くような表情に変わっていた。


ローレンス「……またしても、あの男の仕業か?!」










一方レッドノアの艦内では………、

ナターシャ「アンナさんとナターシャさんをメディカルセンターに運びました。」

矢樹 「わかった。ありがとう。」

その後矢樹もメディカルセンターに向かった。そこでアンナとレイチェルを心配して付き添っていたスポルティーファイブのメンバーと再会した。そしてこう言った。

矢樹「今回は安全装置がこちらの思うように働いてくれてよかった。
スポルティーファイブのコクピットからの信号だと回線の切断が容易だし、もともと備えてある強固なセキュリティーの為に、ローレンスは向こうの世界へ”実体”を連れ去る事が出来ないのだ。」

クリス「そうですか。」

神田 「でも、今回、アンナちゃんは結局自分の家には行かれへんかった。ママにも会えんかった。」

矢樹 「まあ、それはしかたない。今回の作戦はローレンスしだいだったからな。」





ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!




その時警報が鳴り、同時に郷田指令から矢樹に通信が入った。

郷田指令「矢樹博士、ナターシャ、すぐにブリッジに上がってくれ。」

矢樹 「どうした?」

郷田指令「例の大型UFOが現れた。」

矢樹 「なに?!」






矢樹とナターシャはすぐにブリッジに向かった。
大型モニターに映った外の様子を見ると、レッドノアから数10キロ離れた宇宙空間に例の大型UFOが浮かんでいた。

矢樹「現れたか…。」

見ていると、やがてそれはレッドノアに向かって急速に接近して来た。

矢樹 「”ローレンスの怒り”だろう…。」

郷田指令「なんだって?」

郷田指令は矢樹が意味不明な事を言ったので思わず聞き返した。

大型UFOは一直線にレッドノアに向けて突っ込んで来た。そして衝突するかと思える直前に進路を変え、レッドノアの船腹をわずかにかすめた。その後は空中に上昇して舞い上がり、大きな円を描いて上空を旋回をした。それはまるでこちらをあざけるような移動の仕方に見えた。フラリフラリと蝶のように舞って移動した。

郷田指令「攻撃するつもりか?」

矢樹 「あのUFOは虚像だ。それにもしあれが本体だとしても、そもそも攻撃能力など持っていない。」

郷田指令「なんだって?」

矢樹 「あれが都市だ。”月の都市”の姿だよ。」

郷田指令「月の都市……。月の都市だって?」

矢樹 「そうだ。あれがそうだったんだ。
都市は改造され、そのまま宇宙船として浮上できる装置を取り付けられた。そして、その中に住む住民ごと移動したんだ。
もともと周囲をシェルター状の装甲板の外壁で覆われて造られた建造物だったので、改造しやすかったのだ。つまりあの都市そのものが”ノアの方舟”だったというわけだ。」

郷田指令「そんな……。」





ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!





またも警報が鳴った。同時にレッドノアの船体に震動が走った。

郷田指令「どうした?!」

ナターシャ「攻撃を受けたようです。右舷船底に被弾。」

郷田指令「なに?!あのUFOからか?!」

矢樹 「ありえんね。」

ナターシャ「わかりました!別のどこかからです。」

矢樹 「ザークだ!ザークが来たに違いない。周囲にザークがいないか探してくれ!」

オペレーター「了解。」






スポルティーファイブ 第5話 ローレンス・フォスターの物語 [act.27]


しばらく付近をサーチしていたオペレーターはザークの反応を見つけた。

オペレーター「やはり右舷下部付近にザークがいます。そこから攻撃を受けたものと思われます。」

矢樹 「よし、わかった!スポルティーファイブを出撃させろ!」

郷田指令「スポルティーファイブを?神津君はバーチャルリアリティーシステムから戻ったばかりだぞ!」

矢樹 「出撃させるんだ!今はそれが必要だ。もうすでに敵に接近され過ぎている。
この距離では砲もミサイルも効きにくい。ナターシャ、アンナは大丈夫か?」

ナターシャ「万全とは言えません。」

矢樹 「それなら神津機はオートで出せ!」





郷田指令はザークに向けてミサイルを放つよう命令した。
だが、ザークはそのミサイルの攻撃を避けてかわした。しかしその隙にスポルティーファイブの4機が発進できた。アンナ以外のクリス・委員長・神田・豪の機体が月面空間に躍り出た。

矢樹 「落ち着いてザークの動きを見定めるんだ。」

クリス「了解!」





その頃、アンナはまだ艦内に残っていた。神津機もカタパルトに乗ったまま待機していた。

アンナ「私も乗ります。」

ナターシャ「危険だわ。貴方は疲れているのよ。バーチャルリアリティーシステムの中に入ると、自分でも知らない内に体力を消耗するものなの!」

アンナ「大丈夫です。なんとかやってみます。」

ナターシャ「いけないわ!」

再びアンナは神津機のコクピットに乗り込んだ。

アンナ「神津機、出ます!」

飛行甲板正面の発進口が開いた。
アンナは決心してスロットルレバーを引いた。そして発進する。
カタパルトが神津機を外へと押し出した。





だがアンナの機体の動きは精彩を欠いていた。アンナが弱っている事を見て取ったクリスは、すぐにドッキングする事を決めた。

クリス「全機、ドッキングシークエンススタート!」

委員長・豪・神田・アンナ「了解!」

ザークを引き離す為、いったん全機は高速で移動してその場を離れた。ザークはスポルティーファイブを追って来なかった。なおも執拗にレッドノアを攻撃し続けていた。それは何かにとり付かれたかのようだった。そしてスポルティーファイブはヒューマノイド形態へと移行した。

クリス「ドッキング成功!よし!豪君、頼む!」

豪 「レッドノアへ!空間プログラム弾の発射許可を願います。」

郷田指令「よし、許可する!」

今回のザークの動きには落ち着きがまるで感じられなかった。そればかりか行き当たりばったりの攻撃をしているように見えた。いつもの動きと違い、行動に知性が感じられない。まるで怒りに身を任せて攻撃して来たという感じだ。
空間プログラム弾はそんなザークをいとも簡単に捕らえた。

クリス「真正面だ!発射!」

そしてザークを今いるこの”空間”から消滅させた。








スポルティーファイブのコクピットにいたアンナはまた嫌な感覚に悩まされていた。

アンナ「はっきりと感じたわ。やはりこれはローレンスの怒りだった……。」

戦闘中のアンナはローレンスのオーラのような物を常に感じ取っていたと言うのだ。クリスはそれに答えた。

クリス「ああ、ザークはまるっきり冷静さを欠いた動きだった。やはりローレンスのどこにもぶつけようのない怒りだったのかも……」






スポルティーファイブはザークの撃退に成功した。
そしてレッドノアに帰艦した。
戦闘は終了した。






矢樹は今回の件でいつになく感慨深げな様子だった。 

矢樹 「あの都市は、今も”向こうの世界”を飛んでいるのかも知れない。」

郷田指令「飛んでいる?”向こうの世界”で月の上空を飛んでいると言うのかね?」

矢樹 「ああ、そうだ。あの都市は今も飛行しているのかも知れない。悲しげなローレンスと共に。あの都市は”向こうに存在する都市”の電子体を一時的にこちらの世界に投影したものだった。」

郷田指令「何の為に?」

矢樹 「たぶん、こけおどしだったのだろう…。彼のやりそうな事だ。」

ナターシャ「ローレンス、悲しげな男……。」













THE END




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