ボロ邸生活日記

ボロ邸生活日記

2080-03


 暗闇の中を曳光弾が飛び交う様は美しさすら感じさせるが、それは闇が凄惨な戦場を覆い隠しているからに他ならない。
 この街はASDFの支配下に置かれているが、昨日から行われている欧州連合軍の侵攻作戦によりその支配を危うくしている。
 町の中心部には残存した兵が集まり、援軍を待ちながら抵抗を続けていた。



 一人の兵が放ったアサルトライフルの銃弾が欧州連合軍の兵を倒した。
 しかし、喜びの声など出ない。
 後がない状況に追い込まれた彼らは、極度の緊張状態で引き金を引き続ける。
 こちらが防衛側であるという事により、短い時間での損害率は向こうの方が高かったが、
トータルの数では圧倒的に押されている。
 緊張に包まれた時間が長く続いたが、異変に気付いた兵から久しぶりに言葉が漏れた。
 「……攻撃がやんだな」
 敵兵がいた建造物の影からの銃声が止まっている。
 時折サーマルゴーグルに映る人影も、数分前から姿を現さない。
 「どういうことだ?」
 小隊長が無線で他の小隊に確認したが、大きな動きはないと言う。
 「油断するな、きっとなにかある。銃を離すな」
 彼らの会話が終わると、あたりは静寂に包まれた。
 市街の他の場所からは時折銃声やクロウラーの音が聞こえるが、この一帯だけが奇妙なほどに静まり返っていた。
 「……どうしますか」
 小隊長は判断しかねていた。
 「まだ、様子を見よう」
 キュラキュラと金属がこすり合わされるクロウラーの音が響く。
 「……しまった、まさか!」
 小隊長が叫びを上げた途端、目の前で奇妙な金属フレームに取り付けられた軽機関銃が火を噴いた。
 「隊長!」
 一人の兵が倒れた隊長に手を伸ばしかける。
 しかし、もう一人の兵がそれを止めた。
 「もうだめだ、下がるぞ!」
 撤退する途中にも数人が犠牲となったが、彼らはなんとか砲火を逃れられる場所まで下がることが出来た。
 「『ロボット』か、くそっ!」
 生き残りの一人が悪態を吐く。
 他の兵はだまっていたが、皆一様に彼と同じ気分だった。
 彼らを襲ったのはリモコン操作による移動銃座であり、『ロボット』『リモコン銃座』などと呼ばれている。
 クロウラー機動をするベース部に機関銃を付けた、できそこないのラジコン戦車のような姿をしているが、対弾性能は高い。
 夜間には熱ステルスオプションを用いた不意打ちも可能であり、彼らのように市街地に籠城する者達には大きな脅威である。
 「このままだまっているわけにもいかない。H.E.A.Tランチャーがあったはずだが」
 「ああ、一つだけな」
 「……無いよりましだ」
 侵攻に使われているリモコン銃座は一つではないだろう。
 一つ破壊したところで、すぐに予備が来る。
 しかし、時間稼ぎだけでもしておきたい。
 彼らはH.E.A.Tランチャーの準備を始めた。
 ……その直後、爆音と共に立て籠もっていた建造物の壁が崩れ去った。
 粉塵が舞い上がる中、多連装ロケットランチャーを装備したリモコン銃座が現れる。
 そのランチャー部分は再度の発射のため、装填をするカチャカチャという音を響かせていた。
 「おい、早く撃て!」
 「だめだ、間に合わない!」
 H.E.A.Tランチャーは未だに発射体勢が整っていない。
 カチリ、という音がして、リモコン銃座のロケットが装填を終えた。
 一瞬の後に爆発が起こり、ASDF兵達の悲鳴が起こった。

 ……一人の兵が目を開けた。
 ロケットが爆発したはずなのに、誰一人として被害を受けていない。
 壊れた壁の向こうで、ベース部だけになったリモコン銃座がふらふらと動いていた。
 「こちらはASDF運用実験部隊だ。援護する」
 床に転がった無線機が応援の到着を告げる。
 その声が途切れた直後、生き残りの兵士達はリモコン銃座を踏み潰す『首無しの騎士』を見た。



 「市街中心部は奪還したぜ。残りは、西部のみだ」
 椙山賢治は戦果を語る山本の声を聞いていた。
 「残存兵力は椙山小隊が叩け。鈴木、山本は負傷兵の救助を行え」
 「了解」
 本部の指令に短く答えると、賢治は小隊各機へのチャンネルを開いた。
 「これより市街西部の敵残存兵力の掃討を行う。李、小山、聞こえているな?」
 「聞こえています」
 「了解しました」
 返事を確認すると、賢治はデュラハンを目標に向けて発進させた。
 脚部に装着されたクロウラーが金属音をたてる。
 MBTに比べると重量に対する出力が大きい強化外骨格は、高い機動性を持つ。
 この市街地のように入り組んだ場所であれば、その小回りの良さもあって戦車を越える活躍が期待できる。
 「敵戦力はMBT2機、歩兵30名前後、リモコン銃座数台。MBTを優先して攻撃する」
 「了解」
 目標へ近づく。
 「ジャミング開始」
 賢治はジャムのスイッチを入れる。
 戦車のセンサー類を無効にし、建造物の影から躍り出た。
 戦車砲がこちらに向かって狙いを定めようとしたが、それが完了する前にデュラハンのミサイルが発射された。
 それが戦車に命中するのとほぼ同時に道を挟んだ建造物の影に滑り込む。
 「1機仕留めた。李、そっちはどうだ」
 「敵MBTと交戦中、小山が後ろに回り込んでいる」
 残ったMBTが手動照準で戦車砲を発射する。
 それは李のデュラハンの後ろにあった住宅を破壊した。
 第2射を準備するMBTの後ろで、路地から小山のデュラハンが飛び出した。
 「これでどうだ!」
 デュラハンの腰部右に取り付けられたランスが展開する。
 低姿勢のまま小山のデュラハンはMBTに突進し、そのランスを上面装甲に深く突き刺した。
 ランスを切り離した小山が後退すると、MBTは爆炎に包まれた。
 「やった!」
 その光景を見て喜ぶ小山の声が無線から聞こえる。
 しかし、その背後で欧州連合の兵がH.E.A.Tランチャーを構えていることに、彼は気付いていなかった。
 「小山、立ち止まるな!」
 賢治の声が無線に乗って響く。
 「え?」
 次の瞬間、小山のデュラハンが背部から炎に貫かれた。
 「うわぁーっ!!」
 無線機の向こうから、小山の絶叫が響いてくる。
 「小山ーっ!!」
 しかし、それに答える声は永遠になかった。



 朝日が昇りかける頃、その街の防衛は完了した。
 兵士達が喜びに沸く中、賢治達もその輪の中にいた。
 しかし、彼は心の底から喜ぶことは出来ずにいた。
 小山も覚悟して軍に入った以上、この結果は仕方がないとも言える。
 しかし、自分がフォローすれば助かったのではないか?
 ……気にするときりがない。
 軍に入るとき、覚悟するのは自分の死だけではないのだ。
 賢治はコックピットが溶解した小山のデュラハンを見上げながら、彼の冥福を祈っていた。


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: