ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

2022年10月16日
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カテゴリ: ブログ冒険小説

大きいサイズのウクライナの国旗


​ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り​

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​​ ブログ冒険短編小説『ウクライナの森』
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(登場人物​​) 
 今回の登場人物は、前作のブログ冒険小説『闇を行け!』等に登場しています。

・堀田海人(ほった かいと)札幌にある私大の考古学教授。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は、君 道憲(きみ みちのり)
      元韓国特殊部 隊中尉 狙撃の名手。在日3世だった韓国人。
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人と同じ大学の考古学教授。海人の妻。


(ウクライナ・へルソン州へルソン市郊外の森林地帯)

「メリーより。メリーより。鉄が来たぞ。3台が縦列で。先頭の鉄と後ろの鉄から指揮者らが身を出している。奴らは偵察隊だ。俺は先頭の奴をやる。カレンは後ろを頼む」
「カレン、了解。カレン、了解」暗号名カレンの堀田海人(ほった かいと)は、消音装置を装着したスナイパー銃(Fort-301ガリルスナイパーライフル)のスコープを左方に向けた。ロシア軍の最新鋭戦車T90Mの先頭が、林横の農道をゆっくりと進んで来ているのが見えた。
「カレンより。カレンより。先頭の鉄が200ヤード(約180m)に入ったら、こちらは後ろの奴を撃つ。合図はいつものようにGOだな」海人がマイクに告げ、銃の2脚を立て地面に固定した。
「メリー、了解した。合図はGOだ!」暗号名メリーのクン・ドホン(君 道憲)の低い声がイヤホンに応えた。

 海人とクンがウクライナの外国義勇軍狙撃分隊に参加したのは、8月上旬だった。2人は6月中旬、ベルギーに行き、韓国人のクンの伝手である外国人傭兵組織専用のパスポート偽造屋で、カナダ国籍――海人もクンも韓国系カナダ人となった――を入手したのだった。一応、本国からの義勇軍参加阻止を免れる2人はカナダ人となった。
 海人は韓国軍を退役していた特殊部隊狙撃手の名手クンから、ベルギーの森・射撃場で、6月から7月中旬の一ヶ月間、狙撃手の基本と実技の特訓を受けていた。
 海人の狙撃手としての技量は、クンが驚くほど速く身につけていった。  クンが海人に言ったものだ。
「堀田さんは、俺より優れた狙撃手だよ。偽装術、スナイパー銃射撃の正確性、風を読み標準を調整するとは――1km先の5cmの的を撃てるなんて!」
「クンよ。ウクライナ軍でも、これと同じ
Fort-301ガリルスナイパーライフルを使えるのか?」
「使えるよ。何せこのライフルはイスラエル製だけど、ウクライナがライセンス生産しているからね」
「クンよ。このライフルのMOA(ミニット オブ アングル、集弾率の略)は?」
「グルーピング(集弾)は、距離200ヤードで1インチ(2.54cm)のようですが、堀田さんの腕前ではそうなりますよ」迷彩服のギリースーツで全身を包んでいるクンが言った。もちろん海人もギリースーツ姿である。
「クンよ。そろそろ行くとしようか、ウクライナへ」
「明日、ベルギー人義勇兵の一団、5人に紛れてポーランド経由でウクライナに行きます。計画通りです」

 海人とクンは、7月中旬過ぎにポーランドとの国境検問所を越えウクライナに入った。そのウクライナの国境検問所は、森林地帯に密かに設置された欧米NATOとウクライナ軍専用のそれだった。欧米の軍事物資などの非公開のルートである。
 ウクライナに世界中から義勇兵が入っているが、C3PY(ウクライナ対外情報庁)とSUB(ウクライナ保安庁)の人物評価は厳格だった。ロシアのスパイを警戒してのことである。だがクンは、事前に手を打っていた。ベルギー人義勇兵の頭目、彼の身元保証を得ていたのだ。
 2人はポーランドとの国境、その森林地帯にある「外国人義勇兵訓練所兼待機所」で、2カ月間、簡易訓練と簡単な戦用ウクライナ語、ロシア語を学んで時を待った。
 ウクライナ軍が反転攻勢に打って出た9月、海人とクンに出動命令が下された。と同時に、かなりの確率が高い戦死、ロシア軍の捕虜になった場合に備えた「自己責任確約書」と「遺言書」を書かされた。自明の事だが。

 海人とクンは、外国人義勇軍敵地潜入狙撃分隊(看護兵1名を含む5人)に所属となり、激戦の地、ウクライナ南部の要衝ヘルソン州戦線に移動した。
 9月ともなると、ウクライナは晩秋である。例年のように、朝方のウクライナの大地には靄が濃くかかる。
 分隊の全員は、暗視ゴーグルをつけ、夜陰に紛れながらヘルソン州都ヘルソン市まで15kmの近郊にある、海人が名付けた‶ウクライナの森″に潜入して行った。看護兵は森林地帯の中、地雷探知機で道を開けて行く。目的地の‶ウクライナの森″に潜入するのに2晩かけた。
 こう書くのは簡単だが、実際は敵の防御陣営を避けながらの潜入である。しかも分隊全員の装備は重かった――防弾ベスト・核&化学兵器防御装備・弾薬・手榴弾・対戦車ジャベリン(3人分。つまり3台)・充電器・3週間分の水と簡易食料などで――そしてライフルである。重量は軽く30kgを越えていた。

 潜入待機が2週間経った時だった。この間、分隊全員がそうだったように海人とクンも、腰を屈め、排尿排便できる穴(使用後に土をかける)も抉った半畳ほどのタコ壺に身を隠していた。天蓋には木々の枝葉を使った。見張りは2時間交代制で。それらは敵陣潜入狙撃分隊の宿命だった。
 存在を如何に消すか! だが、分隊はついていた! 森の中にも靄が!

 敵の戦車隊3台が脇の森林地帯を警戒し、監視兵が身を乗り出して双眼鏡で前方の森を見ている。分隊が潜入し展開している‶ウクライナの森″は、やや小高い丘状になっている。農道はその森の中央部を抜けて通っている。潜入分隊は、50~60m間隔で左右と背後に分散していた。

 戦車の先頭が、薄い靄の中をクンと海人の方に近づいて来た。
 距離が200ヤードに入った。海人はスコープで後ろのロシア兵を捉えた。海人には彼が動員された予備役兵に見えた。その時、クンが合図した。
「GO!」
 海人とクンが同時に撃った。ズン! ズン!
 後ろの戦車の男の左肩に当たり、後ろに倒れた。海人が先頭戦車を見やると、その男も右肩を撃たれ横に倒れていた。だが、3台の戦車の列は前進して来た。戦車の立てる騒音で銃声が聞こえなかったからだ。
「メリーより。敵兵2人を倒した。鉄はそっちに行く」クンが背後の仲間にマイクで伝えた。
 3台の戦車が、クンと海人の前を通り過ぎて行く。
「メリーよ。俺は後ろから戦車に乗る。鹵獲(ろかく)したい」
「メリー、了解! 俺は先頭の戦車に行く」
「メリー、中央の戦車はどうする?」
「カレンよ、先頭の戦車を襲う前に、真ん中の戦車の砲塔に手榴弾を投げ込むよ」
「カレン、了解した。GO!」そう言って海人はタコ壺を飛び出し、後ろの戦車を追った。相変わらず、ゆっくりした速度だったので、数十秒で戦車に追いつき、飛び乗った。海人は消音拳銃を取り出し、倒れた男の真下にロシア語で怒鳴った。
「降伏せよ! ウクライナ軍だ!」敵の反撃を警戒しつつ。
 直ぐ返事が来た。
「撃たないでくれ! 降伏する!」
「戦車を止めて皆、外に出ろ! 両手を上げてだ!」

 海人がマイクに言った。
「カレンより。後ろの戦車と兵士3名確保した」
 分隊長から返事が来た。
「オ~イより。俺たち2名がそっちに行く。目隠しと無力化してくれ」
「カレン、了解」海人は、撃たれて倒れている男を穴から引っ張り出した。その男は肩から血を流しているが、生きていた。海人の狙い通りだ。
 真ん中の戦車から鈍い爆発音がした。そして停止した。
「メリーより。砲塔を破壊した。これから先頭の戦車を襲う」
 幸いなことに先頭の戦車は停止していた。クンは素早く戦車の上に乗り込んだ。
「メリーより。降伏するってさ! オ~イ!(分隊長の暗号名)真ん中の戦車をシャベリンで脅してくれ!」シャベリンを撃つのじゃなく、運転兵が見ている防弾ガラス窓の前方から撃つ構えで脅すのだ。
「オ~イ。了解した」

 潜入狙撃分隊が、3台のロシア軍90Ⅿ戦車を鹵獲し、ロシア兵9人を捕虜としたのは、15分しかかからなかった。だが難問が残った。
 分隊は見張りの衛生兵を残し、戦車の横に集合した。
 分隊長が切り出した。
「時間がない。捕虜を殺す訳にゃいかない。だがそれが問題だ。良い案はないかな?」狙撃分隊が捕虜をとることは計画外だった。ウクライナ軍の戦闘規定には、降伏兵・無力化した敵兵を殺害することは‶重罪″である。だが、鹵獲した戦車も捕虜も、潜入狙撃分隊には大きな障害となるのだ。
「分隊長。味方は何処にいますか?」クンが訊いた。
「ヘルソン市から20kmのところで、ロシア軍防御陣営と激戦中だ」分隊長が訝しげに答えた。
 クンがまた訊いた。
「だと、そのロシア軍防御陣営まで、ここから5kmウクライナ軍側に戻ったところですよね?」
「そうだが……」分隊長は呟くように答えた。
 海人はクンのアイディアに気づいた。クンに目で告げた。
《分隊長に言えよ! 俺は賛成だよ。それしか最善の策はないからだ》
 海人の賛同を得たクンが、分隊長らに策を説いた。
「分隊長。逆偽旗作戦を提案したいです」
「ん? 逆偽旗作戦?」分隊長が、怪訝そうな表情を浮かべた。
「分隊長。ロシアの戦車3台でロシア軍の背後に行き、撃破するんです。我々の物としたロシア戦車は、ロシア軍防御陣営の背後、5~6百mで停止し、砲撃するんです。もちろん前線のウクライナ軍と調整して――ウクライナ軍の突破が可能となるように――ですがね。それに捕虜たちの安全も兼ねてです。鹵獲したロシア戦車に、ロシアの国旗を掲げるのですが。それでロシア軍からの攻撃を逸らし、ウクライナ軍には味方のロシア戦車の旗印とするんです」
 クンの発想は意外性に富んでいたが、妙に説得力があった。分隊長もそう思った。
 分隊長が皆に訊いた。
「皆の意見を聞きたい。その前に、クンにひとつだけ確認したい。戦車の運転と砲撃の操作は誰がするのだ?」
「1台は俺も何とか運転できますし、砲撃方法も知っていますが。そこで分隊長。俺と堀田さんが2台に乗り込み、捕虜のロシア兵に運転と砲撃をやらせますよ。如何なる方法であれ、砲身のいかれた戦車には、分隊長と2人が乗り込んでください」そうクンが答えると、海人が言葉をついだ。
「分隊長。私もクンの作戦に賛成です。ロシア兵の捕虜は、我々の指示通りに動きますよ。ロシア軍背後から撃ちまくって、我々はそこからトンズラし‶ウクライナの森″、ここに戻るのですよ。食料と水は、ロシア軍から盗めばいいでしょう」海人が言い終えると、皆が頷いた。
 分隊長の表情が明るくなった。
「よし、それでいこう。この特別軍事作戦名は‶偽旗″とする。10分後に出発するが、皆いいかな?」
 皆が声を合わせた。「了解!」
 海人が、荷物を取りにタコ壺へと歩を向けた。
 急に風が強くなり出し、靄が一層濃くなっていく。
 海人は目をこすった。
《前が見えない。まったく見えない》
 海人が周りを見る。
《何も見えないじゃないか》
 海人は焦った。
《こちらカレン。メリー、靄で見えない。そっちはどうだ?》クンから返事がなかった。
《メリー! メリー! メリー!》
 何度叫んでも、クンからの返答はない。

 靄で見えない‶ウクライナの森″が、強風のせいか咆哮しているかのように、海人には聴こえた。ウオー! ウオー! ウオー!
 何故か海人も吠えた。ウオー! ウオー! ウオー!
「海人さん! 海人さん! 何吠えているの? 悪い夢でも見たの?」妻の榊原英子が、羽毛布団の中で唸っている海人の体を揺すった。
 いきなり海人の目から靄が去った。

(了)








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最終更新日  2022年10月19日 15時02分54秒
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