「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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私の沼
女王の結婚
女王様は、悩んでいました。
そろそろ結婚してくださいと、家臣たちから口々に言われていたからです。
女王様も、結婚をしたくないというわけではありません。
けれど、女王様が好きになる男性は女王様を相手にしてくれず、女王様に近づいてくる男は立身出世や贅沢がしたくて近づいてくるだけなのでした。
その理由は、女王様には痛いほどよくわかっていました。
女王様は、デブで、ブスだったのです。
そして、それなのに、いや、それだからこそ、女王様は美しいものが好きでした。
それはどういうことかというと、要は、顔のいい男、姿の良い男が大好きだったのです。
女王様は長い間、隣国の三番目の王子に恋をしていました。
三番目の王子は、良い婿入り先を探しているという噂でしたし、なんといっても美男なのでした。
涼しげな瞳に薄い唇、そして細い顎。
生まれつきの美男特有の、いかにも薄情そうなその表情は、女王様にとってはいくら見ても見飽きないものでありました。
女王様は宮廷画家にこっそりと王子の肖像画を描かせ、夜になるとそれを眺めては、何度も深い溜め息をついていたのでした。
女王様は王子を何度も城の舞踏会へと招待し、高価なプレゼントを贈り、自分の部屋へと招き、ベッドの中では王子にこれでもかというくらいの大サービスをしました。当然ながらブスでデブな自分の姿を見られないように、部屋の灯りを消し真っ暗にして。
王子も女王様の献身に気をよくしてくれたようで、しばらくの間はそんな付き合いが続いていたのでした。
女王様の家臣たちはみな、あまりいい顔をしませんでしたが、関係の良好な隣国の王子ということで縁談としては悪いものとも思われず、とりあえず納得してはいたようなのでした。
王子のほうも、それなりに満足してくれていたようなのですが、いざ女王様が結婚の話を持ち出すと、婿入りのための多額の支度金プラス、女王様と別居生活をするためのお城を隣国との境に建ててくれるように要求してきました。
「君も女王としての仕事があるだろうから、別に暮らした方がいいだろう?たまに僕のところへ遊びにくればいいよ。で、僕の城だけど、そんなに大きくなくてもいいからさ、バスルームと寝室のベッドだけは豪華にしてくれよ。あと、身の回りの世話をする侍女たちは国から大勢連れていく予定だから、君は何も心配しなくていいよ」
王子はどこか女王様をバカにしたような目で見ながらそんな風に言うのでしたが、女王様は王子に何を言われても、気弱に微笑みながらうなずくことしかできないのでした。
女王様はそんな条件でも構わないから王子と結婚したいと思ったのですが、そのことを伝えると、大臣をはじめとする家臣たちは当然のことながら良い顔はせず、とりあえず王子のことを調べはじめたのでした。
すると、王子には隣国の美人女優をはじめとして、何人もの恋人がおり、その女性たちとお付き合いしたり、一緒に暮らしたりするためにお金とお城が必要なのだということがわかりました。そしてそれらは、隣国の人間ならばほとんどが良く知った噂ばかりだったのです。
王子は女王様と結婚し、お金と安定した生活を得たいだけだったのです。
女王様も、そんなことだろうと薄々気がついてはいたのですが、大臣たちの調べで、あまりにもいろんなことがあからさまにされてしまったので、さすがに虚しくなってしまいました。
女王様は王子が自分のことを愛していないことなど、最初からよくわかっていたのですが、それでも夢くらいは見たかったのです。
せめてもう少し上手く、恋人の存在を隠し通してくれる気遣いがあったなら。でも、王子にしてみれば、そんなことは面倒なことでしかなかったのでしょう。王子のような育ちの良い美男が、醜い女王様と結婚するのだとすれば、それはお金と格式だけが目当てなのだと誰から見ても一目瞭然なのですから。
そして結局、大臣たちの強い反対もあり、王子との結婚話は取りやめになってしまったのでした。
そのことを王子に伝えると、王子は女王様を鼻で嗤い、
「お前はブスなんだからしょうがないじゃん。もともと俺はどっちだって良かったんだ。金を持ってる女は、他にいくらでもいるからな」
と言いました。
女王様は別に腹を立てませんでした。
王子は最後まで素敵でした。
それに、王子の言うことは当然だと思いました。
最後の日の王子の、冷ややかな目線と、煙草を吸う右手の動き、どんな表情をしても、どんなにひどいことを言っても、その顔や唇は優雅そのもので、立ち上がるときの仕草、足さばき、そのすべてはまるで絵のようで現実感が無く、女王様はもう二度と会えないだろう王子の背中を、ただただ唇を噛み締め、見つめ続けるしかありませんでした。
悔しいけれど、女王様はどんなに蔑まれても王子のことが好きだと思いました。
その次に女王様の前に現れたのは、遠い国から来た旅の商人でした。
この男には、王子のような品はありませんでしたが、顔の造りそのものは女王様の愛した隣国の王子にどこか似ており、これまた目が覚めるような美男でした。
女王様は、その商人の薦めてくるやたらと高い化粧品や香水や美顔機を全て買いました。それも、商人の美しい顔を眺め続ける為に、わざわざ毎日ひとつずつ高い品を買い上げるという浅ましいことまでやってのけたのでした。
商人が持って来る、安っぽい宝石で作ったらしいアクセサリーや下品なデザインのドレスや、原材料のわからない化粧品や臭いだけの香水、インチキくさい美顔器などは、買ったそばからゴミに出すしかないようなものばかりだったのですが、そんなこと女王様には関係ありませんでした。
女王様は、毎日ひたすらうっとりと、その商人の顔ばかり眺めていました。
王子と別れたあとの女王の、索漠とした生活に、その旅の商人は確かに潤いを与えてくれたのでした。
詐欺まがいの商品を平気で売りつけて来る商人のことを、宮廷の人間たちはあまりよく思っていない様子でしたが、女王様が美男好きであることは周知の事実でありましたから、表立って文句を言うようなものもありませんでした。みな半ば呆れながら、女王様を見守っているという様子でした。それにまさか、いくら顔がいいとはいえ、女王様が身分も低く教養の無い旅の商人などに本気になるとは思っていなかったようでした。
商人は王子とは違っていました。
女王様が自分に気があることがわかると、必死になって女王様に取り入ろうとしてきました。
女王様のお気に入りになれば、何かと得になることがたくさんあると踏んだようです。
女王様のほうも、美男の商人にかしずかれて過ごすことにとても満足しました。
たとえ階級が違っても、教養がなくても、男女の間にはそんなことはあまり関係がないように思えました。
ベッドの中でサービスしてくれるのは商人のほうでした。
男のマグロでしかなかった王子とは大違いでした。
女王様はあまりの気持ち良さに毎晩くたくたになって眠りました。
そんな日々が続き、いつしか女王様は、商人とは身分が釣り合わないことをわかった上で、結婚することを考えるようになってしまいました。
そして今回は、王子のときと違い、商人のほうでもそれを大いに望んでいるようなのでした。
「女王様、俺があんたに女の幸せってやつを教えてやるよ」
商人は大いばりでお城に出入りするようになりました。商人が女王の愛人だということはお城中に知れ渡ることとなりました。
商人は調子に乗って女王様の家臣たちをあごでこき使うようになり、とうとう城の小間使いたちに手を出し浮気までするようになりました。
それでも女王様は、それも仕方がないと思っていました。
とりあえず商人が、女王様を第一に考えてくれるのだったら、多少の浮気は大目にみるつもりであったのでした。
女王様はデブでブスでしたから、男だってたまには美女と浮気がしたいに違いないだろうと、諦めていたのです。
しかし、さすがの女王様も、真剣に事を考えなければいけない事態が起こりました。
商人がおかしな野望を持っていることに気がついたからです。
「女王様、どうしてこの国は変わったやり方をしているんだろうな。俺は旅の商人だからわからないけどさ、俺たちの間にもしも子供が産まれたら、その子供たちは王子様、お姫様になるんだろう?その王子様やお姫様がこの王国を継げばいいじゃないか。なあ女王様、俺たちでこの王国の歴史を変えようぜ」
商人はベッドの中で、そんなことを言うのでした。
そのたびに女王様は商人に説明しました。
女王様は、今期限りの女王様なのだと。
この国では、王位継承権を持つ親戚間の争いを避ける意味で、国王の地位は親戚間での取り決めにより、代々各家から順番に養子を取って繋いでいくことになっているのです。
その養子は各家で生まれた瞬間から「王になるための教育」を受けて育ち、いずれは王位につくこととなります。
純粋に各家の順番と、生まれた時期によって決定されるため、王の時代と女王の時代はほぼ半分ずつ訪れる仕組みとなっています。
そのために、王位を継ぐものは、結婚はしても良いが子供を作ってはならないという決まりがあるのでした。そのための、国民が知ることのできない特別な避妊法が、王家には代々伝えられているのです。
門外不出の、その特別な避妊法を実行しているおかげで、女王様は商人と毎晩のように性交渉をしても、妊娠しないでいられるのでした。
子供が生まれてしまうと、子供かわいさのために王や女王の目が曇り、国を傾けるとこの国の人々には考えられているのです。
そして、その制度のおかげで、この国では他国で起こっているような無用な紛争がなく、長い長い時間をかけて、平和で豊かな国家が出来上がったのでした。
しかし、商人はそのことに納得がいかないようでした。
他国からやってきた商人には野望が見え隠れしていました。
商人は、女王様に興味があるわけではなく、立身出世や子孫繁栄に興味があるようなのでした。
お金さえ与えて豊かな暮らしをさせてやればそれで満足してくれるものと思っていたので、いくら説明してもそのことを理解しない商人に、女王様はすっかり困ってしまいました。
隣国の王子はそのような無理はけして言いませんでしたし、興味もなさそうでした。
やはり身分の違いというのはこの辺りに出るものなのかもしれないのでした。
女王様はさすがに不安を感じるようになりました。
女王様は腐っても女王様なのでした。
国民に不安を抱かせるようなことはできないし、国の伝統は守っていかなければならないと女王様は考えています。
女王になるべくして生まれ、育てられた女王様にとっては、商人の言動は国の根本を揺るがすことであり、そのことを思うと、やはり商人との結婚は夢のまた夢でしかなかったと判断するしかなかったのでした。
女王様は家臣に命じ、商人と城の小間使いとの浮気現場を取り押さえさせ、そのことを理由に商人を国外へ永久追放しました。
城を出されるとき、商人はきれいな顔をゆがめて女王様に唾を吐きながら、
「けっブスのくせに」
と言いました。
女王様は、やはり腹を立てませんでした。
優しくかしずいてくれ、寂しいときには頭を撫でてくれ、何度も何度もベッドの中で「女の幸せ」を味わわせてくれた商人のことを、女王様は、もう二度と会えなくてもきっと一生忘れないだろうと思いました。
女王様に暴言を吐いたことで家臣たちに殴られ小突かれしながら城の外へと引き立てられていく商人の後ろ姿を眺めながら、女王様はひそかに涙を流したのでした。
そんなこんな、しているうちに、女王様はいつのまにか三十歳を過ぎてしまいました。
家臣たちからは相変わらず結婚を勧められていますが、年を取り、ますますブス度が進み、デブ化も進んだ女王様は、もうすっかり恋や結婚への情熱を失っていました。
「ねえ、爺や。わたしは、どうしても結婚しなければならないのでしょうか」
女王様が、可愛がっているお池のアヒルたちにエサを与えながらそう尋ねると、幼い頃から女王様を養育してきた爺やは、
「どうしてもというわけではありませんよ。女王様はお子様をお産みになることもないのですから。しかし、おそらく結婚をした方が女王様がお幸せになれるのではないかと、家臣たちは皆考えているのです。女王というのは孤独な仕事ですから」
と答えました。
「ほんとにそうなのかしら。結婚をしたほうがいいのかしら。でもわたしは今のままでも別に不幸ではないのよ。むしろ、めんどくさいわ、結婚なんて」
女王様はため息をつきながら言いました。
20代のうちに、二つの、周囲を巻き込んだ大きな恋愛が終った女王様は、女としてはすでに抜け殻の状態でした。
「確かに今の女王様は、不幸ではないかもしれませんが、お幸せにも見えません」
爺やはゆっくりと言葉を選ぶように言いました。
「そう。じゃ、わたしはどんな人と結婚すればいいのかしら。ずいぶん考えたけれど、わたしにはわからないし、もう疲れてしまったわ。もしよかったら爺や、あなたがわたしにふさわしい男性を探して来てちょうだい。わたしはその人と結婚するわ」
「わかりました女王様。それでは家臣を集め、相談いたします」
女王様の思いがけない言葉に、爺やは顔をほころばせながら言いました。
「まかせるわ、爺や」
女王様は結婚問題に匙を投げたのでした。
みなが結婚しろというのだから、誰でもいいからすればいいのだと思ったのでした。どちらにしても、女王様は死ぬまで女王様なのですから。
女王様のお見合いの日がやってきました。
お城に、大臣の息子であるコウがやってきたとき、女王様は拍子抜けしてしまいました。コウのことは幼い頃からよく知っていたからです。
コウは幼い頃の、女王様の遊び相手のひとりでした。
コウは女王様よりもいくらか年下で、性格は大人しく、見た目は地味で、真面目な男の子でした。
しかし、大人になってから会うのは久しぶりでした。
コウは一度結婚して、子供がひとりできたということでしたが、奥さんが病気で亡くなってひとりになり、子供は大臣家で育っているとのことでした。
付き添いの家臣たちがいなくなり、二人きりになると、女王様はコウに言いました。
「家臣たちに推薦されて、きっと困っているでしょうけど、心配しないで。いやならばすぐに断ってくれていいし、なんならこっちから断ってもいいから」
女王様がそういうと、コウは少し悲しそうな顔をしました。そして言いました。
「女王様は僕では物足りませんか」
女王様は、コウの話を軽く流しました。コウは父親である大臣に、よく言い含められてこの場に来たのに違いないと思ったからです。
「それはこちらの言うことよ。あなたは別に今のままでも困らないんだし、この国の事情は良く知っているでしょう。わたしと結婚したって、何もいいことはないのよ。生活が窮屈になるだけよ」
女王様があっさりとそういうと、コウは少し黙って考えていたようでした。そして、こう言いました。
「そのことはわかります。理解した上で、僕はこの場に来たつもりです。だから、もしも女王様が僕で物足りないということであれば、どうぞ女王様の方からお断りいただいてかまいません」
女王様は少し困ってしまいました。
「そう。でもわたしは本当のことをいうと、もう誰でもいいのよ。皆が結婚しろとうるさいから、爺やに誰かを推薦してくれと頼んだだけなの。断るつもりはないわ。それでもいいの」
面倒になってしまった女王様が、投げ出すように言ったのに、それでも、
「僕は別にかまわないですよ」
コウは穏かにそう話し、静かに部屋を出ていきました。
一ヵ月後、女王様とコウは結婚することになり、国を挙げて盛大な結婚式が行われました。
女王様はデブでブスだったので着飾ることは大嫌いだったのですが、コウがシンプルな白いドレスを結婚式のためにプレゼントしてくれたので仕方なく着ることにしました。
そのドレスは、女王様の体にぴったりで、とても品の良い形でしたが、襟ぐりが広くなっていて、女王様はそこだけが気に入りませんでした。
テラスに出て国民に祝福されながら、女王様がドレスの胸元を気にして落ち着かないでいると、コウが言いました。
「女王様は肌がとてもきれいなので、ドレスを着たときはデコルテを少し見せたほうがいいですよ」
「そうかしら。こんな胸の開いたドレス、わたしはなんだか落ち着かないわ」
女王様が不機嫌そうにいうと、
「とてもお似合いですよ」
と、コウが微笑みました。
女王様は少しばかり腹を立てました。
「お世辞は聞きたくないわ、わざわざそんなこと言ってくれなくても結構よ」
その晩、女王様とコウは新婚旅行に出かけました。田舎のほうの別荘へと馬車で遠出したのです。
その夜、別荘の寝室で二人きりになったとき、女王様はコウに言いました。
「夜のほうも、無理をしなくて結構よ。国を乱すようなことさえしてくれなければ、愛人を作ってくださってもかまわないわ」
するとコウは、おかしそうに笑いました。
「そうですか。でも今のところ、僕には愛人なんていませんし、せっかく結婚したんですから、することくらいはしましょうよ」
そんな風に言われてしまうと、女王様もなんだか拍子抜けして、笑ってしまいました。そして二人は仲良くベッドに入りました。
お城での生活が始まると、女王様はコウと一緒に郊外へ出かけてスポーツをするようになりました。運動が大嫌いだった女王様としてはすごい変化です。
それに、あっさりした食べ物が好きなコウの影響で、女王様は少しずつ痩せてスタイルが良くなってきました。
「女王様、最近おきれいになられましたね」
女王様は家臣たちに、口々にそう言われるようになりました。
最初はお世辞だとばかり思っていたのですが、鏡で自分をよくよく見てみると、もしかしたらお世辞ばかりではないような気がしてきました。
太った体が引き締まり、顔が痩せてくると、女王様は美人とまではいかないまでも、なかなか可愛らしい女性に変わって来たのです。
女王様はきれいなドレスを着るようになり、ひがみっぽかった性格も少しずつ明るくなってきました。
時が流れました。
コウと二人での生活は、非常に穏かで、幸せなものでした。
女王様は、お城にコウの息子を引き取り、一緒に暮らすことにしました。
コウの息子は勉強がよくできたので、やがて国を代表する学者になりました。
女王様は、その頃になってやっと、自分には男性を見る目が無かったのだと理解することができました。
恋と結婚というのは全く別のものなのです。
世の中には恋をして幸せになれる女性もいるのでしょうが、女王様は、恋をして幸せになることはできない体質の女性だったのでした。
そして、やがて女王様は年をとり、病気になり、もう長くないと医師に知らされました。
女王様は夫であるコウを枕元へ呼び、こう語りかけました。
「あなたのおかげで、わが国は長く平和で、そしてとても豊かな国となりました。わたくしはあなたにとても感謝しています」
するとコウは少し寂しそうに言いました。
「そうですか。それはとても光栄です。でも、僕があなたに捧げられたかったのは、感謝ではなかったのですが」
コウの目には涙が浮かんでいました。
女王様はそのことはわかっていました。
嘘をつくのはとても簡単なことでした。
しかし、その嘘は見破られそうな気がしましたし、それに、女王様はそのことで長く一緒に暮らしたコウに嘘をつきたくはありませんでした。
「わかっています。ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。わたしはあなたに謝らなければなりません。けれどわたしはとても幸せでした。とても。それはあなたのおかげです。それはほんとうです」
そう言って女王様は目を閉じました。
すうっ、と、女王様の意識が遠くなっていきました。
ご臨終です。
どこかで微かに、医師の声が聞こえました。
すると。
女王様の閉じた目の中に、若い頃好きだった3番目の王子の、美しいけれど冷たい表情や、煙草を吸う右手の動きや、女王様を仕方なさそうに抱き寄せるときの腕の感触、そして旅の商人が売りつけて来た安っぽい香水の匂いや、商人が与えてくれた女の幸せの数々が、次々と現れては消えて行きました。
女王様は、微笑を浮かべたまま、亡くなりました。
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