2010年09月10日
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# 1198



公園でひとりぼっちになってしまったくつした。 私はついに迎え入れる決心をしました。







公園の入り口で 「くつした」 と小さく呼びながら、いつものように 「チッチッチッチッ」 と舌を鳴らして くつした を待ちました。
茂みの中にでもいたのか、 くつした はすぐに現れ小走りで寄ってきました。

「お待たせ。」

  「くつした、一緒におうちに行こうか。」



もう私は躊躇なく くつした のそばにしゃがんで、両脇から くつした をそっと抱き上げました。
くつした はいやがることもなく私の手に収まりじっとしていました。

手のひらにすっぽり入るほど小さくはない くつした をなるべく隠すように、私はおなかの辺りに くつした を抱え、アパートの住人に気付かれないように こっそりと部屋へ帰りました。

 階段を上り、
 廊下を歩き、
 ドアの前に立つ。

その次々に現れる見慣れない景色に目を丸くしていた くつした は、玄関ドアを開けて中に入ると 蛍光灯に照らされた明るい世界を見て、眩しそうに目を細めました。

「ちょっと待って。」

抱えていた くつした まる に託し、買ってきたばかりのペット用ボディタオルを出してきて、それでモミモミと くつした の体を拭きました。もがもがと手足をバタつかせながら くつした は抵抗しましたが 「部屋に入るときだけだからね」 と指の間まで拭いて もういいよ、と床に降ろすと
ボサボサの毛を2、3度舐めただけで、 くつした は部屋の奥へのそのそと進みました。


「ここがくつしたの家だからね。」


私は台所で くつした のために浅めのお皿を探し、キャットフードと水を準備し始めました。

まる は買ってきた洗い桶に猫砂を入れて部屋の隅に置きました。
ここでおしっこするんだよ、と説明するより早く くつした は、のそのそと洗い桶に足を入れ、砂の匂いと感触を確かめるように顔を近付けながら くるくると回ったあと、砂の上にしゃがんで用を足しました。

「すごい。この子、教えてないのにトイレができる。」

まる は驚いて言いました。
うちへ来て手が掛からないように ちゃんと知ってるんだ、と分かるような分からないような
説明をしながら くつした を褒めました。


キャットフードの入ったお皿を くつした の前に置くと、ぐるぐると喉を鳴らしながらポリポリと食べました。公園にいるときよりも一所懸命に食べ、気が済むまでおなかに入れると、あらためて部屋の中を こわごわな様子で歩き回りました。

しかしここは安全な場所だともう分かっているかのように、歩きながらも ぐるぐると喉を鳴らし、何かに顔を近づけ 勝手にビックリして少し飛びのくとき以外は、ずっとそれを言い続けていました。

ゆっくりした 「ぐるぐる」 という響きよりは 「ぐーぐー」 あるいは 「ブーブー」 という表現が近いと思える、高速で細かく連続するような音でした。

私は思わず
「子猫ってモーターで動いてるの?」
と聞きました。


くつした は寝るときまでモーターを回しっぱなしでした。
布団に上がって一緒に寝てもいいよと誘ってみましたが、 くつした は枕元の布団の外で、
敷布団の下に敷いたマットレスにもたれるようにうずくまり、「ここでいいの」 と言うように丸まって眠り始めました。

指で撫でると 「グー・・・」 とモーターの音は大きくなり、まだ熟睡はしていないようでしたが
それでも顔を上げたりすることもなく気持ちよさそうに寝続けました。

私は何だかうれしくて、自分が寝付くまで何度も くつした を指で撫でました。
小さく途切れかかっていたモーターの音がまた大きくなり、そのたびに くつした の熟睡を妨げているのは分かっていましたが、それでもその可愛い寝顔や背中に触れてみずにはいられませんでした。



翌朝、 まる も私も仕事に出かけなければならなかったので、予定通り くつした には私たちが帰るまで公園で過ごしてもらうことにしました。

時間帯によっては他の住人と顔を合わすことになるので、朝起きたらすぐ、顔も洗わないうちにとりあえず服に着替え、 くつした を抱えてアパートの階段を下りました。

公園の入り口あたりで くつした をそっと地面に下ろし、
「夜まで待っててね。」  と、放しました。


元気な くつした は、うれしそうに、すぐに走って桜の木の向こうに消えました。
くつした の気がそれているうちに私はさっとアパートの部屋へ戻りました。カーテンを少し開けて窓から外を覗くと、ときどき茂みの間から飛び跳ねる くつした の姿が見えました。楽しそうにしているのを見て少しホッとし、私は自分の仕度を始めました。


仕事中も くつした はどうしているかな と気になり、と同時に迎えに行くのが楽しみで、とにかく早く帰れるよう 私は必死で仕事をこなしました。
まる も同じだったようで、アパートに帰り着いたのは ほぼ同じぐらいの時間でした。

公園の入り口あたりを見渡しましたが くつした の姿は見えませんでした。
「チッチッチッチ・・・」 と いつものように舌を鳴らしてみましたが なかなか くつした は現れません。

「くつした、くつした。」

近所に聞こえないぐらいの大きさの声で呼んでみました。
何度か呼ぶうちに、ふとどこかで小さな猫の鳴き声が聞こえたような気がして、 「しっ!」
耳を済ませてから もう一度 「くつした」 と小さく呼んでみました。

「ニー・・・」

と 微かな声がたしかに聞こえました。

どこから声がするのか分からず、何度も呼びながらその小さな声をたどりました。
頭の上から聞こえたような気がして見上げると、公園の入り口に立つ桜の木の枝に くつした は小さくうずくまり 不安そうな顔でこちらを見下ろしていました。

「くつした、降りておいで、ほら。」

と手を伸ばしましたが くつした のいる枝までは届かず、 くつした も困ったようにじっとしたままです。

「飛び降りておいで。」

と、さらに手を伸ばしましたが、 「ニー」 と か細く答えるばかりで、自分では降りられないのだと言うように動こうとしませんでした。

「まる、あれ取って。」

私はわざと木の実でも採るような言い方で まる に頼みました。

まる はワシワシと木に登り、腕を伸ばして枝に“なっている” くつした をつかみました。
くつした はそうされるのを待っていたかのように素直に捕らえられ、 まる は そのまま木の
中腹から下にいる私へ くつした を手渡しました。

くつした を両手で受け取ると やわらかさと生温かさが手に伝わり、私は くつした を両手でそっと包みました。


「今日は遅いなーと思って、木の上で待ってたのか。」

木から下りてきた まる くつした の頭をなでながら言いました。
くつした は何とも答えず、ただ私の手の中でじっとしていました。


「またおうちに帰ろうか。」


昨日と同じように くつした を隠すようにしてアパートに帰りました。

玄関でまた もがく くつした の体を拭き、はい終わり、と床に降ろすと、二日目は少し慣れた様子で部屋の中を嗅ぎ回り、迷うことなくトイレで用を足し、落ち着いた様子でお皿のキャットフードを食べ、布団の横で安心したように眠りました。


くつした がいるだけでアパートの狭い部屋は一気に明るくなりました。
くつした の行動のひとつひとつが目新しく 可愛らしく おもしろく、

「ごはん食べてる」
  「寝転んでる」
  「棚の上に飛び乗った」
  「また隙間に入った」


と、いちいち声に出して、 まる と私は くつした の話ばかりしました。


くつした は部屋の中を荒らすこともなく、壁や柱で爪を研ぐこともなく、トイレの失敗もなさそうで、私は少し心配しすぎていた自分を可笑しく思ったりしました。


「この生活、大丈夫そうだね。」


部屋の中でも くつした はおりこうさんだし、朝 公園に行くのも楽しそうだし、夜はちゃんと待っててくれたし、何の問題もなく 明日からも過ごせて行けそうな気がしました。


しかし、そんな安直な考えによる生活は
たった二日で破綻してしまうことになるのでした。













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Last updated  2010年09月14日 04時20分56秒
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さくらもち市長

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くーちゃんが生まれ変わって帰ってきたときのこと



「3ヶ月すっとばして、ご報告。」





「会ってからと、初日」






生まれ変わりを待つ日々



「二日で終わったペットロス」





くつしたの体の寿命が突然きた


「夏のこと(ご報告)」





** もう少しくわしい版 **
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