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そして、冬が訪れても、アンドレスの特訓は変わらず続いた。
むしろ、その内容はいっそう熾烈なものとなっていた。
この頃になると、アパサは自分の部下たちをも呼び寄せ、複数の人数での切り合いを行わせるようになっていた。
中央にアンドレスを立たせ、その周りに円陣のごとく、腕の立つ部下たちを6~7名並ばせる。
そして、周囲の者がランダムに中央のアンドレスに向かって切り込むというものである。
すべての敵を倒すまで、アンドレスは戦い続けなければならなかった。
しかし、相手はアパサのもともとの訓練下にある精鋭たちであり、そのような相手に複数でかかってこられては、太刀打ちのしようもなかった。
闘っているうちに、次第にある種のトランス状態になってくる。
そこまでくると、時に不気味なほど技が冴えることもあるのだが、ある点を超えるとついには意識がプツッと途切れてしまう。
特訓中に幾度も意識を失いながらも、その過酷な円陣訓練は続けられた。
さすがに、この頃になるとアンドレスも精神的に打たれ強くなっていた。
もともと永きに渡り侵略者に理不尽に虐げられてきたインカに人々は、表に出す出さぬは別として、反骨精神が強かった。
さらに、アンドレス自身その素養として、その純粋さが故に、己の信念に反するものには真っ向から立ち向かう闘争的側面を多分に有していた。
それらが、アパサの指導によって、良くも悪くも刺激され、開花していった。
今や、どれほど敵に倒されようとも、立ち上がっていく底力をいやがおうにも体得しつつあった。
ところで、今でも、早朝の雑巾がけは変わらず続けられていた。
冬の水は指がちぎれるほどに冷たかったが、この頃になると、アンドレスはこの作業に単なる手首の筋力強化に留まらぬ意味を見出していた。
早朝のまだしんと静まり返った館で黙々と床を拭いているとき、不思議と彼の心は静かに澄んでいく。
余計な複雑なこと、雑念は、どこか遠くに消えていく。
頭も心も無になっていく瞬間だ。
彼にとって、今やこの早朝の日課は、意図せずとも「無心」を体得するための、願ってもない自己鍛錬の場でもあったのだ。
アンドレスは、そろそろ1年になるアパサの特訓を通して、自らの心の動かされやすさというものを嫌になるほど自覚していた。
元来の感受性の豊かさは、これまで生きてくる中で、表面に隠された物事の本質を見極めるために大いに役立ってきたものではあった。
しかしながら、それと共に、今やいかなる状況にあっても、常に己の心を平静且つ冷静に保つことのできることが必要でもあることを認識していた。
人に勝つ理をいかに学ぼうとも、まずは己に勝てなければならない。
そうした不動心を鍛えること…――アンドレスは身体的な技の向上と共に、そのことをこの後の訓練の眼目の一つと自ら定め、日々の訓練に臨んでいった。
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