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その日を境に、これまでの特訓に加えて、いかに美しく見せるか、という研究がはじまった。
果たして、美しく見えるとは、いかなることなのか。
アンドレスは、人間の動きよりも、むしろ、自然界の野にいる動物たち、そして、空を舞う鳥たちの姿に、美しさの要素を見出していた。
一縷の無駄もない動き。
動物たちの、どのような他愛のない動きさえ、美しい。
それは、とても合理的な動きとも感じられた。
人の目、いや、脳というものは、合理的な動作を見ると美しいと感じるのではないか。
故に、基本を叩き込まれたアンドレスの動きは、その素養を既にもっている。
基本こそが奥義…――かつて、まだ訓練初期の頃のアパサの言葉が、アンドレスの中に甦る。
その境地を、今、己の中に結実させようとしているのだ。
実際、アパサのこれまでの特訓は、無駄の無い、まさしく合理的な動きをひたすら追求してきたものだった。
合理的な動きであることは換言すれば、「理にかなっている」ということであり、理にかなっていれば、それは自ずと「強い」、つまりは「利がある」動きということにもなるのだ。
美しさには「理」と「利」がある…――。
そこを追求することで必然的に華のある美しい動きも生まれるに相違ない。
それは、単なる表面的な動作に留まらず、当然ながら精神的な側面をも含むものである。
こうして、強さと共に、美を追求する特訓が新たにはじまったのだった。
さて、この頃、かのトゥパク・アマルの動向はどのようになっていたであろうか。
一旦、アンドレスのいるアパサの元を離れ、場面をトゥパク・アマルの周辺に戻そう。
その日、トゥパク・アマルは首府リマのインディアス枢機会議本部の一室にいた。
目の前には、あの男、植民地巡察官アレッチェがいる。
トゥパク・アマルが随分前にしたため、副王ハウレギに提出した嘆願書への回答が、やっとこの日、伝えられることになっていたのだ。
あのミタ(強制労働)の改善を訴えた、自らの渾身の思いを注ぎ込んだ嘆願書を提出してから、もう2年近くの歳月が流れていた。
返答を得られぬまま、いたずらに時が過ぎることに堪り兼ね、トゥパク・アマルは再び数週間前より副王のいる首府リマを訪れ、副王との接見を願い出ていた。
しかし、たとえインカ皇帝の直系の子孫とはいえ、今や一介のカシーケ(領主)に過ぎぬトゥパク・アマルには、当然のことながら、副王との目通りなど叶おうはずはなかった。
その代わりに、副王の名代との接見が許された。
だが、接見のこの日、副王の名代として現れたのが、よりによってこの男とは。
トゥパク・アマルは、跪く(ひざまず)く己の眼前に立ち、腕を組んで睥睨(へいげい)しているアレッチェの気配を感じながら、既にその回答が決して期待できるものではないことを悟った。
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