クリームな日々

クリームな日々

政治家にオーラを求めるな。


記者の目

東京都知事選「無党派層」に問う=日下部聡(サンデー毎日)
 ◇政治家にオーラ求めるな--強者に迎合してないか

 無党派層の支持をいかに獲得するかが、近年の選挙の主要テーマだ。背景には、政党や政治に対する有権者の不信がある--というのが一般的な見方だろう。

 だが、むしろ問題は有権者の側にあるのではないか。石原慎太郎知事が圧勝した東京都知事選の取材を通じて、私はそんな思いを強くしている。

 「浅野さんにもオーラが出てまいりました」。選挙戦中盤の3月30日、民主党の応援弁士が浅野史郎・前宮城県知事を持ち上げた。だがそれは石原氏に比べ、浅野氏に「オーラ」が欠けていたことの裏返しでもあった。事実、石原氏の「集客力」は他候補とはケタ違いだった。石原氏の演説に足を止めた無党派を名乗る人たちに話を聞くと、こんな答えが返ってきた。

 「あれだけ大きいことできる人だもの。私らとは違うんだから。高い店で飲んだり、高級ホテルに泊まったりもするでしょう」=元会社員の男性(65)

 「いろいろ批判はあるけど、迫力があって引っ張っていってくれそうな感じがする」=主婦(37)

 石原氏のオーラは、最も強い逆風だった「都政私物化」批判さえ吹き飛ばしてしまったのだ。

 こうした有権者の傾向を臨床心理士の矢幡洋氏は、「アイドル政治家症候群」(中公新書ラクレ)と名づけている。石原氏や田中康夫・前長野県知事、小泉純一郎前首相誕生時の圧倒的人気。そして今年1月、東国原英夫(そのまんま東)氏の宮崎県知事当選--一見、無党派層が強大な力を持ったかに見えて、実は逆に無力化しつつあると矢幡氏は指摘する。

 「リビングでテレビを見る感覚で候補者を論評する。そこにあるのは、主体的に発言・行動する姿勢ではなく、『○○さんなら何かやってくれるだろう』という依存的な心理です」

 今回の都知事選では、石原氏にこうした支持が根強い一方で、「任せられる人がいない」「(候補者は)みんなダメ」という、あきらめや冷笑も目立った。全く正反対の態度のように見えるが、政治家に普通の人間と違う何かを求める点で、根は同じだろう。

 このままでは、この国の選挙は際限なく強い刺激を求める「オーラ競争」になってしまう。そうした危惧(きぐ)の中で、政治学の巨人、故丸山真男氏の言葉に出合い、深く共感した。丸山氏はかつて講演で「頭に水をぶっかけるようないい方ですけれども」と断って、こう言った。「(政治的選択とは)福沢諭吉の言葉ですが、『悪さ加減の選択』なのです。(中略)悪さの程度がすこしでも少ないものを選択するということです」

 「政治というものをベストの選択として考える考え方は、容易に政治に対する手ひどい幻滅、あるいは失望に転化します。つまり、政治的な権威に対する盲目的な信仰と政治にたいする冷笑とは、実はうらはらの形で同居している」(丸山真男集第7巻=岩波書店)

 「何かやってくれそうな人」をヤンヤの喝采(かっさい)で迎え「あとはお任せ」では、無責任というものだ。政治を「お上の仕事」と見る発想から抜け切れていないともいえる。視点を変えれば「強者」への迎合の心理も見え隠れする。

 丸山氏のこの講演が行われたのは1958年のことだ。50年前の指摘が色あせていないところに、問題の根深さを見る思いがする。

 私は3年前に「サンデー毎日」誌上で、石原知事の「豪華海外出張」などの公私混同問題を最初に報じた。それが今知事選で争点になったことを正直うれしく思う。しかし多くの有権者はそれに許しを与えた。当の石原知事は「陰湿に根拠のないバッシングをされた」と早くも報道に責任転嫁するかのような発言を始めている。石原知事に「公僕」としての意識はあるのか、強く疑問に思う。

 では、浅野氏らが集めた知事批判票は無駄だったのか。そうではないと思う。

 今知事選を機に、都議会民主党が石原知事への対決姿勢を鮮明にしたことは率直に評価したい。同党は3月の都議会で初めて予算案に反対し、知事との論戦が紛糾する場面も何度かあった。浅野氏の支援には異論を抱えたままだったが、都議22人中8人が公然と石原知事支持に回った前回の都知事選とは違って、今回、造反はなかった。

 同党は05年都議選以降35人に躍進した。知事批判票を背景に今後も対立軸を示し続けることができれば、自民党に次ぐ都議会第2党としての存在感は増すだろう。日々の生活に忙しい有権者に代わり、首長や役所の仕事ぶりを監視するのが議員本来の仕事である。

 おそらく、地道な選択の積み重ねでしか、政治は良くならない。期待し過ぎず、あきらめない--有権者には、そうした態度が求められていると思う。

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毎日新聞 2007年4月11日 東京朝刊



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