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2007年01月06日
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今日は久々に「東海公営、思い出の名馬、名勝負集」を


これも、過去に私が「うまなり新聞」用に書いた原稿を
少し書き直したものです。


東海公営、思い出の名馬、名勝負集3~

『東海公営のレベルが最も高かった頃!?』
第14回 東海ゴールドカップ
笠松競馬場 ダ2500M
1985年12月30日


の大一番「東海ゴールドカップ」は、東海公営版・有馬記念という
趣があったような気がします。
今回は、私が初めて生観戦した1985年の東海ゴールドカップを
振り返ってみました。

結果から書くと、マツノセイザンが勝ちました。
このマツノセイザンの前走は何と、たった5日前の名古屋大賞典
(当時は12月末に行われていた)で、2着に好走してた直後
だったので驚きです。

それが重賞の中4日の強行軍、しかも斤量が60キロという酷量を
克服しての勝利だったから今も印象に強く残っている理由かもしれません。
また、この時のマツノセイザン鞍上の安藤勝己騎手は、名古屋大賞典では

下してのものでした。
(ちなみに連勝式の配当は110円で単勝も複勝も全て元返し)

名古屋大賞典でのマツノセイザンの鞍上は、川原騎手でしたが惜敗。
東海ゴールドカップでは、マツノセイザンが安藤勝己騎手に乗り
代わったためにラピスポートに乗りましたが、これまた2着と連続の

なにを隠そう、カウンテスアップもマツノセイザンもラピスポートも
全て笠松、後藤保厩舎の所属馬だったのです。

この後、マツノセイザンは当然のように中央入りし、春の天皇賞にも
出走しましたが、芝が向かなかったのか期待したような活躍は出来ま
せんでした。
カウンテスアップは、その年の東海菊花賞で愛知の大将格だった
グレートローマンも、一蹴しており「東海に敵なし」と再び南関東に
戻り大井の金杯ではあのロッキータイガーに雪辱するだけでなく、
川崎記念3連覇の偉業を達成するまでになりました。
(そんな、カウンテスアップに芝のオールカマーで完勝したのが
愛知のジュサブローだったのが痛快でした)

他にも、この東海ゴールドカップで人気薄ながら4コーナーまで逃げて
見せ場を作った濱口騎手鞍上、コンバットボーイは後に中央入りし
マイラーズカップを制する他、GIマイルチャンピオンシップで
2年続けて3着するなど、マル地ファンを喜ばせました。

もし、コンバットボーイのように芝適性がなかったとしても
この時代に現在のダートのグレードレースが確立されていたら
これらの馬達は、地方の名馬だけに終わることなく中央競馬の
舞台でも相当な活躍をしてたと断言できるでしょう。

今から振り返ると、私がライブで見てきた限り、笠松だけでなく
東海公営の最もレベルが高かった頃だと思います。


第14回 東海ゴールドカップ
1985年12月30日 笠松競馬場 馬場(やや重)

1着 マツノセイザン   安藤勝 2.45.2   
2着 ラピスポート    川原  1馬身2分の1
3着 センゲンタロー   迫田  クビ
4着 コンバットボーイ  濱口  2分の1     <配当金>
5着 フジノジョッキング 安藤光 1馬身   単勝 180円
6着 ファイトマン    坂口重 アタマ   複勝 110円
7着 イズミレーダー   町野  4馬身      120円
8着 アメリカンリーダー 樋口  3馬身      140円
                       連複 410円

上がり51秒2-37秒9





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最終更新日  2007年01月06日 21時03分01秒


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