DarkLily ~魂のページ~

DarkLily ~魂のページ~

第一話



 外からの刺激が感じられない、目も、耳も、自慢の鼻さえも、全く。

 代わりに、体の中のことばかりが伝わってくる。

 とくん、とくん。

 これは、血の流れる音。

 それから浅い呼吸音と、背中がやたら存在をアピールしてくる。

 あぁ、これを知っている、良くない奴だ。

 熱で寝込んだ時の、立ち上がれないほど殴られた時の、車にはねられた時の・・・

 あの感じだ。

 多分、ヤバいことになってる。

 やがて、手足が所在を知らせてきて、自分がどんな姿勢でいるのかがわかった。

 四肢を投げ出して、天を仰いで倒れているっぽい。

 これは、ちょっと動けそうにない。

「うぅぅ・・・」

 どうにか、うめき声をもらす。

 徐々に感覚が戻って来くるにつれ、背中からの鈍い痛みがはっきりとしたものに変わる。

「うあああ」

 か細く悲鳴をあげながら、痛みが引いてくれることを祈って、じっと耐えた。

 視界が戻り、やけに小さな空が、随分と遠くに見えるようになった頃には、若干、痛みも弱まった気がした。

 相変わらず立ち上がれそうにはなかったけれど、引きずるようにして右手を脇腹の下から背中へと潜り込ませると、ぬめりとした感触が伝わってきて・・・

 背筋が凍り付いた。

 出血の可能性におののきながら、おそるおそる右手に着いた物の色を確かめようと試みる。

 否定したい気持ちとは裏腹に、自らの血で真っ赤に染まっていたらどうしようという思いで、震える右手を懸命に目の前にかざすと、白い毛を濡らし、爪に絡みついていたのは、濁った半透明のゲル状の何かだった。

 そう言えば、犬は、赤色を識別できないと聞いたことがあったけれど・・・

 いやいや、私は犬じゃないから、赤色もバッチリ見えるから。

 とりあえず、想像した惨状にはなっておらず、出血はしていないことに、心から安堵する。

 だが、まだ立ち上がることは出来そうにない。

 他にどうすることもできず、自然に回復することを信じて待ちながら、自分が落ちてきたらしい縦穴の出口を見上げる。

 よくもまあ、あの高さから落ちて、生きていられたものだと思う。

 したたかに背中を打ったようだけれど、それでもダメージが軽すぎる。

 モンスターの体って丈夫なんだなあとしみじみ思う。

 もっとも、コボルトに生まれていなければ、こんな目には合っていなかったかもしれない。

 はっきり言って、コボルトは弱い。

 モンスターの中でも最弱の名を欲しいままにしている。

 そして、何よりも、不吉な存在しとして忌み嫌われていた。

 銀を腐らせるという伝承のために、鉱山夫からは蛇蝎の如く嫌われており、コバルトの語源にもなったのは有名な話だが、この世界のコボルトの力は、銀を腐らせる程度の物ではない。

 モンスターは、体のどこかに魔石を持っているが、その魔石を変質させてマジックアイテムを作り出す能力を有している唯一の種族こそコボルトだった。

 だが、考えてみて欲しい。

 マジックアイテムの材料のために、死体から魔石をえぐり取られる側からしたら、コボルトがどんな風に見えるだろうか?

 あらゆるモンスターから、根絶やしにするために狙われる、それがコボルトの背負う宿命なのだ。

 もう察しがついたかもしれない。

 うっかり見つけられてしまった最弱のモンスターは、命からがら逃げ惑ううちに、誤ってこの縦穴に転げ落ちたというわけだ。

 結果的には、九死に一生を得た形にはなったが。

 制作サイドは、つくづく、コボルトの身に余る能力を授けてくれたものだ。まあ、こうなるとは思っていなかったのかもしれないのだけれど。

 いわゆるバランス調整というものだったのかもしれない。

 特別な力のひとつも持っていないと、好き好んで最弱のモンスターを選ぶことなどないと考えるのはおかしなことではないだろうから。

 こちとらだって、コボルトに生まれたくて生まれたわけじゃ・・・って、あれ?

 なんだろう、さっきから、ちょいちょい思考にノイズが混ざっている気がする。

 弱っている時には、あらぬことを考えたりするものだけれど、何かがおかしい。

 何かが・・・

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