DarkLily ~魂のページ~

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ドラゴン、街へ行く・第三話



 森を切り開いて作られた街道に、今や、誰よりもファンタジックな存在となった少女が、感嘆の声を上げる。

 街道のすぐ傍らの木でさえ、みな苔むしていて、そそり立つ木々の陰から、狼が今にも顔をのぞかせそうな、まさに寓話の舞台はかくやと思わせる雰囲気。

 何より、湿った樹木のにおいのするの空気が良い。妙な言い方になるけれど、リアルに、おとぎ話の世界に紛れ込んだら、こんな感じに違いないという臨場感が伝わってくる。

 そんなのん気な想像にいたったのも、思いのほか明るいせいだろう。森は薄暗くは無かった。道幅は広く、木が作る影を見て、葉を茂らせた枝振りを思い浮かべることが出来る。ところどころ日射しが届いてまばゆかった。

 ちなみに、森で狼は見かけていないが、妖精ならいた。とんでもない鉄火娘でイメージが壊れたのはご愛敬だったけれど。なんなら、魔女もいるかもしれない。

 あらぬ事を思い浮かべつつ、散策気分で浮かれていられるのも、ドラゴン由来の体力のおかげではある。

 ずっとゆるい上り坂のでこぼこ道、前世なら秒で音を上げていた。

 今の少女の姿は、魔法で作り上げたものなので、どんなにかよわげでも、たとえ二の腕がぷにぷにでも関係なく、健脚、豪腕を発揮する。

 また、感覚器官も鋭く、もう随分と前から、複数人の男性たちによる喧噪が聞こえていた。

 何事かと目をこらして確認すると、荷馬車がくぼみにはまり込んでしまい、立ち往生している。おまけに大きくかしいで荷崩れ寸前のところを、かろうじて固定用のロープが防いでいるという状況で、荷を一度降ろして軽くするという手段が採れずにいるみたいだった。それを、数人の男性が救い出そうと奮闘している。

「ここは、私の出番ですね」

 どうも緊張が振り切れると奇行に走る傾向にあるようで、生来の人見知りを発揮してこっそりと忍び寄ったあげく、唐突に芽生えた悪戯心も手伝い、色々と段取りをすっ飛ばして、背後から声をかけた。

「えっ、女の子?、どうしてこんなところに」

 一方、男性は面食らったであろうに、しごくまっとうな切り返しをして見せた。

「わた、た、旅人です」

 むしろ、自分がしどろもどになりつつも。

「話は後で、どうやらお困りのご様子、私がお助けします」

 強引に軌道修正を試みる。

「いや、危ないからお嬢ちゃんは手を出しちゃいけないよ」

 が、残念ながら提案は失敗に終わる。まあ、当然の帰結ではあった。

「あ、あの、私に良い考えがあるんです、ねぇ、聞いてー、聞いてくださいってばぁ、ねー」

 しまいには、男性のズボンにすがりつくにまでいたる。

 プライドは、少女の見た目に救われたのか、それがために傷ついたのか。

「わかったから、言ってごらん」

「うん、えっと、御者さんはどなたですか?」

「わしだが」

「私が合図したら、馬車を静かに進めてください、ゆっくりと――はい、今です」

 それだけ言うと、よっこいしょ、と馬車を持ち上げる。

「おお、動いた!」

 という御者の歓喜の声と。

「えっ」

 目撃者となった男たちの戸惑いの声が上がる。

「お嬢ちゃん、今のは一体・・・」

「私、力持ちなんです」

 そういって出来もしない力こぶを作る姿は、とてもそんな風には見えなかったが。

 その後、くぼみを埋め、荷物を積み直す作業を手伝ううちに、少女の力が本物であることは理解した。

 それ以外は、なにひとつとして理解できなかったが。

「みんなありがとう、助かったよ」

 御者がひとしきり礼を述べたあと。

「お嬢ちゃん、街へいくのなら、わしの隣にあと一人くらい座れるから、一緒に乗っていくかい?」

 その申し出はかなり嬉しかったが、他の人たちのことが気になり、うつむき加減で様子をうかがうと、視線に気がついた男性が微笑んで。

「僕は、街とは反対に向かう途中なんだ、だから気にする必要は無いよ。誰かと一緒の方がやっぱり安心だから乗せてもらうといい」

 聞けば、他の人たちも皆、街とは反対の方向だった。

 ということは、手伝ってくれた人たちは全員、本当にただの通りすがりと言うことになる。

「いい人たちでしたね」

 荷馬車に揺られながら。

「ああ、全くだ。世の中捨てたもんじゃ無いなって、言いたいところだが・・・」

「どうかしましたか?」

「戦争だよ、彼らは、国境の方へと向かって行った。今、国境では、軍隊がにらみ合いを続けていてな、噂では、隣国は攻め込んできたはいいものの、二万人以上の軍勢が何者かの強襲によって壊滅させられたために、戦力が足りなくなり、未だに戦端は開かれずにすんでいる、ということらしい」

「ほー」

「しかも、目撃者の言によれば、その二万人は、たったの一人に蹂躙されて壊滅したというんだが・・・、まあ、これはさすがに眉唾だろうな」

「かもしれませんね」

 鉄火娘もうろちょろしていたので。

「まあ、何事も無く、彼らが無事でいられるように祈るとしようか」

「本当にそうですね、どうか彼らの旅が平穏無事でありますように」

 目を閉じて、知り合いに祈っていると。

「ほら、お嬢ちゃん、見てごらん、森を抜けるぞ」

 視界が開ける瞬間という物は、もうそれだけで劇的な効果をもたらすものだけれど、そこから広がった光景を目にして胸躍らせない人は、絶対にいないと断言できた。

 少なくとも、現代のある島国の人にとっては。

 出くわしたのは、誰もが思い浮かべることが出来るのに、実際に目にすることは無い、そういうたぐいのもの。

 森を抜けると小高い丘の上にでた。そこから広がる見渡す限りの田園風景を真っ二つにして突っ切って、支柱に横木を一本渡した柵に挟まれた、ひたすら真っ直ぐに伸びる砂利を敷き詰めた道が導く先は。

「城塞都市だ!」

 感極まった少女がはしゃぐ。

「うわあ、ファンタジーの世界だあ!」

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