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お母さんは勝五郎のお兄さんやお姉さんが少し大きくなった時、あまり
豊かではなかった家の暮らしを助けるため、子どもたちをおばあさんの
つやさんにあずけて、江戸へ働きに行きました。
江戸に行ってから、勝五郎がおなかにいることがわかり、中野村に
戻ってきました。
藤蔵の魂が、生まれ変わろうとして、勝五郎の家のかまどのかげに
かくれていたとき、お父さんとお母さんは、江戸に働きに行く相談を
していました。
他の人が知らないはずのそのことを、勝五郎が知っていたので、
お父さんやお母さんはとても驚き、勝五郎のいっていることは本当
なのかもしれないと思い始めました。
今から二百年ほど前に書かれた『勝五郎再生記聞』には「腹内にて母の
苦しからむと思ふ事のある時は、側のかたへよりて居たる事のありしは
覚えたり」と記されている。
そこには母親のおなかに入る直前に勝五郎が聞いた、両親しか知らない
内容の会話も含まれている。
胎内だけでなく、受精よりさらに前の記憶がある子どももいる。
「中間生記憶」は、別の人間として生きた前世を終えてから、今の
お母さんの胎内に宿る前までいた世界、つまり死後の世界での記憶
ともいえる。
勝五郎が語った多くはこの「中間生記憶」であり、さらに勝五郎の
前世、藤蔵だった時のことを述べた部分は、「過去生記憶」である。
「中間生記憶」には、例えば次のようなものがある。
「雲の上にはこんな小さい子どもがいっぱいいて、これくらいの
大きい人がお世話をしてくれて、小さい子たちは空の上から見てて、
あの家にするっておりていくんだ。で、ぼくもお母さんのいるところ
に決めたんだ」(三歳)(池川明『胎内記憶』)
「パパとママを選んだんだよ。ずっと待っていたんだよ」(二歳、
親は結婚後五年間子どもをつくらなかった)(同)
「ぼくね、光やったよ。光のおともだちがたくさんいた。」(四歳)
(同)
雲の上のようなところで、神様(のような存在)に守られながら
暮らしていて、下界を見て(母)親を選ぶのが、多くの子どもが
共通して話す点だという。
そこで現在のきょうだいと出会うこともよくあるらしい。
中には、過去生で自分が死ぬ時の様子を具体的に話し、それが当時の
検死報告等で事実と確認されたり、勝五郎と同様に、過去生の自分の
葬式の様子を語る子どももいる。(ジム・B・タッカー『転生した子
どもたち ヴァージニア大学・40年前の「前世」研究』)
こういった生まれる前の記憶は、「魂」の存在を示唆するためか、
まったく価値のないオカルトと一蹴する人々も少なくない。
しかしながら学術研究の対象として、前世の記憶を持つ子どもの
事例を世界四十か国以上で精査し、二千六百を越えるデータを持つ
大学がアメリカにある。
バージニア大学医学部知覚研究室である。
イアン・スティーブンソン博士が1976年に開設し、その慎重な研究
手法は一流医学誌での評価も高い。
この名門大学と、勝五郎とは浅からぬ縁があるのをご存知だろうか。
スティーブンソン博士が生まれ変わりの研究に専心するきっかけの
一つとなったのが、江戸時代に残された勝五郎の記録である。
それは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)によって英訳され、博士の
知るところとなり、1960年(昭和35)年発表の論文“The Evidence
for Survival from Claimed Memories of Former Incarnations”
(『前世の記憶とされるものによる死後生存の証拠』)でも紹介
されている。
生まれたころは 「ラー」と 泣いていましただそうですので、エジプトでの過去生もありそう。
半年で喋り、10ヶ月で立って歩き、エジプトのtv特番があると 何時間も食い入るように見ていた不思議な幼児も いまでは 高校一年生に(笑)
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