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6月20日(土)朝、姉の習い事にくっついて日暮里の着付け教室に遊びに行きました。前の日に姉の自宅で選んだ浴衣を持参。
一つ一つ丁寧に教えて頂きながら、約30分かけて着せて頂きました。浴衣と言うと子どもの時盆踊りで着た簡単なものを想像していましたが、とんでもない!奥が深くて、とてもじゃないけど一日じゃ覚えられないくらい、着方の順序やテクニックがあって。着ると気持ちもシャンとする。代々から日本を作ってきた人たちへの尊敬や感謝の気持ちも生まれる。それってほんとなんだ。
さて。着物教室を出て、着物(浴衣)に身を包んだ私たち姉妹は、日暮里から山手線に乗り、新宿から中央線に乗り換えて国立へ向かいました。この、国立の街には、清志郎さんが歌った「多摩蘭坂」があります。「多摩蘭坂」は大学の頃よく聴いていた【BLUE】というCDアルバムに入っていた曲。とても大好きで、先日チェンマイで行なったメモリアル・ライブでも歌わせてもらいました。
だから、この帰省の時に実際に「多摩蘭坂」へ行って、清志郎さんに今までのお礼とライブの報告をしたいと思い、姉に付き合ってもらったのでした。
国立へ着いてからお花屋さんに寄り、ちょっと奮発して大きな花束を買って、清志郎さんへのお手紙を書いて。駅から出ているバスに乗って「多摩蘭坂停留所」へ。
インターネットなどの情報では、すでにファンの人たちによるお供えものや手紙、ノート、花束がその坂の途中にたくさん置いてあると聞いていたのですが・・・・。実際に現地についたら、小さな花束が置いてあるだけ。通りがかりの近所の方いわく、ここに置いておくのは四十九日までということになっていて、今日がその日だから、さっきファンの人たちが来てみんなで撤去した・・・とのこと。50人くらいが集まって、ギター演奏でみんなで最後に歌ったりしていたそうです。・・・・間に合わなかった。

でも、そこに居合わせたファンの方、数名と清志郎さんについていろいろと語ることができました。途中、通りがかった近所の方々がそんな私たちを温かい目で見て下さり、声をかけて下さいました。
その中でも犬を抱いたある年配の女性。にこにこ顔でこんなことを言って下さいました。
「私たちは、ここに何十年も住んでいるけど、前は坂の上の方に敷石があって、そこにファンの方々の寄せ書きがいっぱいしてあったの。ファンの人たちの温かい気持ちが伝わってきてね。私たちはそれを見るのがいつも楽しみだった。だから清志郎さんは、私たちを楽しませてくれた人でもあるんだよ。」・・・涙が溢れました。
清志郎さんが亡くなったことが悲しいというよりも、そんな思いをたくさんの人の胸に残してくれた彼の存在自体に素直な感動をおぼえました。ちなみにその石はのちに道路工事のため一部を残してほとんどが撤去されてしまったとのことです。
花束と手紙は、状況を見て置いておかない方がいいかなと思い、持ち帰ることにしました。気持ちだけ、置いていこうと思って。

チェンマイでは、情報も少なく、清志郎さんへの思いをどう表現したらいいのか、誰と共有したらいいのか分からなかったから、ライブを企画しました。結果的にたくさんの友人や知人が協力してくれ、たくさんの人たちのおかげで私たちがその時、その期間でできる範囲での最高のライブ&パーティを催すことができました。
そしてその直後に日本に帰って、清志郎さんの情報を集めたり、ファンの方々と会ったりして、私自身の中で少しずつその思いが消化されていきました。亡くなってから2か月。まだまだ実感はありませんが、こうして少しずつ消化していきながら、これからもずっと好きでいたいと思います。
(つづく)

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