勿忘草~戯曲集~

勿忘草~戯曲集~

第5場 虚実


  健介 横になっている


健介 じゃあ、今日もよろしくお願いします。
女B はい。それじゃあ注射を打ちますので、腕をまくって下さい。
健介 はい。


  健介、右腕をまくりながら


健介 この注射って何の為に打つんですか?
女B 主に、催眠と睡眠の誘発ですね。
健介 催眠?
女B ええ、暗示にかかりやすくするというか・・・。
健介 じゃあ、これって催眠術みたいなモノなんですか?
女B 一部、効能を利用しています。
健介 そうなんだ・・・。
女B それじゃ、打ちますね。


  女B 注射を打つ


女B 夢は先程言われていた内容で構いませんか?
健介 ええ。
女B 前回も少しお話しましたが・・・
健介 はい?
女B 一応こちらでプログラムするのは登場人物と結果だけです。
健介 ええ。
女B ですので、実際にあったコトとは変動してしまうかもしれません。
健介 それは、分かってます。
女B じゃあ、始めますね。


  女B 健介にヘルメットを渡し被せる


女B はじまりは、宝飾店からです。宜しいですか?
健介 ・・・は・・い・・。


  健介 意識が徐々に薄れていく

  場面は変わって宝飾店、店内
  店に入った健介 きょろきょろと見渡している
  それに気付いた店員(片山) 近づいてくる


店員 本日はどういったものをお探しでしょうか?


  健介 ちょっと驚いた様に振り向く


健介 え?ああ・・・指輪なんですけど・・・。
店員 指輪ですね?
健介 ええ。
店員 では、こちらにどうぞ。


  健介 店員に、導かれるまま席に着く
  前には女性の店員(女B)座っている


店員 こちらのお客様が指輪をお探しです。


  店員 女Bにそう告げ健介の横に立つ


女B どういった感じが良いですか?
健介 えっと・・・全く分からないんですよね・・・。
女B 贈り物ですか?
健介 ええ。
女B 何かの記念か、何かですか?
健介 えっと・・・婚約指輪を・・・。
女B ああ、婚約ですか!おめでとうございます。
健介 いえ、まだ受け取って貰えるかも分かりませんから・・・。
女B じゃあ、気に入られるようなモノを選ばないとですね。
健介 ええ。
女B お相手の方は、普段指輪とかはなさってますか?
健介 いえ、全くこういったアクセサリーの類は興味がないらしくて・・・。
女B 金属アレルギーとかですか?
健介 アレルギー?
女B ええ、そういった事情で着けない方もいらっしゃいますから。
健介 そうなんですか?
店員 ピアスとかもされてませんか?
健介 ピアス・・・
店員 ええ。
健介 してませんね・・・。
女B そうなると、アレルギーじゃないとは言い切れませんね。
健介 ・・・そうですね。
女B じゃあ、合金とかは使ってないモノも選びましょうね。
健介 あ、そういうものなんですね。
女B ええ、ちゃんと素材を選べば大丈夫なんですよ。
店員 当店では純度の高い金属を使用しておりますので、安心です!
女B それでは、この辺ではどうですか?


  女B そう言ってケースから指輪を取り出す


健介 1、10、100・・・150万!!無理です!!
女B それではこちらは・・・?


  女B 別の指輪を取り出す


健介 50万か・・・。
女B 普段あまりアクセサリーを着けてらっしゃらないとのコトですので、この位のデザインが良いかもしれませんね。
健介 そうですね・・・
女B こういった感じのものも最近流行ってますよねえ・・・


  女B そういいながら別の指輪を取り出す


健介 ・・・やっぱり、この位の金額のものが主流なんでしょうか?
女B まあ、ひとそれぞれですので、一概には言えませんが・・・30~50万くらいのモノが多くでますね。
健介 そうですか・・・。
女B ご予算はどのくらいで考えてらっしゃいますか?
健介 3、40位で・・・。
女B 金属アレルギーの心配もありますし・・・
店員 えっと、ご結婚を考えてらっしゃるんですよね?
健介 ええ、そのつもりです。
店員 そうしましたら、こういうのはどうですか?もし、プロポーズが上手くいって、ご結婚への運びになりましたら、その際の結婚指輪も当店でご購入頂くというのは?
健介 え?
店員 それで、宜しければこちらにある商品なら30万で結構ですよ。
健介 本当ですか?
店員 ええ。
健介 そうしてもらえるなら、ありがたいです。
店員 そうですか?じゃあそうしましょう!
女B じゃあ、デザインを選びましょうか。
健介 はい。


  場面は変わって研究室
  モニターの前に女B その隣でモニターを覗くように片山


片山 お!今度は良い役だ!すばらしい!!
女B それは結構です。
片山 君がやってくれたのか?
女B ええ、まあ。
片山 ありがとう!!
女B どういたしまして。


  場面変わってバーの店内
  カウンターに健介 座っている
  カウンターの中に店員(片山)


店員 いらっしゃいませ。
健介 どうも・・・。


  いつもと違う健介の雰囲気を見て店員 声をかける


店員 どうかなさいました?
健介 いや、そういうわけでは・・・
店員 今日はお一人ですか?
健介 あ、いや、後から・・・
店員 そうですか。
健介 なんかさあ・・・
店員 はい?
健介 今の俺に合うようなのくれない?
店員 今の気持ち・・・?
健介 ああ・・・。


  店員 カクテルグラスとシェイカーを取り出す


店員 難しいですねえ・・・今の気持ちですか・・・。元気になりたい?とか。
健介 いや、別に落ち込んではいない。
店員 じゃあ、しっとりと呑みたい?とか。
健介 しっとりと・・・って感じでもない。
店員 じゃあ・・・・


  健介 指輪のケースをカウンターに置く
  店員 納得したように


店員 あ~成程・・・。
健介 ああ。
店員 じゃあ・・・・こんなのは?


  店員 グラスを出しシェイカーから移す


健介 これは?
店員 マルガリータです。
健介 マルガリータ?なんで?
店員 これは1949年、今から60年くらい前にですね。ロサンゼルスのショットバー、テール・オ・コックで作られたカクテルなんです。
健介 はあ・・・?
店員 そこのバーテンダー、デュレッサーが考案したんですが、彼の若い頃の恋人の名前が・・・
健介 マルガリータ?
店員 はい。
健介 へ~そうなんだ・・・。


  健介 カクテルに口をつける


店員 まあ・・・・死んじゃったんですけどね。
健介 は?
店員 その恋人。
健介 だめじゃん!!
店員 狩猟中の流れ弾に当たっちゃってねえ・・・。
健介 理由が問題じゃないでしょ!
店員 忘れられなかったんでしょうねえ・・・歳をとっても。
健介 ・・・
店員 スノースタイルのおかげで感じられる酸味の中のほのかな甘み・・・。
健介 恋の味・・・なのかな。
店員 ええ・・・きっと。
健介 そっか。
店員 まあ、それ以上の深い意味は無いんですが・・・。


  2人組の客が入ってくる
  同僚A、同僚C 健介に気付く


同A あれ?新谷さん?
健介 ん?なんだ、お前等!?
同A 新谷さんこそ、こんなとこで一人で・・・。
健介 男2人よりは良いと思うけど?
同A いや~今日はですね、いざというときの為の下調べです。


  にこやかに答える同Aをあきれるように


健介 あるといいがな。
同A え?
健介 いざと言うときが。
同A う゛・・・。
同B 俺達も一緒に飲んでいいですか?
健介 え?お前等と?
同A 何ですか?駄目なんですか?
健介 駄目って訳じゃ無いんだけどな・・・。なあ?


  健介 店員の方を見る


同A 何なんですか!?


  同B 指輪に気付く


同B 誰か来るんですか?
健介 え?
同B それ。


  同B 指輪を指差す


健介 あ、ああ・・・。


  健介 慌てて指輪をしまう


同A 彼女!?
健介 まあ・・・。
同A え!ってことは、結婚ですか!?
健介 いや、まだ・・決まっては・・・。
同A まさか!
同B まさか!?
健介 多分そのまさかだ。
同A まさか~!
同B まさか~!?
健介 まあ、そういうコトだから。
同A じゃあ仕方ないっすね。
健介 すまん・・・。
同A 分かりました、それじゃ俺達はあっちで!


  同A テーブル席を指差す
  健介 てっきり2人が帰ると思って驚く


健介 帰れよ!
同A いいじゃないですか、別に。
健介 気を遣うなら、帰れよ~。
同A こういうめでたいコトはたくさん人がいた方が良いじゃないですか!
健介 めでたいコトになるかどうか、まだ分からないんだから!!
同B そういう時も1人でいるよりみんなでいた方が良いじゃないですか?
同A 良いこと言った。今、こいつ良いこと言いました。
健介 どうせ、からかうだけだろ?
同A 笑って終わらせるのが一番!!
健介 ええ~!!
同B じゃあ、俺達あっちで飲んでますから、なんかあったら呼んで下さい!!
健介 呼ばねえよ!!


  同A、同B テーブルの方へ移動しながら


同A 俺達ビール!それとナッツ系のなにか!


  同A、同B テーブルにつく
  健介 それを見ている


健介 とんだ邪魔が入った・・・アバウトな注文だし・・・。
店員 ・・・ですね・・・。

  場面変わって研究室
  配置変わらず


片山 いや~やっぱり良い役だねえ、何度見ても・・・。
女B ありがとうございます。
片山 でも、この役ってモデルの人物がいるってことだよな・・・。
女B そうですね。
片山 本当にこんな格好いいのか?
女B 他の人から見てどうかは分からないですけど、新谷さんから見るときっと格好良いんですよ。
片山 そっか・・・ってことは俺から見ると、うだつの上がらないおっさんって可能性もあるんだな?
女B ええ。可能性ってコトから言えば、かなり高いんではないでしょうか?
片山 なんで?
女B 人間の嗜好は人それぞれ、特に対人の評価となると、その人との付き合いの深さも影響しますからね。
片山 確かに。俺の君に対する評価も最初は最悪だったが、今では最高だしな。
女B ・・・ありがとうございます。
片山 いや、単に最初の評価が低かったせいで、今の評価が高いと感じてるだけなのかも知れないし・・・。
女B ぬか喜びですね。
片山 そう言うわけでは・・・。
女B お礼の言い損ですね。
片山 だから、最高かどうかは別として、良い評価であることに変わりはないんだから。
女B ・・・


  片山 モニターに視線を戻す


片山 さて、そろそろ真打ちが登場するのかな?
女B どうでしょうね?


  場面変わってバー店内
  同僚Bが入ってくる

同B あれ?新谷さん?
健介 え?なんだ、君もか?
同B 何ですか?私もって?
健介 いや、ほら・・・。


  そういって健介 テーブル席の同僚A、Cを指差す


同B あれ?なんで、別々に飲んでるんですか?
健介 いや、なんでと言われると・・・
同B 駄目ですよ!
健介 え?
同B ケンカなんてしちゃ。
健介 してないよ。
同B じゃあ、嫌いなんですか?あの2人。
健介 全然、嫌いじゃないよ。
同B じゃあ、なんで?
健介 いや、だからなんでと言われると・・・。
同B だったら、私と飲みましょう!
健介 え?
同B 嫌なんですか!?
健介 嫌ってわけじゃないんだけど・・・1人なの?
同B ええ・・・駄目ですね、1人で飲むの覚えちゃうと・・・。
健介 そうそう、駄目だよ、1人なんて。
同B 新谷さんだって1人じゃないですか!?
健介 いや、俺は・・・ほら男だし。
同B 男も女も関係ありませんよ、こういうコトに。
健介 まあ、そうなんだけど・・・。


  健介 テーブルに座っている同僚達が気付くように咳払いをする


健介 うぉっほん!!
同B どうしたんですか?風邪?
健介 違う、違う。ちょっとむせただけ。


  健介 再び咳払いをする


同B 大丈夫ですか?


  同B そう言いながら健介の背中をさする
  ようやく2人の様子に気付いた同僚A、C 近寄ってくる


同A なんだよ、こんなトコで。
同B なに?飲みに来ちゃ駄目なの?
同A 1人で?
同B 悪い?
同A 悪くはないけど・・・女1人で?
同B 何よ!あんた達だって似たようなモノでしょ?
同A まあ・・そうだな。じゃあ今日は似たもの同士ってコトであっちで一緒に飲もう!!
同B 駄目。
同A 何で?
同B 嫌!!
同A だから何で?
同B 今日は新谷さんと飲むの!そう決めたの!!
同C まあまあ・・・。


  同C 強引に同Bの手を引き


同C 今日は新谷さんはお忙しいので、俺達と飲みましょう。
同B だから嫌だって、いーやーだー!!


  同Cに連れられ同Bテーブルに移動


健介 すまん。
同A いえいえ、あとはお任せを。
健介 ありがとう。


  同A テーブルに移動する


健介 ・・・今日はやめよっかな・・・。
店員 随分、けちがついてしまいましたからね・・・。
健介 ああ・・・。
店員 でも、思い立ったが吉日とも言いますしね・・・今日を逃すと次がいつやってくるのか・・・そもそも次があるのか・・・。
健介 う~ん・・・。
店員 人間なんて、いつ何があるか分かりません。
健介 そうだよな・・・もしかしたら、明日死ぬかも知れないし・・・。
店員 100歳まで生きるかも知れないし・・・。
健介 明日素晴らしくいい男があいつの前に現れるかも知れないし・・・。
店員 ちょっと否定的に捉えすぎですよ・・・。
健介 でもさあ、こういうのって2人っきりでそっとやるイベントじゃないのか?
店員 まあ、こういうのも普通じゃないって言えば普通じゃありませんからねえ・・・。
健介 でもさあ、静かな雰囲気の中で・・・こう2人でグラスを傾けながらさあ・・・。


  同Bの声が響き渡る


同B プロポーズ!!??

健介 やっぱ止めようかなあ・・・・。

  場面変わって研究所
  モニターの前に片山
  少し離れて 女B
  片山 女Bを呼ぶように

片山 ココのこと?
女B ええ。
片山 確かに最初の頃に比べると変わってるけど・・・。
女B そうなんですよね。
片山 でも、この位の変化は特別なコトじゃないんじゃないの?
女B ええ、まあ・・・ただ言葉が言葉なだけにちょっと気になって・・・。
片山 確かにな。
女B もしかして、新谷さんは・・・
片山 そろそろ、誤魔化すのも限界なのかもしれないな・・・。
女B ええ・・・。
片山 ・・・分かった。


  片山 静かに頷く


女B でも、実際はどうだったんでしょうね?
片山 ん?
女B この時。
片山 そうだな・・・実際にか・・・確かに気になる。
女B ですよね・・・まさかこのままなんてコトは・・・。
片山 さすがにそれはないんじゃないか?


  場面変わってバー店内
  女A 入ってくる
  店員 気付き手を挙げる


健介 どうしよっかなあ・・・
店員 来られましたよ。


  女A 健介の横に立つ


女A お待たせ。
健介 おう。
女A 何飲んでるの?
健介 マルガリータ・・だっけ?
店員 はい。
女A 何?もう結構飲んでるの?
健介 いや、1杯目。
女A ・・変なの。
店員 何になさいますか?
女A じゃあ同じモノ。
健介 あ!
女A 何よ。
健介 これは・・・やめた方がいい。
女A なんでよ。
健介 それは・・・あれだ・・なんだっけ?


  健介 店員に聞く


店員 亡くなった恋人の名前。
健介 そう、それ。


  健介 女Aの方に向き直る


健介 だから。
女A なんで?ロマンティックじゃない?これを飲むたび、彼女のことを思い出すんでしょ?
健介 まあ、そうなんだけど・・・今日は・・・なんて言うのか・・なあ?


  健介 店員に助け船を求める
  店員 困ったように


店員 えっと・・・多分ですね。いや、多分ですよ、ネガティブな要素が含まれてるものは避けたいんじゃないかと・・・。
女A そうなの?
健介 あ、ああ、まあ。
女A 何で?
健介 何で??聞く?それ。
女A 聞いちゃ駄目なの?


  そろりそろりと近づいてくる同僚3人組
  それに気付く健介 咳払いをする


女A どうしたの?風邪?
健介 いや、これの柑橘が喉にひっかかって・・・


  同僚3人組 席に戻る


女A 大丈夫?
健介 ああ、大丈夫。これレモンきつくない?
店員 あ、すいません。少し入れすぎたかも・・・。
女A え?そうなの?珍しいじゃない、そんなミスするなんて。
店員 すいません。


  健介 申し訳なさそうに店員を見る
  店員 やさしく健介を見返す
  女A そのやりとりを見逃さない


健介 ま、まあ、いいじゃん。旨いよ、大丈夫。
店員 ありがとうございます。
女A どうしよっかなあ・・・じゃあ、お薦めは?
店員 お薦め?難しいなあ・・・。


  店員 シェイカーを取り出す


店員 気分はどんな感じですか?
女A そうねえ・・・なんか、隠し事を2人にされてるようなイヤ~な気分。
健介 別に何も隠し事なんかしてないよ。
女A そう?
健介 ああ。
女A 本当に?
健介 本当だって!


  店員 シェイカーからグラスへカクテルを移す


店員 それでは、そのイヤ~な気分を払拭出来るか分かりませんが、面白いカクテルをどうぞ。
女A これは?
店員 イソラ・デ・ピノス。
女A どういう意味?
店員 まあ、飲んでみてください。


  女A 一口飲んでみる


店員 どうですか?
女A ラムベースで・・・グレープフルーツ?にしてはちょっと甘いかな?
店員 正解です。甘さはガムシロップですね。
女A ん~美味しいけど、なんでこれが面白いの?
店員 イソラ・デ・ピノス、スペイン語でパイナップルの島という意味なんです。
女A パイナップルの島?
店員 はい。
女A パイナップルなんて入ってたの?
店員 いえ。
女A え?じゃあなんで?
店員 さあ?飲んだ人がそう感じたのか?それは分かりませんが、パイナップルなんて1滴も使ってないのにイソラ・デ・ピノス。面白いでしょ?
女A う~ん・・・まあ面白いって言えば面白い。けど想像していた面白さでは無い。
健介 そう言うなよ・・・。


  店員 高倉健のように呟く


店員 不器用な・・・男ですから・・・。
女A 30点。
店員 何が・・・?
女A 一連の流れ。
店員 き、厳しい・・・。


  場面変わって病院
  ベッドに横たわっている健介 その横にモニター
  そこに女B、片山
  ベッドを挟んで妻 急いで来たらしく肩で息をしている


妻  それで・・・主人は?
片山 今のトコロは落ち着いています。
妻  そうですか・・・・。


  妻 ほっとしたように溜息をもらす


片山 ただ状況としては・・・。
妻  あと、どのくらい・・・?
片山 それはなんとも・・・。
妻  大体でも・・・私は、大丈夫ですから。


  片山 女Bの方を見る


女B もしかすると、もう意識は戻らないかもしれません・・・。
妻  そんな・・・!
  場面変わってバー店内
  テーブル席の同A、同C 
  席を離れていた同Bがテーブルに戻ってくる


同A どう?
同B よく分からない。
同A もう、何の為にあっち行ってたんだよ!
同B トイレ。
同A トイレかよ。本当にトイレメインかよ!ちょっとは様子を伺うとかしろよ。
同C 彼女にそこまで求めるのは酷ですよ。
同B ちょっとそれどういう意味よ。まるで私ができない子みたいじゃない!
同C いえ、そういうつもりでは・・・。
同A 天然ってことだよな?
同C まあ、ありていに言えば・・・。
同B 私は天然ではありません。全部狙いでやってるんです!
同A だったら、様子を伺えよ!もう!!・・・新谷さん大丈夫かなあ・・・。
同B みんなでワーって行ってみない?みんなでやれば怖くない!!
同A あのさあ、それで駄目になったら責任取れんのかよ。
同B じゃあ、そのときは責任取って私が結婚する。
同C 誰にでも選ぶ権利はあるんですよ?
同B なにそれ。私じゃ駄目だって言うの!?
同A もう、落ち着けよ。


  健介 ポケットに手を入れる
  それを同C 見ている


同C あ!!指輪に手がっ!!
同A 何?
同B いけ!いけー!!


  健介 そのまま手を抜く
  同僚3人 溜息をつく


健介 俺達さあ・・・
女A 何?
健介 付き合って何年になる?
女A ・・・3年?
健介 3年かあ・・・。
女A 何よ、急に。
健介 いや、別に。
女A ・・・


  女A 怪訝な表情で健介を見ている


女A なんかさあ・・・今日、おかしくない?
健介 そう?
女A おかしいって、絶対。
健介 そんなことないよ、なあ?


  健介 店員に視線を投げる


店員 ええ、まあ・・・。


  女A 少しいらだち始める


女A 何?二人して・・・。


  店員 シェイカーを手にする


健介 何でもないって。
女A 何かさあ・・・もういい。今日は帰る。
健介 な、何だよ急に。
女A だって、楽しくないモン。
健介 そんなこと言うなって。
女A いいです。男2人で楽しくやって下さい。


  店員 2人の前にグラスを差し出す


店員 まあまあ、それじゃあ最後に1杯だけ、私に奢らせて下さい。


  店員 グラスにシェイカーからカクテルを注ぐ


店員 どうぞ。
健介 これは?
店員 アレキサンダーです。
女A アレキサンダー?
店員 ええ。元々はアレキサンドラっていう名前だったんですよ、これ。
女A アレキサンドラって女の人の名前じゃない?
店員 はい。時のイギリス国王エドワード7世がアレキサンドラとの婚礼の際の記念に彼女に捧げたモノなんです。
女A へ~。


  健介 意を決した様にポケットに手を入れ指輪を取り出そうとする


  場面変わって病室
  配置変わらず
  心電図の電子音が鳴り響いている


妻  主人は・・・気付いて無いんでしょうか?
片山 ・・・正直申しますと、もしかすると気付かれているのかもしれません。ただ、最初にご説明しましたとおり、このPSRを行う際、一緒に投与しておりましたモルヒネ等のおかげで痛みは感じていなかったと思います。
妻  そうですか・・・。
片山 でも、徐々に痩せてしまうのは隠しようがありませんし、自覚症状が現れていたとしても不思議ではありませんので・・・。
妻  でも、少なくとも私の前ではそんな素振りは一切ありませんでしたので、大丈夫だとは思います。皆さんにも気を遣わせてしまって申し訳ありません。
片山 いえ、私たちはそう言う方達の為にやっているので、それは構いません。・・・でも、本当に良かったんですか?告知をされなくて。お薦めした私がこんなコト言うのもなんですが、病気を受け入れた上で生きていくっていう道もあったんですよ?
妻  ええ・・・でもそれは、以前に、もしこういう状況になったとしたらお互いに教えずにできるだけいつも通り生活しようって言っておりましたので・・・。
片山 そうですか・・・。


  妻 ちょっと雰囲気を変えるように


妻  ・・・そう言えば、この人、ここでどんな夢を見ていたんですか?後で教えてもらうって約束だったんですけど、結局聞くことができなくて・・・。
女B 最初の1回目はヒーローものの夢をご覧になって・・・。
妻  ええ、それは聞きました。
女B それ以降はずっと同じ夢を見ていらっしゃいます。
妻  ずっと?
女B ええ。
妻  同じ夢を?
女B はい、あなたへのプロポーズの時の夢です。
妻  プロポーズ?
女B はい。あの時ほど自分は勇気を出したことはないし、あの時ほど現実が夢の様に感じたことはない。
片山 あの時ほど自分を誉めてやりたいと思ったことはないし、あれからずっと妻に感謝している、とおっしゃっておられました。
妻  ずっと?ずっと、あのときの?
片山 ええ。
女B 最初に見たヒーローものにも奥さん出てたんですよ?
妻  私が?
女B ええ、新谷さんが助けるヒロインの役で。


  妻 言葉が出ない


女B 新谷さんのリクエストで・・・ヒロインの方の顔はどうされますか?って聞いたら・・・。
妻  私の・・・?


  片山 静かに頷く


片山 新谷さんはここにいる時もずっと、奥さんと一緒にいたんです。


  健介 妻の手を握る
  妻 驚いて健介を見る


妻  あなた!?


  場面変わってバー店内
  2人に気付かれないように同Bが様子を伺っている
  健介 女Aの手を握っている
  女A 驚いて健介を見ている


女A 何よ、急に。
健介 あのさ。
女A 何?


  健介 勇気を振り絞り指輪を取り出す
  女A それを見て更に驚く


女A これって・・・。


  健介 頷く


健介 俺と結婚してくれないか?
女A ・・・
健介 ・・・
女A もしかして、ずっとコレを言おうとして変だったの?
健介 う、うん・・・。
女A で、それを見かねてアレキサンダーだしてきっかけ作ったの?


  女A 店員を見る


店員 ええ、まあ・・・すいません。余計なことをして・・・。
女A もう・・・。


  女A 再び健介を見る
  しばらく全員が沈黙する


女A ・・・ありがとう。こちらこそよろしくお願いします。


  女B 大きく両手で○を作って、同A、同Cに見せる
  それを見て2人駆け寄ってくる


2人 わー!!!!やった、やった!!
女B おめでとうございます!!


  そこにいる全員が祝福をの言葉を2人に贈っている
  女A 戸惑っている


女A あ、ありがとう。
健介 ありがとう!みんな!!


  健介 指輪を取り出し女Aの指にはめる



  場面変わって病院
  心電図の音が静かにとまる

  健介の手は妻の手を握りしめている

  集まって来ている同僚A、同僚C 泣いている
  妻 泣きながら


妻  ありがとう・・・。でもこれ、ちょっと大きいよ。健ちゃん、指輪なんて買ったコトないからどうせ適当に大きめの買ってきたんでしょ?それで、こうやって私に文句言われるの分かってても、恥ずかしくて・・・とか言って聞かなかったんでしょ?もう・・・。でもね、私そんな健ちゃんが好き。そんな健ちゃんだったから好きだったの。・・・ありがとう・・・。明日・・・サイズ直しに行くわよ!


完 

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