勿忘草～戯曲集～

ver.08-10

　　葉子、宇野が定位置に座っている

宇野　　今、何やってるの？
葉子　　宿題。
宇野　　宿題？
葉子　　そう。
宇野　　なんの為に？
葉子　　言ってる意味が分からない。
宇野　　だから、なんの為に宿題をやってるのかって聞いてるの！
葉子　　宿題は学生の義務でしょ？
宇野　　まあな、まあそうなんだけど・・・。

　　佐野　入ってくる

宇野　　おぅ、佐野！葉子が宿題やってるんだけど。
佐野　　はぁ？何で。
宇野　　だろ？言ってやってくれよ。

　　佐野　葉子に向かい

佐野　　そんな無意味なコトやるくらいなら学校行けよ！
葉子　　・・・
宇野　　それを持ち出すなよ。決まったコトじゃねえかよ、学校は行かなくていいって。
佐野　　だけどな、葉子だって本当は間違ってるって思ってるんだろ？だから宿題やってるんじゃないのか？
宇野　　だから蒸し返すなって・・・話し合って決めたろ？
佐野　　俺は、一度も賛成してない。
宇野　　賛成してなくたって、多数決で決めたじゃん。
佐野　　そうだけどさあ・・・。
宇野　　葉子は行きたくない、だろ？

　　葉子　うなづく

宇野　　俺も、行きたくないって思ってるのにわざわざ行くことはないと思ってる。過半数獲得！
佐野　　でも、このままじゃあさあ・・・。
宇野　　大丈夫だよ、別に。まだ若いんだしさ。
佐野　　他の奴らは、みんな学校に行って、この時間だって勉強してるんだぞ！
宇野　　他の奴らは、他の奴ら。俺達は俺達。
佐野　　だから言ってるんだ！一時の感情で俺を巻き込むな。
宇野　　過半数が取れたらな。
佐野　　くそっ。

　　佐野　くやしがってる
　　宇野　それを見て

宇野　　じゃあさあ、こっから先どうするかってコトを話し合おうじゃないか！
佐野　　こっから先？
宇野　　ああ。学校に行かないおかげで時間はたっぷりあるからな。やることが決まれば、葉子も宿題なんて無駄な努力はしないだろ。
佐野　　でも、担任だって毎日来て、こうやって宿題置いてってくれてるんだろ？
宇野　　本当に。無駄なのにな。
佐野　　ちょっとは同情してやれよ。葉子だって宿題やってるじゃないか。ちょっとは戻りたいって思い始めてるんじゃないの？
宇野　　いや、多分暇だからだろ。な？

　　宇野　葉子に声をかける
　　葉子　うなづく

宇野　　な？
佐野　　・・・みたいだな。でもさあ、学校くらいは・・・。
宇野　　うるさい！もう決まったことなの！大体、学校学校って親か？お前は！
佐野　　でも、暇なんだもん。
宇野　　なんかないのか？葉子。やりたいこと。
葉子　　やりたいこと・
宇野　　ああ。なんかあれば、こいつもこんなにウダウダ言わないと思うからさあ。興味がある程度でもいいから。
葉子　　やりたいことねえ・・・。
佐野　　そうだよ。やりたいことがあれば、あいつらも何も言わないかもしれないぞ。
宇野　　そうそう。
佐野　　あいつら、なんにも知らないくせに好き勝手なことばかり言ってさ。
宇野　　そうそう。
佐野　　大体、そんなに言うなら自分で行ってみろって言うんだ。
宇野　　そうそう・・・て、お前もホントは行きたくないんじゃないか。
佐野　　そりゃそうだよ。
宇野　　だったら・・・。
佐野　　俺は、葉子のために言ってるの。あいつらみたいに世間体とかで言ってるんじゃないの。
宇野　　でも、結果は一緒じゃん。
佐野　　結果は一緒でも、気持ちは違うの。
宇野　　実際、行くのは葉子なんだぞ。俺達だって、なんの手助けも出来ないって言うのに。
佐野　　分かってるけどさあ・・・。
宇野　　葉子！なんかやりたいことを言え！そしたら、俺達２人で全面的にバックアップしてやるから。それで、あいつらを見返してやるんだ。
葉子　　・・・・本当に・・・・本当に何でも良いの？
宇野　　なんでもいいぞ！俺達に出来ないコトなんて何もない！
葉子　　じゃあ・・・・お笑い。
２人　　はぁ！？

ver.09

　　佐野　立ち去る
　　宇野　何か書き物をしている

葉子　　あのさ・・・・。
宇野　　なんだ？
葉子　　やっぱりさ・・・。
宇野　　何？
葉子　　難しくない？
宇野　　何が？
葉子　　・・・お笑い。
宇野　　は？何言ってるの？
葉子　　でもさ・・・。
宇野　　確かにオーディションには落ちた。でも２回や３回落ちたくらいでさ。
葉子　　桁が足りない。

　　宇野　言葉に詰まる

宇野　　で、でもさあ、わからねえじゃん。
葉子　　だってさあ・・・。
宇野　　なんだよ。
葉子　　５分って持ち時間にさぁ、１５分のネタ持ってったって受かるわけないよ。
宇野　　しょうがないだろ？まとまらないんだから。それに面白ければそれで良いんじゃないの？
葉子　　どんなに面白くたって、今はライブだってテレビだって時間通りにまとめられなくちゃ使ってもらえないよ。
宇野　　なんだよ、知ったようなコト言って。
葉子　　調べたモン。
宇野　　じゃあ、分かった。もっと短くまとめればいいんだろ？やるよ、やる。まとめますよ！
葉子　　それ以外にもさ・・・。
宇野　　まだ、あるのかよ。
葉子　　周りの人が、面白くて自信が無くなったって言うか・・・。
宇野　　今更、そんなコト言うなよ。
葉子　　じゃあ、そう思わない？
宇野　　思うよ、そりゃちょっとは・・・。
葉子　　でしょ？
宇野　　でも、そんなコト言ってたら何もできないだろ。ま、とにかく５分にまとめるから、それをやってみてからでも良いだろ？その話は。
葉子　　うん・・・。
宇野　　よし、じゃあ早速やってやる！

　　宇野　立ち去る
　　佐野　入ってきて、座る

佐野　　あいつ、なんだって？
葉子　　とりあえず５分のネタを作るって。
佐野　　無駄だよ・・・。
葉子　　・・・。
佐野　　ぶっちゃけ葉子はどうなの？まだやりたいの？
葉子　　・・・やりたいはやりたいけど・・・。
佐野　　けど・・・何？
葉子　　やりたいだけでやれるものでもないかなって・・・。
佐野　　じゃあ、辞めた方が良いって思ってるのか？
葉子　　・・・分からない。

　　佐野　いらついたように

佐野　　そういう優柔不断さに俺達を巻き込むなよ。
葉子　　だって・・・。
佐野　　葉子がちゃんと決められれば、別に俺達なんて必要ないんだから。
葉子　　必要だよ・・・。いてくれなきゃ困るよ・・・。
佐野　　でもな、いつまでも俺達に頼り続けるって訳にもいかないだろ！

　　宇野　影で聞いている

葉子　　分かってる、分かってるよ、そんなこと！！でも嫌なの！！

　　葉子　立ち去る
　　宇野　入ってくる

宇野　　なんで、あんなコト言うんだよ。

　　佐野　驚いたように振り向く

佐野　　いたのか・・・。
宇野　　そりゃ、いるよ。
佐野　　だな。
宇野　　ああ・・・。なんで・・・あんなコト言うんだよ。
佐野　　実際、そうじゃねえかよ。
宇野　　別に・・・別にいいじゃねえかよ！いつまでも一緒にいれば！
佐野　　いつまでも一緒にいるのはいいさ。でもな、俺達に頼り切ってるのが間違いだって言ってるの。
宇野　　それも、別にいいだろ！なんで、そんなに嫌がるんだよ！
佐野　　だから、俺達がアドバイスをするくらいならいいよ。でも自分で考えずに俺達の考えに乗っかってばかりじゃ・・・壊れるぞ。その内。
宇野　　なんで、壊れるんだよ。
佐野　　いいか？俺達の意見が交わることは決してない。
宇野　　そりゃそうだな。
佐野　　葉子が自分で考えるんなら、俺達の意見は交わる必要はない。常に過半数がとれるからな。
宇野　　ああ。
佐野　　でも、今の状況はどうだ？お前が決定権を持って、葉子は自分の意見を言わない。
宇野　　・・・おまえさあ・・・自分に決定権がないからってすねてんじゃないのか？
佐野　　そんなことねえよ！お前は自分の選択が絶対に正しいって自信があるのか？
宇野　　そんな自信はねえよ。でもそんな自信がある奴なんて、いるのか？
佐野　　だから、多数決なんだろ？
宇野　　・・・
佐野　　葉子が決めるから、たとえ間違ったとしても、意志が統一される。けど、おまえが考えた行動が間違っていたら、葉子はどう思う？いや・・・どうなる？
宇野　　・・・
佐野　　おまえもちょっと頭を冷やして考えろ？自分が存在してる意味をな！

　　佐野　立ち上がり去ろうとする
　　宇野　立ち上がり、佐野の後ろ姿を睨む

　　宇野　静かに佐野に近寄り後ろから首を絞める

佐野　　うぐっ！お、おまえ、何を・・・・
宇野　　うるさい！うるさい！うるさーい！！
佐野　　おまえ、こんなコトしてどうなるか・・・・
宇野　　黙れー！

　　佐野　力が抜けその場に崩れ落ちる
　　宇野　呆然と自分の手を見つめ、立ちつくす

ver.10

　　宇野　センターに座っている
　　葉子　入ってくる

葉子　　何してるの？
宇野　　あ？ああ５分のネタをな・・・
葉子　　あ、そのことなんだけど・・・
宇野　　色々考えたんだけどさあ、今までのネタを短くするってのはちょっとムズカシイっていうか、やっぱりなんて言うか、面白さが違ってきちゃうんだよね、そうするとさ・・・
葉子　　ねえ、聞いて。
宇野　　自分の狙いと違うって言うのか・・・だから、新しくネタを作り直そうと持ってるんだけど・・・
葉子　　聞いて！
宇野　　それで、この際、佐野抜きにして俺と２人でやらないか？
葉子　　え？
宇野　　ほら、佐野の奴いつもグダグダ言うだけで、笑いのセンスってのが欠乏してると思うんだよね。だから２人でやった方が上手く行くと思うんだけど・・どうかな？
葉子　　２人で？
宇野　　ああ。
葉子　　本気？
宇野　　当たり前だろ？２人でやるってことになると、必然的に葉子の台詞は多くなるけど、その分、目立てるってことにもなるし。
葉子　　・・・うん。
宇野　　良い案だと思わない？
葉子　　・・・でも、佐野君はどうするの？
宇野　　別にあいつは良いじゃん。いままでみたいにどっかで見てるよ、きっと。ほら、絵描きに行った時もそうだったじゃん？描いてる時は何処かにいてちっとも顔出さないくせに、描き終わった絵を見て、ここの配色は理にかなってないとか言ってたじゃん。
葉子　　あーあったね。そんなコト。
宇野　　描く前に言えってんだよなあ？
葉子　　ほんとにね。
宇野　　だから、今度も何処かにいて、後から口出してくるんじゃないの？
葉子　　それはそれで、うざいわね。
宇野　　葉子も言うなあ・・・。

　　２人　笑う

宇野　　じゃあ、決定！早速ネタ作りに入ろう！
葉子　　おー！！

　　佐野　入ってくる

佐野　　ちょっと待てよ！

　　宇野　佐野を見て腰を抜かしている

宇野　　な、なんでお前が・・・・

　　佐野　黙って宇野に近づく

佐野　　なんで、お前がそこにいるんだ！
宇野　　なんでって、お前こそなんでここにいるんだ！
佐野　　葉子がいるんだぞ。当たり前じゃないか！葉子を置いて俺達が何処かに行ける訳ないだろ！
宇野　　でも・・でも確かにお前は俺が・・・・

　　佐野　宇野を掴んで強引に立たせる

佐野　　どけよ！おまえがそこに座るくらいなら俺が座る！

　　宇野　佐野の手を振り払う

宇野　　お前のことは俺が確かに・・・

　　宇野の声と葉子の声が重なる（以降：宇葉）

宇葉　　殺した・・・殺したはずだ！

　　佐野　　笑い出す

佐野　　殺した？お前に俺を殺せるはずがないだろ？先の見通しも持たずにただ思いつきだけで動くような奴に殺せるはずもなければ、ココに座る権利もない！
葉子　　・・・やめて・・・。
宇野　　だったら・・・

　　宇野　佐野の首に手をかける

宇葉　　死ぬまで、殺してやるよ！

　　佐野の声と葉子の声が重なる（以降：佐葉）

佐葉　　おまえの方が邪魔なんだよ！

　　佐野　宇野の首に手をかける
　　葉子　呆然と立っている

佐葉　　おまえが死ね！
宇葉　　おまえが死ね！！

　　罵り合う声が響きわたる

　　葉子　ポケットからナイフを取り出し自分の手首に当て、静かに引く

　　３人の叫び声が響く

３人　　うわーっっっ！

　　３人　倒れ込む

　　宇野　ゆっくりと立ち上がりながら

宇野　　私は廊下を歩いている。長くて細い廊下を、足を忍ばせゆっくり歩いている。右にも左にも幾つものドアが並び、全てのドアはこちらからは開かない。

　　佐野　ゆっくりと立ち上がりながら

佐野　　私は廊下を歩いている。後ろをついてくる足音も聞こえるが、それは相も変わらずいつものコト。私の歩幅に合わせて、私の歩調に合わせて。

　　葉子　ゆっくりと立ち上がりながら

葉子　　　私は廊下を歩いている。ただゆっくりと、足を忍ばせ、ただゆっくりと。
　　　　　「あなたはそこにいますか？」
宇野　　　「私はここにいます」
葉子　　　「私はそこにいますか？」
佐野　　　「あなたはここにいます」

葉子　　　私は廊下を歩いている。天井の蛍光灯は遙か前に切れたモノともうすぐ切れるモノだけ。かすかに点滅を続ける、その光にいらつきを感じながら、ゆっくりとただゆっくりと。
宇野　　　「ドアは決して開けてはいけない」
葉子　　　「ドアを開けなければ決して先には進めない」
佐野　　　「でもドアはこちらからは開かない」
葉子　　　「大丈夫、私が開けるから」
宇・佐野　「大丈夫、ドアはあなたが開けるから」

葉子　　　私は廊下を歩いている。誰にも気付かれないように。でも立ち止まれない。足を止めて休憩しようと思った瞬間、私の左足は私の右足を越えて行く。
佐野　　　「あなたはドアの先に何があるのか知っているのか？」
葉子　　　「私はドアの先に何があるのか知らない」
宇野　　　「あなたはドアの先に何もないと分かっても歩き続けるの？」
葉子　　　「ドアの先に何かなんてあるはずないじゃない」
佐野　　　「ドアの先には何もない？」
宇野　　　「ドアの先には何もない？」
葉子　　　「ドアの先には何もない」

葉子　　　私は廊下を歩いている。開かないドアを開けたいと願い、開かないドアを開けようと挑み、開かないドアを開かないと思い、ノブに手をかける
佐野　　　「開いたドアにただ入ればいいんだ」
葉子　　　「ドアは開くの？」
宇野　　　「ドアは開いたと同時に閉まるよ」
葉子　　　「ドアは閉まるの？」
佐野　　　「閉まったドアは、多分もう開かないよ」
宇野　　　「ドアは待っていても開かない」
佐野　　　「ドアは願っていても開かない」
葉子　　　「ドアは信じていても開かない」

葉子　　　私は廊下を歩いている。後ろをついてくる足音が、時にとぎれても私には興味の無いこと。
　　　　　「付いてきてるのは誰？」
宇野　　　「振り向いてはいけない」
葉子　　　「私の後ろを付いてきているのは誰？」
佐野　　　「決して振り向いてはいけない」
葉子　　　「後ろに付いてきているのは・・・・・」
宇・佐野　「私」
宇野　　　「私の手を掴むのは・・・」
佐野　　　「私の足を掴むのは・・・」
葉子　　　「・・・私の首を絞めるのは・・・」
３人　　　「・・・・・私。」

Fin

ご愛読ありがとうございました♪