日々彩々

日々彩々

うつ病になってから回復の兆しが見えるまで



旦那ちゃまとは結婚も決まっていたため、社会人になってから親公認で正式に一緒に住み始めました。

私の仕事は朝早く、夜遅く、そして休みも月8日ですが土日ではなく、旦那ちゃまと休日が一緒になるのは月にそう何日もありません。
ですが、一緒に暮らしている限り毎日会えるし、話もできます。

でもそんな中、旦那ちゃまに長期出張の話がでました。
それは、サラリーマンである限り仕方の無いことだったので、私も覚悟を決めました。
ただ、これから先赴任の話が出るかもしれないので翌月、11月に入籍することになりました。

でも、実際にはじまった週末婚のなかで、忙しさに追われているときには気付かなかった、仕事の辛さ、旦那ちゃまと離れている不安、そして、もらいミスなど、色んなストレスが私を襲い、会社に行くことが辛くなり、会社へ向かう車の中でも涙が止まらず、会社に着いてからも、こらえても訳のわからない涙が私を襲い、仕事もまともにできなくなり、退社したいと思うようになりました。

旦那ちゃまには、週末帰って来たときに相談して、旦那ちゃまの勧めもあり、退社を決意しました。
ちょうどその時には旦那ちゃまの赴任の話も出ていたので、一緒について行こう!という気持ちもあり、会社に報告して、辞めることになりました。

でも、このときは自分がうつ病だとは思っていませんでした。

しかし、なかなか旦那ちゃまの赴任の話が決まらず、長期出張のまま・・・。
でも、私なりに自由になった時間を楽しもうと、時間がないと出来ないこと、編み物だったり、マンガを描くことだったり、CGを描くことだったり、小説を読むことだったり・・・。

でもだんだん楽しかった事が苦痛になりました。

朝は決まって目覚ましよりも早く起きてしまったり、結婚式の為とダイエット食品を使ったダイエットを2ヶ月間はじめましたが、食欲も無かったので2ヶ月で10kg近く痩せました。その時はダイエットが成功したんだと思ってましたけど、以上なほど間食もありませんでしたし、狂ったように壊れるまでステッパー踏んでました。
今思うと拒食の一歩手前だった気がします。。。

でも、まだ自分がうつ病だとは気付きません。
ただ、泣いてしまって働けなくなったことから、また同じような状況になるのでは・・・という恐怖感から再就職することに抵抗があるんだと思っていました。

でも、何も知らない母親から「再就職をしなさい。」とプレッシャーをかけられました。

そんな中、もしかしたらうつ病なのかもしれないと思う様になりました。でも旦那ちゃまの前では元気に振る舞うので、旦那ちゃまにはなかなか気付いてもらえませんでした。
そして、これがうつ病なら薬で治るかもしれない・・・と思うようになりました。

そして旦那ちゃまに相談した結果、精神科・心療内科へ行くことになりました。
今思えば最初のうつ病の兆候から10ヶ月近く経ってからの判断でした。
この頃うつ病の原因は会社だったと思っていました。

この頃も、突然気分が落ち込んで訳のわからないうちに泣く事が多々ありました。

診察の結果うつ病だと診断されましたが、与えられたのはドグマチール。
薬が効いているという実感はあまりありませんでした。
この頃の私を支えていたのは、10月の結婚式の準備だったと思います。
午後からはじめて夕方には終わりにする、という短い時間でしたが、なんとか結婚式にも間に合いました。

10月、無事に結婚式を終えましたが、依然旦那ちゃまは長期出張のまま。
ただ、5月から以前よりも近い場所になったので、定時日の水曜日にも帰ってきてくれるようになりました。

でも、結婚式を終え気が抜けたのか、うつ病が悪化。
過呼吸も頻繁に起こすようになりました。

薬を代えてもらっても、神経症の薬しかもらえなかったため、薬がきれるとうつ状態になり、どこに居ようが泣き出す始末でした。
どうやら医者は旦那ちゃまと一緒に暮らせれば、うつから抜け出せると判断していたようです。

今思えば、実際は自覚がないだけで、旦那ちゃまの前では明るく振る舞っていただけでした。その証拠に月曜日には疲れて何も出来なくなっていたからです。

だんだんとひどくなるうつ病についに体が悲鳴をあげました。立っているのもやっとの状態。歯磨きすら壁により掛かっていないと出来なくなり、一日のほとんどをベッドで過ごすようになりました。
食欲もなく旦那ちゃまの居ないときは、ほとんどまともな食事をしていなかったです。
イライラもして旦那ちゃまにもイライラをぶつけてました。

結婚式から約1ヶ月後、やっと旦那ちゃまから「一緒に住めるようになる」と報告を受けました。

11月下旬に引っ越しも決まり引っ越しの準備がほとんど出来ない私の為に、引っ越し1週間前から3時間かけて毎日家から出張先に通ってくれました。
引っ越しは梱包は頼み、開梱は自分たちでやるというプランにしたため、引っ越しの翌日には、私の両親がLDK関係の開梱を手伝いに来てくれました。

それから1週間、一緒に住み始めても私のうつは良くなりませんでした。

引っ越しから1週間後、今通っている病院を初めて訪ねました。
チェックシートではなくどんな症状かと訊かれ、答えると、それはうつ病に間違いないから抗うつ薬を飲む必要があると診察されました。

前に通っていた病院が良くなかったのか、わかりませんが、今通っている病院にいって良かったと思いました。

薬を飲み出してからも生理痛に悩まされたり、お正月実家に帰って行事がいっぱいで疲れて・・・など、薬の効果を打ち消すようなことばかり続きましたが、年が明けた2005年から段々薬が効いて、ようやくTVをみたり、こうやってPCに向かったりすることが出来るようになりました。

たまに遠出したりも出来るようになりましたが、まだ体調によっては人混みに負けてしまいます。

でも、天気の良い日は屋上のドッグランにアルミンを連れて行けるようになったのは、自分でもすごいって思いました。
うつが悪化してからは、アルミンのお散歩も行けなかったので・・・。

旦那ちゃまも「すごい!えらい!」って言ってくれました^^。
まだまだ完全ではありませんし、ひどいうつになって泣いてしまったり、過呼吸になったり、死にたくなったり・・・。

でも、自分でも随分回復したなあ・・・って思います。

一時は治らないかもしれないと思った事もありますが、いまは着実に快方に向かっているんだ!と思っています。

長くなりましたが、ここまで読んで下さった方に感謝です。

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