「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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FANG OF EDEN
第1話・続
俺は、帰還したその足でミーティングルームへと向かった。
俺の後方、ゆっくりとした足取りで歩いてくるヴェイルは、どこか悔しげだ。それはきっと、先の模擬戦闘であやうく三途の川を渡りかけたからであろう。しかし、俺には微塵の反省もない。奴に興味の欠片もないのもあるが、それよりも強い理由がある。ヴァルキリーはああいった死と隣り合わせの場で戦っているであって、自機共に撃破されるのは己の力量不足に尽きる。それを死ぬ瞬間に悟ったところで手遅れなのは言うまでもない。
ヴァルキリーという職業柄、己の力量を過大評価してしまう人が多いと聞く。これは、M.M.というひどく漠然とした“機械の箱”のせいによるものだ。外界の景色をモニター越しに視る、操縦悍を操作して機体を操る、トリガーを引いて標的を破壊する・・・・・・こういった一連の動作は全てM.M.という媒体を通して体験するものであり、それがヴァルキリーの自己評価能力を狂わせる。つまり、自分を強いと過信しているヴァルキリーは、機体の性能を無意識に己の力量とすり替えてしまっているのである。それに加えて、本人に自覚がないため、撃破されるその瞬間まで己の力量を正確に把握していなかったことに気づかない。
では、「それは機体の性能を信用するなということか」と訊かれれば、俺は否と答える。何故なら、自分が搭乗する機体は戦場で紛い物にしろ己の手足として機能するわけだから、機体の性能を信用しないということは自分の手技を信用しないのと同じくらい間抜けなことなのだ。簡単に言えば、己の機体を信用することは自分を信用することなのである。
――――汝、力量に合った機体を選考すべし。
ヴァルキリーの極意は、これに尽きる。
ミーティングルームに揃った戦闘要員を見渡して、メルセゲル第十八代団長を務めるイリーナが現状説明をする。
「先程、ラピュテリス領空域内にて不審なRV反応を感知した。調査の結果、アトラティア機甲軍所属のものだと判明。ラピュテリスはこれの追撃を試みたが、全て迎撃されたらしい。ここから推測するに、敵機は強行偵察仕様のM.M.だろう。
この事態を芳しくないと感じたお偉方は、数時間後に予測される敵国の攻撃に対し、準備万全に対応するよう我々に軍務大臣直々の指令があった。どうやらオレ達に一番槍をやらせるつもりのようだ」
やれやれだと溜息をつく女団長は、傍に立つネレイユの視線に気がついているのだろうか。今の彼女の視線なら、きっとどんな怪獣さえ焼き殺してしまうに違いない。
「だがまぁ、メルセゲルに拒否する理由がないのも確かだ。・・・・・・君達には、最前線に出撃してもらうことになる。オレからの命令は唯ひとつ、“絶対に死ぬな”、それだけだ」
お決まりの台詞と共に、イリーナは革張りの黒い椅子に腰を掛け、シルバーの箱から煙草を一本出して火をつけた。深く背もたれに寄りかかり、くるりと椅子を回転させて背を向ける。この仕草は、「もう話すことはないから退出しろ」の意味だ。彼女は団長室に誰かが長居することを極端に嫌う。もし、この無言の退出命令に逆らえば、必殺の鉄拳が飛ぶことは間違いない。実際、過去にその制裁を受けた男がいたらしいが、顎の骨を砕かれるという大怪我だったらしい。
誰もそうはなりたくないので、全員がいそいそと団長室を後にする。退出した俺は、ネレイユまでもがその命令に従っていることに少し驚いた。
・・・・・・拳のみでM.M.の装甲を粉砕するというイリーナの怪物伝説は、本当なのかもしれない。
・・・
フリールームに漂うコーヒーミルが粉末にした珈琲豆の香りが、心地よく鼻腔をくすぐった。珈琲とお茶類しか飲まない俺にとって、珈琲特有の少し濃い香りはどこぞの麻薬よりも癒される。単に、カフェイン依存症なのかもしれないが。
コーヒーメーカーから熱い珈琲をコップに注ぐ。近くのソファに全体重を預けるようにしてくつろいでいると、もうひとつのコップがテーブルに置かれる音がした。座り直すのも面倒なので、閉じた瞼を薄く開いて誰かを確認する。蛍光灯の眩しい白光でぼやける視界の中、精巧な人形の造形美を体現した端正な顔立ちと過酷な訓練で絞られたしなやかな肢体を持つ女性が対面席に座っていた。
誰なのかを考えようとして、それがネレイユであることに気がつく。
「・・・・・・なんだよ」
非難がましい目線を送ってくるので、不機嫌に問う。
「あれは、一体どういうつもりだったんだ」
「・・・・・・?」
言っていることがアバウト過ぎて、何の話をしているのかが解らない。そんな俺にさらに苛立ちを募らせたのか、棘のある声音で再度言い直す。
「さっきの模擬戦闘のことだ。なぜ、中尉の命を奪おうとしたのかと訊いている」
ああ、何だ。そのことか。
「当然の結末だろ。弱い奴は死に、強い奴が生き残る・・・・・・それが自然の摂理ってもんだ。違うか?」
俺の言葉に反論しようと中腰になったネレイユだったが、ヴァルキリーの世界を知る彼女の口は何も言わずに閉じられた。俺の双眸が語る戦場の厳しさを読み取ったらしい。
立ちかけた腰を再びソファに下ろして、ネレイユはコップに入れられた珈琲の水面を眺める。その表情はどこか俺の知らないものな気がした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互い沈黙したまま、湯気を立てる珈琲に視線を落とす。フリールームに人気がないため、俺とネレイユが珈琲を啜る音しかここにはない。だが、ふと俺は自分の中に渦巻く言葉にしがたい感情があるのを感じた。それが何なのかを追求しようとして、やめる。
出撃までの短い時間、この一見無駄に見える穏やかで居心地のいい安息を、ネレイユと共有してもいいと思ったからだ。
ゆったりと時が過ぎていく場所で、俺はいつの間にか眠りについていた。それは、俺にとって初めての熟眠であった。
定期的な呼吸を繰り返す目の前の幼馴染は、寝てしまったようだ。小さな頃と寸分も違わないその寝顔は、普段の彼からは想像が出来ないほどに可愛い。でも、これはきっと私が小さな頃の彼を知っているからなのだろう。メルセゲルのクルーが当たり前だと思っていることが自分にとって当たり前ではないということに、少しだけ嬉しくなる。
「心配、したんだからな」
小声でそう呟いてみる。
私が今の職業に就いた時にはもう連絡は途絶えていて、どんなに調べても所在は掴めなかった。私としては手紙くらい書きたかったのだが(別に深い意味はない・・・・・・と思う)、それが無理だと知って仕方なく諦めたのである。
ラウディス・フリスト、二十二歳。昔と何ひとつ変わっていない唯一の幼馴染。
たまには子供時代を思い出すのも悪くはない。私は少しだけ追憶の旅に出ることにした。
父の死後、私は孤児院で生活することになった。いきなり見ず知らずの場所に放り込まれた私は、自分の居場所を探すこともせずに立ち尽くしていたと思う。食事の時間になっても食堂へ行かず、部屋の隅で父から貰ったお守りを握り締めていた。抱きかかえた膝はぶるぶると壊れたように振動し、痩せ細った身体は寒くないのにがたがたと震えた。あの時の私の心は、闇で埋め尽くされていた。
しかし、そんな私に差し伸べられた手があった。
伏せていた顔を上げると、そこには無表情ながらも強い意志を瞳に宿した男の子がいた。差し出された手にはパンが握られており、彼は短く「食べて」とだけ言った。首を横に振って拒否する私。ただその度に「食べて」を繰り返す男の子。最後の方はお互い意地の張り合いだった気がする。頑なに首を振る私に痺れを切らしたのか、むっとした顔で私の手にパンを押し付けた男の子は振り返りもしないで立ち去っていった。あの時食べたパンの味は忘れられない。
後日、その男の子の名前がラウディスであることを知った。他に友達もいないので、私はラウディスの後ろをずっと歩いていたっけ。私があの孤児院に馴染めたのは、彼がいたからだろう。
思い出から覚醒した私は、もう一度目の前の幼馴染を見る。寡黙なこの男の素性を知るのは、私だけに違いない。この寝顔も、考え事をする時の仕草や癖も、私しか知らない。そのことにささやかな幸福を感じつつ、私は席を後にした。
◇
「こちらガイスト1、敵国領空域に到達。敵影なし」
『了解、偵察を続行せよ』
「了解」
夜の闇が支配する中、ラピュテリスの領空域を侵す巨大な戦艦群。それらを率いるようにして前進するのは、軽装甲の偵察型M.M.の一個小隊である。
橙色に光る眼光が、尾を引いて闇に溶ける。辺りを熱源レーダーで索敵するが、鳥の一羽も見つからない。暗視モニターの向こうには、明かりがひとつもなかった。奈落の落とし穴に堕ちていくような感覚に襲われるが、それは錯覚だと自分に言い聞かせて操縦悍を握り締める。
緊張による手汗でグリップが滑る。激しく鳴る鼓動がうるさい。体の五感が、嫌な予感を察知する。それが気のせいであることを祈るように瞑目した直後、けたたましくレーダーが騒いだ。
<熱源探知>
機械音声のリピートがコックピット内に反響する。
本艦に報告をするために無線を開こうと顔を上げれば、闇夜に相応しくない鮮やかな閃光が飛来するのが見えた。
一斉に動力を稼動させた大空母ロンギヌスと飛空戦艦アルファスクエアの掃射による砲撃が、敵戦艦群を貫いた。アトラティア機甲軍に反撃の隙を与えないように、アルファスクエアが先導して戦線へと進み出る。
「敵艦をレーダーに補足。数、十四!」
オペレーターの声がブリッジに響く。それらの声を余すことなく把握し、イリーナは的確な指示を飛ばす。この完璧な指揮系統は、数多の戦いを勝ち抜いてきたからこそ成しえるものである。イリーナの噂以上の指揮能力に、ネレイユは舌を巻いた。
「敵艦から多数のRV反応を確認、M.M.です!」
「十一時方向へ対空砲を密集させろ。残りはエクスカリバー部隊に任せる」
「了解。エクスカリバー部隊に通達します」
エクスカリバー部隊とは、メルセゲルが誇るM.M.で構成された機甲部隊のことだ。この部隊の長を務めるのが、ラウディスなのである。
「ブリッジからエクスカリバー部隊へ。発信準備が完了次第、出撃してください」
オペレーターの声が、ブリッジを飛び交う。
格納庫を染め上げる赤の光は、戦闘態勢に入ったことを意味する。つまり、アルファスクエアが戦線に到達したということだ。
「全点検が終わったら、射出カタパルトへ運べ!」
ディックの大声が格納庫に反響する。普段はうるさいこの声も、こういった事態ではとても頼りになる。
点検用の機材を持って往来する整備班をモニター越しに眺め、ラウディスはメインシステムを起動させた。
<メインシステムの起動を確認 火器管制システム、正常 ・・・・・・レギンレイヴ、起動します>
コックピット内が青い電光で明るくなる。しゃがんでいたレギンレイヴを起立させ、天井から吊り下がる巨大な双施条銃を両手に握る。このライフルには半永久機関が組み込まれており、生産されるヴァーニアを弾丸型に圧縮して撃ち出す特注品だ。
完全武装したレギンレイヴが、射出カタパルトへと運ばれる。M.M.のみで出撃することも可能だが、狭い格納庫内でブースターを噴射すれば一大事になる。それを防止するため、カタパルトで艦外へ射出した後にブースターを点火する方法が成されているのだ。
<カタパルトの固定を確認 タイミングは、主にお任せします>
人間臭い【HILDR】の言葉に、ラウディスは「GOサイン」を告げた。
直後、カタパルトが高速でレギンレイヴを艦外へと射出した。ブースターを点火し、機体の姿勢を制御する。漆黒の夜に緑光の尾を引かせて、レギンレイヴは敵陣へと向かう。
レイニー・スターク名誉博士自身が開発に携わったこの機体は、他のM.M.とは大きく異なったコンセプトで設計された。“単機敵陣制圧及び全距離適応万能型M.M.の製造”という名目でスタートしたこのプロジェクトは、メルセゲルの兵装部門との協力で始動した。その過程で、如何なる技術を以ってして生み出されたのかは不明だが、永久機関[ジャイロドライヴ]と呼ばれるオーバーテクノロジーの産物が博士によって開発され、これをレギンレイヴの動力機構として採用した。[ジャイロドライヴ]はふたつしか開発されず、もうひとつは行方不明だという記述が資料として残っているが、その真意は不明である。
レギンレイヴが製造された直後、博士は何者かの手で暗殺されてしまう。恐らく、博士の技術を横取りしようと企んだ者が手違いで殺してしまったのだろう。博士は設計図を用いなかったため(文面に記すことで技術が漏洩することを恐れた)、死後以降、[ジャイロドライヴ]が開発されることはなかった。現在多くの企業で製造されているM.M.のほとんどが、充電式電池を採用している。
メルセゲルの兵装部門には[ジャイロドライヴ]を研究分析して開発されたプロトタイプが保管してあるが、生前の博士の意志に従い、門外不出のものとして公の場に漏洩しないようにしてある。
<敵陣をレーダーに表示 多数のRV反応を確認しました>
【HILDR】の音声が、ラウディスを現実に引き戻した。見れば、敵陣はもうすぐそこである。ラウディスは改めて操縦悍を握り直した。
<了解、火器管制のセーフティを解除 戦闘モードに移行します>
主の思考を瞬時に理解し、【HILDR】が全ての火器管制システムをマニュアルに切り替える。
高速で前進するレギンレイヴは、敵陣へと矢の如く飛び込んでいった。
例えるのなら、それは一振りの剣。敵陣という盾を穿たんとする破魔の聖剣だ。
――――エクスカリバー部隊とは、よく言ったものである。
■
「ガアプ1から各機へ。俺達の任務は、敵M.M.の全撃破だ。敵戦艦は無理に攻撃するな、死ぬぞ」
俺は、オープン回線で指令を伝える。メンバーからの応答を確認すると、無線を相棒に繋げた。
「カイル、お前は俺の背中を守れ。いいか、絶対に突っ走るなよ」
『解ってますよ、先輩』
カイルの声には余裕が感じられる。それも当然で、彼は俺が見込んで入団させたヴァルキリーなのだ。元は歩兵として活躍していたようで、戦力が歩兵からM.M.へと世代交代してからヴァルキリーに転職、文字通り今では天職となっている。
本名を、カイロニコルヴ・アルギエリと言う。年齢はまだ十八歳で、メルセゲルで最年少の戦闘要員である。搭乗機体は、《EMPEROR》シリーズの二十七番目に該当する《EM-27》のカスタム機で、《EMPEROR-type.27G:FENRiSVOLF》。長距離射撃用にアセンブルされた狙撃機なのだが、その武装は遊撃機に匹敵するほどに重武装だ。これは、ヴァーニア弾式スナイパーライフル<エインヘリャル>の強い反動を抑えるための追加装備で、非常時には脱着することが可能。また、フェンリスヴォルフはM.M.史上初めての飛行可変機でもある。
装甲の表面には薄くヴァーニアが覆ってあり(=マイティシールド)、軽装甲の弱点である防御力の低さを克服。動力機構は[ジャイロドライヴ]のプロトタイプの[デーヴァドライヴ]を採用している。この動力機構は静止している状態でのみヴァーニアを生産するが、通常の稼動に加えてマイティシールドや脚部内ホルスターの双銃<ハティ&スコル>の弾丸・・・・・・と多くのものにヴァーニアを消費しているため、レギンレイヴのような高速戦闘は出来ない。つまり、いくら全動力機構中最高クラスの生産量を誇ると言えど、ヴァルキリーの練度が足りなければすぐに生産不足に陥り、行動不能になってしまうのだ。
この機体を乗りこなしているカイルの腕前は、やはり凄いと思う。・・・・・・まだ未熟なところもあるのだが。
視界とリンクした照準が、敵M.M.を捉えた。数は多いが大したことはないだろう。
「さて、まずは誰から墜とされたいんだ?」
魂の高揚が、俺を戦士へと変貌させる――――。
暗黒の夜空には、光の花が絶えず咲き乱れていた。それは、アトラティア軍のM.M.が撃墜される度に起こる爆発である。いくら正規の機甲軍と言えど、エクスカリバー部隊には歯が立たないのであろう。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言わんばかりにEN弾を連射してくる雑魚敵に飽き飽きしつつ、ラウディスは確実にヴァーニア弾を撃ち込んでいく。緑光の瞬きは容赦なく敵機の胴体を貫き、その身体を爆散させた。
しかしながら、敵M.M.軍はいくら墜としても湧いて出るかのように特攻してくる。捨て身のつもりかと思ったが、それにしては味気がない。
「【HILDR】、敵の機体種を判別出来るか」
向かってくる敵機をまた一機撃ち墜とし、彼女の答えを待つ。
<敵M.M.は、《RAGNAROK》です>
それを聞いて、成る程と頷いた。
《RAGNAROK》とは軍事企業連合【MEU】が製造した新型で、ヴァルキリーを必要としない代わりに戦闘AIを用いることで、戦術パターンは狭まるものの、その汎用性を活かした怒涛の波状攻撃を行うことが可能である。
<主の実力ならば、撃墜は簡単なことでしょう>
【HILDR】の言葉に失笑するが、攻撃の手は緩めない。双施条銃から放たれる単発のヴァーニア弾は、次々に獲物を屠っていった。
どれくらい戦っていただろうか。
波状攻撃の間隔も長くなり、敵機の数も明らかに減っている。あれだけ夜空に滞空していた戦艦も、アルファスクエアとロンギヌスの強力な主砲によって残るところ三隻となった。
エクスカリバー部隊の負傷者はゼロで、機体損傷のために回収されたM.M.もいない。この機を逃さず、残党狩りに移ろうとした時である。
<敵M.M.軍、戦線を急速離脱していきます>
彼女の言う通り、敵機が背中を向けて全速力で撤退していく。逃がすものかと部隊の面々が追撃に出る。しかし、ラウディスの心は激しい警鐘を鳴らしていた。
「・・・・・・妙だな。引き際が良すぎる」
おかしい。何故か深追いはしていけない気がする。長い経験が、やがてその疑念を確信に変えた。
(待てよ・・・・・・、まさか!)
まずい。この状況は非常にまずい。
「カイルッ! 今すぐ戻れ!」
ラウディスが叫んだ直後、後方に控えていたアルファスクエアから爆音と共に黒煙が上がった。
「・・・・・・ちッ、やはりそうか!」
撤退した敵軍は、本当の作戦を隠すための囮だったのだ。
<ロンギヌス後方より、新たに敵艦四隻を確認 救難信号をキャッチ>
【HILDR】の声が、無機質に響く。
ラウディスはすぐさまレギンレイヴを反転させ、ブースターを全開にして疾駆した。
(クソッ、まずい。アルファスクエアにはネレイユが・・・・・・!)
今まで感じたことのない焦りが、ラウディスを襲う。もしアルファスクエアが破壊されれば、ネレイユも死ぬことになる。それは絶対に防がねばならない。
「【HILDR】、イリーナに繋げッ!」
<了解>
モニターの左端に、映像回線が出た。そこに映るイリーナは普段と変わらぬ冷静さを発揮して、淡々とオペレーター達に指示を飛ばしていた。
「イリーナ、艦の損傷は!?」
『あぁ、心配はいらない。だが、このまま奴らの砲撃を受ければ一溜りもないもないな。そうなる前に、さっさと撃墜しろ』
「・・・・・・解ってるッ!」
偉そうな口ぶりに普段なら怒るところだが(実際に偉いのだが)、却ってその態度がラウディスを落ち着かせた。精神を蝕んでいた焦燥感が嘘のように引いていき、代わりにいつもの闘争心が燃え始める。
操縦悍を押し込んで夜空を猛スピードで飛行し、ロンギヌスと敵戦艦群との間で滞空する。
一瞬瞑目し、静かに瞼を開く。
クリアになった視界で、再び主砲を撃とうとしている戦艦を見据える。狙うは、機関部が存在する区域。
照準の色が赤へと変わり、レギンレイヴは臨戦態勢を整えた。
『助太刀するぞ』
新しく開かれた回線に映ったのは、ヴェイル・ハートレッド中尉だ。その顔は闘志に満ち溢れている。どうやら、先の敗北から立ち直ったらしい。
「アンタのリカヴァーには回れない。自分の背中は自分で守ってくれ」
敬語が抜けていたが、いちいちそんなことを気にする暇はない。コンマ数秒の駆け引きが勝敗を決める戦場において、必要最低限の言葉で内容を理解出来ればそれでいいからだ。それはヴェイルも承知しているようで、短く「解った」と答えて回線は切れた。
敵戦艦群は自分と中尉がいれば十分だろう。だとすれば、残りのヴァルキリーは被弾したアルファスクエアの護衛に回した方が得策である。瞬時にそう判断し、ラウディスは護衛する旨をメンバーに伝えた。護衛チームの指揮はカイルに任せたので、心配はいらないだろう。
戦況は、迅速な迎撃を要する。
心中に渦巻く緊張感を楽しみながらラウディスは口角を吊り、冷たい操縦悍を押し込んだ。
敵戦艦群に向かいながら、黒い悪魔と蒼い鬼は微笑んでいた――――。
大量に迫る《RAGNAROK》に、双施条銃をフルオートにして一掃する。しかし、まだ敵の波状攻撃は治まらない。
『援護してくれ』
ザミエルを敵M.M.群の中に突っ込んでいく。両手に装備しているのは、壊したはずのツイストソードだ。抜け目のないことに、ストックを用意していたようだ。
縦横無尽に駆けて双剣を振るう戦いぶりには、援護射撃を必要としないぐらいに凄まじい。面倒なので、援護をしないことにする。
敵は、雑魚に等しかった。
あっという間に《RAGNROK》の掃討が完了する。
<敵艦隊、主砲発射準備に入りました>
見れば、縦に二隻ずつ並んでチャージしているではないか。あの砲撃を止めなければ、アルファスクエアもロンギヌスも墜とされてしまうに違いない。
俺はレギンレイヴを加速させ、右側の二隻に狙いを定めた。照準が赤へ変わるのと同時に、機関区域へヴァーニア弾の雨を降らせる。着弾した緑光の雨粒は、艦内部で爆発を引き起こす。高度維持が出来なくなった戦艦は下に滞空していた戦艦と衝突、二隻諸共爆散した。
モニターの左側でも同等の爆発。恐らく、残りの二隻を中尉が墜としたのだろう。
<敵殲滅を確認 ご苦労様でした>
【HILDR】が労いの言葉を口にする。彼女は本当に人間臭い。長年の付き合いなので今は何も気にしないが、最初搭乗した時は驚いた。戦闘AIが感情の籠っているようなニュアンスの言動を発するのだ、当たり前の反応だと思う。
「そう言ってくれるはお前ぐらいだよ」
失笑して、アルファスクエアへ帰還するべく機体を反転させる。
勝って当然と認識されているヴァルキリーに「ご苦労様」と言う人間など少なく、たとえ言われてもそこにあるのは形式的なものでしかない。心の底から「ありがとう」と言われることもない。寂しい気もするが、元々そういう職業である。精神的にも強くなければ、到底続けられない。
戦場に生きて、戦場で死ぬ。それが、ヴァルキリーの生き様なのだ。
柄にもなく感傷に浸りながら、俺は愛機を発進させた。
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