FANG OF EDEN

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 太陽が空に居座ることをやめ、月にその任を任せた頃――――深夜。
 国の北西部にある工場区で、裏取引がなされていた。
「こちらでございます」
 眼鏡を掛けた男が、取引相手の初老の男に恭しく頭を下げる。
「おお……」
 初老は咥えていた葉巻を床へと放り捨てて、眼鏡の後方に直立する巨大な機械兵器を見上げた。
――――アーマメント・トレーサー(Armament Tracer:汎用武装機兵)。
 【AT】と呼称され、汎用性に富み、戦争の道具として活躍している機械兵器である。
「スペックは言わずもがな、かつての戦場の最前線に配備されていた機種でございます。我々の内通者が、廃棄処分寸前であったものを倉庫から盗み、密輸しました」
 眼鏡がビジネススマイルを浮かべて、初老を見る。彼ら一行は、その興奮を隠そうともしていない。答えは解っているが、念押しに訊く。
「これと同じものが、あと五十ばかり。いかがなさいますか?」
「買う、全て買うともっ! おい、金を持って来い!」
 ほら、案の定。これだから、この商売はやめられない。軍需企業UAI本社の倉庫から盗み出すというリスクは冒したが、こちらが出費したのは密輸代のみだ。盗み出した倉庫も、本社の管理がさほど届いていない小さなものだし、正にローリスクハイリターンとはこのことだ。
(本社を辞めて本当によかった)
 サラリーマン時代なら、これほどの大金を手にするなんてのはあり得なかった。満を持して、兵器密売業者になったかいがあった。
「確かにお受け取り致しました」
 渡されたアタッシュケースの中には、提示した額と同じ金額が入っている。ある程度の島なら購入出来るであろう金額だ。
 さて、この大金をどうしようかと思案していたその時、工場区全域に震動が走った。
「な、なんだ!?」
 慌てふためく眼鏡と初老一味。そこに、警備をしていた部下が顔を真っ青にしながら駆け込んで来た。
「た、大変です! え、え、M2が、M2がここに!」
「M2だとっ!?」
 その言葉を聞いた両一味は、驚愕した。
――――メルトマキナ(Melt Machina:人型強襲機兵)。
 【M2】と略される機械兵器。高機動で戦場を駆け、圧倒的な火力を以って敵を殲滅する現代の主力兵器である。その絶大なる兵力を作り上げるには破格のコストを有するため、所持出来る組織は公式の政府機関か、資金を豊富に持つ傭兵団くらいだろう。
 つまり、ここにM2が現れたということは、いずれの組織が攻撃に来たということである。
(くそ、取引が漏れていたか!)
 だが、ある意味では好機だ。ここで敵M2を破壊出来れば、商品のスペックが高いことを証明出来るし、自分たちが密売する品は信頼性が高いという評判を得ることにも繋がるだろう。
「おい、敵は何機だ?」
「た、確か、四機です」
 こちらのATが五十三機で、装備も軍の標準仕様になっている。力押しするしかない。どちらにせよ、相手が攻撃を仕掛けている以上、こっそりと退散することは叶わないのだ。ならば、一発逆転を狙うのが得策に思える。
 眼鏡はそう判断すると、待機中の部下をATに乗せて迎撃するよう命じた。ATは売買が終わった今、初老一味の所有物なので無断使用になるのだが、彼らはパニックを起こしていてそれどころではないようだ。それに金はもう頂いたあとなのだ、見つかる前にトンズラすればいい。
 自らも近くにあったATに搭乗し、眼鏡は全速力で出口へと駆けた。


 判断が間違っていたわけではない。
 相手の行動は比較的正しいものだった。
 唯一誤算だったのは、相手のM2が機甲軍の精鋭で構成された特殊部隊だったことであろう。
 彼らAT群はものの数分で全滅、特殊部隊の面々は帰還するだけだった。
 しかし、
「なんだ、ありゃあ……」
 工場区全域に影を落とす程に巨大な飛行戦艦が、その巨躯を宙に留めているではないか!
 驚きを隠せない面々。
 無理もない。これ程の戦艦は普通、軍が所持するものである。いや、これはそれ以上の大きさを誇る。
「な……っ!」
 さらに驚いたのは、その巨大戦艦の多連装重砲数門が自分たちを狙っていたということだ。
「ぜ、全機退却!」
 リーダーの男は無線に向かって叫んだが、遂に退却は果たせなかった。
 彼らが敵AT群を全滅させたのよりも短時間で、機甲軍が精鋭部隊は全滅してしまった。


   第1話:紅

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 暗い市街地を夜気を含んだ風が吹き抜ける。
――――『北西部工場区での密売取引に軍介入、無事解決』――――
 一面に大きくそう書かれた朝刊が、突風に煽られて舞い上がった。ひらひらと夜風に揺られる新聞は、とある看板に引っ掛かる。金属プレートには、金文字が彫ってある。

 【Made in Heaven】

 文字の隣に描かれたワイングラスの絵からするに、バーのようだ。
 金色のドアノブに提げられた木版には「OPEN」の文字。分厚い木製のドアからは、かすかにジャズミュージックが漏れて聞こえる。
 店内は薄暗く、BGMのジャズとの相性を合わせるためか大人びた内装だ。テーブル席が三席、カウンター席が十七席あり、店内中央にはグランドピアノまである。かなり本格的なバーである。
「やっほぉ~、マスター」
 そんな大人びた店内に似つかわしくない気の抜けた声の女性が、これまた大人らしくない動作で(どかっ、と)着席した。この店の常連客なのか、コップを磨いていたマスターはやんわりとした笑みで迎える。
「いつものやつに、ウォッカ入れて」
 だらっとカウンターに突っ伏すしながら、女性が言う。その注文に、マスターは苦笑いをする。
「おや、また失恋かい? これで、ええっと……」
「十四回目よ! 十四回連続で振られました!」
 がばっと起きたかと思いきや、ムキーッ、とカウンターをバンバンと両手で叩いて怒りを露わにする。マスターは子どものような彼女に優しい笑みを送り、いつの間に作ったのか、カクテルをコースターに乗せた。
「はい、どうぞ」
「ありがと~。やっぱ、ここが一番落ち着くわ」
 ぐいっ、とカクテルを一気に半分飲むと、女性は愚痴を零し始める。
「今度の人はさぁ、フリーのカメラマンだったんだけどね。ヌード写真を撮らせてくれって頼まれたから限界ギリギリまで脱いだのに、撮ったら撮ったでハイさよならよ。信じられる?」
「それは、不運だったね。でも、ラルちゃんならまた新しい人が見つかるさ」
「はぁ、イークリッドって苗字が重いのかなぁ」
 頬杖をしながらグラスを照明にかざす。淡い光はグラスの中の氷に反射して、女性の顔に屈折した光を投影した。
「まぁ、お祖父さんは知名度の高い方だからね。それもあるかも」
「う~ん……。政治家の孫ってそんなにプレッシャーあるかなぁ」
 陰鬱な表情で残りのカクテルを飲み干して、おかわりを注文。広いカウンター内に立つバーテンを一瞥して、子どもっぽい女性ことラル・イークリッドは疑問の声を上げた。
「ありゃ、今日はアルちん来てないの?」
「うん? ああ、今ちょうど休憩時間だから、多分店の裏路地で寝てるんじゃない? はい、おまちどお様」
 新しく注がれた“失恋後用カクテル”の水面から顔を出した氷を指で突付きながら、ラルは唇を尖らせた。
 やっぱり失恋の後は、目の保養が必要だと思うのだ。


   ◇


「……ふむ。撒いたのはいいが、ここはどこだ?」
 コツコツと靴音を石畳に反響させて歩く。夜風が狭い路地に無理矢理流れ込むせいで、まるでビル風のような勢いだ。
「夏が過ぎたばかりだと思ったが、時の流れは早いな」
 吹き付ける強風から体を守るため、緑色のコートの前を両手で引き寄せる。夏よりは冬の方が好きだが、季節の変化が途端に変わるこの節目の時期が一番嫌いだ。体が慣れるのに数日間掛かるのも、何というか面倒。いっそのこと、一年が秋か冬の気候ならばいいのにと思う。
 行くあてもなく、夜の街を徘徊していく。
 定間隔に設置された街灯のほとんどは光ることを挫折しており、辺りはネオンの看板以外に光源はない。
「それにしても寒いな……。どこか飲み屋でもあればいいんだが」
 きょろきょろと手頃な店を物色するその姿を、一際明るく輝いていたネオンライトが照らし出した。
 金色の髪はポニーテールに結われ、店を物色する目は碧眼である。タンクトップとシャツの上から緑色のコートを羽織っており、それら上着を押し上げるようにして豊満な胸が存在を主張している。腰はくびれているし、脚も絶妙な細さに引き締まっている。まるで人間が精巧に創り上げたかのような女性が、そこにいた。
 近くに飲み屋がないわけではない。しかし、どれも仕事帰りのサラリーマンが集うような店なのだ。
(なんか、違う。もっと大人な雰囲気の店がいいな)
 仕方ないが、もう少し歩くほかなさそうである。
 と、その時。
「ヘイヘイ、お姉さん! 独りなの~? おれらと飲まない?」
 見るからにチャラチャラした少年の集団に囲まれてしまった。流行なのか、髪型を整髪剤を使って立たせている。
 彼女は、声を掛けてきた男に「ウニ頭」というニックネームを付けた。
「君らに用はないよ。早く家に帰って親孝行してあげなさい」
 そう言い残して立ち去ろうとするが、ウニ頭がそれを許してくれない。
「つれないじゃん、カノジョ? ほら、この面子なんだぜ? イケメンばっかなんだから幸せじゃん」
「馬鹿言うな。君らのどこがイケメンなんだ? 私には到底理解出来ない」
 率直な意見を口にしただけなのだが、ウニ頭はそれが気に入らなかったらしい。ポケットからバタフライナイフを取り出し、刃を見せ付ける。
「いい加減にしろよ、このアマ! がたがた言ってねえで大人しくおれらの言うこと聞けばいいんだよ!」
「……ふぅ、私はただ酒を飲みたいだけなんだけどな」
「あ? なんか言ったかよ?」
 ウニ頭が詰め寄る。
 彼女は隙だらけで寄って来たウニ頭の手を捻り上げ、ナイフを地面に落として無力化する。ついでに突き飛ばした。香水の匂いが過剰だったのだ。
「慣れてないのに刃物なんか持つな。そして、私に構うな」
 これで大丈夫だろうと歩き出したが、今の行動で彼らを本気で怒らせてしまったようだ。囲んでいた少年らもウニ頭も、懐から拳銃を抜いた。
「クソアマが……っ、許さねえ。おいお前ら、そのアマを拘束して連れて来い!」
「だから私はただ酒が飲みたいだけなんだって……」
「うるせえよ、テメエはこれからたっぷりと調教してやるからな」
 流石の彼女も、三六〇度銃口を向けられたら迂闊には動けなかった。ウニ頭が先導して、人気のない狭い裏路地に連れ込まれる。
「なにをする気だ?」
「楽しい楽しい調教タイムさ。テツとセイヤは誰も来ないように見張れ。トモとスバルはこいつをそのパイプ椅子に縛り付けろ」
 トモ、スバルと呼ばれた少年は銃口を彼女に向けたまま、転がっていたパイプ椅子に彼女の両手両足を紐で縛り付けた。因みに、この紐はダンボールを束ねていたものだ。
 両手を後ろ手に、両足は足首を前の二脚側面、膝を後ろの二脚に縛り付けられた。つまり、大きく両足を開脚した状態である。
 ここまでされて、なにをされるのか解らない者はいない。彼女も少年らの意図に気付いていた。
(さて、どうするべきか……)
 彼女は思案する。
 まず、銃をどうにかしなければならない。しかし、自分は縛り付けられていて動けない。誰かが異変に気付く可能性は……? いや、ゼロだ。ウニ頭の手下が見張っている時点で誰も近寄るまい。では、誰かが銃を無効化してくれる可能性は……考えるまでもないか。
「どうしたよ、恐怖で声も出ないか? なんなら大声上げて助けを呼んでもいいんだぜ? 『きゃー助けてえ』ってな」
 下卑た声で大笑いするウニ頭と手下二人。彼女は無視を決め込む。
 再び打開策を思案していると、ウニ頭が声を掛けてきた。
「へえ、リュナって名前なんだ。意外と女っぽい名前じゃん。もっとゴツい名前かと思ったぜ」
「期待はずれで悪かったな、少年」
 コートの刺繍を読み取ったようだ。彼女――――リュナはそれだけ返して、また考えを巡らす。ウニ頭らは、自分をどうやって陵辱するかを相談していた。聞きたくないが、大声だったので卑猥な単語が耳に届いてしまう。そのせいで、思考もそっちへと流れてしまう。
(私、初めてなんだよな。痛いって噂だけど……)
 銃創とどっちが痛いのかなどとくだらない考えをしている自分を叱咤して必死に策を考えるが、身動きが取れないのでどれも実行に移せない。
「よし、やっぱり最初はそれだよな」
 最悪なことに、陵辱の手順が決まってしまったらしい。こんなチャラけた若者に初めてを奪われるのは悔しいが、自分ではどうすることも出来ない。撒いてしまった人物が助けに来るのを願うしか、今のリュナには出来なかった。
 ウニ頭が近寄って来た。まずはコートをはだけさせられる。
「結構デケエな」
「……ッ」
 唇を噛み締めるリュナの反応が興奮を刺激したのか、ウニ頭はポケットからあのバタフライナイフを取り出すと、白いシャツを縦に切り裂いた。襟から裾まで裂かれたシャツはただの布切れ同然だ。次いで、その下に着ていた黒のタンクトップも、同様にして裂かれる。しかも、丁寧なことにこちらは肩紐まで切断されて剥ぎ取られた。おかげで、青いブラジャーが丸見えである。
 ここまでを一息でやったウニ頭だったが、改めてその抜群のプロポーションを前にして感嘆の溜息をついた。
「スゲエ……」
 それは、監視している二人も同じだった。
 彼らの興奮は一気に最高潮へと達する。震える手でウニ頭は、最後の砦であるブラジャーの繋ぎ目をナイフで切った。
 プツンという音と共に被さっただけの状態となった青いブラジャー。ウニ頭が慎重にそれを剥ぎ取った!
――――それが監視役の少年二人が覚えている最後の光景である。
 何故なら、二人は一瞬にして首を打ち据えられて気絶したからだ。
 突然起きた現象に、ウニ頭もリュナも唖然とする。
「っるせぇな、おちおち仮眠も取れやしねぇ」
 視線の先に立つのは、白いワイシャツに黒いネクタイとベスト、同じく黒いズボンを穿いた青年。その青年を見たウニ頭の顔が、恐怖に引き攣った。
「お、お前は!」
「んあ? なんだ、てめぇか」
 パンパンと両手の埃を払うような動作をしながら歩み寄る青年に対して、ウニ頭が見張っていた二人を呼び寄せて前に立たせた。
「テツ、セイヤ! こ、こいつを殺せ!」
 顔中に冷や汗を浮かべて、ウニ頭が叫ぶ。心なしか、その声は裏返っているように聞こえた。
「う、うわああ!」
「く、来るなっ!」
 テツとセイヤが銃口を向けるが、ガタガタと震えて焦点が合っていない。どうやら、この少年らとあの青年は知り合いのようだ。
 だが、少年らの変わり様を笑う余裕がリュナにはなかった。彼女の視線は突如現れた青年に釘付けになっていたからだ。リュナの興味は、完全に彼に向いていた。人を惹きつけるなにかを、彼は持っていた。
 膠着していた場に、動きが生じる。
「おいおい、セーフティが掛かったまんまだぜ?」
 呆れ顔で言う青年の言葉にテツとセイヤが反応して、拳銃のセーフティを覗き込んだ。少年二人は素人も同然なので(それはリュナにも解っていた)、セーフティの場所を視認しなければ確認が出来なかったのだ。
「間抜け」
 瞬時に距離を詰めた青年が、テツとセイヤの顎に掌底打を叩き込んだ。歯と歯がぶつかる凄まじい音が鳴る。かなりの衝撃だ。テツとセイヤは一撃で気絶した。
「ったく、本当にザコばっかだな」
 心底面倒そうな顔でウニ頭を見る。別に睨み付けたわけではないのに、それだけでウニ頭は戦意を喪失したようだ。
「……ん?」
 と、ここで初めて青年は半裸のリュナに気付いた。
「ああ、成る程ね。そういうことか」
 リュナの状況から全ての経緯を悟ったらしく、面倒そうな表情に呆れを加えて青年が言う。
「お前ら、まだこんなことしてんのか? ガキだねぇ」
「う、うるせえ! て、て、テメエには関係のないことだろうが!」
 唾を飛ばしながら、ウニ頭が怒鳴る。
「大ありだ、腰抜け。お前らがうろついてるせいでな、商売上がったりなんだよ」
「ひっ!」
 青年が一歩歩み寄る度に、ウニ頭が三歩後退する。青年がリュナの前に来た時には、ウニ頭は裏路地の入り口まで後退していた。
「おい、ウニ野郎。お前んトコのザコボスに伝えろ。今後一切、この区画と周辺をうろつくなってな」
「く、くそ! 覚えてろよ、セタ!」
 捨て台詞を鼻で笑って、青年はリュナの後ろに回る。ウニ頭が落としていったバタフライナイフで、両手両足を拘束していた紐を断ち切ると、ワイシャツを脱いでリュナに渡した。
「安心しろ、暗いから見えなかった。それの上にコート着て帰んな」
 それだけ言うと、青年は立ち去ろうとする。リュナは急いでワイシャツを着ると、青年の背を追った。
「礼をさせてくれ。ええと、“セタ”?」
「それは名前じゃない。どっかの言葉で『猟犬』って意味。奴らが勝手に付けたあだ名さ」
 青年は路地から出たところで立ち止まって振り返る。だが、名乗る気はないらしい。
 明るいネオンライトに照らされた青年の顔は凛々しい。目つきが鋭く、瞳が紅いのも特徴的だ。上半身の体つきも、筋肉に無駄がなく、まるで鍛え抜かれた兵士のようだ。いや、実際彼の体には無数の刃物傷と銃創の痕が見受けられた。もしかしたら、どこかの戦場にいたことがあるのかもしれない。
 上半身を見つめていたリュナの視線が青年の視線と交錯した。
「あ、いや、その……」
「傷跡? 別に大したことじゃない。ただ、ちょっと訳ありでね」
「は、はあ……」
 思わず赤面してしまうリュナ。リュナは、そんな自分に驚いていた。男性と会話して赤面するなんて、十代の時以来だろうか。
「どうした?」
「……いや、なんでも」
「ふうん、変な奴……」
 ぼそっと呟くと、青年は行ってしまった。


 結局、“セタ”と呼ばれた青年の背中は追えなかった。
 やっと、撒いた人物が追いついたのだ。
 リュナはその人物に連れられて、逃げ出した場所に戻って来ていた。
「やれやれ、疲れましたよ。もう逃げ出すのはやめてください、ウェイン少佐」
「だから、すまなかったと言っているだろう。堅いんだよ、お前も上の連中も」
 リュナ・ウェイン。階級は少佐。
 彼女は軍人だ。故に、ウニ頭のナイフを無力化したり、銃口を向けられても怯えなかったのだ。
「それより、大尉。外で凄い兵士に会ったぞ」
 リュナは勲章が提げられた軍用コートを着ている。さっきまで着ていたワイシャツは、今はクローゼットの中にある。
「ほう、どんな人物なので?」
「白兵戦の腕も立つし、体は隙がないくらいに実戦で鍛え抜かれていた。多分、どこかの傭兵だと思うのだが……」
 リュナが遠い目をしているのに気がついた大尉は、少し焦った。彼女がその人物に「ホ」の字かもしれないと思ったからである。
「それは興味深いですな。一度、戦ってみたいものです」
「やめておけ、大尉。下手すれば、お前が負けるよ。セタは、彼はそれ程に強い……と思う」
「しょ、少佐ぁ……」
 駄目だ、自分の世界に浸っている。こうなった彼女の邪魔をすると危ないのを知っている大尉は、静かに(僅かに肩を落として)執務室を後にした。
 ドアを閉めながら、大尉は心に誓う。
――――その人物と戦場で交戦した時、絶対に負かしてやる!


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 西暦二〇十五年、西暦が終わりを迎えた年。
 世界規模で起きた大恐慌は、経済対策を導入してどうにかなるようなものではなかった。各国の経済状況は日に日に悪化し、国民が次々と餓死していくまでになってしまった。さらに、各地で飢餓から脱しようとする民間ゲリラ組織による内戦も勃発、国家としての機能を失う国も続出してしまう。
 世界は混沌と化していた。
 物資や資源が枯渇し、国家運営すらままならない世界情勢。それまでかろうじて存在していた平和の均衡が崩壊するのに、大した時間はいらなかった。
 そして、運命の日。
 某軍事大国を狙って発射された核ミサイルを引き金に、世界各国の原子力潜水艦から核ミサイルは同時発射され、世界は死を迎えた。
 後の教科書に必ず掲載されるこの『第三次世界大戦』により、世界人口はおよそ半数まで減少し、国家という区別を明確にしていた国境までもが完全に消滅してしまった。あの空をも焦がす戦火を生き延びた人たちは、三次大戦のことを“ラグナロク”と呼んで未だに恐れている。
 この“ラグナロク”を生き抜いた人々は、やがて理想を同じくする他人と小規模のコミュニティを形成するようになる。時が経つに連れてそのコミュニティは巨大化していき、最終的には二つの勢力が誕生していた。
 即ち、
――――大戦前と同じ世界の復興を謳う“再建派”。
――――全く新しい新世界の構築を謳う“改革派”。
 この二大派閥は、想暦(三次大戦終戦日の翌日からの暦)三十四年にそれぞれ“海嶺城砦アトラティア共和国”・“天空城塞ラピュテリス連邦共和国”と名を変え、こうして世界を二分する対立国家が誕生したのである。
 時が過ぎ、現在。両国の争いは熾烈を極め、急成長した文明による戦争が繰り広げられている。
 大戦の歴史を知る人々は、皮肉を込めて現代をこう呼んでいた。
――――『バレット・ライフ』、と。


   ◇


「うぬぁーッ! もう嫌やーッ」
 怒り心頭の親友は、拳を振り上げながらそう叫んだ。大体理由は解るが、一応機嫌取りのために訊いておく。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないねんて! ホンマに腹立つ~!」
「さっきの演習?」
 まあまあと宥めつつ、先を促す。
「もう、ありえへんて! あの白兵戦演習の時な、パートナーの男がめっちゃ体触ってきたんよ! でな、組み手ん時にど突き倒したろ思うた途端、今度はあからさまにおっぱいやで! ホンマに男なんて不潔な生き物や! 信じられへん!」
 ぎりぎりと歯軋りして唸る様は、まるで小さな子どものようである。
 思い出してまた腹が立ったのか、すれ違った後輩に因縁をつけてガンをくれた。
「こんのド阿呆ッ、どこ見て歩いてんねん! 人様にぶつかっておいて知らんぷりしようとしたってな、そうはいかへんぞ!」
 怯える後輩に対してさらに詰め寄り、親友の八つ当たりは続く。
「な、なに見下しとんねん! ちょっと背が高いからって、ウチよりも偉いと思うてんねんのやろ? かあーッ、腹立つ! なんやねん、少しばかりおっぱいが大きいからって調子乗ん……」
「はい、そこまで。行くよ」
 流石にこのままだと後輩がかわいそうなので、襟首を引っ掴んで無理矢理教室へと引き摺っていく。その時に、後輩に謝罪を入れることも忘れない。
 ずるずると引き摺られること数メートル、背の小さい親友は抗議の声を上げた。
「ゼっちゃん、ゼっちゃん。引き摺んのやめ!」
「ニィが大人気ないことするからでしょ?」
「せやかて、皆ウチのこと見てるやんか!」
「なに、恥ずかしいの? さっきはあんなに大声で怒鳴ってたのに?」
 意地悪くそう言うと、エレメンタリーチルドレンからの親友、ニィ・シノーラは「ううっ」と呟いて黙り込んでしまった。そんな親友を可愛いと思いながら、ゼオ・レーナはニィを引き摺ったまま、自分たちが所属するクラスに入った。
 教室内はかなり広い。室内は正三角形型だ。黒板を頂点として、固定された机と椅子が定間隔に配置されている。床が後ろへいくに連れて少しずつスロープになっていて、どの場所に座っても黒板が見えるような工夫がなされている。
「はい、到着」
「なんか、疲れたわ……」
 ふぃー、と溜息をついて机に寝そべるニィの隣にゼオは座ると、騒がしい教室内を見渡した。
 きゃあきゃあと黄色い声を上げて会話している女子もいれば、静かに読書している女子もいる。次の授業の予習をしている男子もいれば、格闘技の技を掛け合っている男子もいる。
 それは、きっとどこまでも平凡な学生生活の一部だろう。しかし、ここにいる全員が平凡であってそうでないのだ。今時の話をしている女子も、アイドルの話をしている男子も、皆その懐には常識では考えられない物を所持している。
 そして、自分やニィも。
 ゼオは何気なく自分の制服の下、左の脇に手を入れて、硬く冷たい塊を取り出した。それを机上に置く。
 そこにあったのは、蛍光灯の光に黒く輝く拳銃だった。
――――国立ギブリランドスクール。
 海嶺城砦ラピュテリス共和国が誇る、世界最高峰のヴァルキリー育成学校。それが、この学園の正体だ。
 今まで、機甲兵器のATやM2を駆るヴァルキリーと呼ばれる機甲猟兵は年々志願者が多いものの、専門知識に欠ける者が多いという問題があった。軍はこの問題を解決すべく、ヴァルキリーを育成する専門機関の設立計画を発表。そうして建設されたのが、この学園なのである。
 ギブリランドスクールには三つの学科があり、ATやM2の構造を学んで大手軍事企業への就職を目標とする機械工学科と純粋にATやM2の操縦技術を学ぶ普通科、戦場でも通用する戦術や高度なテクニックなどを学ぶ特別科(または機甲猟兵学科とも)がある。
 ゼオやニィが所属しているのはその特別科で、この学科では拳銃の所持が義務付けられている。これは、実際の授業で射撃訓練や猟兵としての基地制圧などの実演訓練がカリキュラムに組まれているからで、むしろ、演習をしない授業の方が少ない。この学科に配属されている教官は全員が元軍人か傭兵であり、現役の軍人が講師として招かれることもある。
 訓練はどれも厳しいものばかりだが、それ以外はかなり自由に過ごすことが出来る。学園内には年頃の生徒への配慮なのか娯楽施設も完備しており、まるでテーマパークのような設備と広さを誇っている。
 しかし、勿論のこと、楽しい噂ばかりではない。
 ギブリランドスクールの実演訓練には実弾が使用されるせいで、毎年多くの死者や怪我人が出ているのだ。訓練は常に死と隣合わせ。その恐怖による精神崩壊者の続出。その事実があれば、これらいくつもの娯楽施設があるのも頷ける。
(お父さん、お母さん……)
 ゼオは机上に置かれた自分の拳銃を見つめた。安全装置が掛かっているが、弾倉の中には九ミリの弾丸が十五発も装填されている。セーフティレバーを上げて引き金を引けば、命を破壊する鉛の塊が飛び出して人を殺すことが出来る。
 ゼオは拳銃のグリップを握った。ひんやりとした冷たい感触とずっしりとした重みが、手に伝わる。
 彼女の両親は、幾度なく続いている戦争で死んだ。当時まだ幼かったゼオの目の前で、両親は敵国ラピュテリアの兵士に撃たれ、穴だらけにされたのだ。
 しかし、成長したゼオは復讐を誓わなかった。復讐は己を殺してしまう危険な考えだと両親に教わったからだった。
 敵を倒すことで多くの人が救われると信じて銃を取り、戦火で両親を失う子どもがこれ以上増えないようにと願って機甲兵器に乗る。
 それが、ゼオ・レーナがこの学園に入学した理由だ。その信念は、今も曲がっていない。
 銃を戻し、隣を見る。
 いつの間にか寝た親友は、すやすやと穏やかな寝息を立てている。この親友もまた、自分と同じ境遇で育ち、同じ信念を抱いていた。だからこそ、仲良くなれたのかもしれない。憎い戦争のおかげで一生涯の友を得るとは、全く皮肉なことである。
 時計を見れば、まだ次の授業まで時間がある。
「あたしも一眠りしようっと……」
 ゼオが目を閉じたのと同時に、校内放送が入った。
『特別科A組のニィ・シノーラさん、ゼオ・レーナさん――――』
 それは、至急に学園長室へ来るようにという呼び出しの放送だった。
 ニィを起こして廊下に出る。
「ウチら、なんかしたっけ?」
「ううん、なにもしてないと思うけど……」
 二人で首を傾げながら階段を上り、最上階にある学園長室へ向かう。
 自分以外にも何人か呼ばれていたが、そのメンバーには関連性がない。親しくもなければ、友達ですらないのだ。
(あ……)
 いや、関連性が一つあった。
「ねぇ、ニィ。さっき呼ばれたメンバーの人ってさ……」
「ゼっちゃん、ウチも同じこと考えてた」
「「対M2訓練成績優秀者!」」
 そう、対M2訓練において、教官たちからかなりの評判を買っている人物ばかりだったのだ。しかし、果たして自分たちがその部類に入るのだろうか。
「むむ、これは雲行きが怪しいで」
「嫌な予感がするよね……」
 着いてしまった学園長室。
 学園内の最高責任者が縄張りとしているだけあって、凄いプレッシャーを感じる……気がする。
「ここまで来ちゃったんだし、しょうがないか」
「せやな、腹括るしかないな」
 開ける前に、大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせてから、
「「失礼します!」」
 金の装飾が施されたのドアを押し開けた。


   ◇


「よおし、全員揃ったなあ~?」
 緊張感のない声が、確認の声を上げた。
 ぽっこりと出たビールっ腹と黒縁眼鏡がトレードマークで、ロリコンを公言するこの目の細い中年男は、驚くことなかれ、ギブリランドスクールの教頭である。かつては腕利きの傭兵だったらしいが、今ではその片鱗すら窺えない。教頭を見る度に、言い知れない嫌悪感を抱いてしまう生徒は多いと聞く。
(まぁ、妥当だよね)
 鳥肌が立つ悪寒を感じながら、ゼオは思った。
「ユーたちを集めたのは、ある特別な人に腕利きを召集しろって言われたからなんだけどね、その特別な人がまだ到着してないんだわ。まあ、ゆっくりしてて」
 今日は学園長が出張なので、次に権力がある教頭が最高責任者となる。お目付け役でもある学園長がいないのをいいことに、教頭は集めた生徒の内の数人(女子生徒)を物色し始めていた。
 集められたのは、男子四人に女子三人の計七人。
 ゼオは、そっと各々を観察する。一応、他の五人のことは知っていた。
 まず一人目は、レジーナ・エレド。特別科B組の女子生徒だ。勝気な性格で、行動派。中性的な風貌をしており、体の発育もまだこれからといった感じ。噂では、ツンデレらしい。だが、その技量は本物だ。B組のエースと呼ばれる程の実力を持っている。
 二人目は、フォスター・レインズ。同じくB組の男子生徒だ。正義感が強く、常に張り切っている熱血漢で、努力を惜しまない性格として知られている。例えるのなら、止まらない特急列車。正直言って暑苦しいが、高い技量は努力の賜物である。
 三人目は、カスケード・ソレイロ。特別科C組の男子生徒だ。楽天家として知られ、手癖の悪い遊び人とも言われている。プレイボーイを気取っている男というのが、ゼオの見解だ。父親がヴァルキリーだったらしく、小さい頃から英才教育を受けて育ったと自慢しているのをよく聞く。
 四人目は、レノ・ジークフェル。同じクラス、特別科A組の男子生徒だ。品のよい物腰と丁寧な口調が特徴で、同年代や年下にさえも敬語を使う穏健な性格。紳士な態度と童顔な顔立ちが多くの女子のハートを射止めていて、公式ファンクラブも存在している。実力も十分にあり、特に遠距離戦においては右に出る者はいないのではと囁かれる程である。
 そして、五人目。
(あ、この人……)
 ゼオは残りの一人を見つめた。
 鋭い双眸に紅い瞳。漆黒の髪は無造作にされているが、それが凛々しい風貌に不思議とマッチしている。だらしなく制服を着てはいるが、不良だとの噂は聞いたことがない。あまり自分のことを語らない人物だが、彼の経歴を知らない者はいないだろう。
 名前はアークハルド・ロイトナイル。同じA組の男子生徒だ。彼は幼少の頃、戦場にいたらしい。避難民としてではなく、兵士として。
(エレメンタリーチルドレンの頃のあたしがニィと遊んでる時、あの人は戦争してたんだ……)
 そう考えていると、ゼオの視線に気が付いたのか、
「アルが気になるんですか?」
 レノ・ジークフェルがそう話し掛けてきた。
「ふぇっ!?」
 ぼーっとしているところに突然話し掛けられたので、変な声を上げてしまう。
「いえ、さっきからレーナさんがアルのこと見てたもんだから、てっきりそうかと」
「え、いや、その、ええっと……違う!」
「冗談です」
 ゼオの慌てぶりに、レノは邪気のない笑みを浮かべる。
(調子狂うなぁ……)
 と思いながらも、すぐに視線はアークハルド・ロイトナイルに釘付けにされてしまう。目を逸らせないわけではないのだが、彼にはなにか人を惹きつけるオーラみたいなものが感じられるのだ。
 当のアークハルドは部屋の壁に寄り掛かって腕組みをし、床の一点を見つめたまま動かない。先程からずっとその姿勢だ。なにを考えているのか、表情からは読み取れなかった。
「ユーたち、お客様が到着したみたいだから整列して」
 教頭の指示で横一列に並んで待つこと、数分。
「遅れてすまない。楽にしてくれ」
 ハスキーな声の女性が、厳つい顔の男と共に現れた。
「私はリュナ・ウェイン少佐だ。機甲軍に所属している。諸君らも自己紹介をしてくれると助かる」
 女性は学園長が座る椅子に腰掛けると、自己紹介をしていく生徒たちを一人ずつ観察する。
 最後から二番目のレノが自己紹介を終えた時、リュナの顔に驚愕の色が浮かんだ。
「む、君は……!」
 目が合った生徒――――アークハルドも、驚きを隠せない。
「あんたは……!」
 しばしの静寂。
 固まっているアークハルドにレノが耳打ちする。
「知り合い?」
「んあ、まぁ、その、なんだ。ちょっと訳ありでな」
 レノは「ふうん……」とだけ言うと、姿勢を正した。アークハルドはほっとする。別にやましいことはないのだが。
 全員の自己紹介を終えると、リュナは机上で手を組んで話し始めた。
「諸君らを集めたのは、この学園内で腕利きと聞いたからだ。単刀直入に言おう。我々に力を貸してほしい」
「我々って……軍隊っすか?」
 カスケードの質問にリュナは頷いた。
「先日、我々軍隊が北西部の工場区で行われた違法取引に介入した事件を知っているか?」
「昨日の朝刊に載っていた記事ですね?」
 レノの答えを肯定して、続ける。
「実はあの記事には書かれていない事実がある。そして、それが諸君らを集めた理由でもあるんだ」
 一旦言葉を切り、間を置く。
「事件解決のために送られたのはM2で編成された機甲部隊だったんだが、任務の完了後に全機との連絡が途絶、バイタルサインもエラーを示した」
「え? それってどういう……」
 リュナの回りくどい言い方が理解出来なかったのか、フォスターが疑問の声を上げる。
「つまり――――」
 答えたのは、アークハルド。
「――――全機撃破されたと同時に、ヴァルキリー全員が死亡したってことか」
「その通りだ、セ……ロイトナイル君」
 リュナは嬉しそうに微笑んだ。脇に待機していた男が凄い速さで彼女を見やるが、リュナはそれを無視して話を続ける。
「軍のM2が全機撃破されたことも重大なんだが、さらに重大なのはその部隊が精鋭中の精鋭、機甲軍が誇る最強の特殊作戦部隊【T.A.R.O.T.】だったという点にある」
 それを聞いた半分が驚愕したが、知らない単語にもう半分は首を傾げる。
 レノも知らなかったのか、隣のアークハルドに【T.A.R.O.T.】のことを尋ねた。面倒だと思ったが、この場にいる全員の視線が自分に向いていたので仕方なく教える。
「【T.A.R.O.T.】ってのは、戦術的な攻撃と偵察を受け持つ機甲部隊のことだ。国が誇る最強の特殊作戦部隊だと思えばいい」
「正解だよ。博識だな、君は」
「ちょっと訳ありでね」
 感心するリュナにそう返答して、アークハルドは話の先を促す。
「それで?」
「彼が言ってくれたように、この部隊は高度に訓練されたレンジャーだ。与えられる任務も、軍の他機関がこなせない難しいものばかり。死傷者も多く出るし、どの任務に出撃しても生きて帰れる保障がない。そのせいで、志願者が一人もいなくてな。選抜されるのは栄誉なことだと新人にも募ったが、結果はゼロ。そこで、君らの出番だ」
 意味ありげなリュナの笑み。集められた生徒全員が悟った。
――――これは嫌な予感がする、と。
 そして、
「話は簡単だ。君らは今この瞬間より、【T.A.R.O.T.】の正式なメンバーとなる」
 その予感は見事に当たってしまうのだった。
「強制じゃないすか!」
 早速、カスケードが異議を唱える。
「安心しろ。いきなりM2に乗せて出撃しろとは言わないよ。ちゃんと訓練を受けてもらうから心配はいらない」
 あっけなく返されてしまう。
 最悪なことに、どうやら決定事項らしい。
「そんなに暗い顔をするな。大丈夫だ、サポートもバックアップも充実してるし」
 正直、なにが大丈夫なのかが理解出来ない。
 緊張にそわそわし出した生徒たちの反応を気にせず、リュナは強引に話を再開させる。
「部隊というからには団体行動で任務をこなすことになる。まずは、リーダーを決めなきゃな」
 リュナがそう言うと、脇に控えていた男が一歩前に進み出た。
「部下のバスカ・デュラン大尉が、リーダーの選抜を手伝ってくれる。心して掛かれよ」
 さらりと言い終えたリュナだが、生徒たちは聞き逃さなかった。
 コイツは今、“手伝ってくれる”とそう言わなかったか?
「……つまり?」
 恐る恐るニィが尋ねると、リュナの代わりに教頭が答えた。
「ATに乗って大尉との模擬戦闘演習だよ。あれ、言ってなかったけ?」


   ■


 森林のような野外演習場に、七機の訓練用ATと一機のM2が待機している。ATは訓練用なので貧弱な武装だが、M2は軍使用なので実践的な武装である。
 鬱蒼と茂る木々に紛れて身を隠すAT七機に対し、M2は開けた場所に直立している。
『ユーたち、聞こえてるかな?』
 音声回線を通して、教頭の腑抜けた声がコックピット内に響く。実に不快だ。 
『もう一度、機体番号を確認しておくよ』
 そんなアークハルドの気持ちはお構いなしに、教頭は棒読みで機体番号を確認していく。互いをコールし合う際、この番号で呼び合うのだ。 

 一番機:アークハルド・ロイトナイル。
 二番機:レノ・ジークフェル。
 三番機:レジーナ・エレド。
 四番機:フォスター・レインズ。
 五番機:カスケード・ソレイロ。
 六番機:ニィ・シノーラ。
 七番機:ゼオ・レーナ。

『解ったか~い? じゃ、頑張って』
 ぶつりと唐突に回線が切れる。
 今、全機は森林に隠れるようにして陣形をとっている。訓練用ATの装備と装甲はかなり軟弱なため、迂闊に敵前に姿を現せば一瞬にして撃破されてしまうのだ。
 陣形は円型。円の中心では、大尉が操縦する軍用M2が周囲を警戒している。
『作戦概要を伝える』
 再び回線が開き、リュナのハスキーな声が響く。
『デュラン大尉が乗るM2を行動不能にしろ。時間制限はないが、相手は一機だ。見事な手際を期待している』
 短く要項だけを伝えると、回線は閉じた。必要な情報だけを通達し戦闘に集中させるのは、上官の必須技術だ。余計な会話をべらべらと喋られたら、どんなに訓練された兵士でも集中を殺がれてしまう。
 沈黙するコックピット内。
 冷たい操縦桿。
 動力機関の低い稼動音。
「……」
 アークハルドは、この静寂が好きだ。歩兵上がりなのだが、何故かひどく落ち着く。まるで、自分の存在すべき場所がここであるかのように。母親の胎内とはこのような雰囲気なのかもしれない、などと漠然と考えていると、
『――――質問があるのですが』
 回線が再び開いた。声の主は、レノ・ジークフェル。
『この演習中の指揮は誰が執るんでしょうか』
 そういえば、確かに彼の言う通りだ。
 これはリーダーを選抜するのが目的の演習だが、まさか指令役が不在のまま戦闘を行うわけにはいかない。陣形は明らかに集団戦を前提としたものだし、誰か有能な人材が代表して指揮を執らないとこの陣形の意味がない。相手は一機だが、軍人である。実戦経験も豊富だろうし、こういった対複数においての戦闘は得意としているに違いない(だからこそ、演習相手に選ばれたのだろう)。
 召集された面々の中で誰が適任なのかを考えるが、あまり他生徒と繋がりを持たないアークハルドには、彼らが判断力や戦略的思考といった指揮官的要素を持っているのかどうかが解らなかった。
 回線が沈黙する。
 他の生徒は消極的なのか、立候補しない。
(やはり適任なのは、レノだな……)
 他に考えられない。
 アークハルドは彼を推薦しようと口を開いたが、
『――――仕方ないから、オレがやってやるよ!』
 カスケード・ソレイロに先を越されてしまった。しかも、まさかの立候補。
 実力があるのかどうかは知らないが、ヴァルキリーの英才教育を受けて育ったと公言しているらしい。しかし、これといった実績を聞かないのも事実。実力や性格を知らない人間に指揮を任せるのは少し気が引けるが、たかが演習だ。命を落とすことはない。
『じゃあ、ソレイロさんということで』
 言い出しっぺのレノが肯定し、仮の指揮役決定。
 早速、ソレイロが命令を飛ばす。
『いいか、作戦は簡単だ。オレが先攻するから、他は援護しろ』
「……は?」
 人は本気で呆れると、開いた口が塞がらなくなるというのは本当のようだ。恐らく、今の命令を聞いた全員が「ぽかん」としていることだろう。
(こいつ、円陣の利点が解ってねぇ……)
 周囲が唖然とする中、ソレイロが乗る五番機が動いた。
 文字通り、一直線にブースターを吹かして目標に肉薄する。レノの二番機が援護射撃をしようと、俺が乗る一番機の隣で射撃体勢をとる。が、なにを思ったのか、五番機はふらふらと左右に中途半端に動き出した。どうやら、回避行動のつもりらしい。
「……勘弁しろよ」
 その練度の低さに思わず、言う。
――――勿論、あんな動き方で回避出来るはずがない。
 五番機はあっさりと、デュラン大尉のM2に撃墜された。大尉のM2は一歩も動いておらず、ただ振り向いて射撃しただけだった。
 煙を出して倒れた機体から、全機へ音声回線。
『なんで、誰も援護しない!?』
 ソレイロが喚く。
『援護しようにも、あんな風に射線上をうろちょろされては援護出来ませんよ』
 その戯言に、レノがぴしゃりと反論。ごもっともだぜ。
 しかし、ソレイロが撃破されたことで仮の指揮役が不在となってしまった。全ては力量不足のナルシスト野郎のせい。
『……さて、どうしましょうか』
 レノも同じことを考えていたようだ。
『僕が推薦してもいいですか?』
 各機から異議なしの声。……何故か、嫌な予感がする。
『アルに担当してもらうのはどうでしょう? 彼ならやってのけますよ』
 的中万歳ってか、ふざけやがって。しかも、どこか他人事発言。ちきしょう。あいつ、自分じゃないからって無責任なことを。しかも、微妙に楽しんでるようなニュアンスが感じられる。いや、間違いなく楽しんでやがる。
 各機から賛成の声が。
『では、決定ということで』
 おい、誰も俺の意見は聞かないのか。個人の意思が反映されるのが、民主主義じゃないのかよ。
 レノに秘話回線を繋ぐ。
「やりがったな、この野郎」
『適性を考えての人選さ。適任だろう?』
 俺の文句をさらりと涼しい声で流す。
「お前のこと、一生恨むからな」
『アルの想いなら喜んで受け止めるよ』
 冗談めかして言う。口の減らない奴だ。憎めない人柄なのがマジで憎い。
 だが、いつまで文句を言っても始まらない。やるしかないのだ。
 溜息一つ、
「一番機から各機へ。――――戦略を伝える」
 円陣の利点は、撃破する対象が円の中心にいるというところにある。つまり、おのずと敵機は誰かしらに背中を向けることになるのだ。この時、互いを同士撃ちしないように配置することを忘れてはならない。流れ弾が味方に当たるなど、素人がすることだ。
 敵は中心にいるわけだから一斉攻撃を仕掛けてもいいのだが、それでは戦略性に欠けるし、相手が一斉攻撃に備えていないわけがない。加えて、一斉攻撃は味方を誤射する確立が格段に上昇してしまう。相手は回避行動をとるわけだから、当たり前のことだ。
 これらのリスクをカバーし、反撃の隙を与えず確実にダメージを追わせる戦術はただ一つ。
「――――これから、各機を陽動班と攻撃班に分ける」
 かなりベタな戦術だが、それは同時に成功率が高いということでもある。戦場では例外を除いて、奇抜な策が通用することはごく稀だ。生き残る戦術というのは、結構ベタなものが多い。
「四・六・七番機を陽動班。一・二・三番機を攻撃班とする。各機の了解を以って、行動開始」
 全機から応答を確認、再配置が完了する。



 全機、システムをR(偵察)からC(戦闘)にモード変換。FCS(火器管制装置)のセーフティが解除、メインモニターにガンレティクル(照準)と積載兵装が表示される。操縦桿のトリガーセーフティも解除。
 戦闘モード、起動。
 まずは、陽動班が仕掛ける。フットペダルを踏み込み、ブースター点火。機体に推進力が生まれる。動いたのは、四番機だ。巡航速度で牽制射撃を繰り返しつつ、デュラン大尉の注意を引く。弾丸は機体に命中しないが、牽制が目的なので気にしない。
 向かって右に動いた四番機を追うようにして、大尉のM2が方向転換。その時を見計らって、六・七番機が四番機と逆方向に巡航速度で陽動を開始。両側からの牽制射撃を迎撃すべく、大尉のM2は両手に装備されたライフルを大きく左右に開いて射撃体勢をとった。
 直後、

 ……ッ!!

 デュラン大尉のM2胸部に衝撃。レーダーを確認するが、反応がない。
――――反応が、ない?
(馬鹿な! 軍採用のレーダーだぞ!?)
 大尉の背筋に汗が浮かぶ。敵の誰かがレーダーの範囲外から射撃し、正確にコックピットのある胸部を撃ち抜いたのだ。しかも、敵の乗るATは訓練機である。軍が使う標準装備のATよりも数段性能が低い。使用GCS(射撃指揮装置)も、旧世代のはずだ。サイティング能力は、然程広くない。つまり、肉眼のみで命中させられたことになる。
(まさか、これほどとは……)
 尋常じゃない。いや、むしろ神業と言っても過言ではない。GCSの普及した現代で、こんな射撃をやってのけるヴァルキリーなど、いくら探してもいないだろう。もしかしたら、機甲軍のベテランにさえ出来ぬ芸当かもしれない。

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