心に残った話3(見聞きした死)



彼は小学校五年生の時私の後ろの席になった。かっこいい部類に入る男子だった。成績優秀で、いい男で・・・
クラスの中心的な子であり、この子にもよくいじめられた(笑)
良く足が痛いと言い出した。スポーツマンだったからスポーツで痛めたのかもしれないと接骨院に通っていたが、何週間通っても痛みが引かないからと総合病院である市民病院で診てもらったそうだ。
結果、即入院彼は医科薬科大学病院に転院した。詳しい病名は知らないが
癌だったという事は亡くなった後知った。

夏休み明け、図書室で工作展示会を見ていた私たちのクラスに担任が「おい、お前たち教室もどれ」見に行って来いといってすぐだったからなんだろうと思って教室に戻った。担任が言った「Hくんは昨日亡くなったそうだ」
教室中がみんな泣いた、私も泣いた。一人の同級生が私を見て茶化す。
「おまえなんかに泣かれたら●●はうかばれんわっ」Hくんの親友だった私の幼馴染がそれを一喝した「馬鹿なこというとんなよっ」
葬式の席クラスメイトは全員出席していた。ずっとすすり泣いている声が残っていた。

●ひとつ上の先輩のこと

確か先輩が小学校高学年になったときのことだと思う。私がまだ三年生の時だったかな?遊びたくて急いで帰っていたときだったらしい。反対側の歩道に親を見つけたのか、それとも同級生の友達を見つけたのか、先輩は県道に飛び出してしまった。大型トラックがそこへ突っ込んで先輩は轢かれた。即死。

●同級生Mの弟くん

小さい頃一番遊びにいったのは同級生のMの家だった。
ひとつしたの弟くんは私のことあまりよく思ってなかったかも。嫌われ者だったし・・・でも行けば「こんちわ」と挨拶してくれる子だった。
仕事で手を滑らせ作業していた車両から落ち、その車両に轢かれて彼は死んだ。まだ二十代の前半だったと思う。鉄の塊が体を押しつぶしてしまった。
私たちが使う公共の乗りものは便利です。でも天候の悪さの中でも彼のように危険と隣り合わせの作業する人がいてこそ、その乗り物は私たちが便利に使える。忘れたくない死です。


●同級生Mさんのこと。

話を聞く数ヶ月前、ある季節にのみ開かれるイベントに彼氏(元だんな)とそのイベントを見に行っていた。
見覚えのある顔を見つける。同級生のMさん。幸せそうに彼氏と腕を組んでいた。

その後、勤務先から帰省していた時母が言う「Mさんってねーちゃんの同級生だったよね?」うなづくと母は続けた。用水路から遺体があがったとの事。失恋による身投げだったらしい。
私も今までかなり失恋してきた。死にたいと思うくらい傷ついたりもしたけど、昔きいた話とかあってせいぜいできて手首にちょいと傷をつける程度。
新しい恋がはじまるまではきっと彼女の気持ちがわかるのだと思う。
でも、何も死ななくても、と思う。

●同級生Tくんのこと。

中学の時にいじめをしていた中心人物だと私は思っている。
一度だけ学生時代に彼が「じゃまじゃぼけっ」と私の椅子をけり倒した時の事、その椅子が当たって私はぶち切れその椅子を彼に向かって投げつけた事がある。それまでは逆らうなんて事したことがなかった。耐えていたら過ぎ去ると思っていたから。

同窓会に行ったときにこいつを酔いつぶしてやろうと考えて、ビールを持って行き話しかけたところから結局は最後に送ってもらうまで一緒に飲んだ。
幹事の一人を一緒に送って行って家が違うとわめき散らした彼は「おいっさきに○○子っお前を送ってくわ、Rんちどこかわかんねーっ」と彼は言った。「今日は楽しかった送ってくれてありがとう」そう言うと「お前変わったな~明るくなったよ、また飲もうぜ」と言ってくれた。

その後妹から「おねーちゃん、Tさんしってるよね」ああ・・うん。
「死んだよ・・・突然死だって」絶句した。まだ彼は二十台の時だった。

●元だんなの友達のこと。

中学の時だったという。多分そのお友達は、小学校からの同級生であったはずで、元だんなはとても頭のいいやつで人の役に立つ職業に就くつもりでいて大学も目指していたんだとその人の事を教えてくれた。
その友人がある日階段を下まで下りられないからおぶってくれと彼に頼んだという。そのときにはもう発病していたのだとか、ふざけて絡み合ってあそんでいた頃の体の重みは丸でなく、なんて軽いんだろう。そう思ったという。
彼の病名・・・・急性骨髄性白血病。その後何ヶ月かして亡くなったという。まだ十代。

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