山口小夜の不思議遊戯

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2005年09月06日
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テーマ: 小説日記(233)
カテゴリ: カテゴリ未分類


 ──おーい、おまいら。お小夜がブイまで泳ぐとや!
 そして武人は大声でそのへんの子供たちに言い渡すと、ふたたび絶壁の上に駆け上っていった。
 ──見物するだ!
 他の子供たちも、口々にそう言って浜辺に集まってきた。

 ──よーし。
 もう後にはひけない。
 小夜はためらうことなくざんぶと海に飛び込むと、必死に海面をかきはじめた。すでに底に足がつかなくなっているのがわかる。

 息を吸いに顔をあげる小夜の左の視界に、小さな海上巡視船が港から出航していくのが写った。

 ──誰だ、ありゃあ。
 ──相生のあまっちょだぁ?
 ──誰ぞ、競争してこいっちゃ!
 彼らのそんなことを言い合う声が、小夜の耳にも届いた。

 皆生の浜からおのこの一人が、ブイに向かって泳ぎ出していた。
 小夜はそれには意に介さずに泳ぎ続けた。彼女にとっては、海をこんなに泳ぐのははじめてのことだった。そしてこれは、はじめて小夜が相生の子供を代表して取り組む事業であった。

 小夜の心は躍っていた。少しいたずら心が起きて、小夜はくるりと一回転してみた。再び海面に頭を出すと、相生の子供たちの応援する声が響いてくる。小夜はまたゆうゆうと抜き手を切って泳ぎ始めた。

 あと10メートル。皆生の子は小夜に遅れている。
 残り5ストロークでブイにたどりつくと、浜ではまた歓声が上がった。
 ブイまでの遊泳は、そんなに辛いものではなかった。

 ──勝った。

 小夜はそのままブイにしがみつくと、浜辺のみんなに手をふりながら、しばし心地よく海面を漂った。

 沖つ国に行くことは思わなかった。
 小夜にしてみれば、掛け値なしでまだ余力はあったし、当初の気持ちとしてはブイの向こうの沖つ国に到達してみたいという願望があってのこの冒険だったわけだが、もうせんからその初心は消え失せていた。

 里の子供たちがブイに近寄らないのは、沖つ国を畏れているからであることを、小夜は思い出していた。
 この‘畏れる’というのは、すなわち‘冒すべからざる’ということと同義であろうことに、小夜は冒険のただ中に思い当たったのだ。

 小夜は里の子たちの尊厳を守ることに決めた。

 ブゥーン。

 気がつくと、さきほど港から出航したはずの巡視船が、小夜の方に近づいてきた。
 巡視船のおじさんは、器用に船を操ってブイのぎりぎりまで寄せると、無言でおにぎりを放ってきた。
 小夜は巧みにそれをキャッチすると、礼を言ってすぐにほおばった。

 おいしかった!

 なんと言っても、抜けるような空と限りない海の間を独り占めしておにぎりを食べているのだ。海の塩がきいて、なんともいえない美味なのである。

 小夜はなんとかこのわきあがる感謝の気持ちを表現しようと思って、おにぎりを食べ終わるやいなや、里のおのこたちがよくそうやって遊んでいるように、おじさんの乗っている船底を潜って反対側に顔を出してみせた。
 (↑このことは私の母には言わないでください。心臓麻痺を起こします)

 ──わあ! なにしよるだえ!
 おじさんは虚をつかれたように目を丸くし、それからにやにやした。

 浜のみんなの喝采の中で、小さなめっかちが武人に質問していた。
 ──おっさん、何しとるぅえ?
 ──お小夜が溺れたら、飛び込んで助けるつもりでおるんだろうて。
 ──それはおまいも同じだったろうよ。 
 武人の言葉に、小さな声で剛が和した。

 見ると、小さな巡視船は用済みとばかりに、そのままブイをすいーっと離れていくところだった。

 ─第五章のおわり─


 本日の日記---------------------------------------------------------
 おはようさんです。大山で鉄砲水が出たとか。
 台風は来るんでしょうか。みなさん、お気をつけください。

 台風といえば、「地震、雷、火事、おやじ」って言いますよね。この最後に来る「おやじ」に関しては、いわゆる語呂合わせの言葉遊びと思っている方が多いと思いますが、鳥取(相生村)では、「おやじ」とはズバリ「台風」のことを言うのです。もちろん、鳥取の他の地方でも言うと思います。
 つまり、「し」あるいは「す」という古語が、「風」をあらわし、その「親」だから、「大風」=「台風」というわけです。つまり、「地震、雷、火事、台風」の四つの自然災害が怖い、ときちんと言いなしているのです。

 用法としては、相生には‘すせりな’という仮名を持つ子がいますが、この語頭の「す」が「風」です。ぜんぶの言葉を合わせて、「風のようにすばしこい」という意味なのです。

 明日から風雲急を告げる第六章●はちに刺された!●です。
 こちらも災害ではないですが、‘忘れた頃にやってくる’あの人の名前を久方ぶりに聞くかもしれません。タイムスリップしていらしてください☆





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最終更新日  2005年09月06日 08時41分24秒 コメント(1) | コメントを書く


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