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2023年10月12日
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カテゴリ: 介護
おはようございます、ひなこです。


あれは、2022年の7月。
午前3時半頃にトイレに起き、2階から階段を下りている途中で、強烈な尿の匂いが。
恐る恐るトイレのドアを開けましたが、トイレはきれいです。
じゃあ、この匂いはどこから?
なんと、父のベッドの横の畳が、尿でぐっしょり。
本人は「何もしてないのにこうなった」としか言わないので(私からすると、しらばっくれているとしか思えないのですが、ケアマネさん曰く、「嘘をついているというより、本当に覚えてないんだと思いますよ」とのこと)、尿バッグから漏れたのか、父が畳の上に尿バッグのオシッコを捨てたのか、もう何がなんだか分かりませんが、朝の4時前に、いきなり掃除と洗濯を始めることになりました。
そして、タオルケットと掛け布団を取り替えました。
父はスヤスヤ寝てしまいましたが、私はその後全く寝られませんでした。
そして、これがきっかけで、「私、限界だわ」と認めました。
それまでは、ケアマネさんや認知症専門医からショートステイの話が出ても、父は緑内障で、目があんまり見えてないような状態なので、慣れている家にいたほうが暮らしやすいんだろうな、知らないところに行ったら目が見えないから、他の人より慣れるのが大変なんじゃないかな、という思いがあったのですが、自分の家にいてもどこがトイレか分からなくなったら、自分の家も知らないところに分類されるよね、と。
これも夜中の話ですが、私がトイレに起きたら、父がトイレに入っていたんですよ。
で、出てくるのを待ったんですが、ずっと出てこないんです。1時間近くも待ちました。
「お父さん、私もトイレに行きたいから出てきて!」と言うと、「はい」と返事はするのですが、全く出てきません。
私がブチキレて、「いい加減にしてちょうだい!何やってるの!?」と聞くと、「止め方が分からない」という声が。
はっ?水が流れっぱなしとか?又なんか壊れた?
なんとか出てくるように説得して話を聞くと、「ウォシュレットに付いている消臭機能のファンが止まらない」とあたふたしていた模様。
イヤイヤイヤ、それ、トイレから立ったら自動で止まるから!
今までずっとそうだったやん!
ところが父は、「そうだったのかぁ。自動で止まるなんて知らないから、どうやって止めるのかと思ってゴニョゴニョ」
私は、消臭機能のスイッチをブチッと切りました。
昨日まで出来なかったことが突然今日は出来るようになる、というのを子育て中に見てきましたが、老人は逆なんだと悟りました。
昨日までずっと出来ていたことが、今日から突如出来なくなるんだ、と。
これじゃあ、家にいようが知らないところにいようが一緒だな、と。
そして、それ以前は、ケアマネさん、認知症専門医に施設入居のことを聞かれると、「施設には行きません。ずっと家にいます。娘がいなくなっても一人で家で暮らせます」と主張していた父は、その頃はもう、私とケアマネさんや医者が何を話しているのか、同席していても内容を理解できないようになっていたのです。
7月に家に来たケアマネさんに、「私、これ以上自宅で介護は無理です。これを我慢して続けたら、ニュースに出ます」とSOSを出しました。
そこで、ケアマネさんから、ショートステイの利用開始の提案がありました。
そうだよねぇ、すぐ特養入居とはならないよねぇ。
はぁ。
そうそう、7月には、とある大雨の日に、父のコロナワクチン4回目の接種がありました。(4回全部ファイザーでした)
この時接種会場だった大きな病院内は、その頃の父には移動距離が長過ぎたので、父を初めて病院に置いてあった車椅子に乗せました。私も初めて車椅子を押しました。
足の衰えが顕著になってきた父でした。
思い起こせば、その前年の6月に受けた最初のコロナワクチン接種の時は、近所の内科医に行きも帰りも歩いて行けたのに、1年でこの変わり様です。
(本人が「往復歩ける!」と言うから歩かせたのですが、実は疲れたようで、本人も己の変わりように驚いていたんだ、と知ったのは、私には何も言いませんでしたが、介護タクシー初回利用の時に女性ドライバーの方に、「○○内科、前は歩けたんだけど、もう歩けない」と打ち明けていたからです。それを聞く前は、その内科に行くのには介護タクシーは頼む必要がないのかと思っていた私です)
最後に長い距離を歩いたのは、2021年9月に床屋にタクシーで行った帰り、「歩いて帰る!」と言って言うことを聞かないので歩かせた時です。途中何度も休憩させて、私はヒヤヒヤでした。これで具合が悪くなったりしたら、私のせいだと言われるのか?みたいな。
まぁ、なんとか、かなりの時間をかけて帰宅しましたが。
その後「散歩する」と外に出て行き、家の前の道路をちょっと歩いて直ぐ戻ってきたことが1度だけあり、それ以降、外を歩くということはなかった父でした。

8月には、ファイターズが地元に来て、丁度父のデイサービスの日だったので、野外だしコロナ禍でも大丈夫かなと思って気分転換に観戦に行きました。父より早く家に戻っていないとならないので(万が一の時に備え、一応、デイサービスの方にも、私がいなかったらこれでドアを開けて下さいと、朝、鍵を渡しておきましたが)、試合途中6回のファイターズの攻撃が終わったところで帰ることにしました。タクシーの運転手さんが、「あれ、未だ試合終わってないよね」と言うので、「父がデイサービスから帰ってくる前に家にいないとならないから」と答えると、グルッと振り向いて、「大変でしょー。俺も母親7年介護してさー」と。
「最後にゃぁ、俺が息子だってことも分かんなくなっちゃってさ、そりゃあもう大変だったんだ。冷たい息子って言われるかもしれないけど、死んだ時は涙も出なかったね。ただただホッとした。やれやれ、これで介護から解放されたって。まぁ、俺よりも一番大変だったのは俺の奥さんなんだけどさ」
ご苦労様でした。
ご自分の経験から、初対面の私に、とってもエンパスィーを感じてくれた運転手さんなのでした。

続く






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最終更新日  2023年10月12日 07時00分18秒


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