ハーフなBABYの育ち方

ハーフなBABYの育ち方

私の居場所

こうも度々、入出国を繰り返すと、自分の本当の居場所を失ってしまう。その上、日本社会という規律の中で、
浦島太郎という自分がいた。
このままでは、本当やばい。
派遣会社に身を置き、せっせと働いた。でも、結ぶ契約は、常に半年以下の短期契約。契約が切れれば海外旅行へと飛び出して
いった。海外では水を得た魚のようだ。
派遣社員をしながらも、常に海外勤務のjob チェックは欠かさなかった。そして、ついに得たロサンゼルスの仕事。
天にも舞うような気分。。。。
おっとっと。 とりあえず、東京で修行だそうだ。
住み家は、外人ハウスに決めた。いろんな国籍の人とひとつ屋根の下で暮らすやつ。

東京。こんな大都市生活したことなし。言葉の通じない外国より緊張した。
その緊張が、次の日も、次の日も、次の日も、そして、次の日も続いた。
そんなある日、外人ハウスの友達が私はHAPPYか?と聞いた。
.....NO!と私。 じゃ、どうすれば、HAPPYか?とまた聞いた。
私は考えた。
そして、荷物をまとめニュージーランドのticketを手配する自分がいた。
東京生活17日の事だった。

ニュージーランドはこれまた、のんびりとした国。
やっぱり寒がりの自分は、southよりnorthのオークランドがいいんじゃないかと、人生初経験、バッパー(バックパッカー)での
生活を送る。 バッパーは、多国籍のルツボ。毎日新しい出会いと別れがあって、なんだか自分がいろんな国を旅している気にさせる。

しかし、オークランドは、少々寒さが堪え、(バッパーは、少々古いため隙間風が身にしみた)今回は早々帰国を決断。
でも、今回の帰国は次なる飛躍への第一歩であった。

つづく



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