PR
コメント新着
カレンダー
多摩川スピードウェイに行ってきた。
多摩川にレーシングコースがあったなんて知らなかった。
取り壊されると東京新聞の記事で知り
ぜひ一目見たいと足を延ばしてきた。
記事によると
85
年前 故本田宗一郎氏が戦後日本初の常設サーキットが多摩川の河川敷に開設された。
現在は観客席跡のみが残されているが、その観客席が堤防強化の為取り壊される事に。
10
月15日には工事準備の為立ち入りも出来なくなってしまうと言う。
1936
年 6
月に同所で初めての自動車レース「全日本自動車競走会」が開催された。
故本田宗一郎氏も参戦。
6
回開催されるが、日中戦争の影響で 1938
年に大会は取りやめとなった。
戦後はバイクレースも開催され、 50
年代には自動車教習所に改修、
現在は野球場になっている。
市民グループが保存を求め現地に記念プレートを設置。
でも、堤防強化は大切な事業でもあり取り壊しは回避できない。
間もなく立ち入りもできなくなる。(以上東京新聞より抜粋)
そーんな大事が場所があったなんて!
しかも取り壊されて二度と見られなくなってしまうなんて
行かないわけにはいきません! ( -`
д -
´ )
キリッ
電車を乗り継ぎやっと最寄り駅(新丸子駅)に到着。
下車後は一本道。迷いません。
テクテク歩くこと 12
、 3
分。
信号を渡り土手に到着。
客席のアスファルトの場所に無事到着。
想像通り、なーんにも無い普通の土手でした。
コンクリートの階段が観客席跡。
長さ 350
m高さ 5m
(東京新聞記載)の長い長い観客席跡を端から端まで歩く。
階段を一段降りてまた端から端まで歩く、また一段降りて端から端まで歩く。。。。
無い (-_-;)
プレートはどこだ?
一番下の段まで歩く。。。
無い。。。無い。。
プレートはどこだ???
見つからない。。。
観客席を右往左往しながらやっとプレートを発見!
記念プレートはアスファルトに埋め込まれていて 探しました (;^_^A
(私だけでなく他の方も探していて、おつかれ様でしたw)
記念に写真をパチリ!
ちょっと休憩
観客席の一番高いところに座り
日傘を持つ手を放し 傘を肩に乗せ水分補給
天気も良く風もなく穏やか。
ぼんやりコース跡の野球場を眺めました。
右手には多種の電車が走り、眼下には広い野球場。
コース 広かったんだろうなぁ
ここで熱いバトルが繰り広げられ
観客も盛り上がったんだろうなぁ
ここを走ってたんだなぁ・・・
と思いをはせる。
歓声が聞こえてきそう
無くなってしまうのかぁ
なんだか寂しいなぁ
風が吹いてきた
慌てて傘の柄を握る。
!
風が強くなってきた。
目にゴミが入るのを阻止するため
傘を前に倒して顔を隠す。
!!!
どんどん風が強くなってきた!
傘の生地が風に押し付けられてブルブルいう
傘の骨が折れそうなくらい強い風が襲ってくる
強く強く両手で傘をしっかり握らないと耐えられない。
まるで台風のようだ!!!!!
「なにこれーーーーっ!」
つむじ風?
もしや竜巻??
逃げないといけない????
と
プチパニックになりながら
必死に傘を握って耐えた
パッと風が収まった。
振り返ると 枯葉が一枚くるくるっと落ちてきて
無風になった。
(本当に強風の後って枯葉がくるくる落ちるんだ。。。)
何があった?
恐る恐る傘を閉じて周りを見渡たしてみる。
何も変わりはなく サイクリングやジョギングしている人達
穏やかな風景。
えっ?
ええっ???
あの強風は???
えっ?
いったいあれは何だったの??
もしかして
走り収めをしてた?
宗一郎氏が走り過ぎた??
(トトロの猫バスみたく走り抜けたのかな。なんて)
覗き見しておけばよかったなぁ
(でも、あの強風では目は開けられなかったよなぁ)
などと思ってしまいました。
このような貴重な場所を保存できないのは
もったいないですね。
残念です
異常気象に備える事はとても大切な事です。
仕方ないのかもしれません。
新聞記事を見なかったら
知ることも、行くことも、不思議体験も?する事がなかった。
行けてよかった。
保存会の皆様と新聞記事に感謝です。
マーマーケス 復帰予定 2021年04月14日
ロッシ 陽性 欠場 2020年motogpアラゴ… 2020年10月16日
2020年motogpサンマリノGP② 2020年09月26日