ぎょう乃介雑記

ぎょう乃介雑記

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2006年08月20日
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カテゴリ: 古典日記

もともと、共同浴場や旅籠は山中の源泉近くにあったものを、より多くの戦傷者を収容するために湯宿を広い場所に移転させました。これが現在の石段街の原型となったそうです。
山上から湧き出す源泉を木製の導管で引きこんで、たくさんの浴場に分湯する「小間口制度」と呼ばれる伊香保独自のシステムは、このころから始まりました。

【伊香保温泉】

泉質:硫酸塩泉、メタケイ酸泉など
効能:硫酸塩泉(高血圧、動脈硬化、皮膚病、冷え性など)
   メタケイ酸泉(健康促進、疲労回復、腰痛、リウマチなど)

特徴:榛名山二ツ岳の火山活動により湧出し、今から約1900年前に発見されたと言われる古湯で、茶褐色の硫酸塩泉は、昔から「子宝の湯」として知られる“黄金の湯”とよばれています。透明のメタケイ酸泉は“白銀の湯”とよばれ、こちらは飲泉所も設置されており、弱酸性・低張性の温泉は通風や慢性アレルギー性疾患に効くそうです。


「伊香保」は、万葉集の「東歌 相聞」に、



訳「伊香保に吹く風は、吹く日も吹かない日もあると言うけれど、私の恋だけは、あなたを思わない日は無いよ、私の心は風のようにいつもあなたの元に飛んでいく」

と歌われています。

この歌は、本来、「私が風であったら・・・」と歌っているわけではありませんが、次の歌のように、風であったなら、と思う心は今も昔も変わりません。


巻11 2359「息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを」

      「柿本朝臣人麻呂之歌集出」の旋頭歌

訳「たえず私はあなたを思っているのに、人目が多くて逢えない・・・この身が吹く風であったなら、いつでもどんな時でも、人目をはばからずに逢えに行けるのに」


万葉集のころは、恋の障害として「人目」が歌われます。
恋とは個人との関係ですが、「婚姻」となると、一族の問題になってきます。
そこで、噂によって恋が露見すると、その恋がふさわしいかふさわしくないか、当事者の心を抜きにして判断されるところもあったのでしょう。
決して、自由恋愛だけで結婚ができていたわけではないのです。

現代においては、恋愛の障害の理由に「人目」を挙げる人は、そう多くはないはず。


今の恋の障害は、空間とてさほど大きな要因とならなくなってきました。
新幹線、高速道路、飛行機・・・そして携帯電話にメール。
いつでも、どんな時でも、逢いたい時は、本当に飛んでいけるし、いつだって連絡も取れる。

      「逢いたくて逢いたくて逢いたくてあなたにすぐに

       逢いたくて逢いたくて逢いたくて心は叫ぶ



       せめて風に姿を変えてあなたのもとへ・・・」

           「早春物語」/原田知世 (「作詞 康珍化)1985年


この歌が歌われていた頃はまだ、人目は恋の障害であったし、声を聞きたい、話をしたい、逢いたい・・・募る思いに心が張り裂けそうな夜をすごしていたのです。

恋とは、離れれば離れるだけ、逢えなければそれだけ、思いは募り、すぐ手の届くところ、いつも安心できるところにあればあるほど、なおざりに扱われてしまいう厄介なものです。
携帯電話で自由に話せて、いつでもメールができる時代となって、恋の行方は如何に・・・。





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最終更新日  2006年08月20日 07時00分46秒 コメント(6) | コメントを書く
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