ヘンリーの国際関係学

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July 14, 2004
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ヘンリのヒトリゴト(15)
<AIDSに関するオモイゴト その3「ブラジルは希望になるのか?―国家と協力する市民社会の形成」>


「グローバル化とともに巨大化する『市場』の圧力に対抗しうる社会を作るためには
『市民社会』という勢力が『国家』という勢力と力を結ぶ必要がある」


第3回では「市民社会」を元にエイズ対策に取り組んだブラジルの例を述べ、
第4回では「家庭」「教育」による打開策と、それらに関する一般的意見、
第5回では「性ビジネスと日本」を考え、
第6回では「子供をめぐる事件」で締めくくるつもりだ。

前回 の最後にこう書いた。

第1回 では如何に日本がピンチか、
第2回 でアジアのエイズ危機について書いたが、随分暗い話だった。
ここらでちゃんと「良い見本」を紹介する事ができるように思う。


僕がこういった事を何度も言うのには理由がある。
先日も友人とのメールのやりとりでもこういう話が出た。

(「佐世保での小学生の犯した殺人事件」に関して)
(僕) スケープゴート探し。まぁ原因解明は重要ですよ。
(友人)「原因究明」ならね。「責任転嫁」に見えるのよ。

これはごもっともな意見である。そこで僕はこれを解決する1つの提案をしたいのである。

「反面教師」を探して「あれも駄目」「これも駄目」ってんじゃなくて
「好い見本」を探して「これも良い」「あれも良い」ってした方が良いんじゃないか。


コラム にも書いたが「平和報道」というものだ。
現在インターネットを含めたあらゆるメディアでこういう事がなされる事は、残念ながら少ないと思われる。
「人の興味を引かなけらばならない」という使命を持ったメディアでは非常に難しいのである。
そこで、僕はこういったメルマガ(お手製)でそういったことをじっくり紹介できたら良いなぁと思っているのである。
これは恐らくプロトタイプ(試作品)であり、ゆくゆくはもっと大人数の元へ届けられるようなものにしたいと思っている。その為に、良いと思ったことや悪いと思った事は率直に言って欲しい。



今回は「市民社会」を元にエイズ対策に取り組んだブラジルの例について。

まずはブラジルのエイズ対策を説明しよう。
1996年、ブラジル政府は公共医療システムを通じて抗エイズ薬を無料で、対象を限定せずに提供し始めたのである。
これ以前の1988年に総合治療制度が制定され、無料の総合医療保障を、就業形態・他の健康保険との関係を問わず全ての国民に対してなされるようになっていた事が、現在の抗エイズ治療実施にあたって重要な役割を果たしている。

これは非常に効果的であった。
なぜなら、「無料の抗エイズ薬治療実施を広く伝える活動」は、同時に「エイズへの注意・関心を促す活動全体の改善」につながっただけでなく、
「それまで検査を受けたことがなかった人々が抗エイズ薬治療の効果を知り、また無料の治療を受けられる事を知って検査を受けることを決断した」のである。
更に、社会的な理解も広がり、HIV感染者へのQuality of Lifeの向上も寄与した。
政府が、こういった治療を受ける権利、ひいては社会にとってHIV感染者の価値と重要性を擁護したことが、彼らの「社会的な死」を防いでいるのである。


毎日新聞(2004年5月24日社説)にはこうある。
「(エイズ対策に関して)まず第一に、人々の関心を高め、感染予防対策を徹底させる必要がある。…予防教育や、検査を受けやすい体制作りを推進することが大事だ。感染者への偏見をなくすことも、検査の普及につながる。」
この社説の文と見比べるだけでも、いかにブラジルのエイズ対策が的を得たものかわかるだろう。


「具体的にどのような手段で治療がなされているか」「ブラジル製ノーブランド薬の特許の問題」など、更に踏み込んだ内容は末尾に挙げた参考文献を実際に読んでもらった方が、僕がわざわざ書き改めるよりも理解しやすいだろう。
それゆえ、ここではあることに注目したい。

それは、
「先進国でも福祉切り上げの時代において、
途上国ブラジルがこういった高価な医療サービスを行う事は国民に不公平感を起こすかもしれない。
しかもエイズの最初の感染者は社会的に差別・抑圧されている。何で奴らの為に税金を、となる危険もあった。
そんな中、『国民このエイズ治療を支持する社会状況』とは何だったのか?」
という点である。


結論から言えば、それは「市民社会の活動」である。
歴史を簡単に紐解いてみよう。
1960年代前半、リベラルな気風の中で、教育者パウロ・フレイレが「被抑圧者の教育学」という民衆教育運動。
1964年、クーデターで軍事政権成立。市民運動が減少し、文化人は亡命。
1974年、開放政策、政治運動の規制緩和。
1979年、恩赦法制定、海外亡命者が帰国し、60年代の雰囲気再び。


80年代前半、市民社会の流れが2つに分かれる。

1つは「インテリ層の活動」。
亡命帰国者や欧米の市民社会の影響を受けたNGO作りがなされ、エイズや環境保全、女性問題など広域利益に関連した分野における活動を行う。政府とは批判的立場で付き合う。

もう1つは「アソシアソン(associacao)」と呼ばれる「普通の人々の住民組織」。
住民協会など地域をベースに置いた組織で、都市の貧困地域住民が自らのサバイバルをかけて組織したコミュニティを基礎にしている。80年代前半から保育や学童保育などのサービスを地方自治体から委託されるようになっていったため、政府とは補助金の項目や金額に関する「対話」「交渉」を行う立場であった。


80年代後半はこの2つの違いが鮮明になる。つまり
「NGO=反政府」⇔「住民運動=政府との交渉による生活改善」

上記の軍政末期~民政移管後初期にあたる80年代は「市民社会の成長期」と言われる。
これが「成熟期」となるのが90年代である。

90年代前半、NGOの政府との関係が「対立から協力」へと変化していく。
つまり
「ミクロからマクロへ、
PrivateからPublicへ、
抵抗から提案へ、
アンチ(反対)からプロ(賛成)へ」
と変わっていったのである。

この背景には共産圏の崩壊がある。
欧州の最優先課題が東欧支援となり、ラテンアメリカへの援助が縮小したのである。
NGOにとって政府との関係改善は実利的必要性であったのだ。

同時に住民運動でも変化が起こる。
「大きな星」(カリスマの実名行動。当時はまだ患者の人権を迫害していた時代であり、「実名」とは容易なことではなかった)の活動が、「小さな星」となっていったのだ。
「小さな星」とは、「たくさんの無名の感染者が地域の住民組合や学校に参加していくこと」であり、エイズが「身近な問題」として取り上げられ始めたのである。

そうして、96年にバンクーバーで行われた国際エイズ会議の頃、
「インテリのNGO」と「普通の人々の住民活動」という2つの「市民社会」の運動は連携した活動となってゆく。

95年から2003年まで続くガルドーゾ政権の下で、社会政策面は市民社会とのパートナーシップが強化される。
ガルドーゾ夫人も
「市民社会組織には政府にはできない形で『小規模であってもinnovativeな解決方法を模索し、実験すること』ができ、『特殊な社会グループとの関係を持ち介入できる能力が高い』のであって、『政府はその効率性から学ぶ必要がある』と述べた。

ブラジルのエイズ政策は
「エイズ関連の市民社会組織の活発な活動と、それを支持する国民感情」が可能にした、
と言われるのは、こういった背景があるからである。


ところで、1988年に制定されたブラジルの憲法にはこうある。
「健康は国民の権利であり、国家の義務である」

ここでいう「国家」とは国民から遠く離れた存在であろうか?
そうではないはずである。
今日のブラジルでは「Publicは政府と同義でない」と言われる。
市民は、政府からの「受け手」という立場ではなく、政府の「担い手」であり、自らの力と共に作るものが「政府」だからである。

「だからと言って、ブラジルを理想化するのも過ち」と小貫氏は語っているが、僕も同意見である。
我々は「その通りだ、ブラジルのように治療を無償にしよう」と考えるのではなく、
「そのようなことができた背景に少しでも見習うべき点は無いか」という点について考えることに力を注いでいってはどうだろうか。そこから学ぶことができるのはエイズ対策だけではないはずだ。


「政府についていけば安心である」というかつて日本にあった時代は、グローバル化の中で消え失せた。
新しい時代の中で、「政府と協力できる市民社会」はどのように形成できるのか。
少なくとも「『政府に対抗する』だけが市民社会の役割ではないこと」を、我々はブラジルの例からは学ぶことができる。


「グローバル化とともに巨大化する『市場』の圧力に対抗しうる社会を作るためには『市民社会』という勢力が『国家』という勢力と力を結ぶ必要がある」(2003年ライトブリット賞受賞者 ニカノール・ペルラス)



※ライトブリット賞:「もうひとつのノーベル平和賞」と言われる。ノーベル平和賞が人類に利益をもたらした人を表彰するのに対して、この賞は平和や人権、環境問題など日々の課題の解決に尽くしている人に贈られる。

※恒例だったお国紹介をしておく。
ブラジル連邦共和国[Federation Republic of Brazil]は南米大陸東部に位置し太平洋に面する国。
人口は1億6772万人(2000年)、面積は日本の23倍で、ポルトガル語が公用語。
民族は意外にも白人が最も多く55%(ポルトガル、スペイン、イタリア、ドイツ系)、混血が38%、黒人6%、アジア系1%、先住民30万人。
宗教はカトリックが73%で、その他、伝統宗教・キリスト教各派・仏教・ユダヤ教・イスラム教など。
一人当たりのGNIは3580ドル(2000年)で、主な産業は農業(大豆・コーヒー)、鉱業、工業(自動車)、水力発電、ビール。
識字率は85.2%で、国民1万人あたりの医師数は12.7人、平均余命は67.7歳、乳幼児死亡率は0.7%。
(imidas2003付録 世界情報アトラスを参照)



【参考文献】
小貫大輔「希望としてのブラジル-「治療薬無償供与」と市民社会」『論座 2004年1月号』岩波書店
小貫大輔「ブラジルの市民社会の二つの流れ」「ブラジルの市民社会の成熟」http://www.crijapan.com/monte_historia/monte_historia2.html
毎日新聞 2004年5月24日 「社説 エイズ感染 増加を食い止めるのは今だ」
ジェーン・カルベス「公共の健康;ブラジルにおける抗エイズ薬治療」アメリカ日本協議会(AIF)オフィシャルHP http://www.ajf.gr.jp/hiv_aids/resource/public_health.html


【ブラジルのエイズ治療などについて、もう少し詳しく読みたいなら】
小貫大輔「希望としてのブラジル-「治療薬無償供与」と市民社会」『論座 2004年1月号』岩波書店。
ジェーン・カルベス「公共の健康;ブラジルにおける抗エイズ薬治療」アメリカ日本協議会(AIF)オフィシャルHP http://www.ajf.gr.jp/hiv_aids/resource/public_health.html
田中宇「アフリカのエイズをめぐる論争」http://tanakanews.com/a0925AIDS.htm
など。





続きを書くかは未定ですが、反響があって時間が出来たら書いてみます。





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Last updated  December 3, 2004 06:36:51 AM
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