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August 17, 2004
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カテゴリ: マスコミ
「社会に出てへんアンタに言われたくないわ。」

僕は、ある方にこういったコトを言われました。

ですけど、この友人自身は、普段からこういった姿勢の生き方をしているわけではなく、
「ツッコミ」という関西特有の風土から出た発言であります。

そんな話をしましたが、
上のフォローがなければ、「社会に出てへんアンタに言われたくないわ。」と言う人をどう思っていたでしょうか?

・感じが悪い。
・駄目な社会人。
・何様?


でも、実際には、この「ある方」はきちんと僕の発言に耳を傾けてくれますし、
関西人からすれば当然のツッコミをかましただけです。

すなわち。
状況とその人のことを解っていれば、全然問題にならない発言にも関わらず、
1つの発言だけを切り取って、見せたら、途端に問題発言になってしまうわけです。


こういったことはマスメディアにおいて、往々にして起こっている事だと思います。
今日は、これに関して書くことにしましょう。


<新聞の場合>
宮沢首相の「アメリカ大統領選挙序盤での共和党バット・ブキャナン候補誹謗事件」はご存知でしょうか?
僕は知らなかったんですが、『政治ジャーナリズムの罪と罰』(田勢康弘、1995年、新潮文庫)を参考に説明します。

記者からブキャナン候補について聞かれた宮沢首相が

これが日本のマスコミでそのまま報道され、それをアメリカのマスコミが転電したことから、騒ぎが国際的になってしまいました。

つまり「日本の首相がアメリカの大統領選挙に関して干渉した」と受け取られ、
ブキャナン候補もアメリカで宮沢発言を非難しました。
結局、宮沢首相自身が、内政干渉するつもりはまったくなかった、という趣旨の発言をして収まったようです。

これは「もとを正せば、番記者制度の弊害からきた失言劇だった」と田勢氏は本著で述べています。


毎日、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンを読んでいる宮沢首相からしてみれば、いわば常識になっているようなことを記者に「教えてやった」ぐらいの気持ちだったらしい、とのことです。

ですが、聞いた記者はブキャナンという名前ぐらいは知っていても、どの程度の候補かは知る由もありません。
番記者は首相の発言については、全員でメモを照合します。
聞いた人と聞こえなかった人の間に差がでないようにするための習慣です。

この過程で、「これは問題発言ではないか」とひとりが言えば、全体がそちらに引きずられて行く、という傾向があるそうです。

各社の番記者が首相発言をメモにして官邸クラブ(内閣記者会)のキャップに見せます。
そしてキャップは本社のデスクに相談します。

すると話は大げさになり、最後には
「自分たちが見識を発揮して記事にするのを見送っても、他社は大きく報道するのではないか」
という脅迫観念が記事化の決断を促すのです。

第一次情報に接する立場の番記者たちは、経験の浅さからして、
宮沢首相の人となりについて十分な知識はありません。
したがって、その発言の意味するところを正確に理解できないので、
メモにして上司の判断にゆだねます。
上司たるキャップはその場に居合わせたわけではないので、発言のニュアンスまではわかりません。
その結果、活字にしたメモが一人歩きすることになるのです。

「首相の場合に限らず、失言事件のかなりの多くはひとり歩きしたメモと各社間のささやかな競争心理が生み出すのである。
仮にそれが真実とはいえないものであっても、騒ぎになった場合、報道していないよりは横ならびで報道していたほうが責任を免れるという妙な話なのだ」

上記は前述の本から、ほぼ抜粋の形で載せました。

つまり、「状況とその人のことを解っていれば、全然問題にならない発言にも関わらず、
1つの発言だけを切り取って、見せたら、途端に問題発言になってしまうわけです」
と、先ほど挙げた事が、ズバリ起こっているわけです。


また、新聞記事というものは、
記者が書いたものを、編集が優先順位をつけて文字数などを調節しながら貼り付けていくものです。
(新聞社の説明会で見たVTRでは、そうなっていたと記憶します)

すなわち、たとえ記者が全てを解っていたとしても、
記者の思惑・理解と離れたものが記事になっていることも起こりうる訳です。



<NHKの場合>
一般的に「NHKは公正で客観的な報道に努めようとしている」と思われているのではないかと思います。

例えば、NHKでは「綺麗な花畑ですね」という事をキャスターは言ってはいけません。
なぜなら「綺麗」というのは主観的な形容詞だからです。
代わりに「100ヘクタールの花畑に、赤・青・黄の花が咲いています」といった客観的な表現が使われます。
(NHKの会社説明会にて知りました)


ですけど、政治に関してはどうでしょう。
解りやすい例として、ちょっと古いですけど「フセイン像が倒された場面」を使います。

フセイン像が倒される広場では、一見、人がごった返しているように見えますが、
一歩、カメラを引くとその広場に集まった数十人以外は盛り上がっていなかった、
というのは結構有名ですよね。

この映像のどちらを使うか、というだけでNHKのスタンスが明確になるわけです。
ごった返している方を使うなら、アメリカ寄り、
一歩引いた方を使うなら、アメリカ批判的、というように。

いくら言葉に気をつけていようが、
映像の選択、あるいは「どの事件を選択するか」というだけで、主観的になってしまうのです。


(※以上の事を書こうと決めた時は知らなかったんですけど
http://blog.livedoor.jp/adoruk626/archives/6003646.htmlと言うところではNHKの歪曲報道について書かれていました。

新聞記事を通して「儲け主義」という批判は知っていたんですけど、歪曲報道は知らなかったです。)



<TVの場合>
また、「映像にならないものは流さない」というのはTVの常識です。
貧困でゆっくり死にゆく映像よりは、戦争やテロの爆発・銃撃戦が流されます。
もっと極端な話、「人助け」を流すよりは「人殺し」の方が映像になるわけです。

いくら映像にならない所で、平和に向けた努力をして、成功していようと、
「絵にならない」という理由で、そのことは視聴者に知らされずに、
代わりに残虐な映像が流されて、「世界は混沌としている」「酷い世の中になったものだ」と、思っている可能性もある訳です。

「国連は役立たずだ」とか「国際法が無意味だ」という人も、きっとそうだと思います。
静かな成功や平和は見えにくく、残虐な映像は解りやすいものです。
役に立っているときは映像に、事件にならないものなのです。

これはTVが持っている構造的な問題です。



<政治家の発言>
皆さんは、政治家の意見を何処で仕入れますか?
選挙の投票では何を基準にしますか?

とりあえず、僕の場合は「新聞記事」です。
情け無いことに演説を生で聞いたことがありません(去年まで政治に興味がなかったのです)。
じゃあ記事にある政治家の発言って、政治家の意図するものと完全に一致しているでしょうか?

僕はそう思わないのです。
記者というフィルター越しに、記者の価値判断によって書かれたものが記事になるわけですから。
それは、前述した「記者が相手を知っている」とか、そういう問題ではありません。
相手を知っているからこそ、起こる問題もあるでしょうし(妙に弁護的とかね)。

「何かを通した発言というのは、本来の意味とは違ってくる」
これは、マスメディアの構造的な問題です。
新聞の場合、Spoken LanguageをWritten Languageに置き換える過程で出てくる言葉の問題であり、
TVの場合、映像や発言の切り取り方を選ぶ過程で出てくる問題です。



<結論:自分の足で、目で>
色々言ってきましたが、僕はマスコミに批判的ではありません。
「なんやそれ?」と思うかもしれませんが、批判したってどうしようもない問題ばかりを上にあげたと思います。

マスメディアがマスメディアである限り、避けられない事がほとんどなのです。

すなわち、僕らが情報の受け手として出来ることを考えていく事が肝要ではないかと思います。

1つは「足を運んで、自分の目で見ること」
例えば、政治家の発言を一般人が聞ける機会はほとんどないのですが、選挙前は別です。
そういった機会を利用するのは、フィルターを通さない生の意見を聞ける良い機会だと思います。

政治家の演説に行ったことがない僕が言うと説得力がないのですが、
NPOの講演会、ガルトゥングのワークショップなどに参加した経験から言うと、
インターネットで集めた情報とは全く異なります。

就職活動と一緒ですね。


もう1つは「友人を作る」
フィルター越しには変わりありませんが、マスメディアには一般人に知りえない制約がある一方、
友人からならば比較的、正確な情報が入ってくると思います。

という訳で、わからないことがあれば、
23年の人生を通して知り合った、元記者さんや教師、福祉関連の教授などを伝って、疑問点を聞いています。


第一次情報としてマスメディアの情報を仕入れ、そこから自分なりに考えたり、調べたりする。
そういった、受け手の自助努力が、正確な情報を知る為には必要じゃないのかな、と僕は思います。


<蛇足>
とはいえ、そういった姿勢は「誰もが持って然るべき」という訳ではないでしょう。

だから、
「マスコミが言っているから絶対に正しい」なんて思わない事と、
「なんで、それを報道しなきゃならないのか」「なぜ報道されないのか」というには意図がある事を知っておく事はやれるんじゃないでしょうか。


…にしても、1つの発言で色々考えすぎましたねぇ。





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Last updated  September 4, 2004 07:20:46 PM
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