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2006年12月12日
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カテゴリ: ポンポコ日記

 祖父は酒を飲まない人であった。
 飲めないではなく、飲まない。
 多分そうだったと思う。
 何しろ、物心ついてから、祖父が大酒を飲んだところを見た
 記憶がない。
 父や私の事を考えると、若い頃は、或いは、大酒飲みだっ
 たのかもしれないけれど、今となっては知る術もない。
 とにかく、私が小さかった頃、祖父は医者から、酒を止めら

 その代わり、毎晩食事の時、小さなカップで2杯だけ、葡萄
 酒を飲む事を楽しみにしていた。

 あえてワインと呼ばずに葡萄酒と呼ぶ。
 その自家製の酒は、ワインと言うより、やはり、当時呼んで
 いた葡萄酒という呼び名の方がふさわしいと思う。
 ついでに言えば、入れる器もワイングラスではなく、小さな
 ガラスのカップとしか言い様がない。

 先程自家製と書いた。
 昔も今も、酒税法では、梅酒等、焼酎等につけ込んだ果実

 を醸造する事は禁止されている。

 つまりその自家製の葡萄酒は、密造酒であった。

 毎年秋になると、祖父は、そのささやかな楽しみのために、市場に行って葡萄を買い付けて

 でもそれは、決してささやかな量ではなかった。
 何しろ1年分の葡萄酒を作るのだ。
 幾ら、小さなカップに2杯ずつとは言え、1年分ともなると…
 いや、それだけではない、孫、つまり私達子供もお相伴にあずかるのだ。
 小学校低学年までは、カップに半分、高学年になると1杯だけ、それも毎晩は駄目と厳格に
 定められていたのだけれども。
 小さいうちから、アルコールを飲ませて大丈夫なのか?って声が聞こえて来そうだけど、
 小児科医だった父が許していたので、たいした事なかったのだろう……(と信じたい)。
 子供達だけではない、時には祖母や母も飲む。お客様にもお出しする。
 御近所や親戚にもにも配る。
 祖父には私の父も含めて4人の子供がいたのだけど、同居していた父を除くそれぞれの家に
 も相当量を配る。
 かくして、密造の量はとてもささやかとは言えない量だったのだ。

 当時葡萄は、今みたいに段ボール詰めではなかった。木の箱に入れられていた。
 それが何十箱も配達されてくる。
 それらを洗った後、瓶に漬け込む。
 大きな瓶で、焼酎の製造や、漬け物作りに使われた陶器製のものである。
 高さが、6~70センチもあったろうか。洗って庭に干してある時、良く隠れん坊をして遊
 んだ。つまり、小学1~2年生でもすっぽりと入れる位の大きさ。
 その瓶に漬け込むのである。
 瓶は10幾つあったと思う。
 房から実をバラバラにして瓶に入れる。
 それを私達子供と、母や祖母が素足で踏みつぶしていくのだ。
 私は、口に葡萄をいっぱいに含んで、つまりムシャムシャ食べながら、夢中になって、踏み
 つぶしたものだ。
 クチャクチャ、ヌルヌル。甘酸っぱい独特の匂いが辺りに漂う。くらくらする位の甘い匂い。
 足も、手も、口の周りも真っ赤に染まる。
 葡萄を食べ過ぎると、祖父に叱られる。
 それでも、食べる事を止めずに仕事を続ける。
 その後、何故か大量の砂糖を入れて掻き回し、雑菌が入らない様に、油紙と木の蓋で密封す
 る。
 それを床の下に入れておく。
 2~3日すると、甘酸っぱい、一寸とすえた様な匂いがしてくる。
 1週間、2週間、その間に匂いはいよいよ増してくる。
 時々、蓋を取って試飲する。
 ワクワクする様な楽しみ。
 何しろ大量の砂糖が入っているから甘いのだ。甘く、酸っぱく、濃厚な味。

 かくして、特製密造葡萄酒が出来上がるのだ。

 当時の地方都市では、今みたいにワインが多量に売られてはいなかった。
 せいぜい赤玉ポートワインが出回っていた位。
 我が家の葡萄酒は、あの甘いポートワインでさえも辛口で渋く感じる位に甘かった。

 頑固一徹、肥後もっこすを絵に描いた様な祖父は、毎晩、ニコニコではなく、ニコ位には笑
 いながら、葡萄酒を2杯飲み続けた。

 私も、世の中に、これ位甘く美味しい飲み物はないと思いながらその葡萄酒を飲んでいた。

 未だに、あの甘酸っぱい匂いが鼻腔に残っている様な気がする。
 そして、その匂いを想い出すと、何故だか切なくなる。

 もう45年も前の事である。 







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Last updated  2006年12月13日 01時43分22秒 コメントを書く


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