バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

アマディオ最後の日



   マドリッドでの最後の日は、遅く始まった。
 午後二時起床。
 早速、お小言をアデラさんから聞くはめになる。

       アデラ「もっと早く起きなきゃ、ダメじゃないの!」
       薫さん「フフフフ・・・・。」

   午後3時、薫さんと充子さんの三人で、マドリッド最後の食事に行く。

       薫さん「両手に花ね!」
       俺  「光栄です。」

   午後四時半。
 郵便局へ。
 フィルム9本と、もろもろの資料をを日本へ送る。
 午後五時過ぎ、アマディオに戻る。
 薫さんと充子さんがいる。

       薫さん「私、アンネなのよ。お腹が痛くて。」

   笑っている。

       充子さん「いつ立つの?」
       俺   「九時四十五分発のチャマルティー駅で行こうかと思ってます。」
       充子さん「・・・・・・。」
       俺   「薫さんはいつ発つんですか?」
       薫さん 「私、21日よ。ロンドン~東京間のチケットが取れたから・・・。」
       俺   「充子さんは、いつまで・・・。」

       充子さん「日本から小包が届くのを待っているんだけど、20日にもここを発って、コペンハーゲン~東京ね。」
       俺   「皆、日本へ帰っちゃうんですね。」
       薫さん 「アナタはどうすんの?」
       俺   「俺は、ここから冬の北ヨーロッパ・・・ロンドンのルートかな。」
       薫さん 「寒いし、物価が高いから・・・大変よ!」
       俺   「そう見たいですね。」

                       *

   相変わらず、荷物は減らない。
 これから二週間、北ヨーロッパ中を飛び回ることになる。
 この冬に、寒い北ヨーロッパを訪れるなんて、どうかしているのかな。
 そして、26日にはベルギーへ入る予定だ。

*

   アマディオでの二週間が、あっと言う間に過ぎて行こうとしている。
 アマディオの仲間達は、皆良いやつらばかりだった。
 居間には、いつものように、ストーブが部屋を僅かに暖かくしている。
 薫さんのカセット・ラジオからは、軽快なスペイン音楽が流れて聞こえる。
 薫さんは、日本への手紙を書いている。
 充子さんは日記をつけている。
 そして、二十歳の彼女は、昼間からスペイン語の勉強をしているではないか。

   彼女は、大きな声で良く笑う人で、まだ十五六歳くらいにしか見えない。
 沖縄から来たと言う青年は、本を読んでいる。

       充子さん「髪を乾かさないと、風邪引くわね。」

   充子さんが、シャワーを浴びた髪の毛を時々、ストーブに近づけて乾かしている。
 俺は今、私小説を書いている。
 いよいよ、旅も大詰めを迎えている。
 俺は今、ヨーロッパに来ている。
 この時を大事にしたい。
 この貴重な放浪の旅は、たくさんの事を教えてくれた。
 たくさんの事を学ばさせてくれた。
 生きる喜びを。
 いろんな人生があることを。
 世界の人達の生活ぶりを。
 私は見た。

   同じように、異国を旅している日本の若者達ともあった。
 異国で生活している人にもあった。
 こんなにも多くの日本人が、自分と同じように、いや自分以上に青春を謳歌している。
 青春真っ只中にいる。
 そんな姿を、少なくとも私は見た。

   日本を出るとき、怪物がいるように見えた。
 でも、怪物なんて何処にもいなかった事を学んだ。
 一人一人と話をすれば、みんな良い人だ。
 日本で生活する方が、もっと大変なような気がする。
 そう思うこの頃です。
 少し、感傷的になっているみたいだ。

                        *

   午後六時五十分。
 あと30分もしたら、アマディオを出る。
 いろんな思い出を残して・・・。
 自分より早く、アマディオを出て行った人達のことが走馬灯のように浮かんでは消えていく。
 自転車で、ヨーロッパの大地を踏みしめている”総理”。
 シェラネバダでスキーすると言っていた”フィリピ-ノ”に”ツトム君”。
 冬眠すると言って、ピソに移っていった”池田夫妻”。
 正月の10日を過ぎてやっと、それぞれがそれぞれの目的に向かって動き出した。
 そして、日本に戻っても、世界中に日本の若者達が、しっかりと足跡を大地に刻みつけていることを、忘れはしないだろう。

                       *

   午後8時少し前。
 アマディオを発つ。

       充子さん「時間があれば、見送るんですけど・・・・。」

   誰かと約束をしている口ぶりで、美津子さんは部屋を出て行った。
 二十歳の彼女は、部屋に入っていたがまた、出てきた。

       二十歳の彼女「もう、行くんですか?」
       俺     「ええ!もう出なきゃ、遅れちゃいますので。」
       二十歳の彼女「北は寒いですから、気をつけて・・・・!」
       俺     「どうもありがとう!」
       二十歳の彼女「・・・・・・・。」

       俺 「薫さん!薫さん!」

   部屋の中から返事がした。

       二十歳の彼女「どうぞ!って言ってますよ。」

   彼女、髪はパーマが掛かっているのか、モジャモジャっとしているが、どこかいなかっぺちゃんみたいで、可愛いのだ。
 丸々とした目は、笑うとなくなってしまう。
 薫さんの部屋のドアが開いた。

       俺  「なんだ!ベッドの中にいたの?」
       薫さん「生理みたい、お腹が痛くて・・。もう出るの?じゃあ、元気でね!ここも寂しくなるわね。皆旅立っちゃうんだから。」

   ベッドの中から、上体を起こして、手を差し出してきた。

       俺 「じゃあ、元気で!」

   固い握手をして、居間を出て、アデラさんに別れの挨拶をする。
 アデラさんと二十歳の彼女が玄関まで送ってくれた。

       俺     「行って来ます!」
       二十歳の彼女「気をつけて、またどこかでお逢いしましょう。」

                         *

   雑貨やでオレンジ・ジュースとビスケットを買って、DANOKの前を通りかかる。
 DANOKに”山ちゃん”がいた。

       山ちゃん「行くのか?」
       俺   「ええ!」
       山ちゃん「元気で!」

   山ちゃんとは、そんなに親しく話もしたことがなかったけれど、なんとなく心の許せる優しい若者だった。
 今、ピソにいると言う。
 彼もスペインは長い。
 DANOKのカウンターの奥に、充子さんの姿が見えたような気がした。

       山ちゃん「どっちへ、行くの?」
       俺   「バルセロナ。九時四十五分、チャマルティー発なんだ。バルセロナから北欧を回ってロンドンに入るつもりなんだけど。」
       山ちゃん「ロンドンか!皆ロンドンへ行くんだなー!」
       俺   「・・・・・・。」
       山ちゃん「とにかく、北欧は寒いから気をつけて!」
       俺   「どうも有難う!それじゃ元気で!」

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