バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

≪ポルトガル≫国境の街での仲間達



  国境の街までにはまだかなりあるらしく、多くのスペイン人達が列車を待っている。
 どんな列車が来るのかも分からず、現地の人たちとプラットホームで列車を待つことになった。
 風の強い寒い夜だ。
 これはかなりこたえる。
 真向かいのレストランでは、明々と灯が灯り多くの人たちが、暖かいコーヒーを啜ったり、ボリュームのある食事を取っているのが見える。
 幸せな人々の顔が目に浮かんでくる。

  パリを発つ時から「フラン」に乏しく、スペインに入ってからいくらかの「ペセタ」を持っていても、列車がいつ来ていつ発車するかも分らないという不安、それに現地の人たちでさえ、レストランに入らず、寒い中プラットホームにたって列車を待っているのである。
 何で俺がそんな良いめをして良いのか、いいはずがない。
 こうして、観察していると、どうやらレストランで暖かい団欒をしているのがスペイン人達。
 寒々としたプラットホームで立っているのがポルトガル人達と言う構図であるらしい。

  三十分ほど待っただろうか。
 随分と長く感じる三十分だったように思う。
 言われたとおりレスボン行きの列車が入ってきた。
 なんと二両編成で前にも後ろにも運転席がある、都電のような可愛い列車だ。
 サロマンカ駅からポルトガルの国境の街である”Vilar Formosa”駅まで、三時間あまりかかる距離を、この可愛い電車で乗り継いで行くのである。

  列車に乗り込む。
 車内は明々と灯りが灯っていて、外の景色は暗闇でほとんど見えなくなっていた。
 三人掛けと二人掛けのイスがずらりと並んだ車内には、スペイン人とポルトガル人が仲良く?相席していてほとんど満席である。
 俺が邪魔にならないよう、一番後ろの方で立っていると、スペイン人の親父がしつこくここへ来て座れと勧めてくれるので、渋々勧められたシートに腰を降ろした。

  考えてみると、三時間も乗っているのだから、無理してでも座っていたほうが利口なのである。
 俺の前に座って「座れ!」と勧めてくれた親父に、今度はタバコを勧められる。
       親父「タバコはどうだい!寒いだろう。」
       俺 「ありがとう。」
 親父がタバコを一本吸うたびに、「もう一本どうだい!」と勧めてくる。
 四度目には「ノー、グラシャス!」と言って断わってしまった。
 人の良い、親切な親父である。

  ポルトガル人は、スペイン人よりも少し赤ら顔で、どこか東洋的な身体つきをしている。
 モンゴル人と日本人のような違いとでも言おうか。
 車内の前の方でポルトガル人達が、大きな声で話している。
 タバコを勧めてきた親父が俺の方を向いて言った。
       親父「あれはポルトガル人だ。少々頭がおかしいんだよ。あんなに大きな声でさわぎやがって、バカなんだ。」
       俺 「そうですか。」
       親父「いつものことなんだけどな。」

  列車の中は暖房が効きすぎている。
 隣のシートには、家族ずれだろうか三歳ぐらいの可愛い女の子が、珍しいのかさっきから俺のほうをジッと見ているのに気がついた。
 笑って見せると、持っていた絵本で、恥ずかしそうに顔を隠して、ちらッ!ちらッ!と絵本の横からまたこちらを覗き見るのである。
 そのしぐさがなんとも言えず可愛い。

  さっきまで大声で騒いでいたポルトガル人が、席を前に移して、同じポルトガル人の女性(おばさんなのだが)と口論になってしまったようだ。
 さっきの大声が嘘のように、おばさんの騒ぎ立てる声だけが車内をこだまし始めた。
 ポルトガル人はうるさいなあ、とでも言うように睨んでいる人、また騒ぎにはお構いなしに、自分達だけのお喋りに夢中になっている人達に分かれているように思える。
       親父「いつものことさ!ポルトガル人野郎は田舎ものだから・・・。」

  ポルトガルの軍人も二、三人同乗している。
 ポルトガルの娘さんだろうか、どこか昔の日本人的な感じのする顔立ちで、さっきから黙ったままジッと座っている。
 両親がいるようで、一言も喋ろうとしない。
 イスの背が前後できるようになっていて、前を向いている人、後ろを向いている人と様々な人たちが乗っている。

  車内の明るさが、外の暗闇を一層暗くしているように見える。
 国境近くにきたのだろうか、スペイン人達が少しずつ降り始めている。
 タバコを勧めてくれた親父に、ギリシャで買ってきたタバコを、親切にしてくれたお礼に一箱くれてやった。

       俺 「これはギリシャのタバコだ。」
       親父「何?日本のか?」
       俺 「NO!ギリシャだ。」
       親父「うんうん、何だ、イタリアのか。」
       俺 「NO-!イタリアの隣の国ギリシャだ。」
       親父「ルーマニア?」
 こいつ、俺をからかっているのか?

       俺 「もっと南だ。」
       親父「チェコか?」
       俺 「もっともっと南だ。」
       親父「ロシアか?」
 あ~~~~あ、まるで分っていない。

       俺 「もっと南だ!」
       親父「ユーゴ?」
       俺 「NO-!」
       親父「グラシャ?」
       俺 「グラシャ???・・・そうだ、グリースだ!」
       親父「オー!グラシャのタバコか?!!どうもありがとう!」
タバコ一箱やるのに、ヨーロッパ中を飛び回ってしまった親父。
 その親父が降りる支度を始めた。

       親父「それじゃ!元気でな、日本人。」
       俺 「遊んでくれてどうもありがとう、グラシャス!」
       親父「・・・・・・。」
       俺 「親父、新聞を忘れてるぜ!」
       親父「お前にやるから、取って置け!」
       俺 「俺はスペイン語がわからないからいらないよ。」
       親父「ここに日本の記事が載っている。」
 新聞を広げて、小さく書かれている日本の記事を指差した。
 そこには、三木首相の記事が小さく載っていたが、内容は全くわからない。
 そんなこんなで、三時間が瞬く間に過ぎていこうとしていた。

                   *

  午後十時二十分、”Fuentes De Onoro”駅に到着。
 スペイン側のボーダー(国境)の街だ。
 乗客たちが皆降り始めた。
 どうしたのかな?と言った顔をして座っていると、スペイン人らしい男に声を掛けられた。
       車掌 「カスタムに行って、パスポートを見せろ!」
 車掌に言われて、慌てて列車を降りる。

 プラットホームに面した所に、”Passport”と書かれた部屋が見える。
 中に入ると、何もなく、小さな窓口に係員がいて、その前に数人、人が並んでいる。
 手続きといっても簡単なもので、係りの人がポンポンと調子よくスタンプを押しているだけ。
 俺の順番がきた。
 すると、ピタッ!とスタンプの手を止め、俺のパスポートを覗き込みながら、「ヤポンか!」と言って、俺のほうを見てニッコリ笑い、スタンプをこれまでより大きく振りかざして、「ペタン!」と勢い良く押し付けたと思ったら、そのままの状態で暫く手を動かさず、静かにゆっくりとスタンプを持ち上げて、スタンプがきれいに押せているのを見て、ニッコリと笑いかけてくるのである。
       俺 「役者やのー!」
       係員「どうだ!きれいに押せてるだろう!記念だ。」

 スペイン・ボーダー側での手続きはこれにて一件落着。
 パスポートにスタンプが押されたのは久しぶりだ。
 手続きを終えて、それまで乗ってきた列車に乗り込むと、スペイン人達はほとんど戻ってこず、ポルトガル人達だけが戻ってきた。
 次の駅がポルトガルのボーダーになる。

  午後十時五十分。
 ”Vilar Formosa”駅に到着。
 列車が停まると、すぐポルトガルの係官達が乗り込んできた。
 乗り込んでくるとすぐ、入国の為に記入する用紙を乗客たちに配り始めた。
 用紙を見ると、名前・住所・国名などの項目が書かれてあった。
 英語でも書かれてあったので何とかなりそうだ。

  乗客たちの中で、数人文字が書けないのか?それとも文字が読めないのか?係員達と一緒に乗り込んできた数人の少年達にパスポートを渡し、代わりに書いてもらっているようだった。
 代筆屋なのだろうか、一人につきいくらか支払っているのかも知れない。
 用紙に文字を埋めて、スタンプを押している係官に近づきパスポートを渡す。

       係官「日本人か?ビザを作るから来なさい!」

  一人だけ列車を降りて、カスタムに連れて行かれ、別の用紙に書き込み、その片方を渡された。

       係官「出国の時、これを渡しなさい!」

 パスポートにスタンプを押されてやっと解放された。
 どうやら二両編成の列車もここが終点のようで、また乗り換えるらしい。

       俺 「いつ出発ですか?」
       係官「11:15だ。」

  発車までの僅かな時間に両替所を訪ねることにした。
 駅の外にあって、まだ明々と灯がついている。
 両替所は建物の二階にあって、若い男女の受付が座っている。

       俺 「この500PTSをポルトガルのお金に両替できますか?」
       受付「OK!」

             ≪500PTS≒225.5Pr≫
             ≪1Pr≒10.5円≫

  両替を無事済ませて、駅にあるBarを覗いた。
 こっちのBarは日本とちがって、カフェであり、食料品なども売っている。
 もちろんビールも飲ませてくれる。
 夜中だと言うのに、二十人ほどのポルトガル人達が、コーヒーを飲んだり、ビールを飲みながらワイワイやっている。

  そんなところに、ヒョッコリと日本人が異様な顔立ちして、異様な荷物を担いで姿を見せたもんだから、二十人全員の注目を浴びる事となってしまった。
 それでも、インド人達と違って不気味な眼差しと違って、ニッコリと微笑んでくれる人の優しさが感じられ、安心して中に入って行けたので助かった。

  サンドウイッチ三つとチョコレート・ジュース(買ってからチョコレートと分る)で33.0Pr(350円)支払った。
 駅のホームのベンチで夕食を取った。
 腹が減っているせいか、寒さもなんのその、何にも代えがたい美味い食事だった。
  炭酸ジュース9Pr(95円)。

  こっちの列車は乗っている時間も長い上、駅で何かを売りに来るという事も少なく、停車時間が短いので食料を買い込む暇がない。
 車内でも売ってはいるのだが、種類も少なく高い。
 食料に関してはインドの方がまだ良いかな・・・・などと思いながら、空腹を我慢しながらの旅が続く。

  パリを発ってからろくなものを腹に入れていないから、ちょっとしたサンドウイッチが、何物にも代えがたい味をしている。
 それが今の俺の旅なのだ。
 マドリッド行きが発車して、午後十一時十五分リスボン行きがやっと国境の街を出発した。
 列車が動き出すと、心地よい揺れと腹が起きたせいか、すぐ眠りについた。

       「チケット!!」

  夢の中で大きな声がして目が覚める。
 譲り受けたユーレイル・パスを係官に見せると、また眠り込んでしまったようだ。
 目が覚めれば、もうポルトガル・リスボン。
 ここまで来てしまった。

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