「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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~8~
なんとか仕事の時間には間に合った。
雑誌の撮影と、インタビューが慌ただしく進む。
みんなと絡んでる時は、気分も切り替えやすくなるけど、
少しの空き時間でも、ふっと気が抜けてしまいそうになる。
ひとりになりたくなったり、妙にはしゃいだり、
自分でもバカみたいだと思うくらい
ワケわかんないヤツになってた。
テンション上げてないと、チカラが抜けて
ガクッと崩れそうな気がして怖かった。
それでみんなを笑わせたりしたけど、
きっと自分では笑ってないんだ・・・。
すべて終わって帰り支度をしてる時、
「さっきなんかあった?」
ニノが声をかけてきた。
「えっ?・・・なんで? べつに・・・なんもないけど。」
いきなりでうろたえてしまった。
誰にもバレてないと思ってたのに・・・。
「どーしたどーした!! カラオケでも行くか~?」
翔くんが割り込んできた。
「わかりやすいんだよっ!!」
マツジュンが明るく笑って言った。
リーダーもニコニコしてる。
「だってさぁ~、空白の2時間でガラッと変わったもんな~!」
「そうそう! ハリキッて出かけてってさあ~、
帰ってきたらゲッソリ・・・。」
「カラ回りのハイテンションが見てらんねーんだよっ!」
そこまで言うことないだろ~・・・、
これでも頑張って仕事したんだから・・・。
「も~言いたい放題言いやがって~・・・!」
チカラが抜けてソファーに倒れ込んだ。
「キャリアウーマンに仕事を取るって言われたとか?」
「泣け泣けっ! 思っきし泣けっ!!」
「マジ!? マジで終わったのかよっ!」
ニノが真剣な顔で訊いてきた。
「・・・始まってもなかったんだから、いいだろ・・・。」
それきり、誰も何も言わなかった。
誰か突っ込めよっ! 余計ミジメに思えるだろっ!!
・・・もういいや、さっさと帰って寝よっ・・・。
もちろん、まいちゃんからのメールは入ってなかった。
こっちから送るにしても・・・、伝えたいことはなかった。
もう今さら・・・、でも何か・・・、
繰り返し考えるばかりで・・・。
自分の部屋でひとりになると、ますます自己嫌悪で落ち込む。
もうほとんど覚えてないけど、
彼女にめちゃくちゃなこと言ってた。
自分の感情を優先させて、彼女を傷つけて・・・。
サイテーなヤツだって思っただろうな・・・。
今さらだけど。
まいちゃんは、すぐ返事するって言ってた。
星のない、真っ暗な夜空みたいな瞳で。
あのあと、すぐに返事したんだろうな、
決心した口調だった。
もう考えるのはやめよう。
仕事頑張るだけ。
・・・もとの生活に戻るだけのこと・・・。
* * * * *
あれから何日か過ぎていた。
ケータイを見る回数も減っていった。
彼女にメールしたり、電話で話すことを考えたり、
そんな余計な時間がなくなって、
仕事に集中できるって思ってた。
でも、なんかムダな時間ばかり増えてってる気がする。
面白いことがあったり、
感動したことがあったり、
キレイな景色や空を見たとき・・・、
その時の気持ちを伝えられるひとがいるって、
すごくシアワセなことなんだって気付いた。
もちろん、いつも周りには誰かいてくれる。
仕事の仲間や、友だちや、家族や・・・。
話も聞いてくれて、笑ってくれて、突っ込んでくれて・・・。
ついこのあいだまでの日常と同じで、
特別変わったわけでもないのに・・・。
自分でもこんなにうだうだ考え込むヤツだって思わなかった。
当たって砕けたって、またぶち当たっていってたのに。
そんな知らなかった自分にも、戸惑っていた。
彼女と出逢ってからの時間が、タイムスリップしてたみたいに
ぽっかりと抜け落ちている・・・
。
忘れてしまえたらいいと思ったこともあった。
でも、今は忘れたくない。
これから先、誰と出逢っても・・・。
「ホントにいいの? 彼女のこと。」
楽屋での待ち時間、ニノがマジな顔で訊いてきた。
「・・・・・。」
「ふっ切れてなさそーに見えますけど・・・?」
苦笑いするしかなかった。
「ケンカした?」
「・・・なんか、他の男からコクられたらしくって・・・。」
「ふんふん・・・。」
「・・・付き合えば、って、言ってしまった・・・。」
「なんでーーーっ!!」
「なんかオレ、おかしいんだよな・・・。
突っ走れないっていうか・・・。」
「いつもは突っ走りすぎて追い抜いちゃうくらいなのになぁ~。」
「ホントにさぁ、初めてだったんだよね、
あーいうタイプの人ってさ・・・。
もうなんか、全然違う世界っていうか・・・。」
「ま、普通じゃ接点ないだろうね・・・。」
「こっちに引っ張り込めないっていうか・・・、
なんかかわいそうな気がして・・・。
たいていロクなことないだろ? カノジョになったってさ。
初めから知ってたら、それなりにわかってもらえるだろうけど。
・・・なぁ~んか弱気になってってさぁ~・・・。」
「へぇ~~っ! 天下の相葉ちゃんが恋に臆病になるなんて~。」
「ワルイか!?」
「・・・感動した・・・。 でもホントにいいのかよっ。」
「・・・シアワセになってくれればさ・・・。」
「・・・・・。」
ニノからの言葉が途切れた。 ふと見ると、さっきの笑顔が消えてた。
「・・・彼女のシアワセのために身を引くってーのか・・・。」
今までの口調とは違う、重い声だった。
「・・・・・。」
普段と違う雰囲気・・・。
怖いくらい真剣な目でこっちを見据えてる。
「・・・彼女はそれでシアワセなのかよ・・・。
おまえ平気なのかよ・・・。
彼女が他の男と付き合って・・・!
そいつのものになって平気なのかってんだよっ!!」
「・・・・・。」
まわりのみんなが一斉にこっちを見た。
すべての雑音が消える。 時間が止まったようだった。
「いっつも押しまくってるヤツがそんだけマジに彼女のこと思って
身を引くみたいなことやって・・・。
それがホンモノじゃなくって何が“愛だよね~”だ!!」
誰も口を挟んでこなかった。
「愛なんて語るな!
惚れた女を他の男に渡せるようなヤツに
そんな資格ねーよっ!!」
乱暴にイスを蹴って、外に出て行った。
「ニノ、なんかあったんかなぁ~・・・。」
「あったっぽいよな・・・。 あんなにムキになってさぁ・・・。」
「ま、気にすんな! 自分で決めることだからな・・・!」
翔くんが、肩を叩いて倒れたイスを元に戻した。
俺はドアの方を見たまま、身動きひとつできなかった・・・。
* * * * *
誰かに、何かに背中を押してもらってはじめて、
どこに行きたいのか気付くこともある。
でも、行きたいところを決めてても、落ち込みが激しいと
最初の一歩も踏み出せない。
きっと、自分のことをすべて話してなかったから自信がなかったんだ。
もう手遅れでもいいと思った。
あのまま別れてしまうのは、やっぱりイヤだった。
知らない男に手を引かれて遠くに行くまいちゃんが目に浮かぶ。
一度だけ振り返ったその瞳は、あの時の星のない夜空だった。
もういちど、笑顔を見たいと思った。
最後になってもいいからもういちど、笑ってほしいと・・・。
次の仕事へ向かう移動車の中。
時計は21時を回っていた。
ニノとは、あれからまったくしゃべらなかった。
反対側の席でひとり、窓の外をずっと見ている。
俺もなんとなく窓の外を眺めていた。
信号待ちで止まったのは、見覚えのある駅前だった。
思わず身を乗り出す。
・・・初めてプラネタリウムに行った帰りにこの駅から電車に乗った。
まいちゃんの街だ・・・!
どうしても、居ても立ってもいられなくなって、
むこうを向いてるニノに声をかけた。
「ニノ・・・、席、代わってほしいんだ・・・。」
「あぁ~~? なんでだよ・・・!」
あからさまに迷惑そうな顔で返事をした。
「ごめん・・・、オレ、ここで降りたい・・・!」
「はぁ~~!? なに言ってんの!?」
みんながびっくりして身を乗り出す。
投げやりだったニノの目が、まっすぐこっちを見据えた。
すぐに察してくれた。 マジな顔で覗き込まれた。
「・・・短時間で、バシッとキメろよ・・・!」
「うん・・・!」
信号は赤のまま。 今しかない。
ニノがドアのロックをはずして、力強くうなずいた。
「ごめん! すぐ戻るからっ!!」
後ろのみんなに向かって叫んだ。
「行けっ!!」
ニノが全身でドアを大きく開け放した。
無我夢中で飛び出す・・・。
信号待ちの車の間を縫って、やっと歩道にたどり着いた。
振り返ると、車の列がゆっくり動き始めていた。
ワゴン車は止まったまま・・・。
でもすぐに後ろの車のクラクションがけたたましく響いて、
押し出されるようにゆっくり動き出す・・・。
開けたままのドアから、ニノが笑顔で手を振っていた。
加速するワゴン車・・・、ドアが閉まる。
車の波に飲まれるように、消えていった・・・。
このあと、どうするかなんて考えてなかった。
とにかくプラネタリウムの方へ走ってくだけ。
彼女が今どこにいるのかもわからなかったけど、
少しでも近づきたいって気持ちだけで
歩道橋を素通りして、とりあえずまっすぐ走った・・・。
やっと公園の前にたどり着く。
心臓バクバクなのは、ノンストップで走ったせいか、緊張のせいか・・・。
気持ちを鎮めるために、深呼吸をしてハッと気付いた。
「あ・・・。」
なにやってんだ~・・・。 ケータイも財布も持ってない・・・。
直接プラネタリウムを訪ねるしか方法がない・・・。
こんな時間までいるのかな・・・。
すごい気合で車から飛び降りたのに、今はもうガックリ・・・。
なんとなく、公園の中へとゆっくり歩きながら、チカラなく考える。
あまり時間がない・・・。
本当にみんなに迷惑をかけてしまう。
でも、今夜が最後だと自分で決めた。
涼しい風に気持ちがしんと鎮まってくる。
オレンジの星が優しく輝いていた。
プラネタリウムを訪ねてみよう・・・。
その後のことは考えないで。
彼女のことだけ・・・。
歩きながら、静かに決心した・・・。
つづく
11,Mar.2005
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