~8~






  なんとか仕事の時間には間に合った。
  雑誌の撮影と、インタビューが慌ただしく進む。

  みんなと絡んでる時は、気分も切り替えやすくなるけど、
  少しの空き時間でも、ふっと気が抜けてしまいそうになる。

  ひとりになりたくなったり、妙にはしゃいだり、
  自分でもバカみたいだと思うくらい
  ワケわかんないヤツになってた。

  テンション上げてないと、チカラが抜けて
  ガクッと崩れそうな気がして怖かった。

  それでみんなを笑わせたりしたけど、
  きっと自分では笑ってないんだ・・・。

  すべて終わって帰り支度をしてる時、

   「さっきなんかあった?」

  ニノが声をかけてきた。

   「えっ?・・・なんで? べつに・・・なんもないけど。」

  いきなりでうろたえてしまった。
  誰にもバレてないと思ってたのに・・・。

   「どーしたどーした!! カラオケでも行くか~?」

  翔くんが割り込んできた。

   「わかりやすいんだよっ!!」

  マツジュンが明るく笑って言った。
  リーダーもニコニコしてる。

   「だってさぁ~、空白の2時間でガラッと変わったもんな~!」
   「そうそう! ハリキッて出かけてってさあ~、
    帰ってきたらゲッソリ・・・。」
   「カラ回りのハイテンションが見てらんねーんだよっ!」

  そこまで言うことないだろ~・・・、
  これでも頑張って仕事したんだから・・・。

   「も~言いたい放題言いやがって~・・・!」

  チカラが抜けてソファーに倒れ込んだ。

   「キャリアウーマンに仕事を取るって言われたとか?」
   「泣け泣けっ! 思っきし泣けっ!!」

   「マジ!? マジで終わったのかよっ!」

  ニノが真剣な顔で訊いてきた。

   「・・・始まってもなかったんだから、いいだろ・・・。」

  それきり、誰も何も言わなかった。

  誰か突っ込めよっ! 余計ミジメに思えるだろっ!!

  ・・・もういいや、さっさと帰って寝よっ・・・。




  もちろん、まいちゃんからのメールは入ってなかった。
  こっちから送るにしても・・・、伝えたいことはなかった。

  もう今さら・・・、でも何か・・・、

  繰り返し考えるばかりで・・・。




  自分の部屋でひとりになると、ますます自己嫌悪で落ち込む。

  もうほとんど覚えてないけど、
  彼女にめちゃくちゃなこと言ってた。

  自分の感情を優先させて、彼女を傷つけて・・・。
  サイテーなヤツだって思っただろうな・・・。

  今さらだけど。

  まいちゃんは、すぐ返事するって言ってた。
  星のない、真っ暗な夜空みたいな瞳で。

  あのあと、すぐに返事したんだろうな、
  決心した口調だった。

  もう考えるのはやめよう。 
  仕事頑張るだけ。

  ・・・もとの生活に戻るだけのこと・・・。



     * * * * *



  あれから何日か過ぎていた。
  ケータイを見る回数も減っていった。

  彼女にメールしたり、電話で話すことを考えたり、
  そんな余計な時間がなくなって、
  仕事に集中できるって思ってた。

  でも、なんかムダな時間ばかり増えてってる気がする。

  面白いことがあったり、
  感動したことがあったり、
  キレイな景色や空を見たとき・・・、
  その時の気持ちを伝えられるひとがいるって、
  すごくシアワセなことなんだって気付いた。

  もちろん、いつも周りには誰かいてくれる。
  仕事の仲間や、友だちや、家族や・・・。
  話も聞いてくれて、笑ってくれて、突っ込んでくれて・・・。

  ついこのあいだまでの日常と同じで、
  特別変わったわけでもないのに・・・。

  自分でもこんなにうだうだ考え込むヤツだって思わなかった。
  当たって砕けたって、またぶち当たっていってたのに。

  そんな知らなかった自分にも、戸惑っていた。

  彼女と出逢ってからの時間が、タイムスリップしてたみたいに
  ぽっかりと抜け落ちている・・・

  忘れてしまえたらいいと思ったこともあった。

  でも、今は忘れたくない。

  これから先、誰と出逢っても・・・。





   「ホントにいいの? 彼女のこと。」

  楽屋での待ち時間、ニノがマジな顔で訊いてきた。

   「・・・・・。」
   「ふっ切れてなさそーに見えますけど・・・?」

  苦笑いするしかなかった。

   「ケンカした?」  
   「・・・なんか、他の男からコクられたらしくって・・・。」
   「ふんふん・・・。」
   「・・・付き合えば、って、言ってしまった・・・。」
   「なんでーーーっ!!」

   「なんかオレ、おかしいんだよな・・・。
    突っ走れないっていうか・・・。」
   「いつもは突っ走りすぎて追い抜いちゃうくらいなのになぁ~。」
   「ホントにさぁ、初めてだったんだよね、
    あーいうタイプの人ってさ・・・。
    もうなんか、全然違う世界っていうか・・・。」
   「ま、普通じゃ接点ないだろうね・・・。」

   「こっちに引っ張り込めないっていうか・・・、
    なんかかわいそうな気がして・・・。
    たいていロクなことないだろ? カノジョになったってさ。
    初めから知ってたら、それなりにわかってもらえるだろうけど。
    ・・・なぁ~んか弱気になってってさぁ~・・・。」
   「へぇ~~っ! 天下の相葉ちゃんが恋に臆病になるなんて~。」
   「ワルイか!?」
   「・・・感動した・・・。 でもホントにいいのかよっ。」

   「・・・シアワセになってくれればさ・・・。」

   「・・・・・。」

  ニノからの言葉が途切れた。 ふと見ると、さっきの笑顔が消えてた。

   「・・・彼女のシアワセのために身を引くってーのか・・・。」

  今までの口調とは違う、重い声だった。

   「・・・・・。」

  普段と違う雰囲気・・・。

  怖いくらい真剣な目でこっちを見据えてる。

   「・・・彼女はそれでシアワセなのかよ・・・。
    おまえ平気なのかよ・・・。
    彼女が他の男と付き合って・・・!
    そいつのものになって平気なのかってんだよっ!!」

   「・・・・・。」

  まわりのみんなが一斉にこっちを見た。

  すべての雑音が消える。 時間が止まったようだった。

   「いっつも押しまくってるヤツがそんだけマジに彼女のこと思って
    身を引くみたいなことやって・・・。
    それがホンモノじゃなくって何が“愛だよね~”だ!!」

  誰も口を挟んでこなかった。

   「愛なんて語るな! 
    惚れた女を他の男に渡せるようなヤツに
    そんな資格ねーよっ!!」

  乱暴にイスを蹴って、外に出て行った。

   「ニノ、なんかあったんかなぁ~・・・。」
   「あったっぽいよな・・・。 あんなにムキになってさぁ・・・。」
   「ま、気にすんな! 自分で決めることだからな・・・!」

  翔くんが、肩を叩いて倒れたイスを元に戻した。

  俺はドアの方を見たまま、身動きひとつできなかった・・・。



     * * * * *



  誰かに、何かに背中を押してもらってはじめて、
  どこに行きたいのか気付くこともある。

  でも、行きたいところを決めてても、落ち込みが激しいと
  最初の一歩も踏み出せない。

  きっと、自分のことをすべて話してなかったから自信がなかったんだ。

  もう手遅れでもいいと思った。
  あのまま別れてしまうのは、やっぱりイヤだった。

  知らない男に手を引かれて遠くに行くまいちゃんが目に浮かぶ。
  一度だけ振り返ったその瞳は、あの時の星のない夜空だった。

  もういちど、笑顔を見たいと思った。
  最後になってもいいからもういちど、笑ってほしいと・・・。





  次の仕事へ向かう移動車の中。
  時計は21時を回っていた。

  ニノとは、あれからまったくしゃべらなかった。
  反対側の席でひとり、窓の外をずっと見ている。
  俺もなんとなく窓の外を眺めていた。

  信号待ちで止まったのは、見覚えのある駅前だった。
  思わず身を乗り出す。

  ・・・初めてプラネタリウムに行った帰りにこの駅から電車に乗った。

  まいちゃんの街だ・・・!

  どうしても、居ても立ってもいられなくなって、
  むこうを向いてるニノに声をかけた。

   「ニノ・・・、席、代わってほしいんだ・・・。」
   「あぁ~~? なんでだよ・・・!」

  あからさまに迷惑そうな顔で返事をした。

   「ごめん・・・、オレ、ここで降りたい・・・!」
   「はぁ~~!? なに言ってんの!?」

  みんながびっくりして身を乗り出す。

  投げやりだったニノの目が、まっすぐこっちを見据えた。

  すぐに察してくれた。 マジな顔で覗き込まれた。

   「・・・短時間で、バシッとキメろよ・・・!」
   「うん・・・!」

  信号は赤のまま。 今しかない。
  ニノがドアのロックをはずして、力強くうなずいた。

   「ごめん! すぐ戻るからっ!!」

  後ろのみんなに向かって叫んだ。

   「行けっ!!」

  ニノが全身でドアを大きく開け放した。
  無我夢中で飛び出す・・・。

  信号待ちの車の間を縫って、やっと歩道にたどり着いた。

  振り返ると、車の列がゆっくり動き始めていた。
  ワゴン車は止まったまま・・・。

  でもすぐに後ろの車のクラクションがけたたましく響いて、
  押し出されるようにゆっくり動き出す・・・。

  開けたままのドアから、ニノが笑顔で手を振っていた。

  加速するワゴン車・・・、ドアが閉まる。

  車の波に飲まれるように、消えていった・・・。


  このあと、どうするかなんて考えてなかった。
  とにかくプラネタリウムの方へ走ってくだけ。

  彼女が今どこにいるのかもわからなかったけど、
  少しでも近づきたいって気持ちだけで
  歩道橋を素通りして、とりあえずまっすぐ走った・・・。

  やっと公園の前にたどり着く。

  心臓バクバクなのは、ノンストップで走ったせいか、緊張のせいか・・・。

  気持ちを鎮めるために、深呼吸をしてハッと気付いた。

   「あ・・・。」

  なにやってんだ~・・・。 ケータイも財布も持ってない・・・。

  直接プラネタリウムを訪ねるしか方法がない・・・。
  こんな時間までいるのかな・・・。

  すごい気合で車から飛び降りたのに、今はもうガックリ・・・。

  なんとなく、公園の中へとゆっくり歩きながら、チカラなく考える。

  あまり時間がない・・・。
  本当にみんなに迷惑をかけてしまう。

  でも、今夜が最後だと自分で決めた。

  涼しい風に気持ちがしんと鎮まってくる。

  オレンジの星が優しく輝いていた。

  プラネタリウムを訪ねてみよう・・・。
  その後のことは考えないで。

  彼女のことだけ・・・。

  歩きながら、静かに決心した・・・。


つづく   11,Mar.2005







© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: