宇宙航海日誌

宇宙航海日誌

第二章(3)


 遥か昔、歴史上稀に見る大国、ミネルバニア帝国が存在した。この国は世界のほぼ全てを手中に収め、肩を並べることができる国などなく、この世の栄華を謳歌していた。しかし、千年前、ある出来事からこの勢力図は一変する。
 千年前のある日、三体の魔物が現れた。まず、ミネルバニア帝国の首都上空に突如として現れた巨大な龍が、難攻不落と言われた城塞都市を焼き尽くし、たった三日でミネルバニア帝国の主力となる軍を壊滅させてしまった。剣を通さない、赤くて硬い鱗に覆われ、強力な魔法の炎を吹き、石でつくられた城壁をボロ雑巾のように引き裂いていった。これに便乗した周辺諸国が帝国領内に一気に攻め込み、帝国は数ヶ月で見る影もなく滅びていった。
 だが、この時点ではまだ人類はこの危機的な状況を理解していなかった。海には巨大なシーサーペントが現れ、船を飲み込み、当時の経済的な中心地だった港湾都市を次々に破壊していった。巨大な龍とシーサーペントは次々と世界中の都市を破壊し、火の中に飲み込んでいった。
 極めつけは三体目の魔物、魔王である。魔王とは魔族の王だ。魔族は外見は人間に似ているが、高い知能をもち、多くの種類の魔法を使う。通常の魔物とは違い、個々にまったく違う能力と強さをもっている。魔王の策略により、各国の勢力は分散し、十分に戦うこともできずに敗退していった。
 この三体の魔物の登場により魔術師が徹底的に滅ぼされ、当時最も魔法の知識をもっていたミネルバニアが焼き払われたことから、多くの魔法の力は幻のものとなっていった。
 しかし、人間も強かである。決して、滅び行く運命を千年間も甘んじて受け入れてきたわけではない。この千年の間、人間は死闘を繰り広げ、赤い鱗の龍とシーサーペントは滅ぼすことができた。だが、魔王とその配下の魔族たちの勢力は未だに健在である。なぜなら彼らには物理攻撃がほとんど効かなかったからだ。
 人間の技術の発展で、これまで様々な武器が開発されてきた。弓矢、銃、大砲、ミサイル、熱光線銃、などなど。しかし、この何れも、対魔族戦では有効でない。
 そこで再び魔法というものが注目されるようになった。人々はこぞって古代の知識を発掘した。魔法は誰にでも操れるものではないので、魔法を使える者、魔術師は尊敬され、高い地位につくようになった。彼らの任務は古代の魔法の発掘や、科学と魔法を組み合わせた魔道具の開発で魔族に対処することだ。
 ただ、現在でも魔族と人間の戦いは魔族側有利であり、多くの土地は魔族に支配され、居場所を失った人間たちは荒野や地下世界に移りすむようになった。あまりにも魔法を使える人間が少ないのだ。現在、この戦いは微妙なバランスの上で拮抗しており、先行きが全く分からない状況だ。

テレーズ卿はまた煙を吐き出しながら言った。
「ワシはな、引退してからずっと歴史の研究をしておったんじゃ。千年前の研究をの。他の学者どもはワシを馬鹿にするがのう。千年も前の歴史を今更掘り返して何になるのかと。だが、三体の魔物の登場はずっと歴史上の謎だった。ただ、ある日突然現れた。それだけしか分かっておらぬ」
老人は左手でタバコパイプはもち、右手で白く長い髭を撫でていた。頭部から続く白い髪の、どこからが髭になっているのかよく分からない。
「問題はな、ミネルバニアの歴史書がほとんど残っておらんと言うことじゃ。ミネルバニアの諸都市は火の海になったからのう。ワシは徹底的に古代の歴史について調べたんじゃ。調べたと言っても古代の書物を読み漁るようなことはしない。ワシは古代の貴族の住居や別荘を徹底的に調べ、各々の場所で新たな発見がないか調べたのじゃ。そして、これを見つけたのじゃ」
老人は懐から一つの指輪を取り出した。血のように赤いルビー。明かりのほとんどない独房の中だというのに煌々と輝いている。それが魔力が込められた石であるという証拠だった。
「魔石じゃ・・・」



「爺さん、悪いけど、もうその指輪には興味ないし、人類の未来にも興味ない」
魔石を目の前にしてもロキはテレーズ卿を冷たくあしらった。
「ふふふ、構わんよ、構わんよ。別にワシはお主に忠誠は求めん。ここはスラムの理に従って『取引』しようじゃないか」
現役の宰相時代の計略家の顔が蘇った。
「・・・俺はあんたを信用していない。取引に応じるつもりもない。さっさと殺せ」
「そうかな。ワシにはそうは思わんが」
テレーズ卿は不敵な笑みを浮かべるとパイプ椅子から立ち上がり、背後の軍人に何やら合図を送った。軍人は屈強な腕で小さな黒い機械を運んでくる。ディスプレイと小さなアンテナが付いていることから、おさらく軍部の通信装置か何かだろう。軍人はテレーズ卿の横に来て片膝を着き、ディスプレイをロキに向けた。
「君にはラクールという友人がいたね」
「・・・・・・」
「これを見たまえ」
老人はそう言うと、軍人のもつ黒い機械を器用に操作した。ディスプレイに画像がブレつつもやがて明瞭に浮かび上がった。ロキはこの時初めて顔に表情を表した。画像には片腕を失った一人の人間が映っていた。正確には人間の形をした、数十本の管に繋がれ、全身包帯でまかれたミイラ男だ。
「ふふふ。私が命じて医師たちに治療をさせたんだ。破損した臓器や焼きただれた皮膚は新しいものに取替え、どうにか人間の形にはなったよ」
老人は再びタバコパイプを吸い、勝ち誇ったように煙を吐き出した。
「だが、夜明けまでもたんだろう。私の魔法の助けがなければね・・・」
「貴様・・・!」
「ふふふ。結構結構。君の怒りに燃えた顔は嫌いでないよ。判断は君の自由だ。さあ、どうするかね?」
 その夜、ロキはスラム街の寵児から宰相の右腕となった。

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