「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
4857309
HOME
|
DIARY
|
PROFILE
【フォローする】
【ログイン】
Dog photography and Essay
パタヤの夜
パタヤの夜の蚤の市
バンコクから1時間半ほど、
車で走った所に東芭文化村がある。
そして、パタヤからも1時間半ほど掛かり、
我々は東芭文化村パタヤへ引き返した。
予定ではパタヤのレストランへ、
6時に着いて食事をする予定だったが、
7時過ぎになってしまった。
6時に食事を予約をしてあったが、
現地ガイドが、7時に変更した。
私は、7時半から予約していたショーを、
見る事は出来なかった。
私の為に、3人の中国人も、
見れなくなり、後回しになった。
私は、フルコースを頼んであったので、
そちらのショーに行く事になった。
時間が大きくズレてしまい食事をしてから、
時間が折り合わず、40分ほどの時間で、
パタヤの街並みを歩いて見回った。
画像は、パタヤの夜の蚤の市。
タイバーツも少なくなって来たので、
街の両替所を探して回った。
しかし、私には現地ガイドと添乗員から、
しっかりとガードするように言われて、
3人の医師の家族が付き添ってきた。
私は、道行く人や、客引きのお姉さんに、
両替所が無いかどうかを聞いていた。
この人って、怖いもの無いのかしら?などと
話している声も聞こえたが、それには
答えず先へ先へと歩き、やっと見つけて、
日本円を出し、両替をした。
そして、予定の時間になり集合場所へと、
戻ったが、私の遅れた所為で、
パタヤの街歩きの時間も少なかった。
お腹もそれほど空いてないまま、
パタヤの海に停泊している、
船上シーフードレストランへと向かった。
メインストリートの歩道
タイのリゾート地パタヤの、
メインストリートを歩いていた。
私達、4人(医者のご夫婦と娘・私)で、
メインストリートの歩道を話しながら、
歩いていると、医者のご主人が、
急に頭部左側を押さえて蹲ってしまった。
私が車道側で、医師は商店側を歩き、
その奥さんと娘は私達の後ろを歩いていた。
娘は「バ~バ!バ~バ!」と言っている。
私は3mほど後ろへ後ずさりをし、
来た道の左側を見た。
そこには電柱が立っており、その電柱の
丁度1.7mほどの高さに変圧器のような
黒い物体が飛び出していた。
その角を触っていると、左側の、
露天バーから派手な服と超ミニスカートの、
お嬢さんが来て、何やら英語で話している。
医師の娘がそれを中国語に訳して伝えてくれた。
ここでは、大勢の人が頭を打っているとの事。
派手な化粧のそのお嬢さんは、ここで頭を打ち、
皮膚が切れて大分血を流した人も居るという。
なぜ、ウレタンスポンジのようなカバーを、
しないのかと聞いてもみたが、
皆知らない振りををして何もしないとの事。
私は、ウエストバッグに擦り傷を、
負った時の為に、軟膏とバンドエイドを、
常備していたので、
それを医師の奥さんへ渡した。
もう少し明るいところへ移動し、
私が医師の左頭部を見てみた。
少し瘤(こぶ)が出来膨れ上がっていた。
その膨れた所を、髪の毛を掻き分け、
見ると切り傷状になり血が滲んでいた。
私の軟膏を奥さんが指に取り塗っていた。
余り強くするなよという仕草で、
首をすぼめる格好をしていた。
私のガードの為に、怪我をする事になって、
その医師に詫びたが、奥さんが、
貴方のせいではないですよ!と、
不可抗力であり、本人の不注意と私に告げた。
画像は、その頭を怪我する前に撮っていた画像。
医師が頭を怪我をしてから、いくら私でも、
このような笑った布袋さんの置物を撮影は出来ない。
頭をハンカチで押さえながら、医師は無言で、
集合場所に向かった。
この夜の船上シーフードレストランへは、
参加されたのですが、元気がなかった。
いくら不可抗力とは言え、私のガードを、
引き受けなければ、こんな事にはならなかった。
上海に帰られてから、元気に患者さんを、
診察して頂きたいものであると思った。
しかし、頭に傷を負った患者さんを見る度に、
このパタヤでの日本人の事を思い出すのかとも思った。
きっとこの3人は、今では私を疫病神くらいにしか、
思ってないだろうなと思っているところで目が合い、
その時、私は微笑むことしか術を知らなかった。
パシフィックシーフード
バンコクから車で2時間半走った所に、
リゾート地パタヤがある。
何処の街でも同じだが、パタヤの街でも、
昼と夜と雰囲気がガラリと変わる。
パタヤの海岸沿いには、如何わしい
派手に着飾った少女が立ち並ぶ。
現地ガイドの説明では、ちょっとした遊びで、
80バーツ(240円)でもOKという。
ヨーロッパの方からの観光客が、
夜のビーチに集まり、交渉が始まる。
私達は予定より遅れて、9時20分ごろに、
パタヤリゾートの堤防を歩いていた。
大きなバスが入って来れないように、
杭が打ってあり、仕方なく歩く事となった。
このオプションツアーに参加した人は、
13名ほどであった。
オプションであり800バーツ(2400円)で、
予約する為、少なくなっていた。
また、夜に海鮮料理を食べた後で、
またシーフードレストランは、
気が引けたのかも知れない。
参加しない人は、そのままホテルへ
バスで送って頂いたようだった。
堤防の上では、宣教師の人達が、
無料の聖書に関する本を配っていた。
私は勿論受け取らなかった。
私が、法輪講だと言ったら、彼らは中国語で、
「私達は法輪講ではありません」と、
如何に中国からの観光客が多いかも、
彼らの流暢な中国語を話す言葉で分かった。
400mほど堤防を歩いて行くと、そこからボートで、
目的の船上シーフードレストランへ送ってくれた。
その光景は香港で食べた船のレストランに似ていた。
その名前は、海鮮レストラン「JUMBO」
この香港の船上レストランの海鮮料理も、
味の方は、あまり良いとは言えなかった。
そのイメージを抱き、船はシーフードレストランの
ネオンが眩しい大きな船に横付けした。
三角帽子とスキンシップ
タイのバンコクから車で2時間半掛け、
リゾート地パタヤへ着いた。
画像は、この1時間半のショーの終わりに、
出演者と共に写真が撮れると言うお決まりのもの。
この部分だけは、サイドからではあったが、
画像に収める事が出来た。
この船上パーティーでの海鮮料理は、
お世辞にも美味いとは言えなかった。
一晩に4回行うこのパーティーは、
800人が一晩に体験するためボーイたちも、
慣れた手つきで、まだ食べてないものまで、
片付けようとしていた。
腹が減っていれば文句の二つや三つは言う所だが、
私の所為で予定が1時間遅れて夕食を取った為、
腹は皆さん一杯だったので、不味く感じたのかも。
観客が入っての踊りも終了し、本格的な、
踊りが披露されていた。
フィギアーのペアーダンスを思わせるリフトや、
回転なども見事であった。
床がアイスではなく、板だったので、
小刻みに足を動かせながら回転していた。
良くこれだけの踊りが披露できるものだと、
私も感動を覚え拍手を送った。
フィナーレが近づいてくる頃には、
全員に色んな柄の「三角帽子」を配って被らせた。
私も仕方なく被り、この画像に写っている
ダンサーの肩に両手を置いた。
そして、他の人達も私の肩に両手を乗せた。
軽快な曲が流れ、我々が先頭に立ち軽快に、
ステップを踏みながら前へ前へと進んでいった。
行き止まりまで行くと小さく小回りして、来た方向へ、
またステップを踏みながら進んだ。
私達の後ろには「三角帽子」を被った多くの人達が、
後に続いてきていた。そして、すれ違いざまに片手を挙げ、
すれ違う人たちの手を、叩いてスキンシップを楽しんだ。
こうなれば、中国人もアメリカ人もイギリスもフランスも
同じメロディの元で心が一つに交じり合ったよう思った。
200人が「三角帽子」を被った光景はまた迫力があった。
撮影禁止と譬え撮ってもフラッシュなしでは、とても
画像にはならないと、あえて危険を冒さなかった。
我々のツアーのメンバーも、嬉しさを隠せない表情で、
楽しかったと若い中国人女性までが満足していた。
その感動の余韻を残して、我々はその船を後にした。
その時に撮影した船の画像であるが、
何となく船も別れを惜しんでいるように見えた。
歓楽街のルーツは
タイのバンコクから車で2時間半の、
地点にリゾート地パタヤがある。
パタヤの海の船上レストランで、
「三角帽子」を被ってのフィナーレは、
目に焼きついたようである。
その「三角帽子」は上海からのツアー客の、
19歳の女子医大生が上海でパーティをする時に、
使いたいとまとめて持っていった。
私は当然の如く、そのような「三角帽子」など、
必要も無かったし、こんなものを被って、
管理職の会議に出ても、どうしようもないと思った。
夜も10時を過ぎていたが、次の船上パーティーに、
参加する人たちの列を掻き分けるようにしながら、
「すみません!ありがとう!」と通り抜けた。
すると後から付いて来た中国人のツアー客が、
貴方が日本語を話すものだから、並んでいる人達が、
私達までが日本人と勘違いして「ほら!日本人よ!」と、
「指を指されてしまいましたよ!」と言った。
私は、どんな気分がしましたかって聞くと、
「悪い気分ではないですね~」と言っていた。
でも日本人になると、中国人から色々と、
言われてしまいますよ!それでも良いですか?
って、質問しようとしてその言葉を飲み込んだ。
折角、いい気分になっているのに、わざわざ、
そんな事を言ってぶち壊す事は無いと思った。
私達のバスは、私達を防波堤の側まで送り届けて、
そのまま帰ってしまったため、パタヤの夜の
歓楽街を歩いて大通りまで出る事になった。
思わぬ展開に、画像を撮れると思っていたが、
「日本先生は誰が見ているのですか」って、
一人が言うと、現地ガイドは「私達に付いて来て下さい」と、
念を押したので指でOKサインをしたがどうなる事か?
始めはネオンも、ちらほらだったが中頃になると、
眩しいほどのネオンに何度も立ち止まり、
最後にはツアーの人達が何処へ行ったのか、
見えなくなってしまった。
始めは、これがパタヤの歓楽街かとも思った。
なぜならば、歓楽街とは名ばかりの、
ネオンも少なくひっそりとした感じだからだった。
画像は夜のパタヤの歓楽街である。
パタヤのこの辺の歓楽街は、昼間は寝静まっている。
しかし、夜ともなれば、オープンバーやスナック等、
それに付随する客引きの少女達も姿を現し、
ネオンが眩しいくらいにパタヤの歓楽街を照らす。
このパタヤや歓楽街のルーツは、1970年の
ベトナム戦争時代にアメリカ軍兵士の保養地として
作られた。はじめは静かな漁村地帯であった。
しかし、ベトナム戦争が終結してからも、
燃料補給の為による船の船員や兵士達で栄えてきた。
今は、リゾート地として、殆んどのツアーの中にも
組み込まれるようなったようである。
画像に写っているような娘は、18歳から21歳まで
みんな若い子達ばかりである。
現地ガイドに聞いたが、飲み代が500B(1500円)
連れ出し料は1000B(3000円)泊りは3000B(9000円)
遊び代合計4500B(13500円)で、結構割高である。
一般のビールが街のスーパーで30B(90円)から
比べれば、断然高いが、どう価値観を理解するか?
警告--まず病気の危険性を考えてから行動しよう。
この画像に写っている子達は、手を振るとニコニコと
笑顔を見せ、愛想は良い。
この頃は、まだ現地ガイドや中国人女性たちの姿が、
私の視野に入っていたのであるが・・・?
手を大きく左右に振って
タイのバンコクから車で2時間半の、
地点にリゾート地パタヤがある。
画像は夜のパタヤの歓楽街である。
パタヤのこの辺の歓楽街は、
昼間は寝静まっている。
しかし、夜ともなれば、
オープンバーやスナック等、
それに付随する客引きの少女達も姿を現す。
現地ガイドに聞いたが、飲み代が500B(1500円)
このドールハウスでは、ビール一杯45B(135円)
瓶のビールでも99B(297円)と相当安い。
瓶のビールの方で8割ダウンである。
これから計算するならば、
連れ出し料は1000B(3000円)が200B(600円)
泊りが3000B(9000円)のところが、
8割引の計算で、600B(1800円)になり、
遊び代合計4500B(13500円)のところが、
遊び代合計で899B(2697円)になる。
パタヤの海岸に、客引きで立っている若い子が、
現地ガイドの説明では、ちょっとした遊びで、
80バーツ(240円)でもOKという話を聞いた。
だが、現地ガイドも嫌であると言っていた。
今の立っている所から、近かったので、
その現場へ行ってみたいとも思った。
そして、先ほどバスの中で話していた場所へ、
行ってこの目でその場を見て見たいとガイドに行った。
現地ガイドは、手を大きく左右に振って、
「絶対駄目です!今度迷子になったら危険です」と、
パタヤの夜のビーチで行方不明にでもなったらと、
思ったのであろうか?
中国人が何度も執拗に歓楽街の事を聞き、
それには歯切れの悪そうな回答をしていた。
それもその筈で、現地ガイドの奥さんが、
この日も一緒にツアーに同行していた。
タイバンコクの人で非情に綺麗な女性だった。
よく考えてみると、自分の奥さんの前で、
話せる事ではないなどとも、この時に思った。
そして、先ほどまで中国人達の姿を見かけていたが、
この時点で、完全にガイドの姿も、
中国人達の姿も見失ってしまった。
どこかの路地へ、入ってしまったのだろうか?
などと人ごみの方を目を凝らしてで追ったが、
知らない人達ばかりであった。
画像は、知らない人達が通り過ぎ行き、
何とも言えない気持ちの自分を写したようである。
やっと見つかった
タイバンコクから2時間半でパタヤへ着く。
私は上海からのツアーに参加したのですが、
日本の旅行社のこのバンコクやパタヤの
セールスポイントこのようなのがあった。
大人気のバンコク・パタヤのコースを、
厳選しました!あなただけの旅が、
きっと見つかりますよ!!
キャッチフレーズは、どのようにでも、
書く事が出来るが、「微笑みの国」のタイの中で、
バンコク・タイは結構楽しかった。
次回また行く機会が出来るのであるならば、
一人で自由気ままに旅がしたいと思った。
私が、色々なオープンバーのお嬢さん達に、
気を取られているときに、現地ガイドと
中国人の人達を見失ってしまった。
私は、慌てて小走りにパタヤの歓楽街通りを、
走った。そして色々な通りに分かれており、
元来た道に引き返し、彼達が一体何処に、
行ってしまったのか?考えながら歩いた。
見失った地点から、200mほどの間を、
2往復したが、彼らの姿を見つける事は、
出来なかった。
船上のレストランからの踊りから、堤防を歩き、
今も歩き詰めなのと、皆の姿が見つからないので、
少々疲れ、オープンバーのお嬢さんに椅子を借りた。
ビールか何かドリンクを飲めと言うが断った。
そして、椅子代として20B(60円)のチップを出した。
彼女もニッコリ笑いながら、ポケットの中に、
しまいこんでいた。
私は仕方なく、デジカメを再生側にし、
今まで撮った画像を店の彼女達と確認していた。
そこに現地ガイドが、何食わぬ顔で、
「日本先生!そろそろ行きましょうか」と、
上海のツアー客を連れて迎えに来ていた。
上海のツアー客の中国人は、
「この人はこの小姐達ともう友達になってる」と、
何か不満そうであったが、不満なのは私の方であった。
「何処へ行っていたのですか?」と聞くと、
指を差し、キックボクシングの試合を見ていたと言う。
私が、オープンバーのお嬢さん達に手を、
振っている時に、見失った場所の前の店に、
「ムエタイ」からの出店があり見ていたと言う。
私は一気に疲れが出たような感じがした。
私が、皆さんを何度探した事かと言いかけ、
そんな事を言っても、パタヤのお嬢さんに、
気を取られていた私がいけなかったと反省した。
先ほど2度も見た刺青「TATTOO」の店の、
画像を取り込み、彼らの後にぴったり着いていった。
現地ガイドが、大通りで「トゥクトゥク」と、
値段の交渉をし、その後の荷台を座席にしたシートに
座った時には実にホッとした。
皆の顔を見渡しながら、微笑んだら皆も笑った。
「中国写真ライフ」へ戻る。
「バンコク四面佛とスネーク」へ
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
うさ飼いさん集まろ~
コナモ (U^ω^U)7歳3か月 YOUTUBE動…
(2024-11-14 15:13:45)
◆かわいいペットと泊まれるお宿~◆
【オススメお宿】(ペットOK)グラン…
(2024-08-22 00:41:20)
ミニピン大好き☆"
今日のチロ
(2024-08-25 16:53:02)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: