いろを的陶器とちょっと気功な話

いろを的陶器とちょっと気功な話

2008.07.07
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 まだ5歳位でしたかね。もっとも、私が深く関り始めたのは1年位ですが。元々野良猫ですが、小さい頃から人間の中だけで育ったせいか、あまり猫らしく無かったですね。餌や水を摂りに行く途中でも、「カワイイ!」という声が掛かると、くるっと行き先をかえて頭を撫でて貰いに行ってましたね。それ以外はよく人を選んでいたように感じます。

 私の見る限り、大人しく、理性的で、穏やかな人が好きなようでした。他の猫や動物、そして子供や気の強そうな大人も苦手なようでした。ただ逃げ損ねると、そういった人間に対してもオベッカつかっていたようです。後で裏に来て、大きな溜息を吐いていましたね。そして寝る時は必ず人間のように仰向けになって、好きな人に並んで体の一部を着けていましたね。

 よく複数の人間で話が盛り上がっていると、必ずみんなの中央に来てお腹を出してゴロゴロして見せました。抱き上げて膝の上に乗せ、また話を続けると、自分の話題ではない時など特に、私の唇を引っ掻くのですよね。そしてまた他の人間と仲良くしていると、近くの座布団などを、気が違ったように蹴飛ばして、何処かに行ってしまうんです。

 外に出掛けるときは、ドアノブに吊るしてある鈴を背伸びして叩くのですが、忙しくてドアを開けてあげられないと、物凄い勢いで鈴を叩きます。それでも無視していると一度呼びに来て、また鈴を叩いて見せます。時に面倒くさがって叩かないのですが、「P-ちゃん、ちょいちょいは?」と言うとしょうがなさそうに叩いて、開けると「ニャア!」と出て行きます。

 まだまだ想い出はありますが、世界で一番可愛い猫でしたね。ペットを飼っている人の定番の言葉ですね。(笑)私が感じるに、ペットって容姿もそうですが、飼い主の性格的なモノや、その時の「想い」のようなモノまで映し出してくれるように感じます。そして時に飼い主に留まらず、そこに関る人間のそれぞれの「想い」も映し出してくれるように感じますね。

 占いや儀式に遣われる鉱物や道具、また音楽を聞かせると植物の発育が変わったり、掛ける言葉によって水の結晶の形が変わるなど聞きます。色々と体裁良くないこともあり、必ずしも動物と一緒には扱いませんが、時に人間以外のモノは、人の「想い」を映し出してくれるように感じますね。

 また相手に伝え辛い想いなど、例えば「・・・なんだよね~P-ちゃん!」を後に着けるだけで角が立たない意思表示になったりしませんかね。自分の想いを伝える「代弁者」や人間関係の「緩衝」的役割を担ってくれたりします。そして時に、人間の色々な想いやプライドまで背負ってくれるように感じますね。

 今回の突然の死に関しても、正直私は、私の人には言えないモノを背負ってもらった感覚がありますかね。そして「動物が好きな人に悪い人は居ない」とか言いますかね。基本的に私もそう(純粋を求める的)感じますが、私も含め、動物や植物などが好きな人やそこに関る仕事に就く人には、時に対人に関することで負のモノも感じたりしますかね。(08.8.10著)

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 炎天下に、裏返しでもがいていた大きな亀がそのまま放置されました。

 昔、あるドキュメンタリー番組で見た光景です。ナレーションによると、「そこで人間が手を貸して亀を助けてしまうと、自然の摂理に反してしまう」そうです。確かに理屈では、人間の手が入らないものを「自然」(物質的)と定義付けているのでしょうが、そこに人間が居合わせたと言うことは「自然」(変化・流れ的?)ではないのでしょうかね。

 「自然」を敬う意味も感じられますが、人間を他の生物(自然)と分けて扱っていることに、逆にオゴリも感じますかね。最近では日本でも打ち揚げられた鯨など、人の手によって助けられたりして、だいぶその価値観も変わってきているように感じますね。ただ一方では捕獲して食べたり、鯨を守ろうとする団体に憤りを感じたりしていますがね。不思議です。

 また、崖っぷちに取り残された野良犬に飼い主の申し出が複数あったようですが、町でふらふらしている同じ野良犬たちは駆除の対象にされていますね。そして処理施設に何匹もの動物がいるにも関らず、ペットショップにはお金を払ってでも飼い主になりたい人が何人もいますね。お金が「情」をつり上げることもありましょうし、またメディアの力も不思議です。

 繋いで飼うことに抵抗があったり、やはり死別の度に辛い想いをするので、我が家では迷い込んできた猫しか飼いませんが、そうやって私もそこ(命の違い)から目を背けている人間の一人ですね。そして正直私も人間とそれ以外の存在に対しては、何か異なる(気・意識的)質を感じています。(08.8.20著)

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 あなたは「猫派」?「犬派」?

 私は「猫派」ですかね。あの気まぐれでなかなか言う事を聞かない所がシャクに触りながらも堪らないんですよね。そして時々ふと見せる甘えも堪らなくいいですね。そしてまた何よりも繋いで飼うことに大きな違和感がありますかね。私も自由的な感覚を何よりも大切にしているので、そんな所を映し出してくれているかのようです。無責任さも自覚していますが。

 無邪気でよくリーダーシップを発揮する知人は犬を飼っています。そしてその犬がまた良く飼い主の言う事を聞くんですよね。確かにその犬からはそんな扱いに対して嫌なモノを感じませんが、私にはちょっと・・・。そして良く言うことを聞くことに対して「頭が良い」とか言うんですよね。なんでもヒトの言う事を聞くことって「頭が良い」ですか?

 確かに人の要求を理解出来る頭の良さも感じますが、時には理解していてあえて「拒否」出来る事が頭の良さにも繋がったりしませんかね。ただこれっていずれも動物には当てはまらないように感じていますね。あくまでも動物を擬人的に用いたときに言えることだと感じます。動物にはそんなモノを越えた、色々な意味で人とは別の気質を感じますかね。

 その人の想いを反映したり、欲求をそのまま純粋に満たしてくれたり、厄介な言葉を遣わず無言で代弁してくれたり・・・。「私、あの人苦手なのよね~」とか気軽に人前で言葉に出せたりする人が居ますね。得てしてそんな人と「あの人」には極めて似た気質が多く感じられたりして、時には人間にもその人を映し出す力を強く感じたりしますね。(08.11.10著)

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 シラサギが浅い川で餌を探していました。

 水中の藻に長い足を突っ込んで、ガサガサとやっていました。餌の小動物を追い出そうと言うのでしょうね。でもなかなか見つからなくて、ずっとガサガサやっていました。そんな光景を見て、初めは無意識に自分の似た体験の心理に置き換えてみたりして、ほのぼのとなったりして笑いもしていましたが・・・あれ?動物って、『野生の勘』とか持ってるんじゃ・・・

 超音波とか超嗅覚・超聴覚・超視覚とかあるんじゃ・・・擬態とか生きるために必要な特殊な進化とか出来る知能も持ってるんじゃ・・・とか想ってしまい、餌を捕るのに手間取っている野生の動物を見て少しガッカリもしてしまいましたかね?

 「人間と違って嘘を付かないから・・・」

 動物好きな人から時にそんな言葉を聞きますが、人付き合いを苦手にしている人も少なくないですかね。ただ前記の「擬態とか・・・」も含め、獲物を捕らえる手段を見ても「騙し」(嘘)的質のモノを感じますが・・・本能(生きる)に基いた行動で「嘘(悪)」の自覚も無いだろうから人のそれとは違う・・・人のそれも本能に基いていると感じますが・・・

 動物は本能的能力が強く、人間より気質的にも勝り、嘘が無く純粋のイメージも強いですが、そんな光景を見せられると、色々な意味で人間とたいして変わらないと感じますね。ただ私も細かく感じれば「嘘」なども含め、人のそれらとはちょっと異なる質も感じますかね。擬人的に感じさせてくれる気質と言いましょうか・・・つまりは「嘘」か?

 「動物園のライオンは目が死んでいる」

 何度もアフリカに旅行して野生の動物達を見ている人の言葉です。「運がよければ、ライオンが餌を狩る場面を見られるわよ♪」とも言っていました。自然の摂理とはいえ、正直私は「弱肉強食」的なモノには強い嫌悪感があり、そんな場面は見たくもないですし、野生の動物の目も「生き生きしている」というよりも「飢えている」ように見えてしまいますかね。

 むしろ動物園の動物達の目の方が時に「穏やか」にすら感じてしまいますかね。もっとも私も動物好きですが、私の場合動物そのものよりも様々な形をしたモノに惹かれることもあったり、彼等の自慢そうにアフリカ旅行の話をすることへの嫉妬が動物達の目をそのように見せるのかもしれませんがね。別に旅行自体には興味も持っていないのですがね。(笑)

 その時のその人の心のあり方によって見え方をも変えてしまう・・・と言うよりもその人の想いを反映する力(気)を動物(人間以外の存在)からは特に強く感じたりしますかね。(09.12.8著) 

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 伝染病で多くの家畜が処分されているようですね。

 「家畜も家族同然で、それが殺されてしまうのはとても辛いこと・・・」飼い主が言っていました。私はどうせ大きくなったら食肉の為に元気なうちに殺してしまうので、割り切って育てているものと思っていましたので申し訳なく感じました。だとすると毎回出荷の時はそうとうの辛さを感じているのですね?直接殺さなくても私には絶対に出来ない仕事ですかね。

 そして感染が広がってしまったことには政府の対応の遅さに原因もあると感じますが、やはり発生させてしまった原因は、結局の所酪農の現場の管理にあるのでしょうからね。そういった所の責任を考えて管理をすればお金も手間も掛かるでしょうし、私には手におえる仕事ではないと感じますので、酪農に拘る人達には感謝と共に尊敬すら感じますかね。

 沢山の野良猫に餌付けをしていた人が訴えられていましたね。フン害など衛生面で近所の人達は迷惑を感じているようですね。捨てた当人でも無い訳ですしね。でも目の前にある命はどう割り切ります?猫好きで無く、直接殺される所を見なければ割り切れてしまいますかね?人が死んでも身近で無かったり自分に置き換えなければ気持ちはスルーしてしまえますかね。

 中には「家族同然」に動物を飼っている人も居ますので、万が一の時は他人の子供よりも自分のペットの命を優先してしまってもしょうがないですよね?ただそんな人でもいざとなったら他人の子供の命を優先できてしまう・・・?(願)私も動物好きですが個人的には体裁を気にしてしまいそうですし、動物の存在(命)に対してはヒトとは異なるモノも感じて・・・

 また私は食べること自体にあまり執着もないので食肉を止めてもいいのですが(ズルい言い方?)、もう直ぐ食肉だけの培養も出来るようですし、そしたら家畜の食肉は止めますよね・・・?遺伝子操作やなにやらで、やっぱり本物の動物の肉の方が安心ですかね・・・動物に感謝(10.7.25著)



姉妹日記:  「仕事」  / 「索引1」 「索引2」 「索引3」





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Last updated  2010.07.26 16:45:18
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