JEWEL

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融雪 ~約束の地~1

海斗は両性具有です、苦手な方はご注意ください。

「ジェフリー、メイトは?」
「あぁ、あいつなら・・」
「キエ~、何処だここは!?月島、月島ぁ!」
航海長の部屋から素っ頓狂な叫び声が聞こえたのは、『グローリア号』が、フランスからプリマスへと戻る最中の事だった。
「何故わたしが船に乗っているのだ!何じゃこの揺れは!?」
「ナイジェル、大丈夫・・って、あんた誰!?」
「キエ~!」
海斗とジェフリーがナイジェルの部屋へと向かうと、そこに部屋の主の姿はなく、代わりに居たのは軍服姿の褐色の肌をした青年だった。
「お前、何者だ?」
「何じゃきさんら!」
「それはこっちの台詞だ!」
「おかしら、どうしたんでぇ・・って、誰だてめぇ!」
「キエ~!」
謎の青年はナイジェルの部屋から引き摺り出され、甲板でジェフリー達から尋問を受けていた。
「お前は誰だ?俺はグローリア号の船長を務める、ジェフリー=ロックフォードだ。」
「わたしは、鯉登音之進だ。急に気を失って、目覚めたら・・」
青年―鯉登音之進はそう言うと、電光石火のような動きで舷側へと走り出すと、胃の中の物を全て吐いた。
(ナイジェルと同じ声をしているのに、変なの・・)
海斗がそんな事を思っている頃、イングランドから遥か彼方にある北海道・小樽では、一人の青年がやくざ者と大立ち回りをしていた。
「相手は一人だってのに、何ちんたらしてやがる!」
「やっちまえ!」
男達が一斉に青年を取り囲んだが、彼らは瞬く間に地面に倒れ伏してしまった。
「ふん、雑魚共が。」
青年―ナイジェル=グラハムは、灰青色の瞳で見慣れぬ街並みを見渡した。
ここはプリマスではない。
奇妙な建物、奇妙な髪型と奇妙な服を着た人達。
(一体、ここは何処だ?俺は・・)
「鯉登少尉、こんな所に居たのか。」
そう言いながら突然ナイジェルの前に現れたのは、骸骨のような顔をした男だった。
「誰だ貴様は?」
「おやおや、わたしの事を忘れてしまったのか?」
“骸骨男”はそう言って笑うと、ナイジェルの腕を掴んで彼を何処かへと連れて行った。
そこには、軍服姿の男達が居た。
(何だ、ここは・・)
「さてと、今まで何処に居たんだ?」
「俺はお前など知らない!」
「誰か、月島を呼んで来い!」
暫くすると、背が低い男が入って来た。
「月島、この者はお前が知っている鯉登少尉か?」
「いいえ。」
男はそう言うと、ナイジェルの顔を見た。
「声は同じだが、違う人間が居るとは、何とまぁ、摩訶不思議な事が起こるものだなぁ。」
“骸骨男”は手を叩いて大声で笑いながらそう言った後、ナイジェルを見た。
「貴様、名は?」
「まずはそちらから名乗るのが礼儀だろう。」
「わたしは、鶴見篤四郎だ。ここは、日本帝国陸軍第七師団の兵舎だ。」
「ナイジェル=グラハムだ。ここに来る前は、船の航海長をしていた。」
「船か・・どんな船だ?」
「帆船だ。それよりも、俺はこれからどうなるんだ?」
「お前の太刀捌きを、先程見せて貰った。是非とも、我々の仲間に加わって欲しい。」
「断る、と言ったら?」
「考えてもみたまえ、身元不明の外国人が、どう生きてゆくつもりだ?」
「わかった、あんたの所で世話になろう。」
「彼の世話を頼むぞ、月島。」
「え?」
ひょんな事からナイジェルの世話係を任命された月島だったが、ひとつ良い事があった。
それは―
(あれ、面倒臭くない?)
 ナイジェルは、自分や鶴見中尉とは英語で会話出来るし、余り駄々をこねたりしない。
(さて、これからどうなるか・・)
一方、グローリア号は突然の嵐に見舞われ、鯉登は船が激しく揺れる度にやかましい悲鳴を上げた。
「カイト、あいつの所為で眠れやしない・・」
「俺に言われてもなぁ・・」
「嵐が治まり次第、船倉にでもぶち込んでおくか。」
キットはそう言いながら、溜息を吐いた。
嵐は治まったものの、グローリア号は漂流し、見知らぬ港に停泊する事になった。
「何だい、あれ?」
「こんなに大きな船、初めて見たよ。」
港に居た人々は、口々にそう言い合いながら物珍しそうにグローリア号を見ていた。
「た、助かった・・」
鯉登はそう叫ぶと、白目を剥いて倒れた。
「情けないなぁ、あれ位の揺れで酔うなんて・・」
「良く言うよ。いつもナイジェルに、“根性無し”と呼ばれていたのに。」
海斗がそう言いながら辺りを見渡していると、灰青色の瞳をした青年と目が合った。
「ナイジェル!?」
「カイト、カイトなのか!?どうしてお前達が小樽に居るんだ?」
「ナイジェル、その格好は・・」
ナイジェルは、いつもの生成りのシャツやホーズ姿ではなく、『くるみ割り人形』に出て来るおもちゃの兵隊のような格好をしていた。
「何だナイジェル、俺より派手に着飾って。」
ジェフリーはそう言った後、親友の格好を見て噴き出した。
「くっ・・この姿をあんたに見せたくなかったんだ!」
「ナイジェル~!」
自分に向かって勢い良く手を振るキットを、ナイジェルは無視した。
「ほぉ、あれが君の仲間か。」
「あぁ。」
ナイジェルはそう言うと、自分に向かって手を振っているキットに背を向けた。
「それにしても、あの彼と君とはどんな関係なんだ?」
「ただの友人だ。」
「つれない事を言うなよ、共寝した仲じゃないか~!」
「貴様、帆針でその口を縫われたいか!」
ナイジェルはそう叫んだ後、キットの胸倉を掴んだ。
「そんなに怒る事はないだろう。」
「キエェ~、貴様ぁ、わたしがいない間に鶴見中尉殿と親しくなりおって~!」
鯉登から勝手に嫉妬され、ナイジェルは深い溜息を吐いた。
『ツキシマ、あの男は一体何者なんだ?』
『あの人は鯉登少尉といって、鶴見中尉に心酔しておられます。』
『そうか・・』
(余り関わらないようにしておこう。)
そう思い、鯉登に余り関わらないようにしていたナイジェルだったが、それが却って鯉登の癇に障ったようだった。
「キェ~、あいつ気に入らん!」
「落ち着いて下さい。」
「あいつがわたしと同じ声なのが気に喰わん!」
面倒臭い―月島は、そう思いながら茶を飲んだ。
一方、海斗達は森の中を歩いていた。
そこは、右を見ても左を見ても白い雪原と森だけが広がっていた。
「ねぇジェフリー、いつまで歩くの?」
「何だ、もう疲れたのか?おぶってやろうか?」
「もう、子供扱いして!」
海斗がそう言ってジェフリーの方を見ようとした時、森の向こうから何か黒い影がこちらに走って来るのが見えた。
(え、あれ・・)
徐々に自分達の方へと迫って来たのは、ヒグマだった。
「な、なんだありゃぁ!?」
「みんな、下がっていろ!」
ジェフリーはそう叫ぶと、腰に帯びていた長剣を抜いてヒグマを倒そうとしたが、その時風が唸るような音がして、ヒグマに何かが突き刺さった。
そしてヒグマは泡を吹き、轟音を立てて地面に倒れて絶命した。
「大丈夫か!?」
ジェフリー達の前に現れたのは、蒼い瞳をしたアイヌの少女だった。
「アシリパさ~ん、こんな所に居たのかっ・・て、あんた達誰?」
これが、海斗達とアシリパ達との出会いだった。
「金塊?」
「あぁ、俺達はアイヌが隠した金塊を探しているんだ。あ、自己紹介が遅れたな、俺は杉元佐一、こっちはアシリパさん。もしかして、小樽港に停泊していた船に乗っていたのは、あんた達か?」
「あぁ。俺はその船の船長・ジェフリー=ロックフォードだ。世話になる。」
「こちらこそよろしくな。あ、みんなお腹空いてない?リス獲ったから、みんなで食おうぜ。」
「いいんですか!?」
「いいって、いいって。」
ジェフリー達は、アシリパの小屋でリスの脳味噌を食べた。
「斬新な味だな。」
「そうだね。」
「狭いが、ここは居心地がいいな。」
海斗とジェフリーがそんな事を話していると、小屋に坊主頭の男が入って来た。
「アシリパちゃん、団子買って来た・・って、あれ?やだ何、知らない間に小屋が美男子達の溜まり場になってる~!」
「うるさいぞ、白石。」
「ねぇ、この人達誰ぇ!?」
坊主頭の男―白石吉竹は、突然現れた美男子達に驚きを隠せなかった。
「え、じゃああんた達、あの船に乗ってたの!?」
「あぁ。嵐に遭って、気が付いたらあの港に流れ着いたんだ。」
「へぇ・・それよりも、身体に奇妙な入れ墨をした男が、女郎を怪我させたってさ。」
「・・そうか。」
「ねぇ、それよりもこの人達どうするの?ずっとここに匿う訳にはいかないでしょう?」
「そうだな。」
海斗達とは杉元達と共に、アシリパの親族達が住んでいる村へと向かった。
ジェフリー達を、村人達は歓迎し、温かくもてなしてくれた。
「アシリパさん、さっき俺達が小屋に入る前にあった木製の檻には、何が入っているの?」
「あれは、熊送りの儀式に使う熊を入れる檻だ。熊はわたし達アイヌの世界ではカムイ、神とされていて、人間の世界に迷い込んで来たカムイを、カムイの世界に送り出す。」
「へぇ、この世には珍しい神様が沢山居るんだな。」
 無神論者であるジェフリーだが、アイヌの神々について興味を持ったようで、アシリパと色々と話していた。
その日の夜、スギモトはアシリパ達が寝静まっている事を確めた後、村を後にした。
「奇妙な入れ墨をした男?さぁねぇ、今うちの子に話を聞いておくから、ニシン蕎麦でも食べて待っていておくれよ。」
杉元がニシン蕎麦を食べていると、そこへ双子と思しき瓜二つの顔をした兵士がやって来た。
「こいつだ。」
「間違いない。」
杉元は双子の兵士達と殴り合いをし、店から出たが、すぐに鶴見達に捕らえられた。
(うるさいな、何か、あったのか?)
ナイジェルは、そう思いながら読んでいた本から顔を上げた。
すると、一人の男が鶴見に連れられて廊下を歩いていた。
「あんた、ナイジェル=グラハムか?」
「何故、俺の名前を・・」
杉元は鶴見の尋問を受けた後、別室に監禁されていた。
(済まない、アシリパさん・・)
杉元の脳裏に、悲しそうなアシリパの顔が浮かんだ。
自分が勝手な事をしたばかりに、アシリパに迷惑をかけてしまった―そんな事を杉元が思っていると、ふんどし姿の白石が部屋に入って来た。
「妖怪?」
「アシリパちゃんが、見張りをしている。その内に・・」
「そこに誰か居るのか?」
部屋に入って来たのは、ナイジェルだった。
「お前は、さっきの・・何故、俺の名前を知っている?」
「あんたの連れの、金髪碧眼の男にあんたの事を聞いたんだよ。」
「そうか・・」
ナイジェルと白石に助けられ、第七師団の兵舎から脱出した杉元だったが、その途中で二階堂兄弟に見つかってしまった。
「うわぁぁ~!」
「一体、何があった!?」
鶴見が杉元を監禁していた部屋に入ると、そこは辺り一面血の海だった。
腸を押さえ、息絶え絶えの杉元を馬橇に乗せた鶴見は、二階堂兄弟の片割れの遺体を検分していると、ある事実に気づいた。
「オラ、走れ、走れ!」
死んだ振りをした杉元が、馬に鞭を入れていると、遠くから馬の嘶きが聞こえて来た。
鶴見は杉元を馬で追っていたが、突然馬が苦しそうに鳴き、倒れて絶命した。
「何だ、これは?」
鶴見は、馬の遺体に奇妙な穴が開いている事に気づいた。
「アシリパさん・・」
「杉元・・」
 アシリパは、笑顔を浮かべながら、彼をストゥ(制裁用の棍棒)で殴った。
「ナイジェル、無事だったんだね!」
「カイト・・」
ナイジェルはジェフリー達と再会し、杉元達と共に旅をする事になった。
「鶴見中尉、ナイジェル=グラハムはどうしますか?」
「泳がせておけ。」

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