JEWEL

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泥中に咲く 第一話



紅い月に照らされ、女の射干玉の如き艶やかな黒髪が揺れ、碧みがかった切れ長の黒い瞳は、酒宴の主である正田秀時を見つめていた。
秀時は、女の妖艶な舞を惚けたように見つめていた。
「あの者を、寝所へ。」
秀時の女好きを知っていた家臣は、渋面を浮かべながらも、彼の命に従った。
「見事な舞であった。褒美を取らす故、寝所へ参れ。」
「有難き幸せにございます。」
秀時の寝所へ向かった女は、背後から秀時に抱き着いた。
「そう急くな、優しく抱いてやる。」
そう言って秀時は女に向かって笑ったが、全身が動かない事に気づいた。
「薬が効いてくれて、助かった。」
「なっ・・そなた・・」
「そなたが無類の女好きで良かった。こうも簡単に騙されるとはな。」
そう言った女の、切れ長の瞳が月光を受けて妖しく煌めいた。
「殿、如何されたのです?」
家臣が秀時の様子を見に彼の寝所へ向かうと、そこには口から血を流して息絶えている秀時の姿があった。
「誰ぞ薬師を呼べ!」
紅い月が、街道を歩く一人の女を照らしていた。
壺装束姿の女がある所へとさしかかろうとしていた時、近くの叢の中から、数人の男達が出て来た。
全身から異臭を放ち、垢面蓬髪の身なりをした彼らは、女を慰み者にしようと、一斉に彼女を取り囲んだ。
だが、女は天高く跳び上がると、冷たく男達を見下ろした。
「なっ・・」
「髪が、紅く・・」
「運が悪かったな。」
男達は、炎に焼かれ、骨すら残せなかった。
「若様、お帰りなさいませ。」
「お帰りなさいませ。」
壺装束姿の女―もとい、土御門家嫡男・有匡は、家人達に出迎えられた後、自室で変装を解いた。
「若様、湯の用意が出来ました。」
「そうか。」
湯殿に有匡が入ると、そこには見慣れぬ顔の侍女が居た。
「そなた、名は?」
「朔、と申します。」
「後で寝所へ来い。」
湯浴みを終え、有匡が寝所に入ると、件の侍女が隠れていた几帳の陰から飛び出し、棒手裏剣を彼に向かって投げつけて来た。
「お覚悟!」
「下忍如きがわたしを倒そうなど、笑止!」
有匡がそう言って侍女を睨むと、持っていた太刀で彼女の胸を貫いた。
「若様、ご無事でございますか!?」
「あぁ、大事ない。ただのネズミ退治だ。それの後始末をしておけ。」
「はっ・・」
家人達が侍女の遺体を運び出した後、寝所で有匡は泥のように眠った。
翌朝、有匡は朝日を浴びながら馬を走らせていた。
いつもは家人達すら近寄らせず、城の中に籠りがちなのだが、偶には外の空気を吸いたくて、有匡は子供の頃から気に入っている湖へと向かった。
そこは、美しく澄んだ鏡のような湖面故に、“瑠璃湖”と呼ばれていた。
掌で湖の水を掬い、その温度を確めると、有匡は徐に服を脱いで裸となり、湖の中へと入っていった。
「おやまぁ、先客が居るなんて。」
「しかも、良い男。」
バシャバシャと音を立てながら湖に入って来たのは、町の遊び女達だった。
「ねぇ、安くしとくわよぉ。」
「極楽浄土へ連れて行ってあげるわ。」
そう言いながら自分にしなだれかかる女達を湖から追い出した後、有匡は湖で髪や肌についた汚れを取った。
そろそろ湖から上がろうと有匡が思った時、馬の嘶きが聞こえて来た。
「火月、そんなに遠く行っちゃ駄目だって!」
「大丈夫だって!」
黒髪と金髪の少女が、そんな事を話しながら湖の中へと入って来るのを有匡は見た。
有匡は暫く二人の少女達が湖で遊んでいるのを眺めていたが、金髪の少女の様子がおかしい事に気づいた。
「火月、しっかりして~!」
どうやら、金髪の少女は藻に足を取られて溺れてしまったようだった。
有匡は居てもたってもいられず、金髪の少女を助けに行った。
「いやぁ、触らないで!」
「バカ、暴れるな、人が助けてやっているのに!」
有匡は何とか金髪の少女と共に湖から上がった。
「火月、大丈夫?」
「禍蛇・・」
「この人が助けてくれたんだよ!」
「ありがとう・・ございます・・助けて下さって・・」
金髪の少女―火月は、そう言って美しい真紅の瞳で有匡を見つめた。
「ひとつ、いいか?」
「は、はい・・」
「服を着ろ。」
有匡の言葉を聞いた火月は、顔を赤くした後慌てて服を着た。
「火月様~、どこにいらっしゃいますか~?」
「火月様~」
遠くから、火月達を捜している乳母と侍女達の声が風に乗って聞こえて来た。
「火月、ヤバいよ、もうお城に戻らないと・・」
「あ、あの、お名前は?」
「名乗る程の者ではない。」
有匡はそう言うと、湖から大慌てで去る火月達を見送った。
(騒がしい娘達だったな。)
そう思いながら有匡が服を着ていると、湖岸に何か光る物が見えた。
拾い上げてみると、それは涙型の美しい紅玉の耳飾りだった。
それに触れた瞬間、有匡の脳裏に、ある光景が浮かんで来た。
―先生、愛しています。
そう言って火月に似た女は、この世に産み出した双つの命を腕に抱いている自分に微笑んでいた。
(何だ、あれは?)
「火月様、またあの湖に行ったのですね!?」
「だって・・」
「あの湖には、魔物が棲んでいるのですよ!もう二度と行ってはなりませんよ、良いですね!?」
「うん、わかったよ・・」
「姫様、お館様がお呼びですよ。」
「は、はい・・」
火月が父・直高の元へと向かうと、彼は渋面を浮かべながらある文を読んでいた。
「父上、それは・・」
「岩田め、其方を嫁がせねば戦をすると、ふざけた事を言って来た。」
「父上、僕は誰の元にも嫁ぎたくありません!」
「わかっておる。だが火月、そなたには、心に決めた相手でも居るのか?」
「そ、それは・・」

火月の脳裏に、何故か湖で助けてくれた男の顔が浮かんだ。

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