<ちょっと一息> オードリー・ヘップバーンの愛した詩と二宮尊徳のたとえ 報徳道いまいち一円会報158号に木村浩先生の「ローマの休日 今もなお」というエッセーが掲載されている。その随想の最後に「ヘップバーンにならいたい」という素敵な一文があった。 「オードリー・ヘップバーンは、サム・レベンソン(米国人作家)の詩『時の試練を経た人生の知恵』が好きだったという。 魅力的な唇のためには、優しい言葉を口にしなさい。 愛らしい瞳を持ちたいなら、他人の良いところを探しなさい。 ほっそりとした体型を保ちたいなら、おなかをすかした人に食べ物を分けてあげなさい。」 木村先生は、この詩を掲げて、こう言われる。「二宮尊徳翁の『報徳の精神』に共通することだろう。 心がけたい。」この詩がとても素敵だったので、原文を探してみた。 Time Tested Beauty Tips by Sam Levenson
For lovely eyes,Seek out the good in people. For a slim fi gure,Share your food with the hungry. For beautiful hair,Let a child run his or her fi ngers through it once a day. For poise,Walk with the knowledge you'll never walk alone. People, even more than things, have to be restored,renewed, revived, reclaimed and redeemed;Never throw out anybody. Remember, if you ever need a helping hand,you'll fi nd one at the end of your arm. As you grow older you will discover that you have two hands; one for helping yourself,the other for helping others. 詩の最後のフレーズを訳すとこうなろうか。「あなたが大きくなったら見出すでしょう。あなたには2つの手があることを。一つはあなた自身を助けるため、もう一つは人々を助けるために」まさにこれは二宮尊徳先生が風呂のたとえで言われた言葉でもある。尊徳先生は福住正兄の兄、大澤精一と一緒に小田原湯本の温泉に入られたとき、こう教えられた。(二宮翁夜話38) 「この手を見るがいい。人間の手はつかむこともできるし、人に譲ることもできる。だが鳥やケモノは自分のためにつかむことしかできない。人間の手の仕組みはこうなっているのだ。人は自分のために取ることもできるし、人のために譲ることもできる。人は譲らなくてはならない。」
「【29】翁は常に門人に語った。『私が巡回するのは、村民に勤勉の習慣をつけさせたいという趣旨から来ている。これをたとえるとお椀の中に箸(はし)を入れて回わしていると、はじめのうちは箸だけ回って水はそのままだが、暫くすると水も回りはじめ、水の回る勢いが段々強くなると箸は回さなくても自然と水の勢いで箸が回るようになる。私が巡回するのもその通りで、はじめ村民に惰弱の者があっても自然と感化されて勤めるようになる、だから早起きをして巡回するのである』と。」 また、巡回のときに、盥(たらい)のたとえもよくされた。 「【31】人夫などが仕事の休みなどに盥に水をくんで置いていると、翁はそれを見て教えられた。『その水を前の方にかいて見よ。いくら汗水流して前へかいてもその水は向うに行ってしまう。反対にその水を向うにばかり押してみよ。いくら押してもこちらに帰って来る。欲が深く自分の方にばかりかきこんでも、自分の方に来るものでない。人に推し譲ると自然とかえってくる』と。」 2011 年4 月2 日、東日本大震災の地震・津波、放射能汚染の三重苦に苦しむ南相馬の桜井勝延市長はYouTube で世界に継続的な救援を訴え話題になった。相馬は報徳ゆかりの地でもある。市長は、最後にこう言われている。「人はお互いに助け合ってこそ人だと思います。(Helping each other is what makes us humanbeing.)」